第16話4

 佐々木さんの事について話があると言われ、僕は考える。犬戊﨑の次の言葉を聞くまでにほんの数秒の事なのだが、色々な考えが浮かんだ。

 アイデアが洪水のように押し寄せて溢れてくるようだ――なんて、そんな比喩があるけれど。この場合、小説のアイデアならいいのだけれど、不安しか押し寄せて来ないのだからたまったものじゃあない。

 しかし、考えてみれば。犬戊﨑は挿絵は描くと言っているのだから、そっちの心配はしなくてもいい。問題は犬戊﨑と佐々木さんに何かあったのか、喧嘩でもしたのか? それとも友達を解消したい? 佐々木さんになにか不満でもあるのだろうか?

 この二人を見ていて分かるように、この二人は非常に仲が良い。

 それはもう恋人のようにいつもべったりとくっついている……否。それはいくら何でも言い過ぎか。

 実はこの二人は、教室では一切喋らない。

 会話が無いのだ――少なくとも、僕が教室で見ているところでは。

 しかし、ひとたび教室を出てしまえば……つまり、僕と佐々木さんと犬戊﨑の三人でいる時はずっと喋りっぱなしで、くっつき合って、いちゃいちゃしている。

 なんやかんや、ほほ笑ましくもそんな二人を見ている僕なのだ。

 結局のところ、良い話ではなさそうな雰囲気なのだ。悪いとも言い切れないけれど。

 しかし、自慢話でも無ければ、悪口のような雰囲気もある。僕には友達がいないからよくは分からないけれど。教室での他人の会話を聞いていると大半がそういった悪意があるような会話がほとんどだ。

 不思議と、人の悪い噂だったり、悪口だったり、そんな会話が盛り上がってしまうのは、敵を作った方が楽だからだ。なによりストレス解消になる。言っている側は気持ちのいい事なのだ。


 犬戊﨑のそんな裏の顔を僕は見たくは無かった。

 裏? いや表だろう。人の悪い部分を裏の顔なんて誰が言ったのだろう? 他人に愛想笑いを振りまき、適当な相槌を打ち、友達と言い張るなら、僕は友達なんていらない。じゃあ……結局、友達ってなんだ……。


 「いくちゃんってさ――」

 「それより、実は僕も二人に見せたいものがあってさ」


 犬戊﨑の言葉を無理やり遮り、僕は携帯を取り出し犬戊﨑に見せようとした。

 話に水を差された犬戊﨑は、一瞬むっとした表情をするが、すぐにいつもの表情に戻り、唇を尖らせながらも僕の携帯を覗き込む。

 僕は卑怯だ……。

 犬戊﨑の話を聞きたくないから、どうでもいいことで有耶無耶にしようとしている。僕の書いた小説が――僕のそんなうす汚い心情で、僕自身が僕の書いた小説を汚してしまったような気分だった。

 卑怯だ。なんて下劣な人間なんだ僕は……。

 真面目に向き合えばいいだけの事なのに、これでは犬戊﨑から――佐々木さんからも逃げているだけではないのだろうか?

 ここまで低俗な自分に、嫌気がさしてはいたけれど。どうやら僕の表情は頑なに崩れなかった。上っ面だけの人間関係を嫌悪している自分が、一番上っ面で惨めな人間だった。


 「おお! 携帯小説――ですか?」


 目を瞬かせながら、ぐいっと顔を寄せて言ってきた。意外と食い付きがよかった。


 「携帯……小説? ん、ああ、まあそうだな……」


 携帯で書いた小説だから携帯小説……かな? まあ、何にせよ小説でいいよな。

 胸を張って自信満々で見せられるものでも、読ませられるものでもないけれど、とにかく、僕が書いたもので間違いはない。


 「おや? 携帯小説をご存じない?」

 「え? 携帯で書いたものは全部それに当てはまるんじゃないのか?」


 犬戊﨑は相変わらず、僕に対してよそよそしい喋り方だけど、なんだかこいつの急なキャラ変更についていけないな……。

 犬戊﨑は人差し指をピンと立てて横に振り、ちっちっちと舌打ちする。


 「昔、携帯小説って……ジャンルって言ってもいいのかな? あまり詳しくは無いですけど。とにかく、流行ったんですよ、スマホやアイフォンが普及する前。ガラケーだった時代に」


