第8話 花火大会事件1
ドッチボール大会が終わり、俺と秋はずっとクリアできずにいた課題にようやく手を出すことができた。それは映画計画だ。前々から話は上がっていたが、雑誌事件、水族館事件、と立て続けにいろいろ問題が発生してしまったわけで、ようやく当面の目的であった映画計画へと行動を起こすことができたわけだ。
ここではその多くは語らないでおこう。その内容は皆さんのご想像にお任せしたい。楽しかったことだけは確かだ。映画を観ながら秋と手を繋いだことだって、誇るべき進展ではなかろうか。自然にこういうことができるようになってしまった自分がちょっとだけ恥ずかしい。って中学生か、俺は。
まあ、例の如く俺たちを付け回すストーカーが何人かいたが、それはもうなかったことにしよう。記憶から抹消だ。秋と二人きりの楽しい思い出だけを心のアルバムに入れておく。それにしても未衣と猪狩さんに振り回される慎吾が迷惑そうな顔をしながらもどことなく楽しそうに見えたのは俺の気のせいか?まあ、女の子に挟まれてウハウハな慎吾さんを想像して、自己完結することにした。啓介は……まあ、いつも通りにうるさかった。みんなどうしてあんなに必死になって俺と秋のデートを邪魔……いや、応援してくれるんだろう。特に牛飼の気合いの入れかたはハンパなかった。まるで悪意を感じるようなほどにハプニングを仕掛けてくる。秋の足を引っかけて俺を押し倒させたりとか。それに便乗して啓介も調子に乗る。あれは思い出したくないから完全消去。おそらく作戦の総指揮官は猪狩さんだ。みんなしておもしろがりやがって。ちなみに慎吾は雑用――パシりみたいなことをしていた。ちょっとだけ同情。まあ、ぶっちゃけあいつら邪魔で、いい迷惑でした。二人きりにしてくれ!
というとこまで考え、そこでメモリーをデリートした。うん、これで秋と二人きりのデートの思い出だけが頭に残ったぞ。
なんて、都合良くはいかないが、あいつらのことはできるだけ考えないようにした。
で、だ。
映画事件(事件と名前を付けてしまうほど普通に過ごせない自分に泣きそうだ)が終わった後もいろいろなイベントは起きた。
先ずはあれだ、クラスマッチ。猪狩さんと啓介が中心となって、悪夢の二日間を狂演した。誰だよ、クラスマッチを二日も用意した奴は……。競技までは語らないでおこう、思い出したくないから。球技であるとだけは言っておく。案の定俺はボールが直撃して卒倒したわけだが。何でこんかキャラになっちまったのかね。
我らがクラスは『卑怯』のレッテルを貼られる程の戦略と戦術を駆使して、見事優勝。いいのかこれ。ちなみにこの球技大会によって牛飼未衣の名前は全校生徒の心に刻まれた。やっぱりすごいよ、あいつは。
他にも水泳の授業が何故か男女一緒になった日があったりもしたな。俺は終始落ち着かずに秋の方をチラチラ見てドキドキしっぱなしだった。水泳水着、かわいいなあ、って俺はヘンタイか!とは言うものの、男子はずっとそわそわして目のやり場に困っていたし、女子も男子の視線が気になって妙な空気が流れていた。
男子バレー部の黒川が未衣に「うしちちー」などとヤジを飛ばしたことから事件は勃発。全く、なんて命知らずなんだ。そして何故か猪狩さんが黒川を殴るという傷害事件にまで発展してしまう。いや、事件にはならなかったんだけど。黒川は女子側から社会的に抹殺されたな、かわいそうに。それはそうと、その場にいた全員が度肝を抜かれた。あのおとなしい猪狩さんが人を殴るだなんて。あまりにも現実離れした行動に、その日の出来事はみんなの頭の中からなかったことになった。黒川が悪いのは目に見えていたし、彼も自分が女の子に殴られたなんて言いふらさないだろう。
その後、猪狩さんが俺に言った。「感情のままに生きるのは、ある意味とても人間らしいのかもしれないね。でも、理性あってこそ人間は人間と呼べる。でも、感情を理性で完全に圧し殺してしまったら、それは人間って呼べるのかな」
その言葉がどうにも頭を離れない。衝撃的だった。
閑話休題。
他にも事件はいろいろあった。啓介が水面下で何故か生徒会と戦っていたり、牛飼が高校近所のラーメン屋で大食いチャンプになったり、猪狩さんが季節外れに牛飼を生徒会長に立候補させようとしたり、慎吾がヤケクソみたいにナンパしに行くぞ!って叫んだり、秋が五月のスケッチ大会で描いた絵が県の賞を取ったりした。すごいよ、秋!
