第3話 身に覚えのない恨み
虚ろな意識の中、頭を強い衝撃に見まわれた。
頬に鋭い痛みを感じ、たじろぎながら体を勢い良く起こす。おぼろげな視界に映ったのは黒髪のくりっとした目の可愛い女の子。
ぼーっとした頭でよくわからなかったが、どうやら俺の胸ぐらを掴んでいるではないか。
ようやく覚醒した状態で、左側から平手が飛んでくる残像が目に写った。またも頭が揺れる衝撃が襲う。
「おら! 起きろや!」
「うっ!」
口調とはイメージが違う、かわいらしい女性の高い声が耳につんざく。俺自身腹からうめき声を上げた。
い、一体何なんだ!?
ふと、その女の子に目が奪われたが、背後には男が立っていた。
「
そう諭すように男が静かな口調で言った。
黒髪の精悍な顔つきの男――
女の子は昨日家に来た葉月の妹の芽里亜ちゃんだ。
そんな事を考えつつも、芽里亜ちゃんの俺に対する平手打ちは連続して続いた。
って痛えよ! もう起きてるって!
なんとか布団から這い出てその場をかいくぐり、赤くなっているであろう頬に手をおいた。
「やっと、起きたわね!」
「はは、おはようございます。
葉月が笑顔を浮かべて、そう挨拶した。
昨日は突如やってきた葉月の妹である芽里亜ちゃん。実はあの後、相当俺に対して荒れた様子で普通に泊まっていった。
しっかりと葉月と同じような黄緑色の寝袋を持ってきてたようで、キッチンの狭い空間で横になっていた。
俺がひっそりと隣で寝ようと近寄って行こうとしたら、寝てたはずの葉月が顔だけ俺を見て、怖いオーラを放った笑顔を浮かべていた。
しょうがなく、いつも通り寝ることにしたのだった。
「おはよう……」
しかし、朝からどんよりとした気分になっている。
かわいい女の子に起こされるのは喜ばしいことだが、さすがに頭の衝撃が激しいのだった。
ツンデレのデレはいつくるのやら……。
「今回はちゃんと挨拶出来ましたね」
葉月は俺の返事にそうほころんで言った。
俺的には芽里亜ちゃんにそういう対応をしてもらいたかったぞ。
芽里亜ちゃんは腕を組んで、蔑んだ目で俺を見ているような気がした。
キッチンからは昨日のように食欲をそそるいい匂い。もう出来上がっているであろう朝食だろう。
葉月のエプロン姿を見るから芽里亜ちゃんの手料理ではなく、男の手料理なのだな、と悲しくなった。
「今日はブロッコリーが入ったポトフですよ」
湯気が漂う鍋を持ってくる葉月だった。
「だからブロッコリーは!!」
「ダメよ、ブロッコリー食べなきゃ!」
芽里亜ちゃんが深皿から無理やりブロッコリーをフォークで刺し、俺に近づける。
女の子にあーんさせてもらっていることと、嫌いなものを口の中に入れるという葛藤と俺は戦う!
「あつっ!!」
芽里亜ちゃんが無理やり入れた熱々のブロッコリーが俺の口の中を襲い、口からこぼれ落ちる。
床に落ちたと思ったが、そこには存在がなくなっていた。
どこにいったのか疑問に思うと、葉月の持っているフォークにはブロッコリーが存在していた。
「はい、今度はちゃんと冷まして食べましょう!」
笑顔で俺にブロッコリーの刺さったフォークを差し出した。
どうやったんだ……。
「どうしても俺に食わせる気か……」
「当たり前じゃない! ちゃんと食べるのよ!」
芽里亜ちゃんがそう言いつつ、他のポトフの野菜をもぐもぐと頬張っていた。
今日はせっかく仕事が休みなので家でのんびりしようと思ったが、全くのんびり出来ない!
