6.解体予定の家はいわくつき?

 神尾家にお邪魔してから三カ月近く経った。

 あの頃はまだ涼しい日もあったのに、もうすっかり夏だ。毎日暑い日が続く。富川探偵事務所も朝からエアコンが働かされっぱなしだ。


 そう言えば、来週から学校が夏休みに入るから、って透が計画をあれこれと考えてたっけ。


 透は、今は兄貴のはからいでこっそり働いてるから前みたいな危険な格闘大会には出なくなったけど、安全な地方大会とかにはまだ出てるみたいだ。おれも時々一緒に出ることもある。


 数年前から始まった爆発的な格闘技ブームのおかげで、プロだけじゃなくてアマチュアの格闘大会もあちこちで開かれるようになった。

 優勝すれば数千円から数万円もらえるから、透にとってはちょうどいい家計の足しになる。


 金銭面だけじゃなくて、透は受験生だから、その準備もある。頭がいいから進学自体は大丈夫だろうけど、少しでも安くてランクの高い高校に入りたいみたいだ。

 下に三人の弟や妹がいるから高卒で働く予定らしい。条件のいいところで働くためには、高校のランクは重要なんだって。


 もういっそ、このままおれの相棒として働いてくれたらいいのにな。

 まぁそれもこれも透本人の意志と、兄貴が許可するかどうかだから、おれは何も言えないんだけど。


「今日、透くんが来たら新しい仕事の話をするから」

 突然、兄貴に言われた。


 新しい仕事か。どんなのだろう。

 また除霊もどきかな。あ、透が来てから話すってことは彼もいっしょだし、それはないか。

 じゃあ今度は本当に霊がいるのかな。


 ……ちょっとワクワクする。

 今のおれはとにかくいろんな経験を積んでいかないといけない。どんな仕事でもきっちりやってやるぞ。


 そして夕方、透が事務所に来たところで、早速とばかりに兄貴が話し始めた。


「明日、兵庫県の北部に行ってほしい。週末だから泊まりになっても大丈夫だよね?」


 後半は透を見て確認している。透は「なんとかなります」ってうなずいた。

 兄貴はよかったと一言置いて、仕事の内容を告げる。


 依頼は現地の解体会社からだ。

 取り壊しが決まっている家に工事が入ると事故が起こるそうだ。最初は小さなものだったけれど、ついに死者が出てしまったので、霊的ななにかがあるのではないか、という話になって、富川家に依頼が来た。


「人為的ミスは疑われてないのか?」

「機械の整備とか、作業員の体調とか、しっかりチェックしていたのに、ありえない事故らしい」

「でもそれで、すぐに霊的なもののしわざに結び付けるものですか?」

「おそらく、その土地か家かに、いわくがあるんだろうね。そのあたりも調べてほしい」

「今回の仕事は、除霊の下調べってこと?」

「原因が判って、対処できるならやってほしい。調べても判らなかったり、除霊が無理ならば連絡をくれ」


 おれや透の質問に、兄貴は淡々と答えた。

 つまりは、いつものパターンってヤツだな。


「現時点で判っていることは教えるよ。まずは――」


 おれも透も、兄貴の話にしっかりと耳を傾けた。


 場所は兵庫県の北部、豊岡から少し西に行った山のふもとだ。

 取り壊し予定の家は代々続いてる商家だったけど、今の代は若い兄妹きょうだいで、家を継ぐつもりもないし、それぞれ都会に出てやっていきたいからと、家や土地を売ったそうだ。


