温度差

RAY

温度差


窓から差し込む、暖かな陽の光。

いつもより遅く目が覚めた日曜日。


寝ぼけまなこで隣に目をやる僕。

彼女がいないことに気づいて慌ててカラダを起こす。


動揺する僕の気持ちを落ち着かせたのは

キッチンから流れてくる、こうばしい香りと気だるいボサノバ。


思わず安堵あんどの胸をなで下ろす僕。

目を閉じると再びベッドにカラダを沈めた。


★★


夢を見ていた。

以前どこかで見たことのある風景。


どんよりとした重苦しい空から止めどもなく落ちているのは

ミゾレ混じりの冷たい雨。


窓際の席にポツンと座る僕の瞳に映っているのは

人影もまばらな薄暗いストリート。


テーブルの上に置かれた黒っぽいコーヒーカップ。

立ち上っていた湯気はいつの間にか消えていた。


待ち合わせの時間から30分。

そろそろアクションがあってもいい時間。


営業スマイルを浮かべてあのが店に入ってくるか。

それらしい理由をつけたあの娘のドタキャンメールが携帯に入ってくるか。


まるでアイドルのような可愛らしい娘。

いっしょに街を歩けばすれ違う人は皆振り返る。


ただ、あの娘は僕の彼女ステディーではなかった。

あの娘にとっての僕は one of them。大勢の中の一人。


今思えば、あの3ヶ月間の僕は道化そのもの。

謙虚という言葉に置き換えると、かえって惨めになる。


着信メールに苦笑いを浮かべながら

いつものように冷めたコーヒーを一気に飲み干す。


窓ガラスの縁を流れ落ちる、雨の粒。

それは僕のココロがこぼす、涙のしずくのようだった。


★★★


「寝過ぎて目が溶けちゃったんじゃない?」


まどろみかけた僕の耳元で聞こえた、穏やかなささやき声。


「はい、モーニングコーヒー。ベッドにコーヒーだなんてお金持ちのご主人様にでもなった気分じゃない? おはようございまぁす。ごっ主人さま」


口角を上げて屈託のない笑顔を浮かべると

彼女は花柄のトレイに乗せた白いコーヒーカップを差し出す。


ゆらゆらと立ち上る、白い湯気の向こうで

同じカップを手にした、エプロン姿の彼女が揺れている。


「何となくホットにしちゃった。アイスの方が良かったなら作りなおすよ」


ベッドの縁にちょこんと腰を下ろす彼女に

僕は笑顔で首を横に振る。


「ちょうど温かいのが欲しかったんだ。ありがとう」


ふたりで飲んだ、少し遅めのモーニングコーヒー。

とても温かく、とてもホッとする時間が流れて行った。


RAY

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温度差 RAY @MIDNIGHT_RAY

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