白雪姫

かがみ透

白雪姫

 昔々、ある王国では、かわいらしい王女さまが生まれました。肌は雪のように白く、髪は黒く、つやがあり、クレアと名付けられました。

 クレアは白雪姫と呼ばれ、王さまにも、お妃さまにも、たいそう可愛がられておりました。


 ですが、不幸なことに、お妃さまが亡くなってしまい、新しく来たお妃さまのリリドは、見た目は美しくても、どこかおそろしさを感じさせる人でした。


 お妃さまは、大きな魔法のかがみを『マリリン』と名付け、部屋の壁にかけていました。

 『マリリン』は、話しかけると、ふしぎなことに、答えてくれるのです。


「かがみよ、かがみ。この世で、一番美しいのは、だれ?」


 お妃の姿を映していたかがみの中には、ぼやぼやと緑色のけむりが映りました。


『はーい! えっとぉ、お妃さまが、一番、美しいでーす!』


「あら、まあ! いやだわ!」


 お妃のリリドは、ころころと、高らかに笑いました。


『だけどぉ~、最近は、白雪姫の方が、美しくなってきましたぁー!』


「……なんですって?」


『マリリンが思うにぃ、白雪姫は~、性格の良さが、顔とか全体の雰囲気にぃ、にじみ出てるからぁ~、お城の人たちも、みんな、あの子のこと好きだしぃ。反対にぃ、お妃さまは~、美しくても、なんか、ちょっとコワイって、みんな言ってまーす!』


「なんですって!?」


 リリドの美しい顔が、ゆがみました。


『ほらほら! そーゆーとこがぁ、コワイんだよ~。それがなければぁ、白雪姫と同じくらいか、まあ……、二番目くらいには、美しいんじゃない?』


 かがみは、適当な口調でした。

 リリドの顔は、ますます怒りに満ちていきました。


「白雪姫……! あんな小娘が、この私よりも美しいなどと、……許すまじ!」


 お妃リリドは、血がにじむほど、こぶしを強くにぎりました。


 それから、お妃さまは、若く美しい白雪姫に、そうじや、辛い水仕事をさせたりして、いじめていました。

 白雪姫は、文句も言わず、こなしています。


「さて、かがみよ、かがみ、この世で一番美しいのは、だれ?」


 かがみの中に、緑色のけむりが見えます。


『はーい! えっとぉ、……やっぱり、白雪姫が、一番美しいかなぁ!』


「なんですって? あんな手があかぎれだらけの、ボロをまとった小娘なんかが、美しいというの? この私よりも!?」


 お妃リリドが、目をつり上げました。


『ええ、はい』


 かがみは、しれっと、当然のような口調で、答えます。


『やっぱりぃ、いじめられてても~、ちゃんと仕事してるしぃ、頑張ってる姿が、余計いいんだろうねぇ。お城のみんなも、ますます白雪姫のこと好きだし、ほめてるよぉ~。反対にぃ、お妃さまは、白雪姫のこといじめてて、ひどいねって、言われてるよ~』


