9.魂が見せた悲惨な過去
机の傍らに山積みにされた書物の中から、江戸時代から明治時代ごろに書かれたかもしれない古いものを取り出す。
あの地下の霊は何があってあの場所に封じられてるのか、彼に思いをはせながら文字を追う。
すると不思議なことに、目の前に知らない情景が浮かんで見えた。
いや、これはこの辺り一帯だ。それも、今じゃなくて昔の。
日記に残された著者の思念と、あの魂と、おれの霊気がリンクしたのかもしれない。
当時起こったんだろう出来事が、次々に目の前に浮かんでいく。
映画のようなスライドのような情景描写から、登場する人達の感情があふれ出てきた。
日記に書かれていない真実も、この映像を見ていれば判る。
「信司さん……?」
真里菜さんの心配そうな声が聞こえてきた。書物を読むのをやめてぼーっと宙を見つめてたんだろうから、どうしたんだって思うよな。
おれは「大丈夫」とことわって、自分の目に映る情景を話し始めた。
時代は江戸の後期だ。
日記の書き手はこの宿屋の主人、松永さんという男性で、堀部家の当主とすごく仲が良かったみたいだ。
堀部家は少し前に商売をはじめて順調だったけど、ここ数カ月ほど赤字続きだった。堀部さんが松永さんによく愚痴をこぼしてる。
場面は変わって、堀部さんの家の近くに
ちょっと力が強い普通の百姓さんだったけど、ある日突然、異能に目覚めた。
大人が数人がかりでないと持ちあがらないような大岩を権造さん一人で動かすことができた。その力を使う時に体の周りは白く、離れて行くと赤くなる光をまとっていたから他の人にもすぐに判った。
多分、日ごろから体を鍛えるためにと運動して、我流で格闘技のまねごとをしている間に、異能の素質が開花したんだろう。
今ではそういう力を持つ人を「極めし者」って呼ぶぐらいにその異能を使う人が増えたけど、当時はそんな認識は全然なかった。
だから村のみんなから気味悪がられたけど、権造さんは元々人がよくて、力を使って人助けをしたりして、村八分にはならずに暮らすことができていた。
権造さんは戸惑ってるけど、みんなの役に立てることは嬉しいと思ってる。あとは、できることなら同じ力を持った人と出会いたい。力比べができればいいな、と。
また場面が変わった。
ある日、松永さんはふと気付いた。最近権造さんを見ない。村でもちょっと話題になった。
権造さんの家が生活していたそのままの状態だったから引っ越しをしたわけではないだろうけど、誰も権造さんを探そうとはしなかった。やっぱり異能持ちは忌み嫌われるから。いなくなってくれてほっとしている人もいるみたいだ。
どこかで事故なんかに巻き込まれたか、それとも居づらくなって夜逃げか、なんて言われていたけど、権造さんはその時にはもう、堀部さんの家の地下に閉じ込められていた。
日ごろ村のために働いてくれているから、と酒宴に誘われて、酔いつぶれるほど飲まされて、気が付いたら地下に閉じ込められていた。
権造さんは異能を使って脱出しようとしたけれど、何か不思議な力が働いているらしくて、扉はびくともしなかった。
ずっと真っ暗で、水も食事も与えられずに、さすがに異能者と言ってもそんな状態で長く生きていられない。地下から一度も出されずに、権造さんは衰弱して死んでしまった。
でも権造さんの魂はそこにとどまったままだった。これも不思議な力に封じられている影響なんだろう。
おれが何をした。どうしてこんなことになったんだ、って無念の声が渦巻いてる……。
それから何年かして、地下に通じる壁が開いて、一人の若い女性がやってきた。
その頃には外からの呪縛は薄れていたけれど、権造さんの魂自体が地縛霊になって地下に留められていた。
女性は堀部家の娘で、権造さんの魂が力を失わないための生贄だった。
どうしてそれが判るかって言うと、宿屋の主人が堀部さんに聞いたから。
権造さんがいなくなって、数年して堀部さんの娘さんも見なくなった。さすがに変だと思って松永さんが問いただしたら、誰にも言うなよと前置きをして堀部さんが告白した。
