別格 小林信彦は最高のエンターテイナーだったんだ!

「別格ですか?」

 そうだよ。我が心の師でもあるし、最も好きな作家だった。

「だった?」

 そう、さすがに、もうご高齢だからね。でも僕が小学生から社会人にかけて追い続けた作家は小林先生だけだ。彼をミステリー作家にくくりつけるのは本意でない。彼は本来、純文学作家だ。それなのに、その中にもエンターテイメントの精神を忘れない、稀有な作家なんだよ。

「知名度は低いですよね」

 そりゃあ、ベストセラー連発の大作家とは比べものにならない。けれど、現在のサブカルチャー文化を作ったのは彼だよ。永六輔、大橋巨泉がなくなった今、テレビの草創期を語ることができるのは小林先生だけだ。

「話が、ミステリーから逸れました」

 失礼。ここでは彼の偉大なる功績の中からエンターテイメント小説だけを切り取って話そう。


 僕が小林先生を知ったのは今は絶縁している姉の机に置いてあった『オヨヨ城の秘密』だった。子供向けの『オヨヨ大統領シリーズ』の最終巻だ。何の予備知識もなく読み出した僕は、あまりの面白さにぶっ飛んだ。「こういうのが読みたかったんだ」編集者を父に持つ僕は幼少時から本に親しんでいた。でも、そのほとんどが「いい話」なんだよね。世の中、いい話ばかりじゃない。多感な僕は気づいていた。大人に混じってテレビばっかり見ていた。エロ・グロ・ナンセンスにギャグ。世界はそれらで回っているんだ。それくらい分かっていた。『オヨヨ城の秘密』にはそれが全部詰まっていた。とても少年少女向きのものとは思えないよ。だけどそれが面白い。今まで読んだことのない小説だった。僕は約半世紀経ってボロボロになったその本を今も持っている。もう読むことはできないけれど、自分を目覚めさせたバイブルとして大切に持っている。僕が死んだら棺桶の中に入れておくれ。

『オヨヨ城の秘密』で火がついた僕は『オヨヨ島の冒険』『怪人オヨヨ大統領』を立て続けに買った。これで子供向きは完結。大人向きのシリーズに移行する。『大統領の密使』は完全なサスペンスミステリー『大統領の晩餐』は料理に求道するギャグ満載のミステリー。『合言葉はオヨヨ』『秘密指令オヨヨ』は海外を舞台にしたサスペンスだ。でも、笑いの精神は忘れていない。それにうんちくもたっぷり入っている。お得な本だ。そして、事実上の最終巻『オヨヨ大統領の悪夢』は不条理感たっぷりのギャグ本だ。僕はこれが一番好きだ。


『オヨヨ大統領シリーズ』を離れよう。『紳士同盟』『紳士同盟ふたたび』はいわゆるコン・ゲーム。騙し合いだ。永らく重版未定だったが、扶桑社文庫で復刊された。素晴らしいことだ。そして『神野推理の華麗な冒険』でついに本格ミステリーに挑戦する。初めはもたつくが、後半から面白さが爆発する。そして続編の『超人探偵』シンキングマシンとなった神野推理が大活躍する。作者の著書は膨大にあるため、全部を紹介することはできない。最後に紹介するのは『ドジリーヌ姫の優雅な冒険』ちょっと抜けてる夫人と、超人(小林旭みたいな)の夫が、料理に関わるいろいろな事件に巻き込まれる、抱腹絶倒の小説だ。これは一応ハードボイルドに入るのかな?


 ミステリーを離れれば『唐獅子株式会社』などの名作があるが、趣旨が違うのでやめておこう。


 この文章を書くのに資料はほとんど使わなかった。それだけ小林信彦は僕の精神に染み付いているのだろう。惜しむらくは紹介した本がほとんど絶版で手に入らないことだ。ご興味を持たれた方は古本屋を丁寧に当たるかAmazonなどを利用してほしい。

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