ボクがシナリオライターになったワケ

@zenjyubow

第1話 

 それは、とてもとても個人的な思惑があって、携帯電話を導入したころのこと。


 いまと違って携帯も加入権を買って、電話機本体を買ってと、導入コストが20万円前後はかかった時代だ。


 ある日、会社を辞めたばかりの元副社長から、買ったばかりの携帯に着信があった。


 いきなり「おまえ、シナリオ書いてみない?」


 在職中から、唐突かつ思いつきで発言するキャラだったので、話半分に聞いて適当に相槌を打っていたら、いつのまにか翌日、新宿プリンスのロビーで会って話だけは聞くということになっていた。


 翌日。現場に行くと、顔だけは知っていたバンダイビジュアルのプロデューサーMくん(仮名)から声をかけられた。


 わしに電話をしてきた当人は来ないという。


 打合せに行った時点で、どういうわけかわしがシナリオを書くことになっていたのだ。


 つまり、元副社長にハメられたのであった。



☆☆☆



 シナリオには制限がたくさんあった。

 予算がないので、30分モノだけど半分は再編集。

 新作パートは15分で、役者のギャラも抑えたいので登場人物は三人まで。

 原画100カット以内。動画枚数1000枚以内にしたいので、なるべくアクションのないエピソードで。


 以上の条件をクリアしたうえで、タイトルは「素足の銀鈴 盗まれた戦闘チャイナを探せ大作戦」




 なんじゃそりゃ。どんな話なんだよ。

 と、どんな話かを考えるのがわしの仕事だったわけだが。




 今川版ジャイアントロボは、いろんな事情で制作が遅れ、発売が遅れ、制作費ばっかり浪費して、かなり難儀な状況だったらしい。


 そこで販売元だったバンダイビジュアルの偉いプロデューサーが番外編の予算を捻出。その大半を本編現場に投入。残ったお金でOVAを一本でっちあげるという企画だったのだ。


 しかし、そんな危ない話に乗るライターも監督もいない。そこで下っ端プロデューサーが元副社長に泣きついたらしい。


 外面のいい件の人物は、適当なタイトルをでっちあげ企画書をつくり、既に発売計画もできあがり、それどころか発売日まで決まっていた。


 わしが行ったとき、中身もスタッフも決まってないのにやたら長いタイトルだけが決まってたのはそういう事情らしい。


 だが、そこまでやっといて、自分でシナリオを書くでもなく、監督をみつけるでもなく、彼は逃げた。わしを人身御供に差し出して。


 もちろん、わしはそれまでアニメのシナリオなんか書いたこともなければ、まともに読んだことすらなかったのであった。



☆☆☆




『「ジャイアントロボ外伝 素足の銀鈴 盗まれた戦闘チャイナを探せ大作戦」

 商品名はもう流通関係に流しているので変更不可。

 このタイトルをつけられるようなプロットが一週間以内に欲しい』

 それが担当プロデューサーMくんのリクエストだった。


 先方の言うことを全部聞いたあとで、おもむろに「わし、シナリオなんか書いたことないんだけど、ええのん?」


 その言葉を聞いたとき、引き攣った引き攣った。Mくんの顔たるや…


 ここでようやく彼も、自分が騙されてたことに気づいたらしい。


 しかも、よくよく問いただすと、今日がプロットの締め切り日だったようなのだ。自分で書けないから代わりの者を紹介するといって素人を紹介して、しかもその現場に自分が来ない。いやいや大物のやることには感心させられちゃうねぇ。


 どう考えても無理な状況。とはいえ、ここでわしまで逃げ出しちゃうとMくん、すごく困るらしい。


 どんだけ困るのかといえば、素人でもいいからとにかく書いて欲しいというので、引き受けることにした。

 なんといっても、売れることは期待されていない、とにかく発売さえできればイイ!ということだったので気が楽だったのだ。


 とりあえず、出てる分のジャイアントロボのシロバコをもらって観るところからはじめた。

 ついでに角川で連載してたマンガの方も手に入れて読む。


 泥縄もいいところだが、世界観がわからないままネタ出しはできないもんね。


 正直15分でどれくらいの分量のお話が作れるのか見当もつけられなかったんだけど、約束通り一週間でネタを出してファックスした。(まだ世の中のデジタル化が進んでなかったんだよねぇ。いまならメールで済むのに)




 どんな段取りのために一週間後に必要だったのか不明だが、渡した翌日、内容はOKだからすぐシナリオに着手して欲しいと電話をもらう。


 さぁ大変。


 それまでわしは雑誌の記事とか、ゲームのマニュアルしか書いたことがないのである。当時、某月刊誌で、ようやく記名で1ページ連載をさせてもらえるようになったばかりの頃だ。


 だいたい、どんなフォーマットで書いていいのかもわからん。


 っていうか、アニメって監督が決まらないうちにシナリオ作っちゃうもんなの?



