第5話 『鋼の女王』と少女の秘密の農園

 セレーネとマリーが出会ったのは、セレーネがハインラインに入社してから三年後のことだった。その頃にはセレーネは、ようやく人間社会へと本格的に適応し始めており、同時にハインラインにとっては人型機動兵器・ギガステスの始祖となるギガスの試運転が行われようとしていた時だった。

 この名は、将来的にはユミルに対抗できるだけの鋼の巨人を作り出すという、ハインラインの野望と希望の象徴であり、それゆえに神話から巨人のギガスの名を与えられた。対ユミルの人型機動兵器・ギガステスは、そのギガスの複数形を通称として使うこととなったというのは、有名な話である。

 とはいえ、今でこそ始祖として讃えられるギガスであるが、完成品のカタログスペックやシミュレートデータを見たセレーネの感想は、こんな代物でユミルと戦うなど、自殺行為に近しいと酷評した。

 対ユミルにおける基本的なギガステスの設計思想の根幹にある、ユミルとの近接格闘を避けるだけの機動力と、豊富な射撃武装による継戦能力の両立。それがどちらもギガスには、まるで足りていなかったのである。


 ちなみに、一部のギガステスには重装甲でユミルとの近接戦闘における損傷を抑える、という設計思想の代物も存在しないわけではない。わけではないが、あまり主流とはいえない。宇宙においては高速で飛来するスペースデブリも脅威であり、最低限の機動力を確保しないとユミル以前にデブリへの衝突によって、機体が大破してしまうおそれがあるからである。

 しかも、速度が遅い機体が集団戦戦闘において陣形を組むのは時間がかかるのは必然である。集団戦では柔軟な戦術とリーチで圧倒するという思想が基本になることが多く、鈍重な機体は戦場の主役として配備されることはまずなかった。


 他にも、敢えて白兵戦のみを行うバカげた設計思想の機体が存在するが、それがハインラインの最先端技術の結晶であるアルテミスだというのだから、皮肉な話である。

 もっと皮肉なのは、その最先端技術の結晶とされているアルテミスの動力源や駆動部などの基礎部分は、実はユミルであるセレーネの本体がそのまま使用されている。外の露出している装甲やセンサー類、スラスターや武装などは確かにハインラインの最先端技術によるものだが、未だにセレーネ本体の性能を上回る基礎部分は、アストライアーが完成した今のハインラインにも存在しないということだ。

 そもそもセレーネがハインラインに来た時点で、自分の本体で技術革新に貢献する意味もあって、本体を機械で改造することを申し出たのが始まりである。

 彼女としても、ユミル本体のままで戦うことは同士討ちされかねないし、ユミルにも元女王が人間の側で戦っていることが伝わりかねない。

 最低でも人間の装甲技術を利用して外観を変更することで、同士討ちを避ける必要があった。更に、外の感覚器官を機械センサーに切り替えるなどの処置をしないと、ギガステスの欺瞞機能が発展すればセレーネがユミルとギガステスの識別が出来なくなりかねない。人間でいえばもはや人体実験の領域だったが、セレーネ本人が了承した上に、金属生命体であるユミルには金属類を自身の身体に強制的に適合させられる能力が備わっていたため、それらの処置は成功率が高いことを理由に断行された。

 実のところ、総合的にはそれらの研究成果の方が、急速なギガステスの開発技術発展に貢献している。なにせ、ある程度規格をあわせる必要があるギガステスとは違って、規格を無視して部品単位での性能を調査するには、セレーネの本体は最適だったからである。

 余談ではあるが、普段彼女の本体と思われている人間の身体は、本体からのデータとフィードバックで動作する人形という方が近い。あくまで本体は現在はアルテミスとして保存されている身体の方だ。



 セレーネからの指摘は最もだったが、まずギガスの本稼働データから改善点を列挙しなければ、ギガステスの性能向上と次世代量産機種の開発には進めそうになかったのである。

 そのためにはまず、ギガスを試運転でまともに動かせるようにしなければならない。そうでなければ本格的な改修や改良などは夢物語に過ぎない。

 そうして、早急にギガスの問題点や改修点を洗い出すための試運転として選ばれたのが、L2宙域である。

 月の裏側であり、地球から直接観測することが困難なこのラグランジュポイントは、犯罪組織のアジトや機密事項に関わる実験などを行う場所として選ばれることが多く、治安や安全面に優れているとはお世辞にも言い難かった。