 お妃は、ぎりぎりと、奥歯をかみしめました。


「人の目に付くところで、いじめてはダメだわ。なんとかしないと……!」




 ある日のことでした。

 狩人かりゅうどが、白雪姫を誘い出し、森に連れて行きました。


「どうしたの、ケイン? 急に散歩に連れて行ってくれるなんて」


 おさななじみである狩人のケインは、クレア白雪姫に答えました。


「お妃さまが、たまには、クレア姫に、外の空気を吸わせてあげたいからって」


「まあ! お義母かあさまは、実は、私のことを気にかけてくださっていたのね!」


 白雪姫は、心から嬉しそうでした。

 ケインは、そんな白雪姫を見て、ほほえみましたが、すぐに真顔になりました。


「ところで、だいぶ森の奥へ来てしまったみたい。まだ昼間なのに暗いし、……少しこわいわ」


 白雪姫は、辺りを見回してから、ケインを見上げました。

 さっきから、ケインは、何かを言いたそうにしていますが、何も言おうとしません。


「どうしたの? なんだか、いつもと様子が違うわよ? なにか……悩やんでいるみたい」


 ケインは、はっとしたように白雪姫を見てから、背を向けました。


「やっぱり、俺には出来ない! クレアを殺すなんて……!」


「えっ……?」


 白雪姫は、耳を疑います。


 ケインは、思いつめた顔で、振り返りました。


「クレア、俺を許してくれ!」


 背中の筒から、ケインは、矢を取り出し、弓を引き、クレアの方に向けます。


「ケイン……!?」


「城には戻るな。戻れば、妃に殺される! もう行くんだ。行って、なんとか生き延びていてくれ!」


 そう言って、ケインは、矢を放ちました。

 矢が獲物を貫いた音で、森の木々にとまっていたトリたちが、飛びたちました。




「白雪姫の心臓です」


 誰にも見られないよう、こっそりと、妃の部屋を訪れた狩人ケインが、皮の袋を、リリドに渡します。


「ご苦労であった」


 妃リリドは、心待ちにしていた様子で、ウキウキと、袋を受け取ります。


「では、約束通り、ゴールド・ランドの年間チケットを授けましょう。これで、あなたは、ゴールド・ランドに、いつでも行き放題。友達も何人連れていってもいいのよ」


 リリドは、王族にしか手に出来ない、夢のようなチケットを、ケインに渡しました。

 それを、ケインは、とくに嬉しくもなさそうな顔で、受け取りました。


 部屋を出たケインは、やりきれない顔で、立ち尽くしていました。


「ふっふっふっ、これが、白雪姫の心臓……!」


 お妃が、なんだか、独り言を言っています。

 なんだろうと思ったケインは、うっすら開いた扉から、中をのぞきました。


 皮袋のひもをといたお妃は、中の心臓を手に持つと、何を思ったか、いきなりかぶりついたのです!


 がぶがぶがぶ……じゅるるる……!

 がぶっ! じゅるっ! ぐっちゃぐっちゃ!


 リリドのつり上がった口の周りは、みるみる血に染まっていきます。


(……コワっ!)


 その姿を見たケインは、おそろしくなって、立ち去りました。




 一方、森の奥では、クレア白雪姫が、さまよっていました。


『妃リリドは、きみを殺して、その証拠に、心臓を持って来るよう、俺に命じた。その辺の動物かなんかの心臓を持って行くから、きみは、逃げろ。そして、二度と、城に戻ってはいけない』


