第2話 忍び寄る闇

 夜の王ドラキュラを討伐したクライは悠々と陽の光を浴びて街に戻ってきた、戻ってきたクライを街の人たちは歓迎し、持て囃した。


「いやー! クライさん! 私はあなたを信じていましたよ!」


 街の酒場でクライはソファに座り、髭を生やした男性がニコニコとグラスに酒を注いで渡す。その周りでは色んな人たちが料理や飲み物を運んでは、空いた皿を片付けている。


「ハッハッハ! そうかそうか、いやーいい気分だ」


 クライはわざとらしく笑い、手のひらを返した人間たちに内心呆れていた。酒を何度か飲み、比較的マシな料理を食べていると酒場にルミナスが入ってくる。お供の男性はおらず一人だ。ルミナスは真っ直ぐクライに歩み寄るとテーブルを挟み目の前に立った。


「あなた、やはり天空の民の・・・・・・」


 天空の民、その言葉を聞き周りにいた人々がざわつき始める、クライは何かを知っているであろう彼女の話を聞くことにし、酒の入ったグラスを置いた。


「そうみたいだな、俺は知らなかったが」


 自分に何か特殊な力があると気がついたのはいつだっただろうか、実はクライには記憶がない。数年前、地下墓地で目が覚めたとき、それ以前の記憶は失っていた。そして傍らにあった棺桶だけが少し記憶を呼び戻した、自分はこの中身を蘇らせようとしていた、それだけは確かに思い出したのだ。そうしてやっとの思いで地下墓地から這い出し、この街にやってきた。


「天空の民、ね・・・・・・それが何なのか知らないんだが」


 ルミナスはボロ椅子を一つ持ってくるとクライと向い合って座り、話し始めた。


「昔、この世界が始まったばかりの頃です、遥か上空に浮かぶ島には文明がありました、それが天空の民です」


 太陽が現れた空に島は確かにあった、どういう原理で浮いているのかなぜ浮いているのか不明だったが、あそこに文明があったのかとクライは驚いた。


「天空の民は最も太陽に近い種族でした、それ故太陽の力を扱うことができます」


 太陽の力、ドラキュラを退治するとき空に暗雲がかかっているにも係わらず太陽が顔を覗かせたのは天空の民の力だったのか。クライは自身が天空の民に関係のあることを理解しようとしたがいまいち実感が沸かない。


「ですがある時、天空より更に上――暗黒が広がる世界から侵略者が降りてきたのです」


「死のモンスターか」


 ルミナスは首を振る。


「いいえ、死のモンスターは侵略者が生み出したものです。天空の民は侵略者を『暗黒物質ダークマター』と呼び、戦いました」


 そこまで言い、髭の生やした男性が口を開いた。


「ルミナス様、それは太陽神話の話では?」


 この世界に伝わる神話の一つと同じ内容なのだ、ルミナスはそれをあたかも事実のように語っていることに周りの人々は不思議に思った。


「神話ではありません、事実なのです」


 まさか遥か昔にそんなことが起きていたとは、神話としてフィクションとなっていたと思っていた人々がざわつきを強める。


「女神ヒマワリは暗黒物質の神、『ゲッカコウ』と戦い、勝利しました。ですが女神ヒマワリも天空の民も傷つき、島を捨て地上に降り立たなければなりませんでした」


「なるほど、その降り立った天空の民の末裔ってことか」


 クライがグラスを傾ける。かつて文明を持っていた種族の末裔、それが自分のルーツか。とクライはそれについて思い出そうとしたが何も頭に浮かばなかった。


「そして私も、その天空の民の末裔なのです」


 ルミナスの手がぼうっと淡く光る、それを見て驚く人々、クライはその手をじっと見つめていた。


「太陽の力、闇を祓う力です。あなたにも使えるはずです」


 クライは自分の手を見つめた、使えると言っても使い方がわからない。そうしているとそっとルミナスがクライに手を寄せた。


「太陽の光を、念じるのです、暖かい慈母の光を」


 なんとなくだがクライは暖かい光をイメージする、するとルミナスほどではないが手が光を放ったではないか。クライは少し驚き手の裏表を見る。


「太陽の力を武器に。『太陽付与エンチャントソル』それが暗黒物質との戦いで必要になるはずです」


 クライは手を棺桶に置いた、すると棺桶全体が光に包まれたではないか。淡い光は周りにいる人々や家具で出来た影を照らし存在感を出している。


「ほう、これが太陽のね・・・・・・」


 まじまじと光る棺桶を見るクライ、これがあれば今まで以上に餌を狩ることができそうだと喜んだ。暫く経つと光は消え、元の棺桶に戻った。クライは料理を食べ周りの人が帰って行きルミナスと二人になった頃、口を開いた。


