第15話3
文化祭の自由出展に本を出す。
昼休みに僕達三人はそう決めた。勿論、その本はライトノベルで、佐々木さんが色々と試行錯誤してひねり出したアイデアの中から、僕が選び書くことになったわけだけれど。実はもう……書いていたのだ――したためていたのだ。小説を。
スマホのアプリにそう言ったツールがあって、二人には内緒で書いていたのだ。
まあ、内緒にする必要は全く無かったのだけれど。言いそびれたと言うか、タイミングを逃してしまったと言うか……。
正直に言おう。
恥ずかしかったのだ、読まれることが。
言えば必ず見せなければいけなくなるのは必然。
放課後――僕が初めて書いた小説を、二人にどう伝えたものだろうかと考えていた時だった。
佐々木さんとはいつも通りのさよならの挨拶を交わし、昇降口へと向かっている最中に、呼び止められた。
「じゅーんくん!」
と呼ぶのは、この学校では佐々木さんだけだ、と思ったのだが。振り向くとそこにいたのは。
「犬戊﨑……」
「えへへー、いくちゃんだと思った?」
「……いや、別に」
とは言ったものの、佐々木さんだと思って振り向いたのは事実だった。
何の気なしに誤魔化してしまった。
「ちょっと、話があるんだけど」
遠慮気味にそう言った犬戊﨑。
はて? なんの話だろうか? やっぱり挿絵は描きたくないとか、そんな話だったら嫌だな。
まあ、昼休みにあれだけ乗り気だったから大丈夫だとは思うけれど。とにかく、僕は犬戊﨑の話を聞く事にした。
「なんだよ? 話って」
「うーん……ここじゃあ、ちょっと……」
誰にも聞かれたくない話なのか。
犬戊﨑は頬を朱色に染め、俯いていた。
外を見ると、雨はいつの間にか小降りになっていた。だけど、気温は一向に下がる気配は無く、ずっと蒸し暑いままだった。
少しの沈黙が流れ、帰宅する生徒が昇降口へと何人か来た。不思議そうに僕達二人を一瞥すると、外靴に履き替え、傘を差して下校する。
僕は、この何とも言えぬ空気に居た堪れなくなり、
「じゃ、じゃあ、漫研の部室でも行くか?」と言った。
「ああ、いや、そ……そうですね。そうだ! 少しお茶でも飲みに行きますか!」
いったいいつの時代のナンパだよ? と突っ込みたくなるような事を言う犬戊﨑。
外は小雨とはいえ、どこに行くにしろ、さすがに傘を差さないとずぶ濡れになってしまう。
とりあえず犬戊﨑と相合傘――とはならなかった。相合傘をしたいわけではないけれど、この空模様は朝から降り続いていた雨だったので、犬戊﨑もしっかりと傘は持参していたようだ。
僕は透明のビニール傘を勢いよく開いた。
犬戊﨑の傘はと言うと、折り畳みの青い傘だった。僕はそれを見て胸を撫で下ろし安堵する。
「ん? どうかした?」
「いや、別に……キャラ物の子供みたいな傘だったらどうしようかと思っただけ」と僕が言うと。
「むう~。子供扱いしないで!」
頬を膨らませて可愛いアピールをする犬戊﨑。そんな所が子供っぽいんだよなあ。
学校を出て、僕たちは歩く。お互い無言だった。
僕から話し掛ける事はほとんどない。それは相手が佐々木さんでもだ。
常に受け身な僕だけれど、犬戊﨑との間に重苦しい空気が流れるのは初めての事だった。普段は、誰に対してもこんな空気になっても僕は気にする事など無かったのだが、今日に限ってはなんだろうこの不安な気持ちになってくるのは。
犬戊﨑も同じ気持ちになっているのだろうか……? は、はは、ははは。
あほか。
そんなわけあるか。
犬戊﨑みたいなキャラは、そんなセンチメンタルな事を思っていたりするものか。しかし、妙だな――とは思う。いつも元気溌剌な犬戊﨑がずっと黙っていると言うのもなにか気持ちが悪くなってくる。
歩く事三十分……経ったか経たないかくらいで、ある場所に着いた。
そう、あの有名な全国チェーンの喫茶店。僕の嫌いな星の名を冠した喫茶店だ。
佐々木さんと一緒に来店した以来かな? いや、それ以外にここに来店する理由が無いわ。
相変わらず店内は賑やかと言うか、盛況ぶりではあった。
イエ―イ! とか。
ウェーイ! とか騒いでる客がいるわけではないけれど、見ればレジに七、八人並んでいた。
店内を見渡せば、一人で来店してコーヒーを啜りながらパソコンで仕事している人、楽しそうに会話しているカップル、携帯を弄っている学生、読書に勤しむОL風の女性。
多種多様な人達が店内にはいた。
僕達の注文する番が来るまで、いまだに犬戊﨑との会話は無かった。ただじっと自分たちの順番が来るのを待っていた。
店内に入ってからの最初の会話は、
「純君は何頼みます?」だった。
「マンゴーパッションフラペチーノ」と僕は答えた。
ふ、ふふふ。
予習復習はばっちりだぜ! 前回この店に来た時に、水と答えたのは不正解だったからな。
もう二度と、店員にあの蔑むような目で見られる事は無いだろう。
「は? 随分とお洒落な物を頼むんだね。その顔で」
と、今度は犬戊﨑に蔑んだ目で見られた。
「おい、その顔でってどういう意味だ?」
「純君に怖いものは無いのですか?」
「急に敬語っぽくなるのやめてくれない? しかも、呼び名変えるのも怖いんだけど……」
「純君と二人でいる時はこのキャラで行きます」
「なに? 大人の事情?」
とにかく。
犬戊﨑の大人の事情はさておき、僕はマンゴーパッションフラペチーノを注文して、犬戊﨑は普通にアイスコーヒーを注文して、混みあっている店内の中、丁度二人座れる席を発見して着席する。
犬戊﨑はレジの横にあった、セルフサービスのガムシロップを五つ。それをなんの躊躇もなくどぼどぼアイスコーヒーに投入。鼻歌交じりにミルクも三つ投入。
……おいおい、アイスコーヒーこぼれちゃうよ? と言うより注文間違えてない? カフェラテを注文すればよかったんでない?
僕はその甘ったるそうなアイスコーヒーを見て思わず眉間に皺を寄せ、目を丸くさせた。
「みーちゃん、甘くないとコーヒーは飲めないから」
「……いや、だったら僕と同じようなのもいっぱいあるぞ?」
「そんなお子様が飲むようなジュース的な飲み物をここでは注文できません!」
まじかよこいつ……十分見た目はお子様なのにな。子供扱いしないでとさっきは言っていたのに……背伸びはよくないぞ……うん。
「で、話ってなんだよ?」
僕がそう聞くと。犬戊﨑はそうだと、ぽんと手を叩く。
「もちろん。いくちゃんの事です」
なにがもちろんなのかは分からないけれど、話と言うのはどうやら佐々木さんの事だったようだ。
犬戊﨑のアイスコーヒーの氷がからんと音をたてた。
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