 動物を射たケインが、クレアに言い聞かせた言葉を思い出し、クレアは、おそろしさと心細さに、泣きながら、森を進んでいました。

 暗い森の中では、木々も、魔物のように不気味です。飛んでいるフクロウも、こちらをにらんでいるように見え、ギャーギャー鳴くカラスの声は、神経を逆撫でします。


 どのくらい進んだ時でしょうか。

 もう歩けないと、クレアが思った時、れんが造りの、小さな小屋が見えたのです。

 人間が住むにしては、小さな家でした。


 クレアがドアをノックして呼びかけますが、誰も出て来る様子はありません。

 カギもかかっていなかったので、そうっと中に入ってみました。


 中の家具は小さく、まるで、小人の家です。

 散らかっていて、よく見ると、ほこりがたまっています。

 そうじは、妃にやらされて、慣れていた白雪姫は、立てかけてあった小さめのほうきで、床をはき、七つあるベッドを整えました。


「ベッドも小さいのね」


 ほほえましく笑ったクレアは、疲れたあまり、ベッドに横たわると、すぐにねむってしまいました。


 目が覚めると、クレアは、驚いて、見回しました。

 七人の小人たちが、クレアの寝ているベッドを、取り囲んで、のぞいていたのです。


「ごっ、ごめんなさい、小人さんたち! 私、森で迷って、疲れてねむってしまって!」


 クレアが慌てて起き上がります。


「あんたは、だれだい?」


 一番に口をきいたのは、金髪で長い髪をした、カイルという小人でした。


「わ、私は、この森を抜けたお城に住んでいた、クレアといいます。白雪姫と呼ばれているわ」


「あたしたちは、この森に住むドワーフよ。こっちは、カイル、あたしはマリス」


 紫色の瞳をした女の小人が、いいました。


「こっちの、左右の目の色が違うのがジュニア。灰色の髪の毛のがギルシュ、ピンクのがミュミュ。黒髪の碧眼がヴァル、そして、あなたと同じ黒髪と黒い瞳が、ラン・ファよ」


 マリスは、小人たちの紹介をしてから、もう一度、クレアを見ました。


「この家を、そうじしてくれたのは、あなた?」

「え、ええ……」

「そう! ありがと!」


 マリスは、笑顔でクレアの手をにぎりました。

 クレアの事情を知った七人のドワーフは、同情し、クレアと一緒に暮らすことにしました。


 ドワーフたちが、斧やツルハシを持って、木を切ったり、土をほって、鉱石を集めたりする仕事に出かけている間、クレアは、部屋を片付け、小人たちの服を洗濯し、おいしいものを作って、待っていました。


 クレアは、ドワーフたちとの生活が、とても楽しく、またドワーフたちも、やさしくて美しいクレアのことが大好きになりました。




「さて、久しぶりね、かがみよ」


 お城では、妃リリドが、壁のかがみに、上機嫌で問いかけました。

 かがみの中に、緑色のけむりが立ちこめます。


『は~い! お妃さま、お久しぶりで~す!』


 かがみの中の、まだ幼い少女のような声が、元気にこたえます。

 リリドは、美しい笑顔で、やさしくたずねました。


「かがみよ、かがみ。この世で、一番美しいのは、だれかしら?」


 緑色のけむりが、ゆらめきます。


『えっとぉ、お城の中では、お妃さまが、一番で~す!』


「あらあら! おっほほほ! ……えっ?」


 高笑いをしていた妃は、ピタッと笑うのをやめました。


「ちょっとお待ちなさい。『お城の中では』……というのは、どういうことなの?」


『ああ、はい。お城の中にいる人の中では、お妃さまが一番美しいんですけどぉ、この世でってことになるとぉ、……やっぱり、白雪姫が一番美しいかなぁ』


「白雪姫ですって!?」


 妃は、目も口もつり上げて、興奮して言いました。


「なにをバカなことを言ってるの!? あの子は、死んだはずよ! 間違いないわ! だって、この私が、あの子の心臓を食べてやったんだから!」


『うわっ、グロっ!』


 かがみが、思わず反応します。


『だけど、それ、白雪姫の心臓じゃなかったみたいだねぇ。白雪姫は、森の奥の、七人のドワーフたちと、仲良く暮らしてるよ~』


 かがみ『マリリン』の声に、リリドは、信じられないという顔を向けました。


「……そうか、狩人のケイン、……あいつは、白雪姫の幼馴染おさななじみだって、そういえば、聞いたことがあったわ。情がわいて、殺せなかったのね。私の宝物であるゴールド・ランドのチケットを、泣く泣く譲ってやったのに、よくも裏切ったわね!」


 リリドの形相が、悪魔のように変わっていきます。


「どいつもこいつも、アテにならないわ! こうなったら、私みずからが……!」


 妃リリドが呪文のようなものをとなえると、その姿は、みにくい老婆となりました。




 扉をたたく音がします。

 白雪姫は、扉についている小窓を開け、のぞくと、そこには、見たことのない老婆が、黒いマントをはおって、立っていました。


「どなた?」


「私は、物売りのただの老婆でございます。お嬢さん、胴着を結ぶ、むなひもは、いらんかね? いろんな色のひもがあって、きれいだよ。お嬢さんみたいなきれいな人には、とっても似合うよ」