 ガラケーだった時代って言い方もどうかと思うけれど。そんな事を言ったら、ここ最近もまた、日本製のスマホもガラパゴス化してきているらしいのだが……、時代と言ってしまうなら、逆戻りしたと言うのか、それとも取り戻したと言うべきかは、なにか齟齬が生じている気がするので言及するのはやめておこう。とは言っても、僕からすればスマホもアイフォンもどっちも携帯電話で統合してしまうくらいどうでもいいことだ。

 つまりは僕の携帯電話なんて、ちょっと暇つぶしが出来る機能が付いた目覚まし時計電話だ。……なんだそれ?


 「へー、知らなかったな。今の時代、ネットでも気軽に小説は読めるもんな。ネットが普及したから、携帯小説は廃れたのか?」

 「うーん……まあ、ひとえにそれも理由の一つかもしれませんね。だけどネット小説の中でも昔の携帯小説っぽい作品は、ごろごろとその辺の石ころように跋扈してますよ」


 犬戊﨑はそう言うと、桜色の小さい唇でストローを咥えちゅうちゅうアイスコーヒーを飲むって言うか吸っていた。

 携帯小説っぽい作品? さっき犬戊﨑は、曖昧に携帯小説をジャンルと言っていたけれど、そんな感じの小説? 携帯小説っぽい小説って事だろうか? うーん……余計わからんな。


 「ああ、全然難しく考えなくていいですよ。端的に言って、読む価値もない程の小説の事ですよ」

 「うん、犬戊﨑。僕はいいとして、まずはネット小説書いている人達に謝ろうか?」

 「え? なぜです? 率直な意見ですよ?」


 ストレート過ぎるだろ。

 百歩譲らなくても、僕の書いた小説は読む価値もない小説かもしれないけれど、ネット小説書いている人達は関係ないだろ……。


 「まあ、たしかに。ネット小説の中にも良い評価を頂いて、書籍化された物もありますよ。だけど、ほとんどが小説と呼ぶには、いささかおこがましい作品があり過ぎですよ。ネット小説は」

 「犬戊﨑……お前がそこまでネット小説を嫌う理由は僕には分からない。だけど、一生懸命書いている人達だって中にはいるだろう。読む価値もないって事は――読んでもいないのにそこまで揶揄するなんて、さすがに不躾なんじゃあないか?」

 「いやいや、何を言っているのですか? みーちゃんは別にネット小説を馬鹿にはしていませんよ。あくまで携帯小説を馬鹿にしているんです」


 なに言ってんのこいつ?


 「昔流行った携帯小説を純君は読んだ事がありますか?」

 「? いや、携帯小説なんて初めて聞いたんだが……」

 「ですよね。携帯小説の何が酷いって、その内容ですよ。メンヘラ女子高生と、メンヘラ女子大生が書いたような気分が悪くなるような、ただの日記ですよ」

 「…………」


 酷いのはお前の言い方だ……。

 メンヘラって言わないと駄目なのかそれは? しかも小説を日記と言いやがった。佐々木さんと一緒にいる時はきゃぴきゃぴるんるんしているけれど、本当はこういう毒舌を吐く女の子だったのを忘れていた……。


 「いや、本当。内容が酷すぎて純君が言葉を失うのも無理はないね」

 

