第40話 天使と悪魔と銭狂い⑩

「終わった……のか?」

「ええ、ヘルオームは倒しました。ですが――」

 リサオラは背後のタダクニに向き直る。

「まさか、あの土壇場で『前後賞』の券を渡してくるとは思いませんでしたよ」

 と、呆れを通り越して感心したような顔で言った。

「いいだろ、結果的に倒せたんだからよ」

「それはそうですけど、少し腑に落ちませんね」

「何がだよ?」

「相手は三億円もの賞金がかかった上級悪魔です。バスターキャノンでそれなりのダメージは与えられるでしょうけど、あそこまで圧倒できるとは思えません」

 三億円の賞金首であるヘルオームを倒すには、相応の代価が必要だ。しかし前後賞のくじは五〇〇〇万円、どうしてヘルオームを倒せたのかはリサオラにもわからなかった。

「こんな所でずっと隠居生活送ってたんだから、力だって弱まってたんじゃねーのか?」

「……そうかもしれませんね。さて、それではここを出るとしましょう。主を失ったことで空間が崩れ始めてますしね」

 言われてタダクニは周りを見回すと、確かに空間のあちこちにヒビが入り始めている。

「私はこのまま天国に戻ってヘルオーム討伐の報告をしにいきます。これであなたともお別れですね」

「お別れ……って、じゃああいつらにはなんて言うんだ?」

「皆さんの私に関する記憶は既に消去済みです。あなただけは換金手続きに少し時間がかかるのでそれが終わるまでは記憶は残ってますが、二、三日もすれば消えます。そうすれば、また元通りの生活に戻れますよ」

「そっか。なんだか、少し寂しい気もするな」

 とんだ災難だとばかり思っていたが、今思い返してみればどこか楽しかったのかもしれない。ふと、そんな風に感じる自分がいた。

「……まさかあなたの口からそんな言葉が出るなんて思いもしませんでしたよ。あなたにも人情があったんですね」

「あのなあ。お前、人を何だと思ってやがんだよ。ったく……」

 そこでタダクニはふっと真剣な表情になる。

「なあ、リサオラ。最後に一つ聞きたいんだが、いいか?」

「? なんでしょう?」

「あいつの賞金で借金がチャラになるんなら、今まで稼いだ分の代価は戻ってくるのか?」

「……本当に、あなたという人は。残念ですが、オーバーした分の代価は返還されません。そういう規則になってます」

「また規則かよ、どっかの誰かさんみてえに融通が利かねえんだな」

「ええ、どっかの誰かさんのようにケチなんです」

 互いに嫌みたらしく言うと、やがて二人はどちらからともなく自然と笑い出した。

 そのままひとしきり笑い合うと、リサオラは改めてタダクニに向き直る。

「では、お元気で」

「ああ、じゃあな」

 リサオラの身体が初めて会った時と同じように眩い光に包まれる。

 やがて光が収束すると、そこにはもうリサオラの姿はなかった。

 実にあっさりした別れだったが、多分これが自分達には合っているのだとタダクニは思う。

「ま、これでようやくのんびりとした生活が送れるわけだ」

 五〇〇〇万を失ったのは大きな痛手だが、まだ手元には二億五〇〇〇万もの大金があるのだ。

 これで夢のニート生活への道はぐっと近づいた。これからの人生プランをぼんやりと考えながら、タダクニはリサオラが作った次元の裂け目へと入っていった。

 裂け目を抜けると、ヘルオームに引きずり込まれた時と同じ場所に出た。実際には次元の狭間には数分もいなかったのだろうが、冷たく濁った空気がやけに懐かしく新鮮に感じられた。