 小窓から、色とりどりの、きれいなひもを見たクレアは、答えました。


「そんな高価なもの、買えませんわ」


「いやいや、見た目ほど高くはないんだよ。一つ、どうだね? なんなら、もう一本、おまけしてもいいよ」


「それでは、申し訳ありませんわ。今の私には、おしゃれなんて、ぜいたくはしていられません。本当に、ごめんなさい」


 そう言って、クレア白雪姫は、小窓を閉めてしまいました。


 夕方になって、ドワーフたちが戻ってくると、クレアの話を聞き、カイルが、真っ先に怒り出しました。


「そんなあやしい老婆は、王妃リリドに決まってる!」

「ええっ!」


 ドワーフたちが、「そうだ、そうだ!」と言う中、クレアは驚いていました。


「まさか、……お義母さまが……!」


「あのお妃、まだクレアの命をねらってるのね。しつこいわ!」


 マリスが腕組みをして言います。


「いいかい、白雪姫、誰が来ても、俺たち以外は、絶対に、家の中に入れてはダメだし、買ったりしちゃダメだからな」


「ええ、わかったわ」


 カイルが念を押すと、クレアは表情をひきしめて、うなずきました。




 森から帰った老婆は、城に行くと、裏口から、誰にも見られずに、入っていきました。

 そうして、お妃の姿になったのです。


「白雪姫め! おしゃれな物にかれないとは!」


 くるっと、かがみを向いて、怒ったように語りかけます。


「かがみよ、かがみ。白雪姫は、たしかに、お前の言う通り、森の奥のドワーフの家にいたよ。だが、あの娘は、慎ましやかに生活してるもんだから、サイフの紐が固い。もっと安物で気を惹かなくては! どんなものを持っていったらいい?」


