7.邂逅、大木と霊と恐怖映画男

 くだんの家までは、バイクで数分のところだった。

 山手に近づいたことで木々が増えて、蝉の大合唱がとても近くで聞こえる。


「意外に近かったな」

「そりゃバイクですから」


 そっか、歩いたら二十分ぐらいかかるのか。


 敷地の隅っこにバイクを止めて、家をぐるっと見てみる。

 旧家らしい大きな平屋だ。


 庭は、最初に撤去されたみたいで、がらんとしている。ところどころに木を抜いた穴に新しく土を補充している跡がある。


 家の裏側もそんな感じだけど、そんな中で、不自然なくらいに目立つ大木があった。家に寄り添うように立っている木の幹に注連縄しめなわが張られていて、一目でこれが不可解な事故の原因だろうと推測できる。


「この木にまつわる何かが原因なんでしょうか」

 透もそう思ったみたいだ。

「そう考えるのが自然だろうね」

 言いながら近づくと。


 霊気だ。

 だんだん強くなってくる。

 これは……、木の下から?


 あっという間に膨れ上がった霊気は、明らかにこちらに対して害意をはらんでいる。


「ちょっと待って。おれらは別に何もしない」


 ――ならば、カエレ!


 この木の下に封じられているんだろう、男の念が頭に流れ込んできた。


「どうして人に害を加えたんだ?」

 不思議と、話が通じる気がして、問いかけてみる。


 ――おれの眠りを邪魔するからだ。


 うん、まぁそうだろうなぁ。


「なら、そっとしておいたら誰にも何もしない?」


 答えはない。何か、考えているような雰囲気だけが伝わってきた。

 危害を加えるつもりはないけど、そうせざるを得ない何かがある。

 根拠はないけど、そんな気がした。


「誰か来ますよ」

 透が声をかけてくる。


 見ると、体格のいい男が三人、ドスドスと音をたてそうな勢いでこっちにやってくる。それぞれ手に大斧を抱えてて、視覚的にかなり怖い。

 三人の真ん中にいる男は、親の仇でも討とうとしてるかのように目をぎらつかせてるから恐怖映画そのものだよ。


「おまえら、ここで何やってんだ」

 真ん中の、恐怖映画の主人公が剣呑な顔で突っかかって来る。


「私達はこの家を解体する業者から依頼を受けて、不可解な事故の原因を調べに来た者です」


 なんでそんな喧嘩腰なんだ、って言い返したいところをぐっとこらえて、丁寧に返答した。

 すると、右側の男は表情を和らげた。


「あぁ、あなた方が富川家の。よかった。早く除霊してください。作業が進まなくて困ってるんです」


 この人達が解体業者なのか。

 名乗っただけで安心されたのは嬉しいけど、その大斧はおろしてくれないかなぁ。


「……ふん、こんなガキらが日本有数の家のヤツだぁ? 退魔だかなんだか知らんが、本当に除霊なんてのができるのかも判ったもんじゃねぇ」


 右の人とは対照的に恐怖映画男が凄みを利かせた。


 これが兄貴が言ってた、正装してないとナメられるってことだ。

 しっかりと袈裟を着て錫杖持ってエラソーな雰囲気出してたら、その道の人が言うなら、って反応になるだろうけど、シャツにジーパンの十代の男じゃ説得力に欠けるだろうな。

 きっと前に行った会社のコメツキバッタのお偉いさん達も、おれがシャツとジーパン姿だったら、あんなにヘコヘコしなかっただろう。


「そもそも、おれは除霊とかってのが信じられん。適当なことを言って金だけぼったくるんじゃないか? もしもその木が元凶だってんなら、おれらが今、切り倒せば済む話じゃねぇか」


 あぁ、うん、除霊のふりをするだけのこともあるから前半は言い返せない。

 けど。


「どうか斧を降ろして、怒気を収めてください。あなたの感情に刺激されて木に宿る霊も攻撃的になってしまいます」


 これは本当だ。この三人が来てから、木から洩れてくる霊気が強くなっている。


「けっ、嘘くせぇ」

 悪態をつきながらも、斧だけは降ろしてくれてちょっと安心した。


「まずは少し時間をください。ここの霊がなぜ人に危害を加えるのか、調べてみます」

「そんなまどろっこしいことをしなくても、除霊をすればおさまるのではないですか?」


 存在感薄かった左の人がぼそっと尋ねてきた。影が薄いにしてはなかなかいい質問だ。


「一口に除霊と言っても、方法を間違うと逆効果なのです。霊が嫌うことをしたがために激怒させてしまい力が強まるということもあります。そうなると除霊するのに手間取りますし、最悪、完全に鎮めることができないという場合もあります」