全く、主人公は彼らに委ねてしまった方が物語はずっとおもしろくなるんじゃないか?って思うくらい、俺は平凡に生きている。でも人生なんて結構そんなもんで、かと思ったら、いきなり自分が主役になったりで。人生って往々にしてそんなもん。
そんなわけで、
俺たちの夏休みがやって来た。
◇◇◇
どうも、山崎洋です。今日は桐島川で花火大会があるわけです。桐島川は高校から電車で二駅くらいの距離で、非常に行きやすいわけだ。知った顔も結構いるだろうけど、気にしない。俺は秋との関係を進展させんと張り切っているわけだ。まあ進展といっても、秋と楽しい思い出を作りたいなあって、ただそれだけなんだけど。
まあそうやって二人きりのデートを計画していたわけさ。しかしそうは問屋がおろさねえってわけで、いつも通りみんなで遊びに行こうって感じになった。まあいいけどさあ。
待ち合わせ場所を決めて、現地集合ってことにした。
いざ集合場所に行ってみると、人が多いね、さすがに。
定刻通りに全員が揃った。啓介が時間を守っているっていうのが、少し気持ちが悪いけど、まあそういう日もあるか。
みんなで花火を見に行くというのは百歩譲って別に構わないと思うけど、啓介は余計じゃないか?と思うのは僕の心狭い?
啓介はどうやら猪狩さんが呼んだよう。ドッチボール対決以来、なんだか仲が良い二人。なんだか不気味なんですけど。何か企んでなきゃいいけど。
そんなことはどうでもいいと思うほどに、秋の浴衣姿はかわいかった。それだけで来た意味はあるね!うん。
未衣も浴衣を着ていて、髪形もいつもと違って、ものすごく女の子らしかった。俺が少し物珍しく見ていると、秋にキッと睨まれた。やきもちかいセニョリータ。そんな風に思うとついニヤニヤしてしまう。
慎吾は何故かぼうっとしていて、猪狩さんに尻を叩かれていた。猪狩さんが「感謝してよね」って言っていたのはなんだったんだろうか。
そういう猪狩さんは、女性陣の中で唯一浴衣を着ていなかった。白いTシャツに、短パンに、メガネ。長い髪は後ろでポニーに束ねていた。
「猪狩さんってメガネだったんだね」
俺は言ってから妙なこと言ったなあ、なんて思いつつも、彼女の見慣れない顔をじっと眺めた。
「ああ、いつもはコンタクトだから」
さらっと言ったが、どことなくダルそうというか、なんだか覇気がない感じがした。すると慎吾が、
「そこは着ろよ浴衣ー」
空気読めよーって感じで言った。
「いや、なんかめんどくさかったから」
「それにしても気抜き過ぎだろ、その格好は。もっと気合い入れろよ」
「え、やだよめんどくさい」
「めんどくさいめんどくさい言うんじゃありません!お前ちゃんとした格好すりゃかわいいんだからさあ、もっとがんばれよ」
「いやあ、別にあんたらに見せてもねえ」
なんて、すごい会話してますよ。それにしても慎吾さん、かわいいとかよく普通に言えるなあ。というか、この二人もドッチボールあたりから急に仲良くなった気がする。何があったんだろう……
「Tシャツも白くて薄いの着てるからブラ透けてるじゃねえか」
「見るなスケベ。見物料取るぞ」
慎吾さん!何言ってるんですか!セクハラですよ!俺も下着のラインが出てる事が多少気になっていたけど、さすがに口に出しては言えませんでしたよ!
