銀の太陽

兎鬼

第1話 魂を求む者

 ある日突然、出現した『ドラキュラ』により空に輝く太陽に暗雲が差し込み、地上は闇に包まれ、死のモンスターが地上を支配した。人類は場所を奪われその数を減らしていた。人類は抵抗をしようにも夜の王『ドラキュラ』に敵うわけもなく、最後のホープに逃げ込み、日に日に減るだけの食料を食べ、衰弱していった。

 草木は枯れ、大地は死に、風は吹き荒れる道を一人の男は歩いていた。元は綺麗な赤だったであろうポンチョは汚れ、風で飛ばないようカウボーイハットを手で抑えている。その左手ではズリズリと棺桶が引かれ、砂地に轍を作っている。


「ア゛ア゛ア゛ア゛!」


 空を覆う暗雲から降り注ぐ『ブラックブラッド』と呼ばれる死のモンスターに流れる血液を浴びた結果、ゾンビと化した人間が複数襲いかかってきた。


「なんだおめえら、『餌』になりてえか?」


 ギリッと棺桶を繋ぐ鎖を持つ手に力を込める。そして軽々とゾンビの群れに棺桶を振り回し、なぎ倒す。腐敗したゾンビの肉体は脆く粉々になり、空中に散らばった。


「おら! 飯だ!」


 手元に戻った棺桶を開ける。するとどうか、棺桶が空中に舞ったゾンビの肉片を吸い込み始めたではないか。肉片が全て棺桶に収まると棺桶を閉じる、辺りは静寂に包まれ、男は再び歩みを進めた、目的はドラキュラの住む城だ。


 突風、カウボーイハットが吹き飛び、男は煩わしそうに飛んで行く帽子を見る。どうせ死体から拾ったものだ、未練はない。


「見えてきたな・・・・・・」


 風で砂埃が吹き流され、前方に街が見えた。あそこが最後の街『ホープ』だろう、男は棺桶を引きずる腕に力を入れ、どんどん突き進んだ。暗雲に隠れているため時間が分かりにくいが、昼ごろだろう、ぼんやりと見える太陽が天高く昇った頃に街に到着した。

 珍しい来客に街の人は男を好奇心の目で見ているが、男は気に留めず、街を抜けようとする。そこに――


「待ちなさい!」


 そこに数名の男を引き連れて一人の少女が立ちはだかる。男は困った様子で口を歪ませた。


「悪いが退いてくれないか? 俺はこの先の城に用事があるんだ」


「あなた――」


 少女は震える指で男を、いやその後ろにある棺桶を指差した。男はそれに気づき、見せびらかすように棺桶を立て、腕を乗せる。


「これがどうかしたかお嬢ちゃん?」


「あなた、何者なのです・・・・・・その棺桶から何よりも暗い闇を感じます」


 少女の顔は不安に堪えない目つきで言う。男はせせら笑い少女に歩み寄る、周りの男たちは一斉に身構えるが、男はそのまま近づき――


「なに、怖いものじゃないさ、少なくともお嬢ちゃんたちに危害は加えないさ」


 といい頭を撫でる。少女は怪訝そうに男を見ると、立ち去った。


「後で教会へ来てください、あの建物です」


 そう言い残し、数名の男を連れ何処かへと行った、男は面倒くさそうに頭を掻くと少女の言った一際大きい建物へ歩みを進める。人々は男の異様な出で立ちを不思議そうに見つめ、教会へ入っていくのを見送った。

 教会は石造りの建物で木の長椅子が並び、正面の教壇の後ろにはステンドグラスでこの世界の神である太陽神『ヒマワリ』の姿が描かれていた。遥か昔、世界が闇に包まれた時、その輝かしい力で闇を拭い取ったという神話がある。そんな神は今、何をしているのだろうか。


「ようこそ、お掛け下さい」


 教壇に少女がいた、男は近くにあった椅子に腰掛け、棺桶を通路に置く。足を組み、面倒くさそうに少女を見ると、少女は口を開いた。


「私はこの街の巫女『ルミナス』です」


「俺は『クライ』、でなんだ話しでもあるのか?」


  ルミナスは通路に置かれた棺桶を不安げに見つめてから、口を開いた。


「その棺桶、もといその中身・・・・・・それをどうするつもりですか」


  一見、ただの鋼鉄の棺桶に見えるそれは少女からすると恐ろしいものが入っているのが分かる、その恐ろしいものをどうするつもりなのか。クライはガンッ! と棺桶を蹴り、答えた。


「いやなに、ただの恋人が入ってるだけさ」


「・・・・・・恋人、ですか」


 人間が入っていないことは確かだろう、モンスターよりもっと邪悪で凶悪な闇を感じる。そしてそれは――


「その恋人はまだ生きています・・・・・・」


 クライはフッと静かに笑い、椅子にもたれ掛かる。


「それは嬉しいな、まだ生きていたか」


「あなた、一体何をするつもりなんですか」


 クライは少し考えたあと、乾いた唇を舐めて言った。


「そうだな、簡単に言えば恋人を生き返らせようとしている」


 不安げな目を向けたままルミナスは黙る、嘘は付いていない様子だ。しかし死者を生き返らせるとは? それはゾンビと同じではないのだろうか。それに――


「その恋人はまだ生きているのでは?」


「ああ、生きている、が死んでいるな」


 ルミナスは首傾げた、どちらにしろ禍々しいものをその中に入れていることは確かである。


「とにかく、この街に危害だけは加えないでください」


 ルミナスは頭を下げた、クライはため息をつくと立ち上がる。


「ここはただの通り道だ、俺はこの先にあるドラキュラ城に用事があるんでな」


 ドラキュラ。その言葉を聞きルミナスが頭を上げた。


「ドラキュラ!? 一体あなたは何者なんですか! なぜドラキュラなんかを・・・・・・」


 そこにはクライの姿はなく、静寂が教会を包んでいた。ルミナスはステンドグラスで描かれた女神に祈りを捧げた。


――


 街を外れ、城に近づいてみるとそこには無数のゾンビが蠢いていた。クライはそれを棺桶でなぎ倒し、城へ入る。中は綺麗で誰かが取り替えているのか蝋燭には火が点いており揺らめいている。


