《ゴーレムの少女をメイドにしました》ドゴォ
紅森弘一
第1話 僕の嫁は7千馬力
「やったぞ……! 遂に完成した……! 間に合ったぞ!」
僕は拳を突き上げて叫ぶ。
「……やっとそれで満足したか」
と、ベッドの上に寝そべっていたアギューが呆れたような目で僕を見る。
僕は、シルズ・オッフェ。オーギス王立魔法学園の生徒だ。
そして彼は、僕のルームメイトのアギュー・カダルカだ。
「あぁ! 見てくれよアギュー、この美しい顔立ち! 見とれるような曲線美! 儚げな佇まい! これぞ僕の望んでいた女の子だ!」
僕は、目の前に立つ女の子を撫で回し、褒め称える。
「……でもそれ、石じゃねーか」
「石じゃないよ! 石膏だよ!」
そう。僕が撫でているのは、石膏像。
僕が寮の自室で1年以上かけて作り上げた、僕の理想とする容姿を持った女性なのだ。
「どちらにしろそんなものに欲情するお前は変人だよ」
アギューは彼女の美しさが分からないようだ。彼は芸術が苦手なのだ。
「じゃあさ、彼女がもし動き出して、言葉を話して、この美しい顔で笑ったても、アギューはそんなこと言えるかな?」
「それはそれで怖ぇよ」
「さぁ、どうかなぁ?」
「なんだよ、その言い方」
「さぁね? 明日になれば分かるかもしれないよ」
「……はぁーっ! つっかれたぁ!」
授業が終わり、僕とアギューは寮へと帰っていた。
「なぁシルズ、お前はどうするんだ? 今月の課題。もうそろそろ締め切りだぜ?」
僕達には、大きな課題が与えられている。それは、オーギス王立魔法学園の中等部4年生が夏季休暇の前に必ず与えられるものだった。
この課題は、必ず成功させなければ留年が確定するという大切なものだった。
「ふふふ……僕はもう決めてあるからね。あとは実行あるのみだ」
「マジかよ……俺はまだ迷ってんだよなぁ。第一高等部や研究院へ行ってからのことも考えて決めろなんて言われても困るんだよ」
アギューは頭を抱える。
「そうなの? 僕はむしろこの時を待っていたとさえ言えるんだよ。4年前にこの課題の話を聞いたときにはもう、決めていたくらいにね」
「……おいおい。俺には信じられんぞ、お前みたいな奴が……」
「ふふふ……楽しみだなぁ……」
「……お前、気持ち悪いぞ。何をそんなに……って、ん? お前、もしかして……」
「気づいたかい? じゃあ早速寮へ帰ろうよ。いち早くやりたいからね」
課題。それは、「使い魔を作る」ということだった。
使い魔。それは魔術師にとってはなくてはならない存在だ。
ここの学園の生徒は中等部4年生になると、使い魔を持たなければいけなくなる。そして、その使い魔はその後も学園生活を共にすることになるのだ。
「……まさか、そのためにこれを作っていたとはな。お前は正真正銘の変態だよ」
「褒めないでほしいな」
僕は、石膏像の彼女を「使い魔」とするための準備を整えていた。
「しかも服まで作っていたのかよ……」
「彼女が目覚めたとき、裸なのはかわいそうだからね」
僕の目的、それは、「彼女」を僕の使い魔、ゴーレムとして動かすことなのだ。
「さて、上手く着せられた」
彼女は美しいメイド服に着替えていた。主人の命令に忠実なゴーレムは、メイドが相応しい。
「おい、本当にこいつを使い魔にする気か?」
「当たり前だろ? 今まで何を見てきたの?」
僕は床にチョークで魔方陣を描きながら言う。
「だってさ、見た目は女だ、確かに。石膏像だけどお前がそれでいいならいいとしよう」
「分かってくれて嬉しいよ」
「でもよ、ゴーレムでいいのか? ゴーレムって頭が悪くてノロくて馬鹿力だぞ? 7千馬力は出せる女になるわけだぜ?」
「それでもいいんだよ。僕は彼女を愛している、それならばどんな欠点でも愛すべき特徴だよ」
僕は、彼女の額の上部、なるべく髪で隠れるような場所に「真理」を意味する神代文字を彫る。
「さて、これであとは魔法をかけるだけだ」
僕はその場から離れ、魔方陣を消さないように円の外へ出る。
「行くよ……!」
「あぁ……」
アギューも、呆れつつも気にはなるのか息を呑む。
僕は、頭の中で使い魔を創造する呪文を念じる。
すると、魔方陣が光り始めた。魔法は成功したようだ。
「おい……動いてるぞ!」
石膏像が、かすかに揺れ始める。
そして、次は色の変化だ。
真っ白だった肌が、だんだんと赤みを増し始め、人間らしい色へと変化してゆく。
さらに、髪の毛も黒く染まりはじめた。
「すごい……ここまで上手くいくとは僕も思わなかったよ……!」
さらに石膏像は変化を続ける。
石膏特有のつやが和らぎ、それは人の肌のように見え始めた。硬く尖っていた髪の毛がだんだんと細かく分かれていく。
「……これじゃまるで本物の人間じゃねぇか……」