 かがみの中に、緑色のけむりが、ぼやぼや映ります。


『う~ん、そぉだねぇ……。だったら、くしは、どうかなぁ? 白雪姫、長いストレート・へアだったでしょお? 絶対、くしなら使うよ!』


 お妃は、くしに毒をしこんで、またしても、ドワーフたちの家に向かいました。


「私は、旅の老婆。お嬢さん、私の手作りのくしは、いかがかね?」


 前日とは、違う顔をした老婆です。


 白雪姫は、小窓から、顔をのぞかせて、言いました。


「くしなら、ドワーフさんたちが作ってくれたものがあるので、間に合っています」


 にこやかに、そう言うと、白雪姫は、小窓をしめてしまいました。


 城に帰ると、老婆は妃の姿に戻り、悔しそうに、かがみを見ます。


「こうもガードが固いとは……! かがみよ、かがみ。あの小娘、まさか、老婆が私だって、気付いたんじゃないだろうね?」


『そぉだねぇ、お姫さまだから、世間知らずで、もっとだまされやすいかと思ったんだけどなぁ』


 妃リリドは、ぎりぎりと奥歯を鳴らし、いまいましそうに、ツメをかみました。


「とにかく、もう普通のやり方ではダメだ。なんとか、あの小娘に、ドアを開けさせなければ……!」


 数日経った、ある日のことです。

 いつも通り、七人のドワーフたちが、鉱石や金を掘りに、仕事に出かけた後でした。


 ドアをたたく音がして、白雪姫が小窓を開けます。


 すると、外には、小さな女の子が立っていました。


「どうしたの? 迷子なの?」


「ううん。私、リンゴ売りのこどもなの。今日、ここにあるリンゴを、全部売らないと、お父さんに、ぶたれるの」


 と、女の子は、かごの中の、リンゴを見せました。


「まあ、かわいそうに」


 クレア白雪姫は、小窓を閉めて、ドアを開けました。


「リンゴは、いくらなの?」


「一〇リブラル銅貨だよ」


「そんなに安いの? リンゴは全部、私が買うから、これで、お父さんに許してもらって」


 クレアは、銀貨を何枚か差し出しました。リンゴ全部のねだんよりも、あきらかに多めでした。


「おねえちゃん、ありがとう!」


 女の子は、喜びました。


「とても美味しそうなリンゴね。私、リンゴが大好きなの」


 クレアは、嬉しそうに、血のように真っ赤なリンゴをながめています。


「そうだわ、あなたも、一緒に食べない?」


 にこやかに、リンゴをひとつさし出すクレアに、女の子は、あわてました。


「えっ! いいよ、いいよ、おねえちゃんが食べて。なんなら、ドワーフさんたちにも分けてあげて! リンゴは八個あるから、ちょうどいいでしょう?」


「まあ、ありがとう……」


 クレアは、首をかしげてから、もう一度、女の子を見ました。


「どうして、ここにドワーフさんがいることを、知っているの? しかも、七人て、人数まで当たっているわ」


「えっ! そ、それは……! あ、そうだ! そこのポストに、名前が書いてあったからよ」


「ポスト?」


 木で出来た郵便受けを、クレアが見ると、名前なんて、どこにも書いていません。


 その間に、女の子は、さーっと、いなくなってしまいました。


「あの子、まさか……お義母さまの変装じゃ……」


 クレアは考えました。しかし、いくら変装をしても、小さいこどもの姿になど、なれるわけはないと思いました。


 それに、今日は、なんて暑いのでしょう。


 のどがかわいていたクレアは、思わず、おいしそうなリンゴをかじってしまいました。


 そのとたん、息が出来なくなり、パタンと倒れてしまったのです。




 城の妃の部屋では、小さな女の子がいました。


 女の子の姿は、黒いけむりとともに、お妃に変わりました。


 どうやら一筋縄ではいきそうにないと思った妃は、白雪姫の同情をそそるように、貧乏なリンゴ売りの少女に化けていたのでした。


「とうとうやったわ! 白雪姫は死んだ! かがみよ、かがみ。この世で一番美しいのは、だれ?」


『えっとぉ、それは~、今度こそ、お妃さま、あなたですぅ~!』


「あらまあ! あらまあ! おーっほほほ!」


 妃リリドは、狂ったような笑い声を立てました。


「これで、私が世界一美しいことになったわ! ざまあ見ろ、白雪姫! ほーっほほほ!」


 扉のカギ穴から、中の様子をのぞいていた狩人は、青ざめて、扉から、そうっとはなれました。




「クレア! どうして……!?」


 家の中で倒れているクレアを見た小人たちは、大さわぎでした。


 一番にかけよったカイルが、皆を見回します。


「息をしていない!」


「ええ~っ! 死んじゃったの!?」


 ミュミュが、びっくりして言います。


「このリンゴには、毒が仕込んであります!」


 ギルシュが、ころがっている、かじりかけのリンゴを調べて、言いました。


「だったら、また王妃のしわざ!?」


 マリスが言います。


「だけど、どうして、あのかしこいクレアさんが、ドアを開けて、リンゴを買ったのでしょう?」


 ギルシュが、みんなを見回しますが、だれにもわかりません。


 ある時、旅をしていた、ある国の王子が、森へ迷いこみました。

 うっそうと、暗い森の中を進んでいくと、小高い丘が見えます。


 そこには、ガラスのひつぎがあり、周りには、七人の小人が、ひざまずいて、祈りをささげていました。

 それを囲むように、動物たちも、静かに座っています。


「僕は、『黒い騎士王国』の王子、クリスです。ドワーフのみなさん、いったいどうしたのですか?」


 やさしそうな顔をしたクリス王子が、たずねてから、棺の中を見て、驚きました。


「なんて美しい人なんだ……! この人は?」


「それは、この国のクレア王女。白雪姫って、呼ばれてるんだ」


 元気のない声で、ドワーフのカイルが答えました。


「白雪姫……! なんてぴったりな呼び名なんだ! この雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀こくたんのように黒くつやのある髪。ああ、ドワーフさんたち、どうか、この白雪姫を、僕にゆずってください! 僕は、一目で、彼女を好きになってしまいました!」


