天上の恋について

 ねえ、あなたは、愛ってどういうものだと思います? んー、あなた、ご結婚は?

 ああ、そうですよね、すいません、そんなこと、仕事上簡単に答えられないですよね。やっ、いいんです、理解できるんで。

 えっと、何が言いたかったかって言うと、僕は、愛っていうのは「あの人と素敵なものを作り上げたい」っていう強い気持ちのことを言うんだと思うんです。思うんですっていうか、まあ、そうですよね? ね? そう思うでしょ? ね?


 うん、あなたがわかってくれる人でよかった。たまにね、はぁ? って感じの顔する人いるから。こっちこそはぁ? だし。馬鹿はこれだから。

 ん? ああ、そうそう。んー、そうだな、誰にでもわかりやすい例をあげると、例えばこどもなんかがそうですよね。大好きで素敵なあの人と、この世界で一番素敵なものを一緒に作りたいっていう気持ちがあって、こどもって生まれるでしょ。


 そういう意味で、僕達って特別に最高の恋愛関係にあったんです。

 こどもはもちろんいません。だってセックスしたことないから。っていうか、セックスなんて意味ないから。んー、こどもがいらないからとか、セックスしたくないからって意味じゃないんです。


 セックスってね、愛のランクを下げるんですよ。だって、どんなに「あの人のことが好きだから」とか言ったって、そこには絶対、自分の性欲を満たしたい的な気持ち入るじゃないですか。結局自分が気持ちいいからヤリまくってるわけでしょ、リア充的な呼び方されてる奴等って。


 んー、いやいや、それが悪いっていうわけじゃないんですよ、だって、そういう人達が一定数いるから人類が絶滅しないわけだし? や、見下してるわけとかじゃなくって、まあ、ようは、セックスってのは一般人用の愛っていうか。うん。


 つまり僕達の間にあった愛っていうのは、自分達の肉体の気持ちよさを求めるんじゃなくって、お互いの心とか魂を満たし合う、高次元の愛だったんです。セックスに依存するような、低次元なものとは違う。あ、あなたもそうだったら、すいません。でも、逆にそれが普通なんで。あなただけのことじゃないんで、気を悪くしないでください。


 こんなことを言うと偉そうかもしれないけど、僕達が特別だったんです。

 でも現実に、僕達はこれまで、世界で一番素敵なものをずっと一緒に生みだし続けてきました。いわば、それが僕達のこどもです。僕達は、セックスなんてつまらないものに頼らなくてもそれができるんです。


 え? 具体的に? んー、色々な方法がありました。Twitterとか、Facebookとか、インスタグラムとか。そういうところで、お互いのインスピレーションを交換してました。普通はLINEとかなんでしょうけど、ほら、SNSって他のファンの人達からもコメントもらえるじゃないですか。見当外れすぎて腹立つことも多いんですけど、良い線ついてくれる人もいるんですよ。そういうのがまた、新しい閃きにも繋がったりして。

 で、それをまとめて、彼女が楽曲にするんです。よく読んで確認してもらえればわかるんですけど、彼女の歌詞って、結構僕との関係とかやりとりとか反映されてるんですよ。そんなに素直な気持ち書いたら、勘の良い人には僕達のことバレちゃうよって、こっちが心配しちゃうくらい。


 だから、許せなかったし、悲しかった。いえ、彼女を許せなかったわけじゃないんです。

 一番大事な時に彼女を守れなかった自分と、それから卑劣な方法で彼女を騙したあいつが許せない。あいつのせいで彼女は愛を失ってしまった……。男に股をひらいて、あんあん言って、気持ちいいって喘いで……、彼女は、肉欲の沼に溺れてしまった……。翼が穢れた天使は、もう天上には戻れない……。僕の罪です。大切な恋人を守ってあげられなかった僕の。


 彼女も後悔していました。いえ、直接そう言われたわけじゃありません。賢い彼女でしたから、自分のしてしまったことの重大さに気づいていたんだと思います。大分前から、表情が暗かったんです。僕は最初その理由を気づいてやれなかった……。仕事増えてきて疲れてるのかなあとか、作曲大変なのかなあとか、見当外れのことばかり思って、励ましの手紙とか、可愛い癒やしグッズとか、そんなのばっかり送ってたんですよ、ウケますよね。え? うん、事務所にです。だって、彼女がそっちに贈って欲しいっていうから。家にひとりだけ送ると、ほら、特別な関係がばれちゃうから。木を隠すなら森の中って言うでしょ。


 でもね、やっとわかったんです。あの雑誌の記事と写真を見たときに。ああ、これだったんだって。イベントとか、ライブとかで、俺と目があうたびに表情が強張ってたのはこれが理由だったんだって。


 彼女、悲しんでたんです。そして怖がってたんです。自分が一時の肉欲に騙されて愛を穢してしまったことと、それが理由で僕に嫌われてしまうんじゃないかってことに。


 馬鹿ですよね。そんなわけないのに。

 だから、僕、本当に辛かったけど、彼女の願いを聞いてあげることにしたんです。


 ええ、そうです。僕は殺人を犯しました。


 え、あいつも殺すつもりだったのかって? まさか。確かに最初は殺したいと思いましたよ。でもそれじゃあ簡単すぎるじゃないですか。あいつは一生後悔し続けるべきなんです。僕と彼女の高等な愛をセックスで貶めたことを。そしてそれによって、僕達が生みだしてきたあの素晴らしい神曲達のような存在が、もう二度とこの世に生まれないことと、その原因となった自分の罪深さを永遠に絶望し続けるべきなんです。


 はい、認めます、刑事さん。僕は彼女を、殺しました。動機は彼女を救うためです。一週間前の野外ライブで、彼女は僕に言いました。え? いえ、違います。彼女の目が、僕に言いました。汚れてしまった私を助けて。天に返して。綺麗な体と魂であなたのところに帰ってくるために、って。だから、殺しました。犯罪なのはもちろんわかっていました。でも僕にとっては、彼女を守ってあげられなかったことの方が罪だったんです。だから、せめての罪滅ぼしに彼女の望みを叶えてあげたかった。何度? 何度って刺した回数? それ大事ですか? たくさんですけど。理由? だって、セックスしたんですよ。僕じゃない男と。何回も。何回も。何回も。何回も。つっこんでた回数、つっこんだだけですけど? それくらいの権利、僕にだってあるでしょうが。僕恋人ですよ?



〈2017.4.22 題目「多角関係」〉

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