アギューは唖然としている。確かにここまでくると人間にしか見えなかった。
そして、唇につやが光り、瞳に色が入ったところで魔方陣の光は収まった。
そこには、僕が理想とする要素の詰め込まれた、美しい女性が立っていた。
「……成功だ! ぼ、僕の使い魔よ!」
「マジかよ……」
女性は、しばらく何が起きたのか分からないようだった。
腕を重たそうに持ち上げ、首をギギギ、とゆっくり動かしながら自分の腕を見つめる。
まだ自分の体に慣れていないようだ。
「わ、私は……」
「喋った!?」
アギューが驚く。
「君は僕の使い魔だよ。僕はシルズ・オッフェ。君の主人だ」
「ご、しゅじん……さま……」
彼女はぎこちなく口を動かし、
「ご主人様っ!」
足を踏み出した。が、
「きゃっ!」
「うわっ!」
その場で倒れた。重いものをぶつけたような、けたたましい音が鳴り響く。
「……大丈夫? すごい音がしたけど」
「は、はい。私、丈夫みたいなので。あはは……」
彼女は頭をかく。
「さ、つかまって」
僕は手を差し出した。彼女はその手を握った。
「うわあっ!」
僕は、物凄い力に引っ張られて地面に打ち付けられた。
「大丈夫かシルズ!」
「あ、あぁ。やっぱりゴーレムだけあってすごい力だ」
「すいませんご主人様!」
「いいよ、君もまだ体に慣れていないようだしね」
僕は痛みに耐えて立ち上がる。彼女も、なんとか立ち上がれた。
「さて、君は今日から、僕の使い魔になった」
「はい! ご主人様のために精一杯働かせていただきます!」
「いい意気だ。そこでまず、君の名前を決めたい」
「はい!」
この名前も、色々と悩んで決めたものがある。
「今日から君の名前は、『エリシア』だ」
「はい! エリシア……、ご主人様から貰った名前、大切にいたします!」
エリシアは、にっこりと笑ったのだった。
美しい。僕は、その笑顔に、心を奪われてしまった。
「……ご主人様?」
「……あっ! ごめん! あまりに君の笑顔が可愛くて!」
「なっ……!」
エリシアは、顔を真っ赤にさせた。あぁ、本当にかわいいなぁ。
と、思った次の瞬間、
「そ、そんなこと、恥ずかしいですぅっ!」
ドゴォ
一瞬何が起こったのか分からなかった。僕は、宙を舞う瞬間に、それを把握した。
照れて慌てたエリシアの左手が、僕の脇腹に勢いよく振りぬかれたのだった。
「シルズーッ!」
アギューの声が遠のく。
あぁ、これが7千馬力……。
その後僕は、医務室で目が覚めた。
アギューが治癒魔法を使ってくれたおかげで大事には至らなかったらしい。
エリシアはずっと謝っていたが、もちろん僕はゆるした。
その日の夜。
「……もう寝るぞ。シルズ」
アギューがベッドに入りながら言った。
「そうだね。エリシア、おやすみ」
「おやすみなさい、ご主人様」
エリシアはベッドのそばに立ち、枕元の明かりを消した。
そこからしばらく経っただろうか。
「エリシア、起きてる?」
「……はい。私は眠りを必要としませんので」
窓から入る月明かりが、彼女の頬を美しく照らす。
「眠れないのですか? ご主人様」
「……そうだね。エリシアとこうやって話せると思うだけで、胸が一杯で眠れないよ」
「ふふ……ご主人様ったら……。そうだ、ならば私がご主人様の横で、寝かしつけてあげましょうか?」
「いいの?」
まさか、こんなことまで実現するなんて。
石膏像には真似できないことだ。
「はい。私はご主人様のためなら、どんなことでも」
そう言って、エリシアはベッドに上がり、体勢を傾ける。
木製のベッドが、ギシギシと音を鳴らした。
そして、
バキバキバキィッ
「きゃっ!」
「うわぁっ!」
ベッドがエリシアの重さに耐え切れず、中央部が音を鳴らして抜け落ちた。
エリシアが僕の上に覆いかぶさるように転がり落ち、柔らかい感触に包まれた。が、それは直後に来た強烈な痛みにかき消されたのであった。
僕は、石膏像1体分の質量を持つエリシアに押しつぶされていた。
「す、すいませんご主人様っ! 今すぐっ……! あ、あれっ……!?」
ベッドの残骸のせいでエリシアはうまく動けないようだ。
「なっ何があったんだ! シルズ! ……って、シルズっ! お前何やってんだ!」
あぁ……さっきもこんなことあったような……。
「おいシルズ。このままこの生活を続けたらお前の体持たないぞ」
あれから4日。僕はエリシアと仲睦まじい主従生活を送っている。
「そんなことないよ、僕はとっても幸せだよ。エリシアがいてくれるから」
「ご、ご主人様! 恥ずかしいですっ!」
ゴスッ
「痛ぁっ!」
エリシアの肘鉄が炸裂した。
「……俺にはそうは見えん」
アギューは腕を組んで呆れている。