「でも、はなちゃんの浴衣見たかったなあ」
「ごめんね、秋~」
残念な声を漏らす秋をぎゅっと抱き締める猪ちゃん。秋は俺のだぞ!なんて心の中で叫んでみる。
「そうだよー。せっかくだから三人でプリクラ取ろうと思ってたのにー」
未衣が言った。意外でビックリした。
「牛飼って、ほんと変なとこで女の子だよねえ……」
猪狩さんは奇異の視線を送る。
「う、うるさいなあ!あたしは女だ!猪狩だって、彼氏にフラれたからオシャレしてないんじゃないの?」
カチン、と音が聞こえた気がした。空気が止まったよ。ほんと、仲がいいのか悪いのかわからないよ、この二人は。
「何、猪狩嬢に彼氏がいるのは確定か?」
おもしろいネタを拾ったように目を輝かせる啓介に、俺は「さあ」と返しておく。
「なんのことかしら牛飼さん?」
「てめえの態度に聞いてみな」
なんか本当に喧嘩しそうな勢いなんですけど……。秋は二人の間でわたわたと困っている。止めればいいのに慎吾は思案気な顔をして二人を眺めているし。
こういう時に頼りになるのは、歩くエアーブレイカー……いや、ムードメイカーの啓介だ。
「待て待て君たち、とにかく今は出店やら花火やらを楽しもうじゃないか!花火まではまだ20分くらい時間がある。何かまず食べようじゃないか!」
さすが啓介さん。啓介だけは男性陣の中で唯一、浴衣だかじんべえだかさむえだか、とにかくそれっぽい格好をしている。
啓介はこれ以上はないってほどの笑顔を向けて言った。
「後で男だけでプリクラ撮ろうぜ!」
その瞬間、
「「ない」」
という俺と慎吾の声がハモった。
/
さっきまでの険悪な雰囲気はどこに行ったのだろうか。猪と牛の干支コンビはいつも通りに戻ってしまっている。ああいうやり取りが二人にとっては普通のことなのかも知れない。
それはそれでいいんだけど、何かとつけて俺と秋をくっつけようとするのは止めて頂きたい。うれしいんだけどさあ、秋さんがなんかだんだんご機嫌が傾げてきましたよ?なんというか、二人っきりになりたいなあ、なんて思うわけです。
「ほら秋、わたがし買ってきたよ。洋と二人で食べなよ」
牛飼がうろちょろうろちょろしながら、何か買っては秋と俺のところに持ってくる。俺と秋がはぐれそうになると、俺は慎吾に、秋は猪狩さんに連れ戻される。もはやSPの域だ。はっきり言って行き過ぎだ。手を繋いでいたらはぐれはしないんだろうけど、皆の前じゃ恥ずかしくてそんな真似できやしない。
で、啓介は啓介でまた暴走を始めた。
「ふはははは!ご両人、あちらが花火の特等席であるぞ!絶景である、絶景であるぞっ!」
いや、そんな大きな声出さなくていいから。というか前々から思っていたけど、あの高笑いを止めて欲しい……。いろいろと周りに迷惑だよ、あんた。
SPさん達が盛り上がれば盛り上がるほど、だんだん秋さんの顔が曇っていく。周りから注目されて、恥ずかしいのかな。俺は気遣える男を演出するために、秋に話しかける。
「秋、大丈夫?」
ぱっと秋の表情が明るくなる。でも、すぐに俯いて、
「あ、うん。大丈夫だよ」
と少し元気がない様子。俺は心配だよ秋ぽん。
そんな不安な状態のままふらふらとしていると、ほどなく花火が始まった。場所は啓介チョイスのさっきのところだ。
◇◇◇
花火が始まってほどなくして、私はすぐに飽きてしまった。
今は秋と牛飼の横顔を眺めている。
基本的に私はこういうイベント事は退屈で仕方がないのだ。人がたくさんいるところも嫌いだし、テンションが下がる。