 クリス王子が、うっとりした目で、ドワーフに言いました。


「なんだと? この野郎、ふざけんじゃねぇっ!」


 怒って立ち上がったカイルを、マリスとギルシュがおさえます。


「カイル、落ち着いて! あんただって言ってたじゃない、白雪姫は、いずれ王子様と結婚するんだって。わかってたでしょう? いつまでも、あたしたちと一緒に、暮らしてくれるわけじゃないって……!」


 マリスが、目に涙をためています。


「そんなのわかってる! だけど、こんな通りすがりの、わけのわかんねぇ国から、やって来た王子なんかに……!」


「落ち着いてください、カイルさん!」


 ギルシュも止めますが、カイルににらまれたクリス王子は、びくっと、みぶるいしました。


「ま、まあ、そう怒らなくても……。そ、それより、彼女、本当に死んでるの? とても、そうは見えないんだけど」


 クリスに言われて、ドワーフたちは、改めて、白雪姫をのぞきこみます。


 たしかに、白雪姫は、死んでいるとは思えないほど、ほほには赤みがさしていて、肌もみずみずしいままです。けれど、息はしていないのです。


「なぜ、僕は、こんなにも彼女に惹かれてしまったのか。死んでいても、かまわない。白雪姫、どうか、ずっと僕のそばに……」


 クリス王子が、棺の中の白雪姫に顔を近付け、唇を重ねようとした時でした。


「ああ、いたいた! ここだったのか!」


 突然あらわれた狩人が、ずかずかやってきました。


「お前は、時々森にやってくる、狩人じゃないか」


 カイルが言うと、狩人は、真面目な顔で言いました。


「俺は、城で雇われている狩人のケインだ。白雪姫とは、幼馴染みだ。そこの王子、ちょっとどいてくれ」


 ケインはクリスの横から、棺の中に手を入れ、白雪姫を抱き起こしました。


「クレア、起きてくれ。寝てる場合じゃない、城が大変なんだ!」


「おい、あんた! なにするんだ、やめろよ!」


 カイルが止めるのも聞かずに、ケインは、白雪姫を強くゆさぶりました。


 その時、白雪姫の口から、ポロッと、リンゴのかけらが、こぼれおちました。


 そして、信じられないことに、白雪姫の目が、開いたのでした!


「ええ~~~っ!?」


 カイルを始め、ドワーフたちは驚き、クリス王子も、あんぐりと口を開いています。


「あら、ケイン、久しぶりね。いったい、どうしたの?」


「ク、クレア……、生きてたのか!?」


 カイルが、思い切り目を開き、ふるえながら、聞きました。


「ええ。可哀想なリンゴ売りの少女からリンゴを買って、暑くて、あまりにのどがかわいていたものだから、食べたら、息がつまって。それからは全然おぼえていないけれど、……なんだか、よく寝た気がするわ」


 クレアは伸びをしました。


 どうやら、リンゴを飲みこんではいなかったので、毒が回ったわけでは、なかったようです。


「そのリンゴ売りの少女は、妃リリドだったんだよ!」


 ケインの言うことに、クレアも、ドワーフたちも驚きました。


「俺は見たんだ。小さな女の子がリリドの姿になっていくのを! クレアを殺せと俺に命じた時から、おかしいと思って、ずっと見張っていたんだ。そうしたら、妃の秘密がわかったんだ!」