 僕が言葉を失っているのはお前の暴言になんだが。


 「とにかく、主人公は女ですね。高校生が多いかな? それで大体レ○プされて、大体妊娠して、大体好きな人は病気か交通事故で死んじゃいます」


 それを聞いて僕はテーブルに頭を叩きつけそうになった。

 そこだけ聞くと、たしかに気分が悪くなる内容だ……。


 「……全然救いが無いな、その話」

 「まったくです。お涙頂戴物なんですよ――基本的には」

 「でも、なんでそんな救いの無いような話が流行ったんだ?」

 「そうなんですよね~、そこなんですよ! みーちゃんがイライラするのは!」


 イライラしてたんだ……。


 「これはみーちゃんの個人的見解。偏見と独断なんですが――」


 偏見って言っちゃったよ……もう、なんでもいいわ。

 犬戊﨑はテーブルに両肘ついて手を組み口元を隠しながら語り出した。なんか話長くなりそうだな……。


 「ノンフィクションなんですよ……ほとんどが」

 「嘘つけ!」

 「本当です! ……いや、嘘かな?」

 「どっちだよ⁉」

 「昔はそう言う風に謳っていたんですよ! 実話として、実話だからこそ流行ったんじゃあないですか」

 「そんな過酷な人生歩んでる女子高生がいるわけないだろ……」


 いや、中にはいるかもしれないけれど、だけどそれにしたって、赤裸々過ぎる内容だ。ホームレス中学生って本があったけれど、それだって主人公が男だったから笑い話にもなり、涙もある話になった(読んでないけど)のだろう。

 仮にも思春期真っ只中、青春真っ只中の女子高生がどう間違ったらそんな酷い運命になるんだよ? 現実味が無さ過ぎる。


 「純君が言いたい事は分かります。たしかに現実味がありません。だからと言って全て嘘だと言い切るのは、いささか早計ではないですか?」

 「いや、まあ……そうだけど。あれ? 嫌いだったんじゃあないのか。携帯小説」

 「ええ、嫌いですよ。大が付くほど。別に擁護しているつもりはありません。ただなぜ流行ったのかと言うと、みーちゃんにもよく分かりません。流行ったと言っても、老若男女全てに受け入れられたわけでは無いんですよ」

 「……主に学生か?」

 「そうです。特に中高生の女の子に爆発的な支持を得たわけです」


 うーん、まあ、考えてみればそうなのだろう。

 女子高生が主人公となれば、その心情を理解できるのは年が近い女性に支持を得るのは当たり前か。もしくは携帯小説の主人公のような人生を送っている女性とかかな?

 まあ、そんな人はそうそういないだろうけれど……。


 「特に支持が高かったのは、今まで小説なんて読んだ事の無いようなビッチに好まれていましたね」

 「言い方に悪意を感じるけれど……まあいい、なんでビッチに人気があったんだ?」

 「一番の理由はたぶん、そのふざけたストーリーですね」


 ふざけているのはお前の方じゃあないのか? と突っ込みたくなるが。とりあえず我慢した。


 「言っている事が矛盾してるだろ? 酷い内容だってさっき言っていたじゃないか」

 「それはあくまでみーちゃんの個人的な見解――と言ったじゃあないですか」

 「つまりどういう事?」

 「支持を得た、つまりそれは、イコールで共感を得たと言う事ですよね。ラノベに通じるものがあると思うんですよ――」


 ストーリーは褒められたものではないけれど、中高生に共感を得たところはラノベに通じるものがある。犬戊﨑はそう言ったけれど、うーん……どうなんだろう?携帯小説を読んだ事の無い僕が、いや、それは違うだろうとは軽々しく口を挟む事はできないし、そうだね。その通りだ! とも肯定はできない。


 「こう言ってはなんですが、ラノベは携帯小説の発展形かもしれませんね」

 「そうなんだ……てっきり僕は携帯小説が流行る前から、ラノベはあるのかと思っていたけれど、元々は携帯小説からなのか」


 僕がそう言うと、犬戊﨑はやれやれと嘆息する。

 

