第2話 新たなる刺客?

 翌日、身体のだるさを抱えながら、目覚ましのアラームを止め起床した。

 まだ朦朧とする意識の中、いつもと違った部屋の景色に違和感を覚える。ふと台所に人が立っているのが目に映って、心臓の鼓動が跳ね上がった。一気に頭が覚醒する。

 そうだ、昨日の事は夢ではなかったのだ。


 実はあの後、夜遅くに帰るのかと思いきや、葉月が持ってきたと思われる荷物が部屋の隅で見つかった。そこから取り出されたのは黄緑色の寝袋だった。

 泊っていく気満々である様子に怒りマックスになりそうだったが、片付けなどが終わった後、早々に寝袋に入り寝入ったようだった。

 そのまま、寝袋ごと外に放り投げようと近づいてみたが、すぐさま気付かれた。らちが明かないのでしょうがなく、気味の悪いまま次の日のバイトに備え俺もそのまま寝たのだった。


 後ろ姿をさらしている台所の人物、葉月は俺の物音に気付いたのか、振り返った。

「あ、おはようございます。明良あきらさま」

 俺の専属執事となった葉月宗司はづきそうじが笑顔をこちらへ向けた。白いワイシャツを肘までめくり、エプロンをつけている。

 見たところ煮炊きでもやっているのか、鼻をくすぐるいいにおいがした。

 朝食を自分で用意しなくても良いとはこれはラッキーだ。

 いや、いかんいかん! こいつに乗せられては。

「明良さま!」

「な、なんだよ」

 急に声を荒げて少々驚いた。

「おはようございます」

 葉月は火を止め、近寄って来る。俺は黙って葉月から目をそらした。

「挨拶は基本ですよ」

「いいだろ、別に……」

「良くありません!」

 威圧感を漂わせている葉月の迫力に押されていく。

 最初は強気でいたが、こいつを怒らせたらまずいという何かの本能が働いた。

「お、おはよう」

「はい、よろしいです」

 また柔らかな表情を浮かべ、葉月は台所へと戻っていった。

 これは完全に押されているぞ……。

 苛立ちを抑えつつもバイトに間に合わなくなるとマズイので朝の準備を始めた。


 準備が終わったところで、ちょうど葉月の朝食が出来たのか小さなテーブルの上に食事が運ばれてきた。

 まあ、これはこれで……ん!?

「出来ましたよ、どうぞお召し上がり下さい」

 そこにはいろどり豊かな野菜がたっぷりと盛りつけてある皿がいくつもあった。


 野菜、野菜、野菜……。

「っておい、野菜ばっかりじゃねーか! 肉は! 俺の肉は!」

「野菜は健康的ですよ、しっかり食べてくださいね」

 いくらなんでもこれは無いだろう。

 葉月が俺の心を悟ったのか分からないが、視線を向け無言の圧力をかける。

「くそ、わかったよ。食えばいいんだろ!」

「その通りです」

 しょうがなく食べる事にした。味は思いっきり野菜だが、ダシが効いているのか薄味で、素材本来の旨さを引き立たせていた。

 今まで旨い物を食べてきた俺の舌に偽りはない。

 だが……。

「ごちそうさま」

「待ってください」

 席を立とうとするが、葉月に止められた。

「なんだ?」

「残ってますよ、ブロッコリー」

「ブロッコリー苦手なんだよ。分かるだろ俺の情報知っているんなら」

「駄目です! 命がかかっているんですよ!」

「はあ? 命?」

 なにやら、訳のわからない事を言ってくる葉月。よく分からんが誤魔化すしかない。

「とにかく、もう腹いっぱいで食えねえから」

「しょうがないですね。ではこれは昼食に出しますね」

 いや、もうブロッコリーはいいって!


 そんなやり取りが終わり、大嫌いなブロッコリー入りの弁当を無理やり持たされた。俺は時間がおしている事もあって急いでバイトに出かけた。


 バイトが始まる前から気苦労で疲労しているとは情けない。

 その後、バイト先の飲食店でいつも通り働いていた俺は休憩時間に店の裏口で腰掛けた。疲れたので一服しようとタバコに手をかける。

「明良さま!」

 いきなり大声で呼ばれ、驚いた俺は唖然とした。


 なんなんだ、あいつなんでここに居るんだよ。

 すごい形相で、近づいてきたのはやはり葉月だ。思いっきり睨みを利かせている。

「な、なんだよ」

 あまりの表情に怯えそうになるが、なんとか答え、すぐさまタバコをしまった。

「別に……なんでもありません」

 そう言って俺から顔をそむけた。さっきと打って変わった葉月の態度に少し違和感感じる。

 それにしても急に何の用だ? まさかずっとついてきてたのか?

「つーかお前、何で居んの?」

「それは専属執事ですので、明良さまの事はしっかり見守っていますよ」

「先程までの仕事でやった大小合わせてミスは五回でしたね」

「は!?」

 お前はストーカーか! 全く、一体どっから見てんだよ。


 店内にはそれらしい姿は見えなかったが、変装でもしてたのだろうか?

