10.鎮魂一蹴! 鎮まれ、悲しみの魂

 堀部家が近づいてくると、見えるよりまず感じた。大きく悪意を膨らませた霊の存在と、それに引き寄せられる邪悪な霊気を。


 家の裏側に回り込むように走ると、堀部のお兄さんと、斧を落として座りこむ恐怖映画男を、透が闘気を使って守っている。彼らを攻撃しているのは黒く膨れ上がった魂だ。


 ――許さない。おれ達を閉じ込めた一族の者も、おれ達の眠りを妨げる者も。


 あれが権造さんと娘さん達が融合した悪霊だな。


「おまえも、おれの弟を殺したじゃないか……!」

 威勢よく斧を振りかざしてた恐怖映画男が、今は恐怖に震える声で精一杯の苦言を発する。


 弟を権造さんに殺されたから、あれほどいきり立ってたのか。

 気持ちは判る。けど今はその憤りが逆効果になってしまってる。


 悪霊に理屈なんて通用しない。

 今まさに、透が張った防御を突き破ろうと権造さんが突進をかける。


「やめろおぉぉっ!」


 おれは叫びながらフルスロットルで権造さんにつっこんだ。闘気を解放し、前輪を軽く浮かせたバイクを持ち上げる。

 後ろで軽い悲鳴をあげてる真里菜さんを抱き抱えて、おれは宙に浮いたバイクから飛び降りた。

 着地して、お姫様だっこした真里菜さんをそっと降ろす間に、バイクは権造さんと周りに集う邪気に体当たりをかけていた。相手が霊体だから当然バイクはそのまま通り越して、堀部家の奥の間につっこんだ。


 茫然とその様子を見つめるみんなの前で、バイクは炎をあげる。


「ちょっと、何やってるんですか信司さん!」

「何、って、権造さんを、その霊達を止めたんだよ。さっきの攻撃食らってたら多分、透の防壁を通り越してそっちの人達にダメージ行っただろうし」


 少し腰が引けている堀部のお兄さんと、へたり込んでいる恐怖映画男をちらっと見て言う。


「だからって、バイクをぶつけるなんて」

 透は頭を抱えた。


「今から除霊する。透は三人を安全なところに連れて行って。あと、消防車呼んどいて」


「信司さん……。どうか気をつけて」

 真里菜さんが頬をちょっと赤くして、目をウルウルさせて見つめてきた。

 あぁ、怖い思いさせちゃってごめんね。


「まったくもう、いろいろとやらかしてくれますね」

 透は脱力した感じでつぶやいて、それでもおれの要望に沿って動こうとしてくれている。


 権造さんをはじめとした悪霊軍団も、なんだかまごまごしているような浮き方だったけど、気を取り直したのか邪気が復活してきた。


「権造さん、やめるんだ。静かに眠りたいんだろう? もうあんたを縛るものはない」


 ご神木と呼ばれてた木にも火が移って燃えはじめてる。権造さんさえその気なら今すぐ霊界に逝けるんだ。


 ――その前に、恨みを晴らしていく。


「駄目だ! それじゃ魂に安寧はこない。おれが、あんたが生前やりたかったことを叶えるから。――力比べだ、権造さん。おれはあんたと同じ異能者だ。思いっきりやろう」


 憎悪が薄れるのが感じとれた。

 黒く膨れ上がった塊が、赤黒く揺らめく人の形にゆっくりと変わって行く。


「真剣勝負、始めようか」


 おれが構えを取ると、権造さんも身構えた。


 ほぼ同時に蹴りが飛ぶ。脚と脚がぶつかり合う。


 相手は霊体だけど、生身の人間と蹴り合っている感触だ。もののけに実体化する直前までどす黒い霊気が集まっていたってことだ。危なかった。


 そんなことを考えていたら、権造さんが猛ラッシュをかけてきた。素早い!