 「違いますよ、全然違います。むしろ一緒にしないでください。ラノベ作家に失礼ですよ。謝ってください」

 「ええ……すいませんでした」


 なんか納得いかないけれど……とりあえず誰かに、と言うか全国のラノベ作家に謝罪した。


 「素直でよろしい」

 「いったい何様だ!」

 「何の話でしたっけ? ああ、そうそう、携帯小説はノンフィクションだから流行ったでしたね。共感を得たのも一つの理由ですが、最大の売りが、主人公の不幸っぷりが半端ないってところですね。しかもそれが事実なのだから、読む側は心を打たれるのですよ」


 その事実のどこに心を打たれる場所があるのだろうか? 当時の中高生は、相当心が病んでいたとみる……。


 「純君。携帯小説を舐めてはいけませんよ? 映像化されましたからね」


 「うそ……だろ……?」


 「本当ですよ。○空って知らないですか?」

 「えっ⁉ 恋○⁉ 知ってるよ! 主演の女優さん、○ッキ―めちゃくちゃ可愛いんだよな! あれって原作あったのか⁉ しかも携帯小説?」

 「そうです、あの公衆便所の糞にも匹敵するようなダメ映画です。主演のガッ○ーさんも、たぶん黒歴史認定しているでしょうね」

 「言い方ひどっ!」

 「携帯小説で一番有名なのがあの映画でしょうね。他にも色々あるけれど、ほとんどが恋空の二番煎じですよ」


 もう伏せないでそのまま言っているけれど……とにかく、あの映画に原作があったのか。自分の無知さが露呈されるな。

 たしかに、言われてみればあの映画も、酷い映画だったと言わざるを得ない内容だったのは覚えている。


 「携帯小説の話はここまでにしときますか、そろそろ本題に戻らないと」


 朗らかの笑顔で犬戊﨑は言った。

 携帯小説の話をした後に、犬戊﨑の本音を聞くとなると少し気が滅入るな……。焼肉食べた後にお好み焼き食べるくらいの重さがあるな。


 「正直言うと、純君の書いてきたこの小説は何が面白いのかみーちゃんにはよく分かりません」

 「本題ってそっちか……」

 「え? なんだと思ったんですか?」

 

 怪訝な表情で聞いてくる犬戊﨑。てっきり僕は佐々木さんの事かと思ったのだが……。


 「いや、なんでもない。やっぱり面白くないか……僕が書いた小説は」

 「うーん、どう評価したらいいか分からないですよ。読めなくはないんですけどね……なんかモチーフにしたものってあるんですか?」


 僕が書いたのはやっぱりラブコメだった。書きやすかったって理由もあったにはあったのだが。とにかく何でもいいから書いてみようと思い立ち、ストーリーやキャラなどを考えるのがめんどくさかったため、有名なラブコメマンガをそのまま活字にしただけだったのだ。

 僕はそのラブコメマンガを題材にしたと犬戊﨑に伝えた。


 「ああ、なるほど。登場人物の名前を変えているのはやらしいですね」


 とジト目で見られた。


 「な、なんでだよ?」

 「あたかも自分で考えて書いたぜ! って臭いを出しているわけですよね?」

 「そこまで戦略的じゃねえよ!」


 どんだけ貪欲なんだよ僕は……。

 一応ここで断っておくけれど、あくまで佐々木さんが考えたアイデアで創作していこうと僕は思っている。

 僕個人が考えたアイデアにはなんの価値もないのだ。別に卑下しているわけでは無いけれど、みんなで作っていく事に意味があるのだ。

 みんなと言っても、僕と佐々木さんと犬戊﨑の三人なのだが……。

 こんな風に僕が思えるのは、佐々木さんに出会えたからだと言える。面と向かって伝えるのはいささか気恥ずかしいが、佐々木さんに感謝している事は僕の中にはたしかにある。


 「みーちゃんがこの小説に評価を付ける事はできません。この小説を読んで評価してくれる人を見つけなければいけませんね」

 「? 誰か心当たりがあるのか?」


 そう聞くと、犬戊﨑は胸を張って大きく頷いて見せた。少し心配ではあるけれど、ここは任せるしかないだろう。

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毒にも薬にもならない。それでも僕は……。 宗像 友康 @tomo1013

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