 段々とこいつが恐ろしくなってきた。いや、最初から恐ろしかったか。

「とにかく見守らなくていいから、さっさと帰れよ!」

 なんとか威嚇する。敵には弱いところを見せてはいけない。


「分かりました」

 葉月は少し目を伏せ、悲しそうな表情をして言ったが、どうせ嘘だろう。ぽつぽつと去っていく後ろ姿を横目で眺め、ため息をつく。

「ったく、胃に穴が開きそうだ」

 そう一人つぶやき、空を見上げる。短い休憩時間が終わり、結局タバコも吸えずそのまま仕事場へ戻った。


 ようやくバイトを終え、くたびれた身体で家に帰る。今日は店長にはそこまでどやされなかった。

 むしろ、『いつもよりミスが少なくてよろしい』と褒められたような気がするが、頭は帰ってからの悩みでいっぱいだった。

 マジであいつ家に居るのか? と思い、いつものようにコンビニの弁当袋を引っ提げて二階へと上がる。


 案の定、部屋の光が漏れている。勘弁してくれ。

 しょうがなく、鍵を開け帰宅する。

「おかえりなさいませ」

「……ただいま」

 本当、このセリフをメイド姿の可愛い女の子が言ってくれたらと思うと、悲しさが出て鬱々としてくる。


「お弁当ですか? 今度からは私が作りますので、買わなくても大丈夫ですよ」

 俺の手に提げた袋を見たのか、葉月がそう言う。

 全然、大丈夫ではない! 朝食は野菜だけだったし、昼に持たされた弁当も野菜だった。

 これでは身体が持たない、いや精神的にもだ。

「あー、これはいつもの癖でな」

 適当にごまかしたが、いかにも夕食作りました! という匂いが漂っているので没収されそうだ。

 今度からは外で弁当を食うしかないな。

「そうなんですね、しょうがないです。作った夕食は朝食に回しますね」

 また朝から野菜かよ! 頭が死ぬぞ!


 それからゆっくり身体を休めようと思っていたが、こいつが居るとやはり休まらなかった。

 買ってきた脳に栄養が行きそうなハンバーグ弁当を食いつつ、なんとか追いだす方法を考える。

 そんな時、インターホンのベルが鳴った。

「はい、今出ますねー」

 葉月が返答し、そそくさと玄関へと向かおうとする。

「おい! ちょっと待て。俺のダチかもしれないだろ! 俺が出るから」

「分かりました」

「はーい」

 俺がドアを開けるとそこには可愛い女の子が……。

 え? 幻覚か?


 いや、幻覚じゃない! そこにはまぎれもなく可愛い女の子が立っていたのだ! 

 一気に俺の頭にエネルギーが沸いて来た。


 ポニーテールでまとめられた黒髪、くりっとした大きな瞳をしている。俺よりちょい年下な感じで好みだ。

「部屋間違えてるよ。ちなみに君の電話番号……」

 勢いよくナンパしようと試みたが、その子は黙って力強くうちのドアを開け放ち、土足でズカズカと部屋に入ってきた。


 何!? なんだこの子は!

「お、おい。ちょっと!」

 止めようとするが、女の子が放った最初の一言に驚くことになる。

「お兄ちゃん!」

「へ?」

 俺の口から変な声が漏れた。女の子の言葉は無論、俺に向かってではない。

芽里亜めりあ……どうしてここに?」

「お兄ちゃんがここに来るって聞いて、居ても立ってもいられなくて」

 なんなんだー!!


「お、お前の妹か?」

 恐る恐る葉月に尋ねつつも、俺はじーっと女の子を見つめる。

 べらぼうに可愛いじゃないか。

「な、なによ!」

「そうです。私の妹で葉月芽里亜はづきめりあと申します。ほら芽里亜、挨拶を……」

「こいつね、この悪党が!」

「こら、芽里亜!」

 葉月がしかりつけている。

 まさか、これはツンデレなのか? 芽里亜ちゃん可愛いぞ!


 だが、悪党とは一体なんの事だ? 別に悪いことをした覚えはないのだが。

「芽里亜ちゃんだっけ? 俺、何か悪い事でもしたの?」

 俺の問いに芽里亜ちゃんは睨みを聞かせて答えた。

「タバコのポイ捨てしたでしょ! そのせいで私たちは……」

「それ以上は!」

 だが、何故か途中で葉月がそれを遮る。

 それにしてもタバコのポイ捨て? 俺そんな事したっけか?

「ポイ捨てなんてしてないぞ」

「この嘘つき!」

 芽里亜ちゃんは怒りの表情を俺に向けた。

「それより、芽里亜。ここに来てもしょうがないよ」

 葉月がそう続ける。

「芽里亜、今日はもう遅い。帰りなさい」

「私も、この人の所にやっかいになるわ!」

「芽里亜!」

 ま、マジで?

 ちょっと興奮する俺。これが女の子と二人っきりなら言うまでも無いが、こいつがいるからなー。

「いいじゃない、別に私が居ても」

「しかしだな……」

 葉月はいつもと違う困惑した表情を浮かべている。

「いいよいいよ。居てもむしろ、この子だけでいいからさ」

 俺はすかさず後押しをした。

「それは駄目です」

 ピシリと葉月は言い切った。

「あ、やっぱり?」


 芽里亜ちゃんは俺の部屋から一回出ていき、外に置いてあったと思われる荷物を部屋に置く。

「よいしょっと」

 どうやらこの狭い部屋のなかで三人の生活が始まることとなるようだ。

 うん、意味分からん。

 だが、女の子と一緒に生活するのは悪くないな。

 そんなことを考えつつふと葉月を見たら、額に手を当て顔を沈め、ため息をついていた。

 全くいい気味だ。

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