 とはいえ、当時のハインラインはまだ開発技術については発展途上であったし、技術の大元がどういった経緯でもたらされたかを、地球圏にはまだ知られたくはなかったのである。

 そうして選ばれたL2宙域にて、ある問題が発生したのだ。潜伏していたユミルを、試運転に来ていたセレーネたちが発見したのである。

 公式発表では、ユミルと人間の初戦闘が行われたのは、この二年後とされているのだが、このときセレーネたちは既にユミルと戦闘を行っていたのである。

 それによってマリーと出会うことになるとは、想像もしていなかったのだが。




 それは、当時のハインラインの人間にとっても意外なことであった。

 この頃セレーネたちが乗っていた艦艇はヘカテーではなく、航宙駆逐艦クラスの物で、軍からの払い下げの品を改修したものだった。まだこの頃のハインラインには、駆逐艦以上の大きさの艦艇を運用するだけの、十分な資金力がなかったこともある。

 それでも、流石に元軍艦の改修品だけあって航海そのものは順調だった。最初の異常はユミルではなく、違法に取引されて農園として機能していた、老朽化して解体処置されたはずのコロニーを発見したことである。

「ギガステスの試運転に最適な場所を探すはずが、先に見つけたのはよりにもよって違法改修されたコロニーかよ」

 その当時、マヌエルはハインラインの社運を賭けて開発した、ギガステスの先駆けでもあるギガスの試運転を見るため、L2宙域へセレーネらとともに向かっていた。

「どうして老朽化されたコロニーを、わざわざ使用するんだ?」

 このころのセレーネは、知識の偏りが主に軍事方面に偏りすぎていた。今でも多少は軍事方面に偏っているが、その比ではない。経済面などについての知識については、下手をすると子供と喋っている気分になった。

「コロニーの開発には資金や資材、時間も必要になる。金に関する細いことは今いったところでよく分からんだろうが、そういたものはなるべく省きたいことくらいは理解できるな?」

「それくらいはな。しかし、それならなぜ老朽化したコロニーの再利用が違法となるんだ?」

「老朽化しただけなら、改修工事である程度は何とか済ませるものも当然ある。だがあれはな、そもそも設計段階でなにかしら問題があったとか、全体的な老朽化が進みすぎてちょっとした改修程度では強度が全く足りんとか、そういった理由で解体されているはずのコロニーなんだよ」

 マヌエルはそう言いながら、苦々しげな顔つきになる。彼も商人だから、ある程度の経費節約などで無茶なことをすることはある。セレーネとの取引とて、一介の会社が決めていいことではなかろう。あまり他人のことを言える立場ではない。

 だが、あれは明らかに越えてはならない一線を越えてしまった代物だ。そのことを説明しようとすると自然と気分が悪くもなる。

「本来、そういったコロニーは出来るだけ資材として再活用するべく、解体業者に解体させるんだ。だがな、解体会社としてはいくらある程度は公的な資金が支払われているとしてもだ。真っ正直に解体工事を実行するよりも、まるごとどっかに売っぱらっちまう方が、てっとり早いしより金も手に入るんだ」

 だが……マヌエルは続ける。気分の悪さは増すばかりだ。

「そういったコロニーは、いくら捨て値に近いような値段で買った後多少は修繕がされようと、根本的な安全基準を満たせていない。修繕程度で満たせるようなら、そもそも解体命令なんぞ出ないんだから、それは必然だ。だから、自然と用途も限定されてくるんだよ」

「例えば、どういった?」

 流石にセレーネにも、それがロクでもない用途しかないことは察しがついた。とはいえ人間社会で本格的に活動を始めたのは三年程度の彼女には、具体的なことはなにも想像がつかなかった。今だったら、とっくに想像がついて毒づいている頃だ。

「海賊やテロリストのような、違法行為を行う連中のアジト。まあ、これならまだいい方だろう。別に中で特に安全対策もせずに暮らしているわけでもなかろうし、同情する意味もない連中だろうしな。後は……」