「ドラキュラを倒した」


「ええ、私達はとても喜んでいます」


「だがな、新たな敵が出た。そいつは太陽にも灼けないモンスターだ」


 レイスという新たな敵のことを伝える、するとルミナスは懐から古い本を出すと数ページ開いてクライに見せた。


「恐らく、暗黒物質のなかでも強い闇を持った、ゲッカコウに選ばれた者『月下美人』の一人でしょう」


 クライは本を見る、古語だが確かにレイスの名前が、しかしコレは――?


「天空の民が暗黒物質と戦った時の記録です、一度は全滅させているのですが彼らは闇のある限り蘇るのです」


「どうしたらいい?」


「天空の島です」


 失われた文明の島、二人の先祖がいた場所。そこに何があるのだろうか。


「そこに行ってどうする?」


「天空の民が作成した兵器があります。その名も『銀の太陽』」


 ページをめくると絵が書かれていた。太陽のような形をしたオブジェだ。そこから放たれる光が暗黒物質を塵にしている。


「銀の太陽は暗黒物質を確実に殺せます、ですが早々に暗黒物質に封印され今は動いていません」


「なるほど、これを動かせばいいわけか。それでどうやって天空に?」


 いくら天空の民の末裔と言えど空を飛ぶことは出来ない、ドラゴンにでも乗れば行けそうだが飼い慣らせるほど穏やかな生物ではないのは誰でも知っている。


「遥か東にある『太陽の産声』と呼ばれる神殿があります、降り立った天空の民がまたいつか戻れることを願い作った神殿です。末裔ならば天空へ向かう何らかの装置を作動できるはずです」


「もちろん神殿や島には死のモンスターはいるよな?」


 ルミナスは頷く、都合がいい、カーミラに餌を与えなくてはならないことを忘れるわけにはいかない。クライは立ち上がると棺桶を引き釣り酒場を出る。


「どこへ行かれるのです」


「神殿に決まってるだろ」


「少しお休みになられては・・・・・・」


 ルミナスの心配そうな声にクライは振り返り、酒場に戻る。二階の小さな寝室に入るとベッドにすぐに入り寝息を立てた。


――――


 翌朝、久しぶりの朝日に街の人たちは戸惑いつつも目覚める、陽の光を浴びて伸びをするのは何年振りだろうか。心地よい気持ちで仕事に取り掛かるなか、クライは棺桶を引き釣り東へ向かう。その様子を見た街の人が激励して見送った。


「ふんっ、虫のいい奴らめ」


 ぼそっと呟き振り返ることもなく東を目指す、草木が茂り、死のモンスターがいなくなった安全な道を三日ほどかけて歩く。随分と古い建物が並ぶ場所に辿り着く天空の民がここで生活をしていた跡だろう、そのなかでも一際大きい建物に近づいていくと朝日を背負い神々しく建っている神殿を見つけた。これが太陽の産声だろう、クライは中に入ろうとしたときだ、黒い靄が目の前に現れ人の形を成していく。


「ここに来てどうするつもりだ」


 初老の男は力強い目でクライを見て言った。クライは構える、男から伝わる明確な殺気、強敵に違いない。


「この『ダンピール』死してもこの先に通させはしない!」


 ダンピールは拳銃を取り出す、すぐ引き金を引くと弾丸が発射されクライを襲う。


「クッ!」


 棺桶を盾にし弾丸を受け取る、ダンピールがすぐに火薬と弾を込め次の攻撃に移る。クライは棺桶を投げダンピールにぶつけようとするも避ける、その身のこなしは人間ではないことが分かる。棺桶が地面に落ちたときの反動を利用し、クライは引っ張られるように棺桶の元に跳ぶ。一気に距離を詰めた、ダンピールはすかさず発砲、脇腹を掠めた、クライは太陽の力を拳に付与し殴りかかる。