 相手の目を見ながら、噛んで含めるように、丁寧に、重みを持たせて言う。


「どれぐらいかかるのですか?」

「一日、いえ、今日中には対処いたします」

「では待ちます。よろしくおねが――」

「ちょっと待て。まずはあんたらが本当に除霊師なのか、証拠を見せろ」


 右側の男性と話がまとまりかけた時に、真ん中の男が口を挟んできた。


 除霊師じゃなくて退魔師だよ。霊だけじゃなくてあやかしとか魔物化したのも鎮めるんだよ、と言いたいところだけど、そこにツッコミ入れるとまたうるさそうだから黙っとく。


 証拠、証拠、か。

 富川家の家紋を見せたところで、多分納得はしないだろうな。

 よし、それなら。


 呼吸を整えて、闘気を軽く解放した。おれの体を空色の闘気がふわりと包む。

 おおぉ、と驚く三人の男達。

 おれは、さらに目を閉じて手をあわせてから、ゆっくりと手を離していく。両手の間に闘気の塊を作って、かっと目を開いた。

 目の前の男達は大汗をかいて、じりっと後ずさった。

 にこっと笑って、闘気をオフにすると、三人はぺたんと地面にしりもちをつく。


「これで信じてもらえましたか?」


 明るい感じで言うと、男達はうんうんとうなずいて、逃げるように離れていった。

 小走りしながらこっちをちらっと見た時、バケモノを見るかのような目をしていた。


 異能を見たことのない人の反応なんて、悲しいけどこんなものだよね。でも今はそれで木を切るのをあきらめてくれたんだから、よしとしよう。


「さて、この家と木について調べようか。透にはお願いしたいことがあるんだ」

 おれは相棒にこれからの段取りを説明した。




 透を図書館に送ってから、おれはまた堀部宅に戻ってきた。


 相棒には図書館で郷土史を調べてもらうようにお願いしてある。江戸時代から続いている家だし、何か書物に残るようなことがあったかもしれないからだ。

 調査の手助け的な意味なら何か見つかるといいな、と思うけど、……郷土史に残るようなややこしいことは、できればない方がいいよな。


 さて、おれはまた裏庭だったところに立ってる大木の近くにやってきた。

 さっき、実は話をした霊の他にも、霊気を感じたんだ。

 ここには複数の霊が封じられているのか?


 木をじっと見つめて、霊気を探る。

 大きな霊気が一つと、力の弱い霊気が、二、三、四……。

 おれに帰れと言ってきたのは、強い霊気を放ってる魂だな。


 あと気になるのは、霊気を感じる場所だ。木そのものじゃなくて、その下からだ。けど、ざっと周りを見ても地下に通じているような所はない。

 他に入り口があるのかな。


 ふと、家の方を見る。もしかして、家の中からこの下に繋がってるとか?


 近くに見える縁側から靴を脱いで上がった。壊すのが決まってるんだし、履いたままでもよかったのかもしれないけど、なんとなく家に上がるのに靴を履いてというのは気が引けた。


 家の中は、がらんとしている。これから壊すんだから当然か。

 部屋を抜けて廊下に出る。木があるのは、奥の間に近い方だったな。


 細長い廊下を抜けて部屋に入る。

 壁や、畳の下なんかを調べてみたけど、何もない。忍者屋敷みたいにからくりがあるのか、と思ったけど、それもない。


 うーん。

 腕組みをして考えていると。


 廊下から強い霊気を感じた。こっちだ、と誘っているかのような感じだ。


 もう一度廊下に出て、気を感じた方を見る。ただの土壁だ。

 けど。

 壁と床の間に、ちょっとだけ隙間があることに気付いた。よく見ると壁の下の方が少し削れてる。

 壁を上に持ち上げると奥に、ってヤツか?


 しゃがんで、壁の下に指を入れようとしたけど、隙間が狭すぎて入らない。隙間に入りそうな物もない。


 これは、あれだな。入れるのダメなら割ってみよ!


 おれは闘気を解放して手に集め、目の前の壁に撃ちだした。

 ドーンと派手な音を立てて、壁があっけなく壊れる。


 どうせ壊すんだから、いいよな?


 目の前には、地下に通じる階段が。大あたりだ。

 霊気は、この奥からビシビシと感じる。

 行ってみるしかない。


 連絡手段の携帯電話が入ったポーチを足元に置いて、光が届かなくて暗い地下へと、おれはそろそろと下りて行った。

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