 そこで一呼吸をおく。自然とため息が出ただけで、効果的に言葉を聞かせようという意志などない。

「人身売買の類だな。こちらは、中で買った人間を強制労働させるための施設。金で買った連中の身の安全なんて、二の次なんだろうよ。修繕も、コロニーが早々に崩壊してしまえば自分たちがコロニーを買った費用分以上稼げんから、という以上の意味はない。だから、労働区画の割当しだいじゃあすぐに人間が死亡したりもする。それでも、人間を安く購入できるから元はとれるのさ」

「……そうか」

 セレーネにはまだ若干分からない感覚だった。ユミルの女王だった頃は、同族の兵士階級を平気で消耗品のように扱ってきたのだ。それでも、ハインラインを通して人間のまだまっとうな営みを三年は見てきた。それと比べると、この場所に異常さを感じはする。

 マヌエルからしても、複雑な心境ではあった。自分たちも世間で言えば決して褒められたものではない。民間軍事会社はときに、他人の命を奪う仕事を行うこともあるのだ。

 それでも、人間の命をここまで軽んじて利益を上げている連中に対しては、流石にいい思いはしない。それに、人が宇宙に進出してもまだこのようなことが成立する世の中であるという事実にも、暗澹たるものを感じる。

 こういった事業が成り立つのは、結局人買いに人を売らなければならないほど貧しい人々や、仕事がないほど貧困した社会構造の地域から、労働で金を稼ぎたい気持ちから騙されて、こういった場所で無理やり働かされている者がいるからだ。

 今の時代は、確かに機械を購入した方が遥かに効率的な作業を行ってくれる。だが、そういった機械によって仕事を奪われた人間や、初期投資で機械を遥かに下回る値段で命を取引される者たちがいるから、こういった非合法な商売が成り立つのだ。人類の救いようがない側面である。

「……とはいえ、俺たちは慈善事業をしに来たわけでもないし、第一あのコロニーは海賊の類の物という線も捨てきれん。ここは連中が仕掛けてこない限りは、無視してそのまま通過する」

「……そうだな」

 セレーネも頷く。納得出来ないことはあるが、どのみちこちらも企業機密に関わる兵器の運用に来ているのだ。相手から攻撃でも受けないかぎり、応戦する義理もないだろうし、応戦自体も機密漏洩に繋がりかねないから、出来る限り避けたいのが現実だ。




 だが、状況は急速に変化した。あのコロニーに関わらないわけにはいかなくなってしまったのだ。

「ユミルの生体反応を感じる……」

「うん? いや、艦内にはギガスがあるから、ユミルの生体反応があるのは当然の……」

 このときのマヌエルの反応は今からすると間抜けだったが、当時まだユミルとの接触経験がないことを考えると、妥当だったろう。

「違う! あのコロニーに侵入しようとしているユミルがいる!」

 だが、セレーネは流石に敏感にユミルを感じ取っていた。元々同族の気配に敏感なのは、より上位存在のユミルであるセレーネだ。向こうは幸いなことに、こちらには注意を払わなかった。

 ヘカテーのように対ユミル用の武装が施された巡洋艦級ならともかく、それより小型で戦闘力の乏しい駆逐艦級の艦艇がギガステスの出撃前に攻撃されていたら、おそらくロクに抵抗も出来ずに撃沈されていたはずだ。そうなれば、セレーネ以外はまず助からない。

 ここからはセレーネの予測だが、おそらくここに来たユミルは地球人という存在そのものの調査を秘密裏に行うために来ていたのだろう。セレーネは反乱の兆しを感じていたため、部下たちに調べさせていた地球に関する情報を、わざと他のユミルと共有しなかった。だから、この時点では彼らは地球人自体をロクに知らない。

 ユミルとて、流石に侵略対象がどのような姿の個体なのか、生命力はどの程度なのかくらいは事前に調査する。調べないと、侵略する対象や侵略の価値があるのかも分からない。その最低限の調査を行うところに、偶然居合わせてしまったのである。

 もしかすると、ここに同族の反応があることには気付いたかもしれない。とはいえ、調査を命じられた段階で他の同族の反応があったからといって、それだけで調査よりも同族の意図の確認を優先するかは微妙だ。

「……マヌエル、私が出る」

「はあ……?!」

「連中は調査に来ているだけだ。二体という少数しか今は確認出来ないのも、その証拠だ。多分地球人のことをまだ全く把握出来ていないからだろう。だが、調査に夢中になっている間はいいだろうが、その後でこちらに接近するかもしれん。先に叩いておくべきだ」

