少女の脳髄カラフルで

ボンゴレ☆ビガンゴ

少女の脳髄カラフルで

 無限にあるような時間も数え始めると限りがあるのだ。

 夏休みだっていうのに夏期講習に模試に補習授業。

『24時間×365日=』

 ……何気なくノートの切れ端に書いてみたけれど、「ここテストに出すわよ」という教師の声が私をつまらない現実に引き戻した。

 

 (高校生活ってこんなもんなの? )


 私は溜め息をついて黒板の文字をノートに写した。

 校則のせいで膝小僧が見え隠れする程度のスカート丈も、だっさださの後ろで結んだ髪も、男っ気ゼロのこの教室も全部つまんない。


 街の女子高生はおしゃれにミニスカートの制服を着崩して髪も染めて、イケメンの男子と楽しそうに遊んでるっていうのに、私は女だらけの病院みたいな真っ白な教室でヒステリックな熟女の講義を受けている。


 こんな理不尽考えらんない。

 なにか、あっと驚く楽しいことが起きないかなぁ。


 そう思った瞬間だった。

 黒板に向かっている熟年教師の艶を無くした黒髪の頭がパカッと割れ、中からヘンテコな赤いつなぎを着た全長10センチくらいの小人がラッパを吹きながらせり上がってきたのだ。


 私は目を疑った。

 しかし、周りの生徒は誰一人として驚く素振りを見せなかった。

 当の本人である教師ですら、何事もないかのように黒板に文字を書き続けている。

 私が開いた口を塞げずに唖然としていると、小人は間抜けな調子でラッパを吹きながら、私の方に迫ってくるではないか!


 私は必死に目をこすったり頬を叩いたりしたが、一向に目が覚める様子もない。ということはこれは夢ではない。


「エミ、何してんの?」


 隣の席のサチコが訝しげな表情で私の顔を覗き込んでくる。


「え、いや、だってアレ!アレ!」


 私はこちらに向かってくるラッパ小人を必死に指さしたのだけど、サチコは全く小人に気づいていないのか、「なに?読めない漢字でもある?」などと見当違いなことを言っている。


「だから、あの……」

 小人が、と続けようとしたその時だった。

 サチコの前髪パッツンストレートヘアの頭がパカッと割れ、中から黄色いつなぎを着た小人がトランペットを吹きながらせり上がってきたのだ。


「ギャーっ!!」


 私は思わず大声で叫んでしまった。

 教室中の視線が私に集まる。

 私は心臓が爆発しそうになりながらもなんとか呼吸を整えようとした。

 その時、私を見ていた皆の頭頂部が次々と割れ、中から様々な色のつなぎを着た小人が何かしらの吹奏楽器を吹きながらせり上がってきたのだ。


 私は絶叫し椅子から転げ落ち、這いながらも逃げるように教室を出たのだった。


 そんなことはない! そんなことはない! 

 見間違い!見間違い!

 自分に言い聞かす。


 だって、そうでなければ何なのだ?

 私の頭がいかれたちゃったとでも言うの!?


 やだやだ。認めない。そんなの認めない。

 そうだ、暑さのせいなんだ。こんなクソ暑い中を毎日馬鹿みたいに補修授業なんてさせられてさ、しかもエアコンだってないんだよ。

 だから幻覚が見えただけなんだ。ちょっと疲れただけなんだ。

 顔でも洗って頭を冷やそう。

 そう思ってトイレに向かっていると、廊下の角からアカリが現れた。


「エミ? エミじゃない。補修中じゃないの?」


 テニスウェア姿のアカリが不思議そうな顔でこちらを見る。

 いいな、アカリは部活も楽しんでるし、頭もいいから補修もやらなくていいなんて。


「アカリー、もう補修ばっかで頭おかしくなりそうだよー。さっきも変な幻覚見ちゃってぇ」


 仲のいい友達に偶然会えたことで少し気分が晴れた。


 その時だった。


 アカリの綺麗な二つの瞳がポロっと落ちた。


「ふぇ?」


 我ながら間抜けな声が出たと思う。

 しかし、そんな私に構うこともなく、アカリの瞳があった両穴から、青いツナギを着た小人がテナーソックスを吹き鳴らしながらニュルリと出てきた。


 声にならない悲鳴をあげて私は尻餅をついた。


「なあに? どうしたのよ、急に」


 アカリは不思議そうに首をかしげる。


「勉強のしすぎでフラフラになってんじゃないのー?」


 なんてお気楽に言っているが、両目からは青いツナギの小人が一心不乱にデタラメなメロディーを吹いているのだ。


 自分でもわかるくらいに呼吸が乱れている。

 小刻みに吸ったり吐いたりを繰り返している。過呼吸一歩手前だ。


「大丈夫? 保健室行く?」


 心配そうなアカリの声だが、視線を感じることができないのは恐怖でしかない。


「いや……、こっちにこないで」


 振り絞るように声を出す。声が震えてほとんど言葉になっていない。


「本当に大丈夫?」


 そう言って手を差し出してくるアカリ。

 と、その出された右手の指の第一関節が「パコン」と音を立てて折れ、

 中から3センチほどの小人がトロンボーンを吹きながら登場してきた。


「ぎゃーー!!!」


 私は下着が丸出しになる程ジタバタと足掻いて後ずさりする。


「なんだ、どうしたんだ!?」


 私の大声に補修中の教室から生徒たちが廊下を覗く。

 その生徒たちの頭は既に割れ、中から色とりどりの小人が楽しそうにラッパを吹いている。


 私はガクガク震える膝をなんとか立たせ、逃げ出した。

 廊下を駆け、階段を飛び降り、一階のトイレに駆け込む。


 頭がおかしくなっちゃったのかな、そう思うと恐ろしくなる。

 蛇口を、めい一杯ひねる。冷たい水が勢い良く流れる。


 それを両手に溜めて顔を洗う。

 心地よい冷たさが広がる。


 なんだってのよ。私が何をしたってのよ。もう嫌!


 こんな風に駆け出したりして、皆に頭がおかしくなった子だって思われたどうしよ。

 ていうか、もし教室に戻ってまだあの小人が頭から出てラッパ吹いてたら、私どうしたらいいのよ!


 蛇口の下に頭をくぐらす。冷たい水が頭のてっぺんから髪を濡らし、頬を伝う。


 どのくらいの時間水を浴びていただろう。

 このままじゃいけない。


 何も解決しない。

 私は意を決してあのラッパ小人集団に立ち向かうことにした。

 その先に何が待っているかなんて知らない。

 考えてみれば、あの小ラッパどもも私に危害を加えようとはしていなかったではないか。ただ、デタラメにラッパを吹き狂っていただけだ。


 なら、もう無視だ。無視するのだ。それが正論。


 よし、と私は気合を入れるため自らの頬を叩く。


 負けないわよ、と洗面台の正面の鏡の自分に言い聞かす。


 と、鏡の中の自分の頭がパカっと割れ、顔を真っ赤にしてユーフォニウムを吹くピンクのつなぎを着た小人が現れたのであった。



 


終。



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