食事――野菜のオンパレードが終わり、肉を食べたい気持ちに駆られていた。
家には葉月もいるし、かわいい芽里亜ちゃんも居るけど攻撃的で恐ろしい。
特に用事もなかったが、外に出かけることにした。
久しぶりにパチンコでも当てに行くか。
「俺は出かけてくるから」
「今日は休日ですね。では家事も一段落したので、私もついていきます」
エプロンを外す仕草をみせ葉月は言った
「おいおいおい、俺はお前がいるから外に出ようとしてるんだぞ!」
「なによ、せっかくお兄ちゃんが一緒に行ってくれるのに」
芽里亜ちゃんが表情をあらわにした。
「だったら、芽里亜ちゃんだけでもいいよ」
「それはダメです」
すぐさま真顔で静止された。
「じゃあ、私もお兄ちゃんと一緒に行くわ!」
う、わけがわからない……。
「もう、ついてくんな! せっかくの休日なんだ。絶対だぞ!!」
俺は怒涛の勢いで叫び、念を押して家を飛び出した。
これで今日は一日ゆっくりするぞ!
後ろを振り向いてみたが、葉月も芽里亜ちゃんも追ってきていない。良かった。
うーん、芽里亜ちゃんだけでも追ってきても良かったんだがなー。
そんなことを考えつつ、パチンコに向かうため、いつもの河原を歩いた。
久しぶりの河原の風景。空は雲がもくもくと自然溢れている。
だが、ふと少し殺風景な草木が目に写った。
こんな場所だったか?
冬のため枯れ草になっていたが、一面だけ黒くなっていた。
それは俺の黒星を暗示しているかのように……。
「くそっ!」
イライラしながら舌打ちし、一人つぶやいた。
今日はかなりハズレだった。少しでも勝つかと思ったが、思いっきり負け。
遊ぶ予算も結構超えてしまっていたので、当分はもやし生活になりそうだ。
ん? だが葉月がいるからもしかするともやし生活は回避されるかもしれん。
いや、やつの手に引っかかってはいけない! どうせ野菜オンリーのメニューなのだから。
もやし生活でも同じか……。
そんなことを考えつつ、これから特に行くところもないので、河原をぶらぶらと歩いていた。
イライラを抑えるために、タバコに火をつけ、ふかして歩く。
「ふー」
空はまだ青いが、夕焼けの空は間近にせまっていた。
この開放感はやはり気持ちがいい。今までの柵から抜けだしてほそぼそと続けているが、俺にとってこの生活は楽園だ。
もちろん辛いこともあるが、俺の居場所はここにある。
そんな気がした。
「おい」
空をぼーっと眺めているとき、低い声が後ろからした。
ゆっくりと振り返った。そこには俺より一回り大きい図体の男が立っていた。
雰囲気から察すると、危険な予感がした。
なんだ、こいつは……。
しばらく黙っていたが、知らない人間だし、なんだか顔怖いし。
とにかく逃げようとなんとなく思った。
「え、えーと」
「おまえ、中曽根明良だな?」
!!
なぜ俺の名前を知っているんだ!?
「今までの恨みはらさせてもらうぞ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
こいつはまずい。大男はなにやら武道でもやっているのか、構える姿勢をとっている。
もしかすると、親父関係で中曽根グループに恨みを持っているやつか?
結局、どこへ行っても俺の楽園はないのかと絶望した。
急いでその男から離れるため体を回転させ、走ろうとしたが、すぐに回りこみされる。周りを見ても人の姿は他に見られない。
なんでこんな時に誰も居ないんだよ!
助けを呼ぶこともできない。
男の振り上げた拳が俺の顔を狙ってくるのが目に映った。
やられる! そう思った瞬間だった。
「げふっ!」
痛っ! 俺は思っきり男の拳を顔に食らって地面へとぶっ倒れた。
こういう時は何かしら助けが来てもおかしくないはずだろ!
少し漫画脳になっているのはしょうがないとして、とにかく逃げるか、助けを呼ばなくては。
急いで体を起こそうとしたが、その余裕を与えず相手の蹴りが俺の腹に向かってくる。
「うぐっ!」
畜生! なんなんだよ!
何回も来る男の攻撃に悶絶するように、痛みを耐えながら、俺は体を丸まらせ、防御姿勢になっていた。
誰か……誰か、助けてくれ!
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