『クックック、珍しい来客だ』


 巨大なホール、そこに声が響く、身構えると黒い靄と共に初老のマントを纏った男が現れる。男は不敵な笑みを浮かべつつこちらを見つめている。


「あんたがドラキュラか」


「いかにも、しかし貴様は一体なんのつもりでここに来た?」


 クライは答える間もなく棺桶をドラキュラにぶつけた。ドラキュラはそのまま吹き飛び、壁に叩きつけられる。壁は崩れ煙を起こす中、ムクリと影が起き上がるのが見えた。


「酷いじゃないか、突然殴るとは」


 とてつもない速さで接近し、クライに殴りかかる、棺桶を盾に受け止めるも押され、足が床に沈む。


「ッオラ!!」


 クライはそれを押し返し、更に棺桶で追撃、ドラキュラはうめき声を上げ吹き飛ばされる。叩きつけられるドラキュラ、更にそこにクライは何度も殴打を繰り返す。


「ぐっ、がぁっ、げぼっ!」


 ドラキュラは呻き、もがくもクライは棺桶で殴る手を緩めない。圧倒的戦力差を見せつけるクライ。ドラキュラはうめき声も出さなくなり、動かなくなった。


「もう終わりか、じゃあ死ね!」


 天井に向け棺桶を投げる、屋根は壊れ、暗雲に包まれた空が見えた。


「ぐ、ぐぅ・・・・・・げはっ・・・・・・貴様一体・・・・・・」


 黒い血を流し、息を荒げてクライを睨みつける。そんなドラキュラを見下し、広角を上げた。


「焼け死ね」


 そうクライが呟くと太陽にかかる暗雲が消え、何十年も見ることがなかった太陽が顔を覗かせたではないか。


「き、貴様! まさか――《天空の民》!」


 太陽の光はドラキュラとクライに降り注ぎ、ドラキュラを焼き始める。黒い煙が上がり、呻き声を上げ苦しむドラキュラ。


「く、くそぉ! なぜ天空の民がぁ! ちくしょおおおお!!」


 ドラキュラは断末魔を上げ、黒い靄となり、宙に漂い始める。


「お前がこの程度じゃ死なないのは分かってんだよ」


 クライは棺桶を開ける、中から黒い触手が無数に伸び、黒い靄を掴んだ。


「そらっ! 食っちまえ!」


 触手は靄を取り込み、棺桶の扉を閉める。ガタガタと棺桶が揺れ、ドラキュラの叫びが響く、暫くすると静かになり空にかかる暗雲は原因のドラキュラがいなくなったことで消え去った。

 太陽が大地を照らし、ゾンビが燃え尽き、草木が生命の息吹を取り戻すホープにいた街人も突然明るくなった空に驚き外に出てきては太陽を眺め、歓喜の声を上げる。クライは城から出ると眩い光を放ち続ける太陽を見上げた。


「天空の民・・・・・・か」


 クライは呟く、かつて遥か空に浮かぶ島で繁栄していた種族、もっとも太陽に近い彼らは太陽を持って闇を祓う能力を得ていた。彼はその種族の生き残りであり、地上に降り立った存在だ。そして今、棺桶の中にいるものを蘇らせようと死のモンスターを食らっている。


「見ろよ、『カーミラ』太陽だぞ」


 クライは棺桶を開ける。触手が無数に現れるかと思われたがそんなことはなく、中には白いドレスを着た白骨死体が太陽の光を浴び、白く煌めいていた。


『ドラキュラを倒したか・・・・・・』


「ッ!?」


 突如として響き渡る不穏な声、クライは身構える。すると目の前に黒いフードを被った男が現れる。


「全く眩しい太陽だ、初めまして。私は『レイス』と申します」


「お前・・・・・・死のモンスターのくせにどうなってやがる」


 死のモンスターは太陽に弱い、だがこのレイスは平然と太陽を浴び、生きている。レイスは笑い、自慢気に言った。


「我々をそこらの死のモンスターを同じにしないで頂きたい、我々に太陽などもはや弱点ではないということだ」


 ブンッと身長ほどはある鎌を振り回す、切り裂かれた風がクライにぶつかり、髪を少し切断した。


「棺桶を持った男よ、いずれまた会うだろう、その時は貴様の命を刈り取ってみせよう」


 クルッと振り向くと、フードが揺らめきレイスの姿を消した。太陽の光が降り注ぎ、暑いなか、クライには冷たい風が吹き込んでいた。


「なんか、とんでもないのに喧嘩売ったみたいだな」


 棺桶を引きずると街へと戻る、太陽を背に浴びるのはいつ以来だろうか、そんなことを考えながら――




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