 で、買い取った業者が早速土地の有効利用のために家を取り壊してスーパーを建てたいと、解体業者に頼んだんだけど、くだんの事故で今は工事がストップしているそうだ。


「代々、ってどれぐらいかな」

「なんでも、江戸時代後期ぐらいらしいよ」

「うわー、いわくありだとしても不思議じゃないかも」

 こんなこと言ったら、他の旧家にはシツレイなんだけどね。


 大体の状況が判ったところで交通手段と持ち物の確認だ。


「今回は調べるのがメインだし、除霊の正装は持っていかなくていいぞ。どうせバイクで行く気だろう? 荷物が多くても困るだろうし」


 兄貴のありがたいお言葉に笑みが漏れる。

 透を後ろに乗っけて長時間運転の上に大荷物となると難儀だし。


「その代わり、正装してないとナメられるかもしれないから、そのあたりはしっかりやれよ」


 うん、判ってる。

 ただでさえ、霊だなんだとうさんくさい仕事の依頼を受けてやってきたのが若造と子供だったら、田舎の人達が眉をひそめるのは目に見えている。


「おまえは世渡りはうまいから、大丈夫だとは思うけど」


 信頼してくれていることを感じさせる兄貴の言葉に、つい「やった!」と喜びそうになったけど、喜ぶのは結果を出してからだ。


「うん、頑張ってくる」

 代わりに力強くうなずいた。




 早朝に家を出て透を迎えに行って、休憩を混ぜながら目的地までひた走る。

 おれ一人なら高速道路を走って数時間で着くけれど、さすがにそれは危ないから地道を選んだ。


 流れ去る景色を楽しみつつ、休憩場所ではご飯を食べながら透とあれこれ話したり、ちょっとした旅行気分だ。


 周りから見れば、弟をツーリングに連れてってる、ぐらいに見えるのかな。まさかまさか、除霊の仕事なんてことは判らないだろう。


 昼過ぎに目的地に到着した。

 豊岡市の西方に位置するここは、田園風景が広がる、すごく空気のいいところだ。大地の緑と空の青が眩しい。そこに自然に民家が溶け込んでいる感じだ。


 それでも、最近じゃ少し便利になってきたらしくて、大手スーパーやコンビニなんかもぽつんと建ってたりする。街中じゃ当たり前にある建物が、ここではすごく浮いて見える。


 まずは兄貴が予約してくれた宿に向かう。

 昔からあるような古い木造の民宿だけど、ところどころ改修していて、そこだけ木が新しい。


「富川様ですね。ようそこいらっしゃいました」

 若い女将さんが出迎えてくれる。


 案内されて部屋に行くと、畳やテーブルが新しくて清潔感があって、気持ちいい。


 女将さんの淹れてくれたお茶をいただいて一服する。

 落ち着いたら早速、取り壊す家に行ってみようと透と話していると、女将さんが話に入ってきた。


「富川様は、堀部ほりべさんのお宅の怪奇現象を鎮めてくださりにいらしたのですね。わたし、まりちゃ……。真里菜まりなさんとは幼馴染なんですよ。街に出られましたが今でも連絡は頻繁にあります」

「真里菜さんって、家を手放したっていう兄妹の妹さんですよね? 今回のこと、何か言ってました?」

「解体作業が、最初はちょっと機械の調子が悪くて滞る、ぐらいだったそうで、真里菜さんもその頃は『家が壊されたくないって思ってるのかな』などと笑ってらっしゃいましたが、先日、作業員の方がお亡くなりになったのをお聞きになって青ざめてらっしゃいました」


 そりゃそうだろうな。たとえ今は住んでなくても、自分がいた家に関わるところで人死にが出れば怖くもなる。


「小声だったのでうまく聞きとれませんでしたが『やっぱりうちのせいなんだ。あの話は本当なのかも』というような感じのこともおっしゃってました」


 ちょ、女将さんの付け足しが意味深いみしん過ぎる。

 これはやっぱり、家になにかいわくがあるな。

 透と顔を見合わせて、うん、とうなずく。


「その、真里菜さんとは今、連絡取れますか? できればこちらに来てほしいんですけど」

「はい。電話してみます」

「それじゃ何かあったら、携帯に電話ください」


 おれの携帯の番号を教えると、女将さんは下がっていった。


「真里菜さんって言う人、来てくれるといいですね」

「うん、……それじゃそろそろ、その家に行ってみようか」


 とにもかくにも、現場を知らなければ話にならない。

 実は大したことありませんでしたー、ってなればいいけど。

 と思いつつ、すごくイヤな予感がしてならない。

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