こういう考え方をしていてはいけないと思う。いけないと思うけど、私は結局こういう人間なんだなと自覚して、鬱になる。何も悲観することはないと思うが、自分の根底を見たような気がして、やるせなくなる。私は本当にどうしようもないやつで、楽しんだり感動したりというのがどうも苦手らしい。
そういうわけで、花火よりも、人間観察に移る。
牛飼は最近元気で何よりだ。秋と山崎君の仲を進展させようとがんばっているのが、最初は痛かったけど今では微笑ましくさえ思える。それに私も乗っているわけだが。
長瀬君は長瀬君で牛飼の方をちらちら見ていて、かわいいなあと思う反面、分かりやす過ぎだろうと今後の発展に不安を覚える。まあ牛飼は自分のことには鈍感――いやいや、疎いようなので大丈夫だろうが。否、裏を返せば想いが伝わらないってことじゃあないか。
池上君は――相変わらず読めない人だ。いつも楽しそうで何より。
山崎君は、さっきからずっと秋のことを気にしている。さすがは彼氏、秋の状態をしっかりわかってらっしゃるようで。まあ、その内容まで悟れていないのはまだまだなんだけど。
秋は――
ちょっとご機嫌斜め、かな。理由はわかる。はっきり言って、はりきり過ぎちゃったかなあ。今後は少しは自重するか、なんて。
いろいろ考えていると、長瀬君と目が合った。
/
猪狩と目が合った。
「長瀬君は花火見ないの?」
「見てるよ」
「ほほぅ」
嫌な笑みを浮かべるな。くそ、牛飼を見ていたのがバレてやがる。
「そういうお前はどうなんだよ」
俺と目が合ったってことはこいつもあんまり空を見上げてないってことじゃないか。
「ちょっと、飽きちゃってねえ」
猪狩は俺にだけ聞こえるように言った。
俺たちの会話は花火の音でかき消されているが、なんとなく二人とも一歩みんなから離れた。
「飽きたってなあ……お前ちったあ楽しめよ。ていうかお前に誘われた気がするんだが?」
「うーん、なんでだろうね。私ね、こういうのってなかなか楽しめないんだ。だから、みんなと一緒ならどうかなって思って」
「彼氏とでも行けばいいだろ」
「それは、ねえ」
「お、否定しなくなったな。待てよ、てことは彼氏と来れないから俺たち誘ったみたいな感じか?」
「実は、まあ、そんな感じ」
「ひどいな」
「うん、秋たちには悪いことしたかなあとは、ちょっと思った。二人のお邪魔をしてしまっているわけで」
「俺まで巻き込むなよ」
「いいじゃない、牛飼の浴衣姿が見れたんだし」
「……ま、まあな」
「今日の牛飼、めちゃくちゃかわいいよね」
「ああ、かわいいな」
「ヤバイね」
「ヤバイな」
「素直になったねえ……」
「人をおちょくるな。今さら猪狩に何を隠せと言うんだ」
「あれ、呼び捨てになってる」
「なんか今さらだろ。つーか、俺ばかり手の内を明かしてる気がする」
「まあ、それは仕方がないなあ。私の彼氏さんは世界的に有名な方だから、公言するわけにはいかないんですよ」
「嘘つけ」
「嘘です」
「はあ……別にいいけどさあ、花火見ろよ」
「見てるよ」
「もっと興味持てよ」
「それは無理かなあ」
「おい」
「なんかねえ、こういう非日常的イベントも、私にとっては日常でしかないから」
「お前さあ、そういう考え方で楽しい?」
「考え方?」
「考え方だろ。人の感じ方なんて、考え方一つで簡単に変わるもんだぞ」
「考え方かあ……」
神妙な面持ちで考え込む猪狩。全く、こいつが考えてることは理解できねえ。
「とりあえず、今度こういうイベントがある時は浴衣着れ」
「なんでまた」
「こういうのは形が大事なんだよ。自分から楽しいこと見つけないと、人生おもしろくないぞ」
「へえ……」
「なんだよ」
「長瀬君でもまともなこと言うんだ」
