第5話 俺達の居場所

「住んでいた?」

 どういうことだ? こんなところに住んでいたなんてホームレスだったのか?

「あなたには黙っていましたが、私たちは緑の精霊なのです」

 突然の謎の葉月の告白にあっけらかんとなってしまった。

「は? 何言ってるんだ」

 芽里亜めりあちゃんが胸に当ててた手を大きく広げ、周りを見渡す。

「本当よ。今は人間の姿をしているけど、ここの草花とともに暮らしていたの」

「そうだ、だからお前は俺達の居場所を奪った!」

 大男は手を握り、腕を胸の前に出し震わせた。


 何をそんなおとぎばなしみたいなことがあるものか……。

 だが、自分の周りを包んでいる謎の黒い霧と誰もやってこないこの状況が何かおかしい現象なのだと、もしかするとそんなこともあるのかもと納得しかかっていた。

「だから、お前の居場所をなくしてやる!」

 大男が俺に向かって走ってきた。

「そんなことしたってしょうがないじゃないですか!」

 そう、叫んで葉月が俺の前を塞いだ。

「なんでお前はそうなんだ?」

「この男の居場所をなくしても、それで私達の居場所が戻るわけでもなく、ただ同じように奪うだけのものになってしまう」

「奪う……」

 俺は声をもらした。


 葉月たちが言っていることが本当なら、俺は居場所を奪った悪い奴だ。

 居場所……それを聞いて親父のことを思い出した。

 居心地の悪い場所。それは俺にとっては不愉快な場所。

 そして今いる開放された自由であるのは俺にとっての楽園。

 彼らはその自分にとっての楽園を俺によって奪われてしまった。

 俺は大っ嫌いな親父と同じことをしていたのか。

 何も声に出せなかった。何を言えばいいのかわからなかった。

 ただ、胸が締め付けられるような吐き気にも近い自分への嫌悪感。

 何のために俺は今までやってきたのか。何のために居場所を求めたのか……。


「明良さん……」

 後ろを振り返った葉月が俺に対してそうつぶやいた。俺の心のなかを探っているような表情を浮かべている。

 俺は痛みを感じる体をなんとか起こしよろめいたが、立ち上がった。

「一番大っ嫌いな事、親父みたいな事を自分でしてしまった」

 自然と握りこぶしに力が入る。

「以前、俺は高校のときだった……」

 俺は過去の出来事を話すことにした。


 俺は幼い時から親父が忙しかった。代表として同じ仲間と企業を立ち上げ、みるみるうちに業績を上げていった。

 その後、家庭は裕福になり、兄は有名大学に進学、俺も付属の高校に入学した。そこである女の子と出会った。

 黒髪のくりっとした瞳をした女の子。その子とよく塾で会っていた。彼女は普通の一般家庭でバイトをしながら塾に通っていた。有名進学塾だが、彼女は頭も良かったので頑張って勉強に励んでいた。

 そんな彼女と話したりする中、次第に惹かれていった。それから彼女とは時間の合間をぬって度々会うようになった。


 だが、ある日学力が落ちたことでその事実が発覚する。それを知った親父は彼女と俺を引き離すように言ったが俺は断固拒否した。

 それから数日がたったある日、彼女と会った。

「大丈夫? 最近元気ないよ」

 彼女が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「いや、点数悪かったから親父にちょっと言われてな」