経営がいよいよ危なくなった堀部さんは、どうにか家をたて直すことができないかとあちこちを探して、ある陰陽師と出会った。
異能を持つ者を家の守り神として封じ、魂が力を失いそうになったら生贄を差し出せば家は安泰だと言われてそうした。
実際、権造さんを守り神にしてから商売は持ち直している。なので今回も娘を差し出せば大丈夫だと実行に至った。
松永さんはすごく怒って、娘さんだけでもすぐに出せ、と詰め寄った。
『商売が傾いたからって、何の関係もない人を騙して閉じ込めて殺して、その上、自分の家の娘を生贄にするなんて、気が狂ったか! お嬢さんだけでもすぐに出せ』
『家の存続がかかってるんだ。綺麗事など言ってられん。おまえはどうだ? もしも邪魔をするなら、おまえの商売を立ち行かなくしてやる。おれは本気だ。……それでもおまえは娘を助け出すか? おまえにとって「何の関係もない」娘のために、そこまでするのか?』
狂気に満ちた堀部さんの表情と言葉に、松永さんは何もできなかった。
松永さんはすごく悔やんでる。権造さんや娘さんに対してお詫びの気持ちでいっぱいだ。
時は流れて、権造さんの所にはあと三人の娘さんが生贄に差し出された。
家のためにと納得している人、諦めている人もいれば、最後まで嫌だと泣き叫んでいた人もいる。それは死んで魂になっても同じで、彼女達も権造さんのそばにとどめられ続けてる。
できるだけ落ち着いて情景を話したつもりだったけど、話し終わったおれは震えてた。
権造さんや娘さんを思うと悲しくて、苦しくて。
でも家のためにと苦渋の決断をした堀部さんや松永さんの気持ちも、まったく判らないわけじゃない。
重苦しい沈黙が、部屋に満ちた。
いつの間にか日が西に傾いて、空が青からオレンジ色に変わってきていたと、その時気付いた。
真里菜さんは静かに泣いている。女将さんもそっと顔をそらせてうつむいている。
「そんなことをしていた家だったなんて……。都合の悪いところは隠して伝えられて……」
静かな声で、真里菜さんが嘆いた。
だからこそ権造さんの魂を鎮めないといけない。おれはぐっと拳を固めた。
「終わらせる。過去から引きずっているものを。権造さん達が安らかに眠れるように。真里菜さんがそうやって悲しんで家を恨むこともないように」
真里菜さんが、はっと顔をあげておれを見た。目を潤ませてるけど、ほっと息をついて「ありがとうございます」と、ちょっとだけ笑った。
「娘さん達の魂は多分権造さんとつながりが強いから、権造さんを除霊できればいいと思う。彼を除霊するには――」
説明を始めたけど、携帯電話が鳴っておれは言葉を切った。
透からだ。何かあったのか?
『信司さん! 大変なことになってます!』
電話を取ると、透の切羽詰まった声が鼓膜を打った。後ろから聞き覚えのある男の悲鳴が聞こえる。
やっぱり来たんだ、恐怖映画男。で、制止を振り切って木を切ろうとしたから、霊達が怒って悪霊化した、ってところだな。
おれの想像通りの状況を透が説明してくれた。
『もう信司さんとシンクロしてなくても霊が見えるぐらいの状態です。闘気で何とか業者の人を守ってますが、霊の力がだんだん強くなってきてます』
悪霊化した霊は、他の悪い霊気を寄せ集めてしまう。早く行かないと取り返しのつかないことになってしまう。
電話を切って立ち上がると、真里菜さんもついてきた。
「危ないですから、ここにいてください」
「いいえ、連れて行ってください。わたしの家で起こったことの結末は、しっかりと見たいです。権造さんにも、生贄にされた人達にも、謝りたいんです」
本当はここに残ってほしい。けど、真里菜さんの目はこの上なく真剣で。
「判りました。けど、現場ではこちらの指示に従ってください」
「はい、ありがとうございます」
おれは真里菜さんを後ろに乗せて、堀部家にバイクを走らせた。
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