「おいおい、俺はいつだってまともだぞ」
「いやいや、感心してますよ。ちゃんと心の日記につけておきます」
「なんだよそれ。ま、こういうのってさ、どこに行ったとかじゃなくて、誰と行ったかってのが肝要なんじゃないのか?」
「なるほど、ね。それはわかる」
「若いうちに楽しんどけよ、一度しかない人生だ。どうせ生きるなら楽しい方がいいに決まってる」
「……長瀬君って、意外とポジティブな人なんだね。もっとネガティブ寄りの人かと思ってた」
「どんなイメージ持たれてるんだ俺は……。でもまあ、根はすっごいネガティブだけどな。できるだけポジティブに考えるようにしてるわけよ。言っただろ、大事なのは考え方。世界がつまらないと感じるなら、楽しくないのは世界じゃなくて、お前の心構えだろ」
「ほう、良いこと言うねえ。先生みたいだ」
「あ?」
「いやいや、こう、人生のって感じのね。ま、モラトリアムできるうちに、私の意識も構造改革しとかないとね」
「何言ってんだ?」
「今を楽しく生きましょうってこと」
上を見上げると、ちょうど今日一番の大きな花火が上がった。
ま、花火もすぐ消えて無くなるんだけどな。俺にとって花火は繁栄より衰退みたいな象徴になっている気がする。ま、根暗だからな。
でもまあ、それをみんなで見ることで、この刹那を頭の中に焼き付けてるのかもな、なんて思った。
まあ、とどのつまり思い出作りだな。
◇◇◇
花火が終わった。
そりゃあもう綺麗だった。秋と一緒に見たんだ、それはもう当たり前だな。
秋が「綺麗だったね」と言ったから、「君の方が綺麗だよ」なんて言おうと思ったけど、そんな歯の浮くような台詞、俺に言えるわけもなく、悲しく飲み込んだ。
「さて、これからの予定だが」
終わって早々、啓介が仕切り始めた。
「もう一度出店回りをして、締めは手持ち花火大会にしたいと思う」
そう言った啓介の腕には大量の花火セットが抱えられている。いつの間に買って来たんだろう。
「来週、うちの近所の希崎神社にて夏祭りが行われる。その前哨戦だ!希崎の出店はそりゃあもう規模が違うからなあ」
今日のメインは花火大会。その割に屋台が多いのは驚きだが、夏祭りはこれを遥かに凌ぐのか。ちょっと楽しみだ。
次はどうやって秋と俺のデートをプロデュースしようかと、牛飼の目がキラリと光った。皆がわいわい騒いでいると、ぎゅっと手を掴まれた。秋だ。
「どうした?」
痛いくらいにがっちりと掴まれた手をそのまま引っ張って、秋は走り出した。
/
まるでそれは誘拐のようだった。あたしたちが状況を把握する前に、もう秋と洋の姿は人混みに消えて行った。
「あ……れ?」
あたしは救いを求めて猪狩の顔を見つめた。ごめん、何があったかわかんなかった。
「ふむ、長瀬ちゃんも大胆だな」
池上が不敵に笑う。
「ま、あれだね。多分私たちはやり過ぎたね」
猪狩が言った。やり過ぎたってどういうことよ。
「二人のデートを盛り上げようと、皆でなんやかんややったわけじゃない。それに秋が怒ったってわけよ」
ま、まさか。
「うん、私たちは二人の邪魔してたってわけ。まあ自覚はあったけど、牛飼は暴走気味だったし、奥手の彼らにはちょうどいいかなって思ってたけど、そうでもなかったみたいね。まさか秋が行動力を示すなんて。爆発しちゃったかな」
ちょっと待て!それだったら……
「嫌われたかもね、私たち」
ショックだ。良かれと思ってやっていたことが逆効果だったなんて。
あたしは必死だったのかも知れない。秋がもう追い付けないくらいのところまで山崎と行ってしまえば、自分の気持ちを精算できるんじゃないかって。
でもまさか、秋が怒った……?