「まずエリシアがお前に怪我をさせるのは問題だな。いつまで経っても治そうとしないし」
「それは仕方ないよ、ゴーレムだから」
ゴーレムのエリシアはそこまで頭が良くないので、今のように手が先に出てしまう癖を直すことができない。
「まぁ、ゴーレムに賢い行動を求めるのは酷だろう。が、お前にも問題があるぞ」
「え? 僕?」
「そうだ。お前、エリシアがメイドだからって身の回りの世話をさせているだろ?」
「当然だね」
「それで何度本棚やベッドをこいつが破壊したか覚えているか?」
そう。エリシアは力の加減ができないのですぐに物を壊す。
また、何も無いところでつまづいて頭突きで破壊することもよくある。
「でもアラン先生は許してくれているよ。『若いうちは苦労したほうがいい! これも魔法の勉強だな! ハハハ!』って」
「あのな、だからといって同じ部屋の俺のものまで壊されるのは迷惑だ」
「あ、それは本当にごめん、謝るよ。あとでゴーレム除けの結界でも探しておくから」
「そういう問題じゃねぇんだがなぁ……」
アギューは何か諦めたように額を押さえる。
「あ、エリシア。明日の準備するから鞄取ってよ」
「はい! 分かりました!」
「全くコイツは……」
エリシアは振り向いた。が、そこでバランスを倒し前のめりに倒れた。
「きゃっ!」
そして、大きな音が響く。
「大丈夫かい! エリシア!」
僕は慌てて彼女に駆け寄った。
「やれやれ……」
アギューは心底呆れているようだ。
あれ?
「エリシア?」
返事が無い。
「エリシア、エリシア?」
「ん、どうした、シルズ」
「エリシア、返事をしてよ!」
うつぶせに倒れた彼女の体を揺らす。
起こしてやろうにも、重すぎて僕じゃ無理だ。
「……っておい、手足が白くなってやがる!」
「……え?」
僕は、彼女の腕を見た。
「なっ……!?」
その腕は、白く硬く冷たい、石膏のものになっていた。
「……戻っている!?」
さらに、滑らかで美しかった黒髪から色が抜け、真っ白な石膏へと変わった。
「ちょっと待ってよ! どういうことだよ!」
「何だ、一体何が……待てよ! おい、シルズ、ちょっと手を貸せ!」
アギューがそう言った。
「何? 何か分かったの?」
「あぁ、もしかすると、だ。こいつをひっくり返すぞ」
「う、うん」
僕はアギューと協力して、冷たくなったエリシアの体をひっくり返し、顔が見えるようにした。
彼女の顔は、驚いたような表情で固まっている。僕は、それを直視したくはなかった。
「ねぇ、これで何が分かるの?」
「……やっぱりだ。ここを見ろ」
アギューは、彼女の額を指差した。
「あっ……!」
僕は、気付いてしまった。
「『真理』が、『死』になってる……」
硬い体と強力はパワーを持つ最強のモンスターゴーレムには、ある弱点がある。
それは、額に書かれた神代文字の『真理』である。
ゴーレムは、この文字の一部を削られるとそれは『死』の意味を持ち壊れてしまうという。
エリシアが頭を打ったであろう場所を見ると、そこには授業で使う魔法石が落ちていた。これが運悪く彼女の額の文字を削ったのだろう。
「そんな……嘘だよ……! まだ僕らは、主従になったばかりじゃないか!」
僕は涙を流し、彼女に抱きつく。
が、エリシアは以前のような暖かさも柔らかさも持っていない、普通の、石膏像でしかなかった。
「……いやぁ、一時はどうなることかと思ったよ」
「あの時はありがとうございます! ご主人様!」
後日、僕とアギューは学園内のテラスで昼食をとっていた。もちろん、僕のそばにはエリシアがいる。
「俺は複雑な心境だぞ……」
アギューはいつもの如く呆れている。
エリシアが動かなくなった後、僕は彼女の額の文字を一度石膏で埋め、新たに文字を彫って魔法をかけなおしたのだ。
すると、エリシアは以前のように笑顔を取り戻したのだった。もちろん、今までの記憶も残っていた。
「いやぁ、でも本当に良かった」
「はい! 私もこれからは足元に注意して歩くようにします!」
「注意するのは足元だけじゃないんだがな……」
「っていうかアギュー、君はどうするの、使い魔」
「やべっ! そうだ、忘れてたじゃねぇか」
「じゃあ僕がアドバイスしてあげようか? エリシアみたいな可愛い使い魔を作る方法! 人形とかなら今からでも間に合うよ、きっと」
「余計なお世話だ!」
「か、可愛いだなんて、恥ずかしいですご主人様っ!」
バキィ
エリシアが僕の頭を軽くはたき、テーブルに僕はめり込んだ。
「シルズっ!」
「あははっ! このくらい平気だって! あぁ、僕は幸せだなぁ!」
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