8.真実はどこに? 霊との対話
明かり気がまったくない地下からは、じめっとした空気がゆるゆると流れてくる。
古い木の階段を、ぎしぎし音を立てながらゆっくり下りて、一番下についた。
まずは目を慣らさないと。
じっとその場に立っているおれにじれたのか、奥から霊気が近づいてきた。
「ちょっと待って。ほとんど見えてないから」
そう言うと、何だか納得したような雰囲気が伝わってきた。
この霊が元は人だと考えると、暗いところじゃ何も見えないって判ってくれたってことなんだろう。
そんなことを考えながら、じっと一点を集中して見つめてると、少しずつ物の形が判るようになってきた。壁を壊したから廊下からの光が少しさしてきてるのもありがたい。
ちょっと奥に進むと小さな部屋がある。牢屋みたいな感じに木の格子で区切られている。多分、あの木の真下にあたるはず。
……床に、何かあるな。
目を凝らして見る。
これは、骨だ。――人骨だ。一人や二人のものじゃない。
ここに閉じ込められて、死んでしまったんだな。でも、どうして?
――おれは、騙されたんだ。
霊の声が聞こえてきた。
――おれはただ、人の役に立ちたかっただけなのに。
「人の役に?」
――そう、人と違う力を持っていたがために。
「異能者だったのか。それで、ここに閉じ込められて……」
それならせめて静かに眠っていたいと思っていたのに、ここが壊されることになったから暴れたのか。
気持ちは、判る。でも、だからと言って――。
おれの思考を遮って、上の方で音がする。廊下に置いてきた携帯電話が着信している。透か、旅館の方からかな。
「ちょっと待ってて。時間はかかるかもしれないけど、みんなが納得できる方法を探すから」
――おまえを信じろと言うのか。おれはもう、誰も信じない。
恨みの色が強くなった魂に、おれは強く願った。
「信じられないのは判る。けど、おれは約束を守るよ。あんたを静かに眠らせる方法を、探してくるから」
じっと、骨の上に浮かぶ魂を見つめて、言った。
反論はないみたいだ。
おれは急いで階段を上がった。
電話は旅館の女将さんからだった。堀部さんのご兄妹が旅館に来てくれたという知らせだ。
急いで旅館に戻ると、透も戻って来ていた。
おれらの部屋で自己紹介をした後、早速それぞれの話に入る。
堀部さん達は、家の解体が片付くまで、豊岡のアパートに部屋を借りて住んでいるそうだ。女将さんからおれ達が家の調査に来たと知らせを受けて来てくれたらしい。
「神戸とか三宮とか、大きな
妹の真里菜さんが言う。
見たところ、おれとそう歳が変わらなさそうだ。お兄さんは二十代半ばかもうちょっと上ぐらいに見えるけど、歳が離れてる兄妹なのかな。
次に透が話し出す。図書館にはめぼしい情報はなかったから、堀部家の事について近隣の人に話を聞きながら帰ってきたそうだ。
堀部家は商売を畳む直前はそうでもないけど昔は豪商で、かなり潤っていたらしい、とか、それはあの裏庭にあるご神木のおかげだとか、解体業者の事故はご神木に宿る神様が、ぞんざいに扱うなと怒ってらっしゃるんだろう、とか、そんな話が聞けたそうだ。
あの木には神様が宿ってるんだ、って認識なんだな。
「信司さんの方は、何かありましたか?」
透が尋ねてくる。この口調は、おれが何か見つけたって確信してるな。
けど、今おれが見てきたことを全部話していいものか、もうちょっと判断材料がいる。
「おれの話の前に聞いておきたいことがあるんだ。真里菜さんは女将さんに『あの話は本当なのかも』みたいなことをおっしゃったとか。それについて教えていただけませんか」
おれの問いかけに真里菜さんはちょっと驚いてから、はい、とうなずいた。