 おれは右へ左へ跳んで攻撃をかわす。

 風禊の本領発揮。軽い足さばきで怒涛の攻撃を難なく回避して、気づいた。

 攻撃が単調だ。ただ真正面から殴り、蹴る。それだけだ。


 権造さんは異能者だけど、こうやって誰かと打ちあうことはできなかった。だから相手の攻撃の隙をついてフェイントをかけたりとかいうのができない。試みてきてもすぐに動きが読めるものばかりだ。


 おれが沙夜香さんにまったくかなわなかったのと同じことが今、立場を変えて起こっている。

 この勝負、おれが勝つのは簡単だ。けど、それじゃダメだ。

 全力を出し切ってこそ、彼の本懐が果たせられるんだから。


 権造さんのもどかしさが伝わってくる。けどそれは恨みや憤りに満たされたものじゃなくて、すごくすがすがしい闘志の表れだ。

 思わず、口元に笑みが浮かんだ。


「まだまだ、こんなもんじゃないだろう?」


 神尾道場で、おれのめいっぱいの力を引き出そうとしてくれた沙夜香さんのように。


『さぁ、どれだけ強くなったのか見せてちょうだいよ、信司くん』

 沙夜香さんの言葉を思い浮かべ、それに重ねる。

「さぁ、どれだけ強いのか見せてくれ、権造さん」

 真正面からの打撃戦、見事受け切ってみせる。

 楽しもう、権造さん。


 おれも猛然と蹴りを繰り出した。

 権造さんはかわしたりブロックしたり、時には体に受けたりしながらも、まだ殴りかかってくる。おれもまた、彼の攻撃をいくつか食らった。


 背後で燃え盛る家と木から飛んでくる火の粉も、肌をじりじりと焼く熱風も、今のおれらを止めることはできない。

 気分が高揚して、おれも権造さんも、笑っていた。


 へろへろになるまで、おれらは戦った。

 息を切らせて、周りをちらりと見ると、奥の間にはかなり火が回っている。権造さん達が封じられていた木も半分焼け落ちている。


 戦いでの消耗と、縛りつけていた木の焼失で、権造さんと娘さん達の魂が力を失ってきている。

 赤黒かった権造さんの体から、恨みや憎しみの具現である黒みが抜けて、今は綺麗な深紅だ。彼が言うところの力比べに満足してくれているんだな。


 ――今初めて、この力を持てたことを、嬉しく思う。


 晴れ晴れとした彼の言葉に、胸が熱くなった。


「おれこそ、真正面からの勝負、楽しかったよ。さぁ、次で終わりにしよう」

 全力で、送ってあげるから。


 二人、構えを取り直して、見つめ合う。

 いくぞっ!


 権造さんの拳を手刀で弾き、蹴りを蹴り返す。

 素早さを生かして、そのまま相手の膝を蹴る。

 権造さんがひるんだ隙に、おれはジャンプした。

 体勢を立て直した権造さんの蹴りが飛んでくる。このままだと腹に食らう。


はね!」


 すんでのところで二段ジャンプの超技を発動し、攻撃を逃れたおれは、上空から渾身の蹴りを叩きこんだ。


 これぞ鎮魂の一蹴!


 ――ありがとう。


 権造さんの最後の声。彼と一緒に、生贄にされた娘さん達も、周りに集まっていた悪霊達も薄らいでいく。


 ほっと息をついたら、途端に疲れと痛みを意識した。

 防御も何もなしで打ち合ってたもんな。

 と笑った、その時。


「信司さん、危ない!」


 透の声で我に返ると、権造さん達を縛っていた大木が焼け落ちて、おれの上に倒れて来ていた。


 逃げなきゃ。

 でも闘気がほぼ底をついて、疲れきってる体が思うように動いてくれない。


 真里菜さんの悲鳴が聞こえてくる。


 おれを押しつぶそうとしている木が、ぐんと迫ってきて。


 強い力に引っ張られた。と感じたすぐ後に、体中に痛みが走った。

 何がどうなったんだ?

 訳も判らないまま、おれは気を失った。

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