 アニメの制作会社にいながら、アニメの現場にまったくノータッチだったわしは、そもそもアニメがどんな段取りで作られるのかすら知らなかったのであった。



☆☆☆



 正直なところ、出したプロットが即OKになるとは想定してなかったので、まだシナリオを書く準備ができてなかったのであった。


 当事、わしはまだ勤め人だったので、書く時間は帰宅後と週末。


 締め切り通りにプロットをあげたことで、ちょっと満足してちゃってた。


 とはいえ、マジにMくんが焦ってるので、こちらもようやく本腰を入れて……シナリオがどんなものか調べることにした。




 超泥縄。




 まぁ、アニメの会社なので資料とか探したらシナリオくらいどこかにあるだろう。


などとたかをくくってたら、あらビックリ。


 ない。


 絵コンテとか原画コピーとかはナンボでもあったんだけど。倉庫には大量の使用済のセルもあった。でも残念ながらシナリオは社内に転がってたりはしなかった。


 ちょっと焦った。


 仕方がないので書店に行って「月刊シナリオ」をパラパラと立ち読み。実写のシナリオってシーンとセリフしか書いてない。わからないなりにもなんだか違う気がしたので購入は見送った。


 今考えれば、Mくんに「参考にしたいから他の作品のシナリオ、なんでもいいから見せて」とかお願いしたらよかったんだよな。最初っから素人だって白状してたんだから。


 なんでそうしなかったんだろう?


 ともあれ、お手本が見つけられなかったので、しかたなく手探りで書き始めた。


 とりあえずシーンを区切って、セリフ書いてきゃいいだろう。なんとなく実写のヤツより、心情描写とかシーン描写のト書き多目にしないといかんような気がしてたので、そんな感じで。




 迷走しつつも、初稿をあげた。


(そもそも、盗まれたチャイナ服を探す話なんだから、探さにゃいかんよな。ってか、なんで盗まれるんだ? いや、服を盗まれて探すってどんな理由なんだ?


 じつは、シナリオのフォーマットより、この難儀なタイトルをクリアするハードルの方が高かったんだけど。


 まったく、適当なタイトルつけやがって!!!!)




 初稿をファックスして二日後。Mくんから監督が決まったのでホン読みをしたいと連絡があった。


 ちょっと安心する。


 なぜって、就任した監督は、個人的に知り合いだったから。



☆☆☆



そしてホン読み。

 監督とは、Mくんより圧倒的にわしの方が親密度が高いので、わりと好き放題言われて言ってで、初稿はすっかり様変わりしていった。

 シナリオの基本的なフォーマットも、このとき、監督から教えてもらう。


 キャストは三人までという縛りも、監督の「いくらなんでもレギュラーをもう一人。あとゲストも一人二人追加しないと話を広げられないでしょう。その代わりカット数と動画枚数は死守しますよ」という発言で簡単に増員される。

 初稿は、銀鈴、大作、アルベルトで話をでっちあげていたのだが、そこにレギュラー村雨と、ニセ銀鈴を増やしてもいいことに。ほぼ監督のリクエストを反映させ、たしか三日後くらいに二稿をあげた。そしてシナリオはあっさりと決定稿になったのであった。


 しばらくして絵コンテが届き、AR台本が送られてきて、収録日とスタジオの地図がファックスされてきたが、勤め人の悲しさ、平日だったためARには立ち会えず終い。


 でも当時は、まだフィルムの時代だったので初号試写があって、場所は調布の東現だった。こちらは夜8時だったので会社帰りに顔を出せた。なんとそのまま東現の食堂でスタッフ打ち上げ。

 予算がないと言いながら、ちゃんと予定通りに発売できるようになったということで、別予算で一席設けたそうだ。


 そして…

 なんとびっくり、低予算アニメ「素足の銀鈴」は、期待されていなかったにもかかわらず馬鹿売れ。

 本編制作費を稼ぎだすために続編の制作が決定!

 実際、その後2本の銀鈴モノが制作されたけど、シナリオはちゃんとプロに発注されたのだった。


 こうして、どさくさまぎれにシナリオライターとなったわしは、のちに「売れた銀鈴の人に仕事を頼みたい!」という奇特な人が現れ、兼業ライターを続けていくことになるのだが、それはまた別のお話。

 




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