「わたし達は、祖父や父から、うちの商売がうまくいっているのは裏庭のご神木のおかげだから罰あたりなことをしてはいけないと言われてきました。けれどある時、夜中に両親が話しているのを聞いてしまったんです。自分達が引退する時には、子供達に本当のことを言わないといけないのではないか、と」
真里菜さんはうつむき加減で、親の内緒話をを要約して教えてくれた。
あの木に宿っているのは神様じゃなくて、昔に家のために命をささげてくれた男の魂だということ。
今はそんなことはしていないが昭和初期まで、家が衰退しかけると、その魂に生贄を捧げることでまた繁盛したこと。
生贄はこの家に生まれた女性だったということ。
真里菜さんは両親がその話をしている間、怖くて動けずに結局最後まで聞いてしまった。
夜中に聞いたことだし、子供だったし、きっと何かの間違いだと思いこもうとして、そのうち忘れてしまった。
けれど今回の事故で、自分で封印した記憶が掘り起こされたのだ。
真里菜さんの隣で、お兄さんがすごく驚いている。
「結局、両親が事故で急死してしまって、この話が本当なのかどうかも判らないままなのですが」
真里菜さんが声を震わせながら話を締めくくった。
と言うことは、大きな力を持つ霊が堀部家に命をささげたって男で、力の弱いいくつかの霊が生贄にされた女性達、ってことか。
でも、あの霊は騙されたって言ってた。真里菜さんの話が全部本当だとは限らないな。あの霊が嘘をついているという可能性もないわけじゃない。もうちょっと情報がほしい。
「それじゃ、おれが見てきたことを話すよ」
家の地下に牢屋のような所があって、そこに人骨があったことや、そこにいる魂が、自分は騙されたと言っていたことをみんなに話して聞かせた。
「少なくとも地下に数人閉じ込められてたのは本当なんですね」
真里菜さんが震えてる。お兄さんもショックを隠せないようだ。
「その魂を鎮めないと、このまま工事を続けたらまた彼が暴れてしまいます。どの話のどこまでが本当なのか、もう少し情報が欲しい」
「何か、先祖の方が書かれたものとかは、ないですか?」
透が堀部兄妹に聞いた。
「蔵があって、いろんな物がありましたが……。すみません、処分してしまいました」
お兄さんが頭を下げる。
まぁ、まさかこんなことになるとは思ってなかっただろうし、処分するのは当たり前かな。
「うちの蔵を探してみましょうか。堀部さんのところとは昔から親しかったので何かあるかも……」
期待を込めて女将さんを見る目が八つ。
「あ、でも、何も出てこないかもしれませんが……」
女将さんが引いてしまった。
過度な期待はしないで、探してみることになった。
一時間近くかけた蔵の大捜索の結果、それらしきものがいくつか出てきた。
古い文体で書かれた、日記みたいなものだ。
「おれ今からこれ読むし、透は堀部さんの家に行ってほしい」
「どうしてですか?」
「説得して帰ってもらったけど、あの解体会社のおっちゃん達、なにかやらかしそうな気がしてさ。特に真ん中の恐怖映画の人とか」
透は笑って、なるほど、ってうなずいた。
「これ、読めるんですか?」
日記をぱらぱらとめくって、真里菜さんがおれを見た。
「はい。そういった書物も読めないといけないって叩きこまれたんで。達筆な毛筆だしちょっと時間かかるだろうけど大丈夫です」
家出するまでと戻ってから、富川家の人間たるものは、っていろんなことを教えられた。古文や方言なら任せてくれ。
真里菜さんがすごく感心したような熱い視線を送ってくるから、ちょっと照れるな。
おれらを見て、透がなんか呆れたような顔をしてるけど、なんでだ?
話しあって、透と堀部のお兄さんは家へ、真里菜さんはおれと一緒に残ることになった。
家の主だったお兄さんがいてくれたら工事の人が来ても引き下がってくれるだろう。
おれは安心して日記を読むことにした。
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