 マヌエルは熟考する。正直、安全という意味ではその間にこの宙域から離れればいいだけの気もする。いや、もう発見はされてしまってはいるのか。同族の反応だったから、今は無視されただけだ。迂闊に相手から距離を取れば、こちらを味方と判断するからこそ、こちらの意図を探ろうとするかもしれない。

「相手の出方が分からんからな……調査自体は、どうせ調査を命じられた連中が戻って来なければ、それはそれで改めて調査しに来るだけだろうが。とはいえ、この場をなにもせずやり過ごせるほうに賭ける方が、あんたの戦闘力を考えるとむしろ博打だろうな」

 マヌエルは決断した。明らかにこちらを見逃す算段があれならともかく、敵対勢力である連中を先制攻撃で叩かない理由も、今は目立ちたくないということ以外には全くない。

 そして、もう一つの要素。ここが違法のコロニーの存在する宙域であるということである。一部、戦力が大きい海賊などのアジトに限り、殲滅できる状況が整うまでは放置するという線もあるのだが。おそらく、このコロニーは武装集団がいてもそれほどの規模ではない。

 となると、放置されている理由として考えられる最大の要因は、ここがまだ発見されていないからだ。ならば、目立ちさえしなければ発見される確率は著しく低い。いままで違法コロニーが発見されていないような場所なのだから。

「なるだけ目立たないよう、迅速にカタをつけてくれ。それが条件だ。あんたの偽装は、まだ外観もロクに終わってない。今の状態であんたの本体の方を、人間に機動兵器と認識させるのは若干無理がある」

「了解した。それについては任せておけ。ああいう閉鎖空間の方が、私は得意なんだ」

 そういえば、セレーネは壊滅的に射撃が苦手な反面、元々が近接格闘が主体のユミルであるためなのか、本分である近接格闘戦ではまったく敵うパイロットがいなかった。これについては、機体性能においてハンデのまったくない、ギガス同士での戦闘シミュレートの結果である。その上で、ギガスの近接格闘能力の低さに文句をいっていたが。

 とうのセレーネ自身も、近接戦闘主体の設計思想を愚行だと言っていたはずだから、ギガスの近接戦闘能力が低いのは設計思想からしてあたり前である。文句を言われる筋合いは全くないと思ったものの、今は実に頼もしい。

「ギガスにとっては、あそこはほぼ閉鎖空間だ。苦手な近接格闘に移行される確率が高すぎる。援護には期待するな」

「分かっているさ。戦う以上は速攻で済ませる。戦いを道楽として楽しむ趣味はないからな」

 そうして、セレーネとマリーは出会うことになる。




 マリーは今日も、元気に働いていた。無論、ここがどういう場所かはうすうす気付いてはいる。彼女は貧しい家の出身であり、家族から食い扶持を減らすという目的で、しかたなく人身売買されることとなった。

 最後の別れのとき、両親が申し訳無さそうに泣いていたような記憶だけが、彼女の家族に関する思い出の全てである。

 その後このコロニーへ運ばれて、農園で無理やり働かされてきた。ここからでられる保証は全く無い。未来に希望など存在しない。

 ただ、自分は生きている。死んでしまった子もいるが、幸い自分はまだ生きて動くことが出来る。だから、それを素直に喜ぶことにしていた。

 今日も生きて働いて、そうして生きていることに感謝して眠る。その変わり映えのない日常だけが、彼女を待っていたはずだった。だが……

「あれ……なに……?」

 それは、緑色の巨人に見えた。そんな存在がいるなんて、聞いたこともなかったが。

 そしてそれは、マリーにゆっくりと近づいているように見えた。ただ、それがあまりに非現実的すぎて、マリーにはどうすればいいかなど分からなかった。



 そのとき、セレーネはコロニー内部へと侵入して、既に一体のユミルを倒していた。その内部は一応一足先にコクピットへと偽装が施されていた。ただ、その内装や本体の外観は、アルテミスほど洗練されてはいなかった。

 というより、ギガスを模倣したコクピットの内装はまだいい。外観に関しては赤色の肌の巨人の一部に、何故か唐突に工業製品が張り付いているといった感じである。全体との整合性がとれていないし、人体への装備品としても不自然な箇所がある。まだ偽装用の装甲や装備が全て完成していないのだから当然だが、適当にその場にあったものを貼り付けてみたという感じが一番近い。

