第9話 花火大会事件2


思い返せば、ここ二週間ばかりずっとグループでだ。その間に秋と話すことがなかったわけではないが、周りに人がいるのといないのとでは、自ら話すことは変わってくる。さほど意識をしてないつもりでも、言葉や話題を選んでいる。知らず知らずの間にストレスが溜っていたのか、久方振りの二人っきりの空間はとても開放的な気がした。

それから俺達はふたりっきりになれなかった二週間を取り戻すかのように、しゃべり続けた。日常の些細な物事、どうでもいいようなことから、パプニングに溢れた学校行事のこと、誉められた結果でないにしろなんとか面目を保った成績表のこと、それから、この夏休みにしたいことや行きたいところまで。

時に手を叩いて笑い、時に共感し、時に感性の違いに首を傾げ、とても穏やかに優しい時間は過ぎていった。

ひとしきり話したところで、急に秋の表情が曇った。

「み~ちゃんたち、おいて来ちゃったね」

なんとか笑ってみせようとする秋だが、瞳は潤んで今にも泣き出しそうになってる。

「み~ちゃん、怒ってるかなぁ? あたしのこと、嫌いになったりしないかなぁ?」


秋の手に力がこもる。そのか細い腕がかすかに震えて、彼女の不安が伝わってくる。

 正直、このことで牛飼が秋のことを嫌いになるとは、とても思わない。傍で見ていて、二人が常に互いを思いやっていることはよくわかっている。秋がこんなにも不安そうな顔を見せるのは、彼女にとって前例のないことだからだろうか。

「牛飼が秋のこと、嫌いになることなんて、想像できないな」

 震える秋の手にそって手を添える。

「みぃちゃんがあたしのことを思ってくれてるの、わかるの……。でもね、このごろ、みんなで遊びに行くことばかりで、ひろちゃんと二人でゆっくりお話しすることもなかったから……、あたし、どうしていいか、わかんなくなっちゃって……」

 俺にとっては、ただ邪魔なだけの周りの干渉は、秋の目には友達の暖かい気遣いだったのだろう。有難迷惑と割り切ることもできず、自分の意思と周囲の思惑の間で悩み続けていたんだ。たまった欝憤が秋を大胆な行動に走らせた。でも、だ。冷静になった今、置いてきてしまった友人を思い、胸を痛めている。不器用 な子だ。そこが愛おしくてたまらない。そして、悔しくもある。牛飼未衣が秋に対してこれほどまでに強い影響力を持っているのか、と事あるごとに思い知らされる。

「秋、変わったよね」

 秋が小首を傾げる。

「あたしが、変わった?」

 そう、変わった。秋は良くも悪くも、おとなしい子だ。いや、おとなしいというより、よい言葉ではないが、自己主張をほとんどしない子だ。自己主張をするにも、何かと遠慮がちだった。俺や牛飼に流されるままだった。牛飼はそういう秋のことをどう思っているのだろうか? もし、機会があれば聞いてみたいところだ。これは、何も確証のないことだが、彼女は嫌われていることを必要以上に恐れていたのかもしれない。

「積極的になった、と思うよ」

 秋は、どう反応していいのかわからずに困惑していた。それがまたかわいらしい。周りが秋を振り回すことがあっても、秋が周りを振り回すなんて、想像もできなかったことだ。


秋は、どう反応していいのかわからずに困惑していた。それがまたかわいらしい。周りが秋を振り回すことがあっても、秋が周りを振り回すなんて、想像もできなかったことだ。

 秋はしばらく考えて、おずおずとしゃべりだした。

「この前のこと、この前の体育の時間……、みぃちゃんは、なにかひとりで悩んでた。あたしは何もできないまま、どうすることもできないままで。でも、みぃちゃんは、自分の力で立ち直って……。あたし、思ったんだ、みぃちゃんみたいになりたい、強くなりたいって、弱いあたしを変えていきたいって。あたしは、 クラゲさんのようだと思ってた」

 花火の跡の淋しい夜空を見上げる秋の瞳はかすかに潤んでいるように見えた。

「水槽の中をただたゆたうばかりの、波に身を任せてゆらゆらと揺れるばかりの、クラゲさんだと思ってた。でも、もしかしたら、あたしだって、自分の気持ちのままにできるんだって、思えたの」

 秋はなけなしの勇気をふるってくれた。友の過剰な気遣いを思い、自分の気持ちと突き合わせて、溜まったストレスを爆発させる形で……。

「でも、違うよね、こんなの。みぃちゃんやみんなに迷惑かけて」

 無理をしてでも、笑ってみせようとする彼女の手を強く握りしめた。

「友達なんだから、友達だからこそ、迷惑かけてもいいんじゃないか。迷惑をかけないでいいのなら、それに越したことはないけど、それでも」

 秋の後頭部に手をまわして、秋の額を胸に押し当てた。優しく、包み込むように、意識して軽く抱きしめる。

「後で謝れば、元の鞘に戻れるさ。秋、ごめんな。俺がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないしさ」

 牛飼などの干渉に不満を抱いていながら、何もアクションを起こさなかったのは俺だ。秋がどう思っているのかもさっぱり気付かなかった。彼氏として褒められたものじゃない。でも、だ。ゆっくりと秋を引き離して、彼女の顔を見つめた。

「みんなには悪いけどさ、俺、秋とふたりっきりで話ができて、嬉しかった」

 どこかキョトンとする秋をからかうように、前髪をくしゃくしゃとする。

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キスミス ~キス未遂事件~ なつみ@中二病 @chotefutefu

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