愛流の秘密を探れ!

 高知に帰った愛流から連絡が入ったのは、ひかるの中の爆弾が爆発するまであと三日と迫った日の朝だった。

 玲菜と愛流の会話は上手くいったようで、その日の夕食が終わった後にひかるは愛流から何度も礼を言われた。

 玲菜はその後も普段と変わらない態度を貫き通したが、夜ひかるが与えられた部屋で寝る前にドアの隙間から小さく顔を覗かせて一言だけ礼を言ってすぐに去っていった。

 その翌日、愛流は荷物を纏めて高知に向かった。玲菜も穏やかな笑顔でそれを見送った。

 二人の問題は解決したが、地球を揺るがす大問題は未だ解決の糸口すら見つかっていない。

「ひかるさん! すぐに私の家に来てください!」

 底抜けに明るい声が受話器から響いた。残り三日。その朝に、上之宮家の電話のベルが鳴った。玲菜が受話器を取ると、そう声がしたのだ。

「愛流? どうしたのいきなり大声出して」

「あっ、玲菜さん! ごめんなさい。でも、すごいんです。本当にすごいんです。ひかるさんが助かるんです!」

 玲菜が驚いた顔をしてひかるの方を振り向く。

「聞こえてる」

 そう言ったひかるも困惑していた。

「本当なんです! 電話やメールでは詳しいことは言えないんですが――なにせちょっと私には難しくて――とにかくこっちに来てください! ではっ」

 それで電話が切れた。

「行くよ」

 ひかるはそう言って玲菜の目を見た。

「愛流が嘘を吐くとは思えない。きっと何かあるんだと思う。どうせ何の手も見つかってないんだ。賭けにもならないよ。旅行だと思って行ってくる」

「――そうね」

 玲菜はそこで少し暗い表情に変わる。

「私はまだ少し調べたいことがあるから残るわ。それと、あなたは政府が血眼になって捜していることを忘れないで。向こうに行くのなら、うちで垂直離着陸(ヴィトール)機を出すわ」

「ありがとう」

 玲菜が連絡を入れて二十分後には上之宮邸の庭にヴィトール機が着陸し、ひかるを乗せて飛び立った。

 玲菜はそれを見送ると一人自室に戻り、パソコンの奥深くに眠ったデータを呼び出した。

「あまり考えたくはなかったんだけど――」

 表示されたのは愛流の父――栄(さかえ)久利(ひさとし)が大学教授に送ったメールのコピーであった。

 玲菜の父は愛流の母から、密かに前夫である栄の行き過ぎた愚痴を聞かされていたらしい。それを受けて玲菜の父は栄の身辺調査を行い、そのデータを父の死後玲菜が発見し、こうしてパソコンに保存してあった。

 そのデータは、はっきり言って意味不明だった。栄は何か妄想に取り憑かれていたらしく、文章としての体裁は整っているのに内容は荒唐無稽なメールを何通も送っていた。

 以下がそのメールの一部である。


 先日お送りしたメールに添付した音声ファイルは再生していただけたでしょうか。返信がないので不安なのですが、お読みいただいているものとして以前の続きを書かせていただきます。

 保健所から引き取った犬を番犬にしたつもりだったのですが、考えが甘かったようです。無残にも殺されていました。保健所の方にどう言い繕ったものかと考えたのですが、野犬か熊にでも襲われたことにしておきます。無論、死体を見せる訳にはいきません。あの惨たらしい死体を見れば、どう考えても熊の仕業だとは思えませんから。

 そうです。奴らです。奴らがやったのです。

 あなたはまたぞろ私がくだらない世迷言を言っているのかとお思いでしょうが、これは明確な事実なのです。証拠にならないかもしれませんが、惨殺された犬の死体の画像を添付させていただきました。(メールの添付ファイルを開くと首と四足を切断され臓物をぶちまけられた犬の死体画像が表示される)

