第4話 過去の過失


 何度も蹴られたりタコ殴りにされながら、俺は地に伏していた。

 痛みがいつまで続くのか、なぜ誰も周りにいないのか。

 助けを呼ぼうとしても一向に現れない。それとも男の早い攻撃によるため時間が長く感じているだけなのか……。

 俺の頭の中ではとにかくこの場所から、この痛みから早く開放されたいと思うしかなかった。


 ふと攻撃が止んだ。体中が痛いので顔も上げられないが、虚ろな視界の中、なんとしても隙を探ろうと男の様子を見る。

 その男の顔は俺の方を向いておらず、別の方向を向いていた。


「やめてください」

 そう落ち着いたトーンの声が聞こえた。

 男の声だ。助けが来たのか?

「なんだ?」

 俺を蹴り飛ばしていた大男が返答している。

 さっきまでの攻撃が止んでいた。


 俺は声も出さぬまま、その場から逃げようと這いずるようにしてなんとか顔を上げた。

 そこには先程の大男と、向かい合っている姿の男がいた。

 男の姿は深緑色のスーツを着た清潔そうな姿。

 葉月だ! 助けに来てくれたのか! さすがは専属執事だ。


 嫌になっていたが、この時は心底こいつに感謝した。

 これで騒ぎになれば大男も逃げていくはずだ。

「お前、葉月か?」

 え?

「そうです。お久しぶりですね」

 ちょっと待て。知り合いかよ!!


 うずくまり、痛みで何も言えない状態で二人の会話を黙って聞くしかなかった。

「丁度いいところに来たな。だがやめろとはどういうことだ? こいつは悪党だぞ」

 俺が悪党? どういうことだ?

 大男がそう言っているのを耳にして疑問を抱いた。

「そんなことをしてもしょうがないです。無駄なんですよ。それより先のことを考えましょう」

 葉月は落ち着いた淡々とした口調で答えている。

「そうはいかない。この恨みを晴らすまではな」


 恨みだと? 親父の息子だからか? 悪党だなんてそんなの俺じゃなくて親父に対してやればいいものを……。

「私はこの男を更生させるために、手を尽くそうとしているところなんです。邪魔はしないでください」

「そっちこそ、俺の邪魔はするんじゃねえよ」

 俺のことか? なんだか話が見えてこない。

「お兄ちゃんの邪魔はしないで! 私だって恨んでるけどお兄ちゃんのいうことが正しいと思う!」

 急に女の子の声がした。芽里亜ちゃんだ。

 顔を向けると俺をかばうため説得をしてくれている様子が伺えた。

「邪魔するっていうなら、容赦しねえぞ葉月!」

「こっちこそ、あなたが向かってくるなら……!」

「二人ともやめて!」


 わからないが、とにかくここから逃げるか痛む体を起き上がらせた。

 まだ頭がくらくらするが、三人の様子を見た。

 葉月が構えのポーズをしている。大男もそれと同じように構えの姿勢をとっている。

 葉月の後ろには芽里亜ちゃんが心配そうな表情で見つめていた。

 俺は逃げるより二人に釘付けになっていた。これからどうなるのか……。

 なぜだか逃げてはいけない気がした。いや、逃げてはいけないのではない。周りには霧が立ち込め先ほどの河原の様子とは違う世界になっていた。

 驚きを隠せないまま、俺は二人を交互に見つめていた。


 大男の方が先に動いた。右の握り拳を葉月の胸元に向かって放つ。一方葉月は両手を前に開いて構えていた平手。それを体に攻撃が加わらないように左手で弾くようにかわした。

 そしてしゃがみ込み右足で大男に足払いする蹴りを放つ。

 大男はそれを飛び上がってかわした。握りこぶしをつくり飛び上がった反動で葉月の頭に上から叩きつけるように両手拳を振り下ろした。

 だが、葉月は足を回転させ、横に手を地面につけ受け身をとり、転がるようにそれを避けた。

「やめて!」

 途中で芽里亜ちゃんが叫んでいるが、二人の攻防は続く。


 大男はすぐさま攻撃を仕掛けようとするが、葉月の方が素早さが優っているようで、すぐに距離をとられる。

 それから大男が距離を詰めるように突進していくが、葉月はくるりと体を回転させ、大男の背中に回転の勢いで回した腕で攻撃し、それが直撃する。

 大した力ではなさそうだが、少し体のバランスを崩す大男。


 しばらくの二人の戦いが続いたが、息が上がってきているのは大男の方だった。そして距離を置いて上がった息で葉月に言った。

「なんでそうまでしてこいつをかばうんだ……俺たちの居場所を奪われたんだぞ」

「あなたのいう通りです」

「ならやはり!」

「でも、この男の人生を奪ってどうするつもりなんですか? やっていることは同じじゃないですか」


 俺は静かに聞いていた。だが、言葉を発した。

「いまいち、状況が理解できないんだがどういうことなんだ?」

「もう! 自分で少しは気づきなさいよね!」

 芽里亜ちゃんが俺に向かって起こった様子で言った。

 その気付かないから聞いてるのだが……。

「そうですよね、明良さん。あなたは気付いてなかった。しょうがないです……話しましょう」

 葉月が構えを解いた後、大男も力を抜いたようでその話を聞くことになった。


「あなたは覚えていますか? 去年の冬にこの河原を歩いていた」

「まあ、よく行く道だからな」

 俺はパチンコに行くときはこの道を使っている。

「あれはとても乾燥した時季でした。あなたはその時タバコを吸って歩いていたのです」

「そんなこともあったか?」

「おい!」

 大男が今にも殴りかかってきそうになったが、葉月がそれを静止させた。

 歩きタバコは確かにまずかったか……。

 葉月はそのまま話を続けた。

「歩きタバコは時に相手に被害を加える事になります。あの炎によって」

「そして、あなたは何かあったのでしょうかとっさにそれを捨てた」

「タバコのポイ捨てってやつよ! それで私たちは!」

 芽里亜ちゃんが怒りの表情を浮かべながら泣きそうな声でそう言った。

「タバコのポイ捨てや歩きタバコは悪かった。だけど、それで恨まれるようなことはしてないぞ」

「あなたの放ったタバコの火どこにいったと思います?」

 え? どこって……。


「ここですよ。この枯れ草の中に捨てられたんです」

 葉月が指をさした先には、黒くなって炭化している状態の草の残骸があった。

「もしかして、俺のタバコの火で燃えたのか?」

 葉月と芽里亜ちゃんが首肯した。

「そんな、たかがタバコの火くらいで燃えるわけないだろ」

「実際にあの時は乾燥していたのとゴミがあって、火が移り燃えてしまったんです」

「地元にいる人達がすぐ消し止めてくれてけど、このざまよ」

「もしかしてそれで怪我人が出たのか?」

 後ろめたい気持ちで言った。

「怪我人は出ませんでした」

「なら……」

 焦りを感じつつ、

「ですが、その場所は奪われてしまったんです」

「場所?」


「そう私達が住んでいたこの場所です」

 葉月は悲しそうな表情で焦げて黒くなった跡地を見て答えた。

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