 しかし、外観はともかくこうしてコクピットを偽装してみると、存外便利な機能が付与できるということに彼女は気付いていた。最初はあくまで、人間が搭乗せずに動く人型機動兵器があるのは不自然だからと言われたからなのだが。(軍隊はともかく、民間では完全な無人兵器の運用は禁止されている。軍隊でもコマンダーと呼ばれる人間が現地で停止命令などを統括することが運用条件なので、コマンダーのない無人兵器はどのみち違和感しかない)

 とはいえ、人間が使っている各種センサー類には、人間の生体反応だけをふるいにかけるなど、さまざまなものが存在することは知っていた。そして、人間として造った体を操る必要があったとはいえ、この人間としての体のままではこういうコクピットなどの偽装を使わないと、そういった便利な機能もいささか使いにくい。

 第一、ハインラインの技術開発部署も頑張ってはいたのだが、センサー類などはユミル本体に接続しても使用出来るよう加工するのが手一杯で、可視光程度ならまだともかく、他のセンサー類の情報をユミルの脳内処理に合わせろという方が酷な話だった。結局、情報処理自体はギガスなどと同様にコクピットで直感的に処理するようにして、分身である人体の方で本体を動かすという若干おかしな構造のほうが、結果的にはそういったセンサー類を使用するには都合が良かったのである。

 そうして、人間の生体反応を探る計器に目をやると、意外なことが判明した。

「生き残りが一名……? ユミルが近くにいるのか」

 意外だったのは、この状況で生き残りが一名しかいないということだった。もっと生き残りがいるか、全滅しているか。避難する場所があればそこに人間が集中するだろう。そこを狙われて全滅するか、そうでないかの方が普通だと思っていたのだが。

 避難する場所がなくて、偶然一名だけ発見が遅れて助かっているのだとしたら、よほど幸運だったのだろう。

「一名程度なら、別に見捨てる必要もない……か」

 セレーネとしては、当時はその程度の認識だった。その生存者がマリーという名前の少女であることもまだ知らない。



 マリーは、自分の方へと手を伸ばしてきた巨人を、ただ見つめていた。逃げる気にはなれない。どこにいけばいいのか、誰かおしえてくれれば別だったのだろうが。ここ以外での暮らし方もしらない。逃げて、それでそれからは?

「伏せろ!」

 突然、大きな女性の声が響いてきた。おそらく、拡張器を使った音声だ。声に従って、身を伏せる。マリーは、人に従う以外の生き方も知らなかったから、指示に従うことに抵抗も何もない。

 直後に、大きな振動が続いた。この後聞いた話によると、これでも生存者が死なない用に、戦い方には最大限の配慮をしていたらしいが。緑色の巨人がこちらに注意を向けていたせいもあって、それでも決着は一瞬だった。

 振動が止まったことに気付いて、彼女は顔を上げた。

「赤色の……巨人?」

「まだ生きているな? 今からそこにいく。待っていろ」

 言われた通り、彼女は待つことにした。言われなくとも、他に行くところなど見当もつかない。ただ、向こうはこちらが警戒するかもしれないと思ったのか、わざわざ生身でこちらに接近することにしたようだった。

「もう大丈夫だ」

 綺麗な女性だった。長身で恵まれた体躯に、艶のある美しい金髪。だが、それよりもなによりも、強い意志を秘めた青い瞳に視線が吸い寄せられる。

 こんな人は、この農園にはいなかった。

「私はセレーネだ、君の名前は?」

 自分が幼く見えたのだろう。実際、彼女よりは明らかに若い子供なのは事実だったが、容姿よりは年を重ねている。だが、自分を安心させるために右手を伸ばしてきた彼女に反発する気は起きなかった。

「私は……マリー」

 そうして、彼女の右手を自らの意志と手で握り返す。なぜか、とても安心出来た。この人は、きっと信用できる。そう思えた。




 それが、セレーネとマリーの最初の出会い。

 彼女たちがそれぞれに新しい生きる意味を見出した、彼女たちの新しい生き方の始まりであった。

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月の無慈悲な鋼の女王 シムーンだぶるおー @simoun00

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