「お義母さまの秘密……?」


 ケインは、真剣な表情で、みんなを見回しました。


「妃リリドは、魔女、いや、……魔族だったんだ!」


「なんですって!?」


 クレアは口に手を当てて驚き、ドワーフたちも、信じられない顔になりました。


「運のいいことに、王さまは、他の国を訪問中だから、まだご無事だけど、戻ったら、リリドは、王を殺して、自分が女王になる計画を立てているんだ!」


「なんてことなの! お父さまを、殺そうだなんて!」


 クレアは、泣きそうな顔になりました。


「だから、クレア、きみの力が必要なんだ!」


 ケインが、クレアの肩に、手を置きます。


「きみは、白魔法の使い手だろ? 今こそ、その力を使う時なんだ!」




 まだ昼間だというのに、黒く、不吉な雲が、お城を囲んでいます。

 見るからに、お城は、呪われているかのようでした。


「ああ、もう黒雲が、あんなに立ちこめている!」


 植え込みにかくれているケインが、嘆きました。


「ケイン、あなたのダーク・ドラゴンは、どうしたの?」


 隣で、クレアが、たずねました。


「ダーク・ドラゴンは、きまぐれだから、途中までは頑張って戦ってたんだが、逃げていった。おなかがすいていたのかも知れない」


「そ、そうなの……」


 クレアは目を丸くして、ケインの真面目な顔を見ていました。


「なに言ってんだ、こいつ? ワケわかんねー」


 カイルが、後ろからケインを、あきれた顔で見ています。


 その隣には、マリスがツルハシをかまえ、他のドワーフたちも、それぞれ、武器を手にしています。


 そうこうしているうちに、リリドが、城の窓から、宙に浮かび、ゆっくりと降りてきました。


「おや、そこにいるのは、白雪姫に小人ども。それに、裏切り者の狩人じゃないの」


 妃リリドは、手を広げました。


「さあ、悪いドラゴンたちよ! やつらを、やっておしまい!」


 リリドの命令で、お城をおおっていた黒雲の中から、ひょんひょんと、悪いドラゴンたちが次々とやってきて、ドワーフたちに、おそいかかります。


「あっ、あぶないよっ!」


 白雪姫がおそわれる直前、ドワーフのミュミュが空間移動で連れ出し、別の場所にあらわれました。


「ミュミュ、ありがとう! 助かったわ!」


 ミュミュは、クレアがおそわれそうになると、彼女を連れて、空間の中にかくれ、移動しました。


 ギルシュとヴァルは、魔法が使えたらしく、手のひらから炎や光を出して、悪いドラゴンをやっつけています。


 ラン・ファも、ドラゴン・スレイヤーという剣を持っていたので、かたっぱしから、悪いドラゴンたちを切っていきます。


 カイルも、魔法剣を持っていたので、悪いドラゴンをたおし、浄化していきました。


「マリーちゃん、こわいよー!」


「なにすんのよ、放してよ! 戦えないでしょ!」


 思うようにツルハシを振り回せないマリスは、腕にしがみついているジュニアをしかっていました。


 ドワーフたちが、意外と戦力になっているのを知ったリリドは、悔しそうに、戦いを見ています。

 そして、どんどん悪いドラゴンを向かわせました。


 クレアに、ケインが言いました。


「このままでは、キリがない。いずれ、みんな疲れてしまう。なんとか、俺が、妃の気を引くから、その間に、クレアは、白魔法の大技おおわざを準備してくれ」


「お義母さまの気を引くって、いったい、どうやって……!?」


「俺に考えがある。ただし、それには、俺も痛みをともなうだろう。だが、リリドと刺し違える覚悟で……!」


「まさか、ケイン、相打ちをねらって……!? だめよ! 危険だわ!」


「俺は、大丈夫だ。それよりも、クレアは、クレアにしか出来ない白魔法のキメ技を!」


 心配そうにケインを見ていたクレアでしたが、やがて、うなずきました。


「わかったわ、やってみる」


「まず、俺が、リリドに、なんとかダメージを与える。そうしたら、きみは、後ろから、白魔法で攻撃し……」


「待って。後ろからなんて、ダメよ。卑怯だわ!」


「そうか。それなら、右ななめ横からでも、どこからでもいいから、術を発動してくれ」


「わかったわ」


 簡単に申し合わせると、ケインは、リリドの正面に、立ちました。


「おやまあ、裏切り者の狩人じゃないの。あんた、報酬もらっといて命令無視とは、いい度胸ね!」


 ケインは、キッと、リリドを見すえました。


「報酬のチケットなら、ここにある」


 すっと取り出したのは、金色のゴールド・ランド・チケットでした。


「こんなもの、……こうしてやる!」


 といって、ケインは、リリドの目の前で、金のチケットをビリビリ破いたのです。


「なっ! なにをする!? せっかくのチケットを!」


 チケットのかけらは、ハラハラと地面に落ち、枯れた木の葉のように、風に舞いました。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 リリドは、がくっとひざをついてしまいました。


