第39話 天使と悪魔と銭狂い⑨

「ふはははは! そうだ、いいぞ、撃ってこい。久方ぶりの戦だ、もっと我を楽しませろ!」

 さも愉快そうに笑うヘルオームと対照的に、リサオラの顔には焦りの色がはっきりと浮かんでいた。タダクニが課金を拒否した今、手持ちの宝石は全部合わせても一〇〇〇万円に満たない。これだけではヘルオームには勝てない。

 リサオラは何かを決意したように息を吐き出すと、視線をヘルオームに向けたままタダクニに思念波を送った。

『タダクニ、今から私は全力で奴を食い止めます。その隙に私が作った空間の切れ目から逃げて下さい』

(逃げろったって……お前はどうすんだよ!?)

『……多分、私はここで死ぬでしょうね。億クラスの悪魔を討伐するには、それに見合った代価が必要なんです。今の私では奴には太刀打ちできません』

(馬鹿言ってんじゃねえよ! なら最初に会った時みたいに時間を止めてその間に逃げりゃいいじゃねえか)

『あれは特殊な条件下でしか使えないんです。……すみません、ヘルオームを感知できなかったのは私のミスです。ですが、あなたを失うわけにはいかない。だから――』

(……冗談じゃねえ)

『え?』

「冗談じゃねえって言ってんだ!」

 叫ぶと同時に、タダクニはシャツを掴んでめくる。その中には腹巻きがあった。

 タダクニは腹巻きに手を突っ込むと、その中から宝くじの券を取り出す。

「そんなところに……」

「自分の懐が一番安全だからな。それにこの腹巻きは花岳かがく特製の防弾、防刃、防水、防火、おまけに防音機能つきだ」

 最後の一つは意味があるのかわからねえがな、とタダクニはぼそっと付け加えた。

「今ここで逃げたところであいつが追ってこないって保証はねえ。目先の利を追うあまり、結局破滅する。かつて幾多の守銭奴どもがおかしてきたミスだ。俺は同じ轍は踏まん! リサオラ、こいつを使え!」

 タダクニは宝くじをくしゃっと握り潰すと、リサオラに向かって投げつけた。リサオラは慌ててそれをキャッチする。

「タダクニ!?」

「いいから早くしろ!」

「……わかりました。少し時間がかかります、その間の足止めをお願いします」

 リサオラは宝くじを膨大な光の粒子に変換すると、その全てを黄金銃に注ぎ込み始める。

「――バスターキャノンモードに移行」

 リサオラの声と同時に、二丁の黄金銃が眩い輝きを放って彼女の全身を覆うように巨大な砲身へと姿を変える。

 ヘルオームに狙いを定められたその砲身からは、浮気現場を目撃した妻に睨まれた恐妻家の如く骨の髄まで凍りつかせる圧倒的な威圧感を放たれていた。

「うぬ……こ、これはさすがに……」

 顔から余裕が消え、身構えるヘルオーム。その明らかな動揺をタダクニは見逃さなかった。

「あれれー? おかしいぞー? ヘルオームちゃんたらさっきまであんなに余裕ぶっこいてたのになー」

「な、なにっ?」

「まさかびびってんの? ウソ、やだ、まっさかねー」

「ば、バカを言うな! 天使如きの攻撃など屁でもないわ!」

「ですよねー! お強いヘルオーム様のことですから勿論真っ向から、真っ正面から、ノーガードで、堂々と受け止めますよねー?」

「あ、当たり前だ! どのような攻撃か知らぬが、そんなものかわすまでもない。その一撃、受けてたとう!」

 微妙に声が上擦っていたが、ヘルオームは動きを止めて仁王立ちで待ち構える。

(こいつ……ちょろいわ!)

 タダクニは心の内で嘲笑した。

 今のうちに攻撃すればいいものをわざわざ待っていてくれるとは、よほど自分に自信があるか重度のバカのどっちかだ。どちらにせよ、足止めする手間が省けた。

「エネルギーライン、全弾直結。ランディングギア、アイゼン、ロック」

 緑色の光を帯びた六つの球がリサオラの前面に展開され、砲身から何本ものアンカーが伸びて地面に突き刺さる。

「チャンバー内、正常加圧中。ライフリング回転開始」

 砲身の前面に展開された六つの光球がゆっくりと回転し始め、徐々に加速する。

 やがて、おびただしいまでの光が唸りを上げながらバスターキャノンの先端に集まり、圧縮してゆく。

 傍から見ても、それがどれだけの威力を持つかがタダクニには容易に想像できた。

 あれは、全てを粉々に吹き飛ばすレベルだ。

「ちょ……まて……」

 さすがにヘルオームの顔にも焦りが見え始めたが、既に遅かった。

「撃ちます」

 その一言を引き金に、空間全体を揺るがすほどの凄まじい轟音と共に、砲身から高密度に圧縮された極太のエネルギー波が解き放たれた。

「こ、これしきのもので! きぇぇぇぇぇぇっ!」

 裂帛の気合と共にヘルオームはバッと両手を前に突き出し、一直線に襲い掛かる巨大な光の奔流を真正面から受け止める。が、空間すら歪ませそうなデタラメな圧力を持つエネルギー波の前に、徐々にヘルオームの体が押され始めた。

「なっ!」

「――さよならです」

 リサオラが呟いたその直後、光の矢は更に勢いを増した。ヘルオームは必死に抵抗を続けるが、体は後退する一方だ。そして――。

「ぎええええー! そ……そんな……バ……バカな……この……我が……あぁぁっ!」

 断末魔の悲鳴を上げながらヘルオームは激しい光に呑み込まれ、そのまま光の筋は遥か彼方まで伸びていき、やがて勢いと輝きを失い、霧散した。

「目標の消滅を確認。バスターキャノンモードを終了」

 リサオラの声に反応して二丁の黄金銃は元の姿に戻り、リサオラの手の中にすっぽりと収まる。魔法陣を出して黄金銃を転送すると、そこでようやくリサオラは長い金髪を掻き上げ一息ついた。

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