「そう……」

「まあでもなんとかなるって!」

 笑顔で俺はそういった。しばらく間が空き彼女の口が動く。

「ごめんね、私もう会えない」

 うつむいて彼女はそうぽつりと呟いた。

「え? どういうことだよ」

「バイトきつくなっちゃったんだ。勉強もあんまり進んでないし、今度は塾は行けないと思う」

 彼女は悲しそうな表情で、最後に微笑んで去っていった。


 彼女の連絡先は変わったのか、連絡の取れないまま、寂しかった。

 俺はわけのわからないままだったが、頑張って有名大学に入学。だが、そう長くは続かなかった。

 よくわからないが、その時荒れていた。吸わなかったタバコやパチンコですごす日々。

 ほとんど帰ってこない父。母親には俺の事をすごく心配していたようだ。


 ある日、単位が取れない状態で留年が確定してしまった時、それが親父に発覚した。

 そして、親父と喧嘩になった時に知った。

「あの娘と引き離してやったのに、なんでお前はこうなんだ! 兄を見習え」

「どういうことだよ」

 聞いたところによると高校の時に去っていった彼女。その彼女を塾には行かせないように取り計らい、俺から離させた。

 そうだ、親父は俺の心の居場所だった彼女を奪ったんだ。

 激怒した。その時、親父に殴りかかり、飛び出すように家を出て行った。


「俺はそんなことがあって、親父のことが嫌になった。俺の心の居場所を奪った」

「今はもう彼女には会えないが、今いる場所が居場所だと思っている」

「俺はお前たちのそんな居場所を奪ってしまった」

 俺は頭を勢い良く下げ、そう吐き出した。

「すまない!」

 三人の視線を感じる気がした。どう思われているかわからないが、俺は続けた。

「俺のしでかしたことは許されないと思う。どうすればいいかなんてわからない。だから教えてくれ! 俺はどうすればいいんだ」

 地面に視線を向けて俺はただ頭を下げ、この三人の答えに従うしかなかった。


 自分でもよくわからない。居場所を奪った。だが俺にはその居場所を与えられる力もない。

 しばらく無言の状態のまま、あたりが静かになっていた。

 そっと肩に手を置かれ、顔を上げた。そこには葉月が柔らかい眼差しで俺を見ていた。いつもの優しい作ったような表情ではない、とてもあたたかな顔。

「わかってくれればいいんですよ」

 そう葉月はぽつりと呟いた。葉月の後ろをちらと見ると、芽里亜ちゃんと大男が黙って立っている。だがその表情は少し驚いた様子であった。

 その後、甲高い笑い声が聞こえた。


「あはは! バカみたい。なんでこんなに改心しちゃうわけ?」

 芽里亜ちゃんの態度にこっちが驚きつつ、大男の方は笑みを浮かべ、腕を組んだ。

「どうすればいいか? そんなの自分で考えろや」

 あっけらかんとしてしまった。先程までの空気とは違い、和やかさを感じた。気づくと周りの黒い霧も消え明るい陽が差していた。

「そういうことですよ」

 葉月が俺に向かってそう言う。

「でも、俺はわからなくて!」

 俺は必死になってそう叫んだ。


「俺はお前の居場所を奪おうとう、恨みを晴らそうと思ったが、もうやめだ。お前はもう居場所を奪われた存在。これ以上奪ってもしょうがない。わかりゃいいってことよ。俺に言わせれば……」

 大男はニカっと笑顔を浮かべて続けた。

「もっと周りのことを考えて行動しろ! ってことだな」

「そういうことよ」

 芽里亜ちゃんも笑いながらそうお腹を抱えて笑っていた。

「俺は今後はあんたたちのために何かする!」

 和やかな雰囲気だったが、俺は納得いかなかった。何かしなくてはいけない! そんな気がして。


「そうですね、それは嬉しい限りです。でも、もうすぐ時間ですね」

 葉月がにっこりと笑ったが、その表情は少し寂しそうであった。

「時間?」

「私達が人間の姿になったのはあんたがやった、そういう辛い思いと恨みがあったから……」

 芽里亜ちゃんが俺に勢い良くゆび指した。

「そうだ、俺達にはもうそれがなくなった」

 大男は伸びをして言う。

「どういう……?」

 一呼吸おいて、葉月の髪が風に揺れた。

「私たちは新たな居場所を求めて旅立ちます」

「え!? な、なんで!」

「もうこの姿を保つことは出来ないということです」

 手には光が灯っていた。

「短い間でしたが、楽しかったですよ明良さん」

「ばいばい!」

「じゃあな」


 そう言って三人は視界からゆっくりと消え失せていった。俺はぽつんと一人河原に立っていた。不思議と体の痛みや怪我は消え失せ、周りの景色はいつものように戻った。

 なだらかな風が体を抜けていく。河原を歩く人が見かけられ、空は夕焼けに染まっていた。

 ふと先ほどの場所を見ると、草は死んだように黒いまま残っていた。

 俺は虚しくそれを見つめた。


 その後、タバコをやめた。

 いい機会だったのだと思う。金もかかるし、何か分からないが俺の中で心境が大きく変わったのだ。

 俺の部屋はいつもどおりの汚さに戻った。心境は変わっても元々の生活はなかなか全てを変えることは出来ないだろう。


 たった数日の出来事だったが、葉月には色々教えられたものがあった気がする。

 親父の元には戻らないで、今の居場所にいることにした。

 わざわざ悪い場所に戻ることを、葉月たちが望んでるとは思えなかったからだ。


「いってきます」

 俺はそう誰も居ない部屋に向かって言って、いつも通りバイトへでかけた。

 温かい日差しの中、春になったベランダには鉢植えの草花が咲いていた。あいつらの素敵な居場所になるよう少しだけ願いを込めて……。


END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

緑の執事 志鳥かあね @su7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