「王族にしか、手に入らないのに……これで、もうおしまいだわ! 年間パスポートで、ゴールド・ランド行き放題だったのよ! 友達何人連れていってもいいのよ! それを、泣く泣くお前に譲ってやったのに……! それなのに! なんてひどいことしてくれたの!?」


 と、泣きながら、両手両ひざをついているのは、リリドだけではありません。

 なんと、ケインもでした。

 二人は、同じくらいの精神ダメージを受けていました。


「今だ、クレア!」


 悪いドラゴンを剣でやっつけながら、カイルが叫びました。


 リリドの右ななめ横で、長い呪文を唱え終わったクレアは、両手を、リリドに向けました。


「Go! ルナ・ティア!」


 女神ルナ・ティアの技という、白い大きなベールのようなものが、あっという間に、リリドを包みこんでしまいました。


 こうして、戦いは、終わりました。




 それから、一年が経ちました。


 今日は、白雪姫の結婚式です。


 純白のドレスに、血のような赤い花束を持ったその姿は、いっそう美しく、見ている人たちは、思わずため息をもらしていました。


「クレア、おめでとう! きれいだよ」


「ありがとう。あなたも、すてきよ、ケイン」


 クレア白雪姫は、正装しているケインを見て、ほほえみました。


 七人のドワーフも、結婚式に招待されていました。みんな、よそ行きの服を着て、集まっています。


「ありがとう、みなさん。あなたがたとの楽しかった思い出は、忘れません」


 クレアは、ひとりひとりの顔を見ながら、感謝の言葉をかけました。

 中でも、カイルとマリスは、感動して泣いています。


「やあ、きみたち、よく来てくれたね」


 そう言ってあらわれたのは、白い衣装を身に着けた、セルフィス王子でした。


 隣国のセルフィス王子は、生まれた時から、国王同士が決めた、白雪姫の許嫁いいなずけでした。


 森に迷いこみ、偶然、白雪姫を見つけたクリス王子は、みんながリリドとの戦いにいそがしくしていて、放っておいているうちに、帰ったらしいので、この結婚に異議を唱えるものは、いませんでした。


 セルフィス王子は、ドワーフたちの掘ってきた鉱石に、価値のあることを見抜くと、高く買うことにしました。これからも、ドワーフたちを、時々、城に招待したいとも言いました。


 それから、金のチケットを取り出したのです。


「これは、僕の許嫁であったクレア白雪姫を、今まで大事に守ってくれた、ほんのお礼だよ。どうか、みんなで、使っておくれ」


 それは、王族だけが手に出来る、ゴールド・ランドの年間チケットだったのです!


「これ、便利なんだよ。一枚で、何回でも、ゴールド・ランドに行けて、友達何人連れていってもいいんだよ」


 セルフィスは、それを、ケインに渡しました。


 まさかのプレゼントに、ケインは、感謝のあまり、涙ぐんで、それを受け取りました。


 クレア白雪姫とセルフィス王子は、仲良く、国民に慕われる王さまとお妃さまになりました。


 ケインとドワーフたちは、ゴールド・ランドに行ってきました。


 数日後、クレアは、ケインに聞きます。


「ゴールド・ランドは、どうだった?」


 ケインは、ぼうぜんとした顔で、答えました。


「ああ、なんか、ドワーフたちに、すげえおごらされて、超、金かかった。あいつら、よく食うから」



 おーしーまい

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白雪姫 かがみ透 @kagami-toru

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