「ふむ、とりあえず追いかけてみるか?」
「バカ、そっとしといてやれよ」
池上くんと慎吾の声で、漸く冷静さを取り戻してきた。
「お、追いかけよう」
あたしはなんとか声を振り絞る。
「待てよ、秋と洋二人きりにさせてやろうよ」
「長瀬くんが言うことも正しいけど、とりあえずここは二手に別れて探そうか」
「おいおい猪狩」
「どうせ花火の後でこれだけ人がいて、電話も繋がらない。一度合流してこれからの事を話してからでも遅くない」
「そうかあ?」
「そう。私は池上くんと一緒に行くから、二人は向こうの方からお願い。見つけても見つからなくても、30分後に最初の待ち合わせ場所に集合。いい?」
「ふむ、心得た」
「長瀬くんと牛飼は?」
「わ、わかった」
猪狩の気迫に押されて、頷いた。
慎吾は何だか腑に落ちない顔をしていた。
「そういうことかよ」
「そういうことだよ。頼むわよ」
猪狩の気迫に慎吾も押された。何だか他意が含まれているような、念の押し方だったけど、そんなことより今は秋だ。
あたしは不安で不安でたまらなくなった。あたしはまた、余計な事をして秋を困らせてしまったのか。今から秋と洋を追いかけることが、最良だとは決して思えない。でも、とりあえず動かないと、自分が不安で仕方がなかった。
/
「ひろちゃん、お話しよ」
秋が人気のないところまで俺を引っ張ってきて、最初に言ったのがその一言だった。
「おい、どうしたんだよ秋」
「お話しよ」
「話ってなんだよ。わけがわからないよ」
「お話しよ。何か話したいことがあるわけじゃないけど、お話したいの。ひろちゃんと」
「どうしたんだよ秋、ほんとに」
いよいよわけがわからない。秋はいったいどうしたっていうんだ?
「最近、あんまり二人で話せなかったから……」
「……あ」
そう言われてみればそうだ。最近は未衣や啓介がやたら絡んできて、二人で話す時間なんてなかった。
俺はそんな事にも気付かずにいたのか。秋が寂しがってるって事にも気付かないで。俺は最近周りがうざいなあとは思いつつも、その方が秋が楽しいのかな、なんて思っていた。皆でいる方が秋の笑顔が見れるって。でも、どうやらそれは違ったらしい。俺は自分がすごく情けなくて、だけど、ちょっとだけ嬉しくなった。
「秋、話そうか。いっぱい」
「うん」
なんだか秋のこんな顔久しぶりに見た気がする。うれしそうで、それでいて照れているような恥ずかしがっているような表情。これが、女の子の恋をしている顔なのかも知れない。
「あのね、じゃあ、さっきの花火の話!ひろちゃんは、花火、どういうふうに見てた?どういうふうに思った?」
/
「猪狩嬢、我々は捜しに行かないのか?」
「だからさあ、その“嬢”っていうのやめて欲しいんだけど」
俺と猪狩は二人だけで、すぐにスタート地点――つまりゴール地点へと戻った。最初の待ち合わせの場所だ。
「すまない猪狩。と、論点をずらしてもらっては困るな。今度は何の作戦だ?」
「作戦なんかじゃないよ、ただのおせっかい」
「それは誰に対してだ?」
「うーん、誰だろうね?」
「ま、まさか、猪狩、お前、俺の事を……?」
「いっぺん死んでくる?」
最近の猪狩との会話のやり取りは楽しくて仕方がない。
「まあ、あと30分ここで待つとするか」
「ま、長瀬くんの根性次第かあ」
「どういう意味だ?」
「解釈は任せます。で、みんな帰って来なかったらどうする?私とデートでもする?」
「え、いいの?」
つい素が出てしまう俺なのであった。
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