未来の男・ひかる!
この広大な屋敷の中、玲菜を見つけるのは一苦労だった。何度も迷い、同じ場所をぐるぐると回ったりしながら、漸く二階の一室をノックした時に中から返事があった。
「玲菜、僕だ。話があるんだけど……」
「どうぞ」
ドアを開け、中に入る。絨毯の敷かれた広い部屋だった。入って右側には天蓋付きのベッドが大きく面積を占有している。それでも全体に比べればほんのわずかな面積で、まだまだ余裕をたっぷりと湛えている。部屋の左側、窓際には大きな机が置かれ、巨大なパソコンがディスプレイにシンプルな壁紙を表示している。玲菜は、そのパソコンの前に座っていた。
「何かしら」
意を決したはいいものの、いざ面と向かって話すとなると言葉に詰まってしまう。そもそも玲菜とひかるは今日出会ったばかりなのだ。
だが、ひかるには、そして地球にも、時間はあまり残っていない。
「愛流と話をした。彼女、お父さんに会いたがっている」
玲菜の顔がわずかに引きつる。玲菜が口を開く前に、間髪入れずに話を続ける。
「でも、愛流は君のことを本当に大切に思ってるんだ。それはわかって欲しい。愛流は迷ってる。君の許を離れたくないけど、お父さんにも会いたい――これは物理的な話だけじゃない」
玲菜は椅子に深く腰かけ、物憂げに溜め息を吐いた。
「あなたは、馬鹿なの?」
「――そうかもしれない」
「わかってるんでしょう? 後一週間で地球はなくなる。そんな時にこんな話をするって――馬鹿としか言いようがないわ」
「こんな時だからこそ、大事なんだよ」
「最後の思い出作りって訳? それこそ馬鹿げてるわ。全部なくなれば、後悔も何も残らない。私はそういう話は嫌いなの。悔いを残して死んでも、満足して死んでも、死んだことに変わりはない」
「違うよ」
ひかるは静かに呟く。しかしその一語に込められた強い意志は、玲菜にもしっかりと伝わった。
「僕は諦めていないよ。絶対に生き残る方法を見つけてみせる」
「一週間よりも先の未来を見ているという訳?」
その先には何もない。少なくとも玲菜はそう確信していた。だが、ひかるの目には不確かながらもその姿が映っている。そしてその未来を最良にするために、今こうして玲菜と向き合っている。
――他にもっと考えるべきことがあるでしょうに。
「愛流から聞いたよ。君が地球を破壊したがっている理由」
「――そう。意外だわ。あの子がそんなことを話すなんて。あなた、どうせ私の考えは間違っていると言いたいんでしょう」
ひかるが言葉に詰まると、玲菜はいいのよ――と落ち着いた様子で言った。
「自分の考えが歪んでいることくらい、わかってるわよ。でも、だったら、私は何を恨めばいいの? 地震だから仕方がないって割り切るなんて、私には無理。お父様とお母様は帰ってこない。なら、この理不尽な地球に復讐するしかないじゃない――」
愛流は――一度消えそうになった言葉を再び継ぐためか、溢れた感情のせいか、驚く程大きな声が出た。
「愛流は、私に残った最後の繋がり。多分、あの子がいなければ、私はとっくに壊れてる」
狂気を孕んだ笑みを見せ、一瞬口を開こうかと迷ったひかるを真正面から見据える。
「もう壊れてる――そう言いたいんでしょう。ええ、そうね……。私は最初から壊れていたのかもしれない。でも、愛流がいたから、私は今もこうして生きていられるの。だから――お願い。愛流をどこにもやらないで……! 私を壊さないで……!」
話している内にわなわなと震え出した玲菜だが、最後の一言を吐き出すと堪え切れなくなったのか床にくずおれた。
しゃがみ込み、長い髪に隠れた玲菜の顔を見つめる。
「二人共、怯えすぎなんじゃないかな」
玲菜の身体の震えが一度止まる。
「玲菜と愛流の関係は特殊だと思う。名目上は雇い主と使用人だけど、二人共小さい頃からの友達で、今もお互いに大切な人だと思ってる。だけど――いや、だからこそ、君達は離れても大丈夫なはずだ」
「いや――いやぁ。愛流が傍にいないと、私は――」
「そんな程度なの?」
「え――」
「君達はきっと、強く強く繋がっている。それこそ、心と心で。愛流がお父さんに会って、君を忘れてしまうと思うの? 愛流はご両親を失った君のことを考えて、自分がお父さんに会っちゃ駄目なんだと思っている。でも、肉親がいない辛さは君が一番わかってるはずだ。それを愛流にも強いることはないんじゃないか? それとも、君にとって愛流は自分と同じ苦しみを味あわせるためだけの存在なの? そんな程度じゃ――ないはずだよ」
「そう――愛流は私の大切な人……。そんな風には思ってなんかいない。――でも!」
下を向いたままだった玲菜の顔が起き上がり、懇願するような目でひかるを見つめた。
「愛流は、私のことを――」
ひかるは微笑んで立ち上がり、玲菜に手を差し伸べた。
「そこから先は、直接愛流に聞けばいい」
出された手とひかるの顔を交互に見比べた後、玲菜は震えた手でひかるの手を掴んだ。ひかるはその手を引き上げ、玲菜を助け起こす。
「多分まだ部屋にいると思う。僕は暫くこの部屋にいるから、二人だけでじっくり話してきたらいいんじゃないかな」
「ひかる――」
名前で呼ばれ、ひかるは照れ隠しに笑う。
「いいから、行ってきなよ」
玲菜は何も言わずに頷くと、駆け足で部屋を出ていった。
「全く――何やってんだろうなあ。僕は」
一人で苦笑しながらも、気分は悪くなかった。
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