未来劇団エレイザ

呉羽冬也

第一景 砂の町

 ガラス粒のような硬い砂が舞い、うち捨てられた廃車のボンネットの上でダンスを踊っている。砂嵐を避けるために隠れたコンクリートの隙間から、いくつもの細い竜巻が見える。

 ここは――崩れ倒れたビルの真下。割れたアスファルトがめくれて壁のようになっている。そうじゃない、ここは昔――新宿と呼ばれていた。繰り返される砂嵐に打たれ、すっかり消えかけている標識に、そう書いてある。

「カムイ、ボーっとしてると砂ヤモリに脳を溶かされるぞ」

「わるい、アユミ、切れ間が見えたら教えてくれ」

 カムイと呼ばれた少女は、赤いフード付きのマントで全身を包んでいる。目元を覆うゴーグルは、色の濃いレンズと何かの装置を補修用のテープでぐるぐる巻きにしてある。それらの隙間から見える髪の色も、装置をときおり触る指先の爪の色も、すべてが赤く、陽に灼けた肌の赤さと競うようにも見える。

「切れ間なんて見えないよ、きっと私たちが死ぬまでこの砂嵐は続くんだ」

 アユミと呼ばれた少女は、カーキイエローのフードつきコートの隙間から潜望鏡のような遠眼鏡を出して、空をにらむ。いくつかのねじを回し、ピントを調節していると、その視野に何かが飛び込んでくる。

「カムイ、まずい、砂烏スナガラスが来る」

 二人は慌ててコンクリートの隙間に体を押し込み、息を殺す。

 砂嵐の中を、苦ともせず、大きな躯体をねじらせて砂烏が大きな羽を広げている。その羽は一枚一枚が酸化鉄の膜で覆われていて、鋭い刃物のように尖っている。身の丈は3メートルほどもあるだろうか、両の羽を広げて10メートル、鋭いくちばしには抜けてもすぐに生えてくるギザギザの刃がびっしりと並んでいる。

 嵐の音を切り裂くように、砂烏の叫び声があたりに響く。声に驚いた獲物を、その三本の脚でつかみ、餌場まで運んでいくつもりだ。

 身を固くしてコンクリートの隙間に押し込んでいるカムイとアユミをあざ笑うように、爽快な音が鳴り響いた。

 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ

「何の音だ!?」

「カムイ、あんたから鳴ってる!」

 上空を旋回していた砂烏がその音に気付く。懐を探っても音の出どころはわからない。焦るうちにどんどん音は大きくなっていく。ついには落下するように近づいた砂烏がはばたき、コンクリートの隙間の中にまで砂が舞い込んでくる。

 三本の脚が地面に食い込み、カロロロロと喉を鳴らす砂烏の顔が近づいてくる。


「ぴぴぴ、ってなんだ」

 目を覚ますと、枕もとの目覚ましがぴぴぴと鳴っていた。

 かすかに痛む頭を抱え、重いまぶたをこすりながら、首をねじって時計を見る。朝の6:30、確かに昨日はこの時間に起きようと思った、学校に行く前に、ラストまで脚本を仕上げるつもりだったからだ。明日の放課後に演劇部の部室で部員たちが待っている、二年生ながらに部長となった私としては、彼女たちを失望させたくはない。だから本当は寝ないで書いた方がいいんだけど、寝ないで書いたものを翌日見ると直したくなるから、書かない方がいいと思ったのだ。どうせ直すなら、書いても書かなくても同じではないか。

 そう思った昨日の自分を呪いたい。私はさっきまで見ていた夢の続きが気になって仕方ないのだ。最後はちょっといただけないが、なかなか興味深い展開だった。何かがあって滅びかけた世界、生き残った少女たち、異様な姿に進化した動物たち、いったいどうなってしまうのか!?

 だが、このまま二度寝して、脚本を書かなければ、演劇部の部長としてはかなりの痛手だ。なにしろ月例の発表会まではあと三週間、前回の打ち上げで、今度は新作をやるからと啖呵を切ってからもう一週間。

 稽古は二週間でもいいとして、衣装、小道具、装置、照明音響音楽そのほかもろもろのいろいろを、いったい私はどうしてなんとでもなると思ったのだろうか。

 そんなことを思いながらベッドから身を起こし、落ちるように足を地面におろす。転がりながらパジャマを脱いで、まるで軟体動物だ。

「起きろ、体、目覚めろ、脳、やるんだ、私、行け! 茜! 戦え!」

 必死で自分を鼓舞しながら、立ち上がる。全身の血管を押し広げるように、生ぬるい朝の血液が流れていく。部屋の壁際に置いてある小さな机に向かい、ノートPCのモニタを開く、ひとつひとつの動作はいつも通りのことだ。着替えるより先に脚本を仕上げようと思った私が、高校二年のなまめかしい素肌をさらしていることは内緒にしておきたい。黒いモニタにうつった寝不足のむくんだ顔がかなしそうに笑う。

 スリープ状態から目覚めたデスクトップには、開いたままのテキストエディタが待っている。

 私は脚本の続きを書こうとして、息を詰まらせる。キーボードの上にのばした指先に、見慣れない色が見える――私はマニキュアを塗ったことはない、ましてや血のように赤黒い、不吉な色なんて――よく見れば肌も赤黒く、陽に灼けて、砂にまみれている。

 まるで、これは、夢の中で見たカムイの手のような―― 

 掌が痙攣するように勝手に動き始める。誰かが手首を握って、でたらめに振っているようだ。偶然当たった指先が、目の前のエディタに文字列を表示していく。


 あか、ね あくttとれす き ー0を つけ -wろ


 耳の奥の方にまで入り込むような砂烏の叫び声が聴こえたような気がした。

 詰まっていた息を吸い込み、吐き出すと、掌は元に戻っていた。白い肌、何も塗っていない爪。でも、エディタには気味の悪い文字列が残っている。そして、キーボードの上には、見たことのない、大粒の砂が――

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未来劇団エレイザ 呉羽冬也 @clever_1983

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