「グッ!!」


 ダンピールの頬が灼け、吹き飛ばされる。その刹那、ナイフを取り出しクライを斬りつける。致命傷ではないが血が出ている。


「やはり天空の民・・・・・・なおさら通すことは出来ん!」


 ダンピールの口から牙が伸び目が赤くなる、吸血鬼の特徴だ。すかさず打撃、クライは棺桶を盾にすると押し返し殴りつけた。銀で出来たこの棺桶はただの棺桶ではない、魔の者にとっては何よりも痛いだろう。太陽が昇り、神殿の上に出てくると二人を照らす。ダンピールは銃を取り出すと銀で出来た弾を取り出し込める。吸血鬼が銀の武器を使う? クライはなんとも言えない違和感に捕らわれると発砲してきた。棺桶で受けるもとてつもない衝撃が加わる、ただの銃ではない、クライは察知し急いで棺桶を退ける――既にダンピールが目の前に迫っていた!


「死ねい!」


 そしてに包まれた剣を腹部に突き刺す。熱い、まるで太陽に焼かれているかのような熱さだ。


「ガハッ・・・・・・なん、だ・・・・・・お前・・・・・・」


 この淡い光には見覚えがあった、だがどうしてこの吸血鬼が? クライは血を吐いて暗くなっていく視界のなか、ダンピールを睨み続けた。


「――フン、月下美人である私を舐めてもらっては困る」


 剣を持った手から黒煙が上がる、剣を急いで仕舞い、火傷したかのように赤くなった銀弾を摘んだ指を擦る。余裕を持っていたダンピールだが、不意に背後から恐ろしい邪気を感じ振り向く、そこには倒れたクライを囲むように棺桶から黒い靄が溢れ出ているではないか。


「何だこの力は・・・・・・!」


 その黒い靄はやがて蛇のような形を成すと威嚇するように口を開け、ダンピール目掛けて飛んでくる。


「クッ! まずい!」


 恐ろしいものであることは間違いない、ダンピールはゾンビを召喚し盾にする。ゾンビは黒い靄に捕らわれ棺桶に引き釣りこまれる、その隙にダンピールは逃げるように消えていった。黒い靄はクライの傷を撫でるように取り囲むとみるみるうちに傷が塞がっていくではないか。そして棺桶に戻り、数日してからクライが目覚める。


「ッ!! ここは!」


 腹部の傷を見る、塞がっている、一体なにが起きたのだろうか。ダンピールの姿はなく静けさが辺りを包んでいた。ゆっくりと立ち上がると棺桶を繋ぐ鎖を持つ。棺桶はどういうことは傷一つ付いていない、クライは死にかけたことと何か、不可解なことが起きたことを頭に入れつつ神殿に入ろうとした。


「クライさん・・・・・・!」


 後ろから声がする、振り返るとなんということかルミナスではないか。軽く武装しているが一体どうするつもりだろうか。


「なんだ、何をしに来た」


「私も行きます・・・・・・!」


 走ってきたのか息を切らして言う。


「帰れ、死ぬぞ」


 死にかけていたことは言わなかったが冷たく言い放つ、しかしルミナスは動かない。


「いいえ、私も天空の民の末裔です、故郷に行かなくてはなりません」


 強い眼差しを向ける、クライは勝手にしろといい先に神殿に入る。神殿のなかは太陽の光を取り込んでおり明るい、石で出来たこの神殿の床には何か巨大な魔法陣のようなものがあるのが分かる、これが島へ行く道だろうか。


「ムッ!!」


 それに触れた途端、模様に沿うように光を放ち始める。クライはルミナスを見ると頷いた。二人は魔法陣の真ん中に立ち空を見上げる。丁度天井に穴が開けられており太陽の光が差し込む。眩しい、真っ白で何も見えなくなる。太陽の暖かい光を浴びて数秒、光が消えた。


「何だこの力・・・・・・」


 神殿の外から死のモンスターのものと思われる邪気が強く感じられる。神殿を出るとそこは先程の場所ではなく廃墟が並ぶ都市であった。どうやら転送は成功し天空の民の故郷である島に辿り着いたようだ。


「ここが先祖の故郷・・・・・・」


 生き物の気配はなく、あるとすれば闇の力で動く死のモンスターだけだ。ここのどこかに銀の太陽があるのだろう。


「いいのか? 恐らく奴らもここを防衛するはずだ、弱点があるからな」


「いいんです、私にも手伝わせてください」


 二人は見つめ合うと意を決して死のモンスターの群れに向かった。










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銀の太陽 兎鬼 @Toki_scarlet

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