 気がつけば、さっきまで握っていたナガシマがいつの間にかなくなっていた。恐らく残りの武器も同様だろう。どうやらアフターケアもばっちりらしい。

『タダクニっ!』

 洋館の外に出ると、サヤカ達が一斉にタダクニの元に駆け寄った。

「無事だったか、心配したぞ」

「ああ、すまねえな」

「本当よ、全く! あれ? タダクニ、あの人は?」

「あの人って誰だよ?」

「誰って……そりゃあ……誰、だったかしら?」

「そーいえば……あれ? ねえヒロキ、もう一人いたよね?」

「いや……わからねえ」

「おいおい、真昼間から寝ぼけてんじゃねーよ。さ、帰るぞ」

 そう言って、タダクニはふと眩しい陽射しに目を細めながら空を見上げた。

 雲一つない青空、そこには白い翼を生やした天使リサオラが飛んでいるような気がした。


 ・今回の収入 三億円(ヘルオームの賞金)+三〇〇〇円(悪霊退治の報酬)

 ・今回の支出 五〇〇〇万円の宝くじ

 ・残り借金  〇円(余剰分の代価は没収)

 ・借金返済完了! 二億五〇〇〇万は手元に残った


 ――六月二九日(月)。

 幽霊屋敷での騒動があった翌日の朝、二年E組の教室。

「え~、というわけで今日からこのクラスの一員となる転校生を紹介する」

 担任の中年男性教師(独身)はそう言うと、隣に立っている金髪の少女に目を向ける。

 少女は頷いて黒板に自分の名前を記すと、身体をひるがえして口を開く。

「本日よりこのクラスに入ることになりました、リサオラ=アークエットです。よろしくお願いします」

 まさに『天使』のような微笑みを浮かべ、リサオラは挨拶する。

 クラスの男子は歓声を上げて教科書を一斉に放り投げ、女子は声も嫉妬の牙も出せずに彼女の美しさに目を奪われていた。

 その中で、今日はちゃんと登校してきたマサヒコも他の男子勢に混ざって狂ったように雄叫びを上げていた。ナナちゃんはどうしたのだろうか?

 ガチホモとサヤカは驚きと苦笑が入り混じった表情を見せ、そしてタダクニはというと、

「な、な、な、な!?」

 目を大きく開いて口をパクパクさせていた。

(おい、どういうことだ!?)

 突き刺すような視線と共に、タダクニはリサオラに思念波を飛ばす。

『いえ、それが……実はあの悪魔の賞金、三億じゃなくて三〇〇〇万だったんですよ』

(何だと!?)

『なんでも会計課の職員が賞金額を一桁間違って入力していたらしくて。加えて何十年も前の賞金首でしたから更新もされてなかったようです。道理で前後賞の券で倒せたわけですね』

 その口調からはあまり申し訳なさそうな気配は感じられず、むしろ『やっちゃったぜ』くらいのノリであった。

『それで再びこちらに来る事になったんですが、規則正しい生活リズムを作るためにもこちらの学校に通わせてもらうことにしました。ついでに皆さんの記憶も戻しておきましたよ』

「ふ、ふ、ふ……」

 タダクニの全身が震える。既にリサオラの言葉は彼の脳内には届いていなかった。

(奴の賞金が三〇〇〇万!? それと引き換えにしたのが五〇〇〇万の宝くじ!?)

 差し引きマイナス二〇〇〇万円である。

 まるで後頭部を一〇〇トンハンマーで思い切り殴られたような衝撃で目の前が真っ暗になり、立ちくらみが襲いかかるも、タダクニは辛うじて踏みとどまった。

 まだ、倒れるわけにはいかなかった。タダクニはキッと目の前の転校生を睨み据える。

『というわけで、残りの二億六六七九万六四〇〇円分の代価を回収するまでまたご厄介になりますね』

「ふざけんなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 タダクニの絶叫が教室中に響き渡る。

 どうやら、彼の夢のクソニート生活への道はもう少し続きそうだった。


 ・今回の収入 三〇〇〇万円(ヘルオームの賞金)+三〇〇〇円(悪霊退治の報酬)

 ・今回の支出 五〇〇〇万円の宝くじ

 ・残り借金  二億六六七九万六四〇〇円(残った宝くじを全て代価に充当しても一六七九万六四〇〇円の赤字)

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