メッセージ・3年生

 母親から傷を治してもらってから、ユウは魔術の練習に励んだ。黒魔法や回復魔法、さらに変身魔法メタモルプロモーションを難なく習得した。娘の物覚えがいいため、母親も快く教えられて満足だった。

 学校で魔法は使えなかったが、少し生き生きしてきたためか、いじめの頻度は少し減った。学業においては、今まで以上に力を注ぐことができた。そのため、授業についてこれないということはなかった。さらに、少し積極的になり、三年生に進級した際にはクラスの副リーダーに選出されるほどになった。

 しかし、そんな娘の変化を好ましく思わない人物がいた。ユウの父親だった。

 父親は、積極的になりつつある娘に「おとなしめなままでいろ」と言いつけたり、妻には「俺の言う通りにあいつを教育しろ」と脅すなど、家では暴力を振るうようなことしかしなかった。

 ある晩、二人で娘の将来について話し合おうと、父親は妻をたたき起こした。そしてテーブルをはさんで、向かい合って座ると、いきなり怒鳴り出した。

「お前、どういうつもりだ! 娘を魔術師などにさせるだなんて!」

 母親は、ユウには魔術師、あるいは聖職者になってほしいと願っていたのだ。一方、父親は家を出ない専業主婦になることを望んでいた。この食い違いが、父親の癇癪のきっかけとなっていた。

「娘は誰かに嫁がせ、主婦にさせるのが一番いいに決まっているだろう!」

「何を言っているの⁉ あの子には、自由に飛ぶための翼が必要なのよ!」

「うるさい! 何が翼だ、自分の願望を娘に気付かれないように誘引させているだけだろうが! お前は、願望を押し付けているだけだ!」

「言いがかりだわ! 私は昨年魔法を娘に見せたら、あの子から使えるようになりたいと言われたのよ?」

 父親は睨んでいたが、母親はひるむことなく話を続けた。

「それから、しばらくは魔法を教えていたわ。でももっともっと上手くなりたいというものだから、魔術師になってみたらと言ったら、すっかり乗り気になっちゃった。それだけよ。あなたの方が、願望を押し付けている気がするわ」

 妻の言葉が終わると、父親はテーブルをドンと叩いた。

「なんだと? 俺は押し付けるような真似はした覚えはない。ただこうした方が、将来のアドバンテージが高いとユウにアドバイスしてるだけだ。これのどこが押し付けている、だ?」

「少なくとも、私にはあなたのやりかたは暴力的に見えるわ。あの子がどう捉えているかわからないけど、通じていなければ意味はないわ」

「じゃあどうしろというんだお前は」

 ぶつかり合いが起こり続けたこの話し合いは、朝日が昇る直前まで続いた。


「お母さん、大丈夫?」

 学校から帰ってきたユウは、ソファで横になっている母親に話しかけた。ぐったりした母親に触れた娘の腕は、いつものように傷だらけだった。

「……ユウ、おかえり」

 母親の笑顔と声は疲れていた。それを察したユウが魔導書を開こうとしたが、母親に止められた。

「どうして? お母さん、元気じゃないのに」

「お母さんは確かに疲れているわ。でもこの程度、なんとかなるから。あなたはまず、自分の傷を治しなさい」

 言われたとおり、ユウは傷ついた腕や脚を魔法で治療した。一通り治ると、母親は娘に言った。

「いい、ユウ。よく聞きなさい。これからは、あまり本を読みすぎないように。魔法も、しばらくは我慢しなさい」

「なんで? 私、こんなに上手になれたのに」

 ユウは腕を広げ主張したが、母親は黙って首を横に振った。

「あなたは確かに、魔法が上手くなったわ。でもね、それがお父さんを怒らせてるの」

 この言葉は、ユウを震撼させた。この少女にとって、父親は恐怖の具現と言っても過言ではなかった。そんな恐怖におびえる娘に、母親は優しめに言った。

「お父さんは、あなたが魔法使いになってほしくないと考えてるの。でも私はユウが望む道を歩ませたいの。ユウはどうなりたい?」

「……魔法使いか、神様に仕えたい」

「だったら、精一杯サポートするわ。あなたは自分のなりたいものになれるよう、努力して。くじけないで」

「うん」

 ユウの正直な答えに、母親は安堵した。


 それからというもの、ユウは父親にばれないように勉学などに励んだ。家ではおとなしくふるまい、学校では勉学などに精を出した。

 父親はそんな娘を怪しみながらも、次第に暴力を振るうことを減らしていった。しかし、自分の心の中では、おのの野望を燃やしていた。

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ギヒノム @Rougoku540

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