 あの、鉤爪の、翼膜の、甲殻の、奴らです。

 私は未だその姿を直接は見ておりません。むしろ幸運なことなのかもしれません。全容を掴んでしまえば、私は気が違ってしまうかもしれませんから。

 先日から妻には何度もことの重大さを説明しているのですが、なしの礫というやつです。妻にはこの家を離れた方がいい、身に危険が及ぶかもしれないと言ってあるのですが、妻はならばあなたが精神病院に入院して頂戴――とこんな様子なのです。どうにも妻は家に起きる異変も全て私の気の迷いで、犬を殺したのは私だと思っているようです。とんでもない勘違いです。私は精神的に参ってきているのを感じてこそいますが、至って正気です。ところが妻は私の近くにいることが本当に自分と娘の身の危険だと思い始めています。

 このままいけば、妻は娘を連れて家を出ていくでしょう。しかしその方がいいのかもしれません。私は間違いなく妻と娘を愛していますし、その二人にこんな恐ろしい体験をさせるのはとても耐えられません。

 奴らは日に日に私の近くに迫ってきています。昨日などは布団で眠っている耳元で、例の忌まわしいがやがや声が聞こえてきました。夢ではないかと思ったのですが、朝に枕を見てみると鉤爪で引き裂かれた痕がありました。それがもう数センチずれていたらと思うと心臓が縮みあがります。

 また何かあればメールさせていただきます。重ね重ねではありますがこのことはどうか内密にお願いいたします。


 同じようなメールが前後に五通ずつ程あったが、どれもまともに読まれたことはなかったのだろう。

 栄の身辺情報だが、結婚後すぐに高知の山奥に一軒家を購入し、そこに妻と娘――愛流と移り住んだ。近所付き合いは殆どせず、株式の売買で生計を立てるトレーダーだったこともあって一年中家に籠り切りだった。

 投資家ではあったが酒やギャンブルはせず、家では優しい父親だったとは愛流の談である。

 それが離婚する一年前頃から様子がおかしくなり、離婚後は完全に音信不通になった。

 これは玲菜の両親と愛流の母が亡くなった地震の後でわかったのだが、実は愛流には栄から毎年誕生日にメールが送られていた。なので愛流の中では栄はいつまでも優しい父親のままで、ずっと家で愛流を待っていると思い続けてきたらしい。

 そんな愛流の気持ちを傷付けることなど出来る訳がない。このメールのような異様な言動も一時的なもので、今はすっかり健常な人間に戻っているかもしれない。

「余計な心配だったかしら――」

 しかし愛流の言葉は気にかかる。ひかるを助ける手立てがある? 現代医学では摘出不可能。無理に摘出しようとすれば即爆発する地球破壊爆弾をどうやって取り除くというのだ。

 気付かぬ内に、玲菜は机で寝入ってしまっていた。目を開けると外は完全に真っ暗だ。

 自分もひかるの後を追おうとしたはずがこれか――余程疲労が溜まっていたのだろう。

 目を覚ましたのは、携帯電話に着信があったからだった。画面を見ると、ひかるからだった。いざという時のために、玲菜の名義でひかるには携帯電話を与えてあった。GPSを常時作動させ、どこにいても居場所がわかるようになっている。

「何かしら」

 電話の向こうからは走っているような足音と、荒い呼吸が聞こえる。

「玲菜? やっと出てくれた! いいか、すぐに逃げるんだ」

 途切れ途切れに切羽詰まった様子のひかるの声が聞こえてくる。

「ひかる? どうしたの? 一体何があった?」

「いいから、すぐに逃げろ!」

「何を言っているの。あと三日で地球は終わる。どこに逃げる必要が――」

「そんなことじゃない! 地球は所詮原子の一粒に過ぎないんだ! 地球なんて――」

 がやがやという騒音。

「やめろ! 来るな! 僕はそんなものになりたくなんかない!」

「ひかる?」

「鉤爪の――翼膜の――甲殻の――」

「イア! シュブ・ニググラトフ! 森の黒山羊に千人の若者の生贄を!」

 それで電話は切れた。

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頭の中に地球破壊爆弾 久佐馬野景 @nokagekusaba

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