第14話2
猿獅波を屋上に拉致する二日前。
僕達三人――僕と佐々木さん犬戊﨑の三人は屋上にいた。と言っても、外は雨が降っているので、屋上に出る一歩手前の階段でたむろしていると言った方が即しているか。
とにかく、僕達三人はここ数日は梅雨のせいで、屋上に出る事は叶わなかった。
「あ、あつい~……て言うか、湿気が酷くて気温も不快指数も上昇中だよ~」
まるでゾンビのような声を出しながら、胸のあたりをぱたぱたさせて、制服の内側に風を送り込もうとしている佐々木さん。
ちらちらと見える制服の中身が気になるが……まじまじと見るわけにはいかない。目のやり場に困る。
暑さの原因は気温と言うよりかは、じめっとした空気と湿気が大半だと思う。ここ数日の雨も相まって、それは体中にまとわりつくような汗が、黙っているだけでも不快に感じる。
「ほんとだよね~……こんな気分じゃあ、絵も描きたくないぞ~」
佐々木さんの隣でぐでっとして、肩に頭を置きながら、具合悪そうにしている犬戊﨑。
左手にはイケメンキャラの下敷きでぱたぱたと顔を煽ぎ、足は大股開いて、太ももがあらわになり、あられもない格好だ。
そんなに体を密着してたら余計に暑いだろ……この二人仲良すぎ。
「いくちゃ~ん……いつになったら雨止むの?」
「みーちゃ~ん……私に聞かないで~……」
ダメだこの二人……やる気の「や」の字も無いな……。
この二人に触発されてと言うわけではないけれど、僕もこのいらいらと言うか、空模様と一緒で、気分がいいとは言えなかった。
ただ――僕の今の心境は、そんな不機嫌というよりかは、緊張の方が勝っていた。
僕は右ポケットに忍ばせている携帯をぎゅっと握りしめた。
僕のそんな神妙な面持ちに佐々木さんは気付く。
「ん? 純君なんか顔色悪くない? 具合でも悪いの? 暑さにやられた?」
「……あ、いや……うん、なんでもない」
なんでもない――わけではなかったけれど、自分の中で恥ずかしさがあり、誤魔化してしまった……。
「あ! そうだ!」と声を上げたのは犬戊﨑だった。
「なに? どうしたの?」
「みーちゃんとしたことが! どーして今までこれに気付かなかったんだろ! 二人とも着いてきて」
犬戊﨑に連れて来られた場所は。
「へえ、ここが漫研の部室なんだ」
「わはははは! 涼しいー! 快適ー!」
贅沢にも漫研の部室には冷房が管理されていて、部室はひんやりと涼しい空気が流れていた、と言うか……。
「みよりん。この部室に六人はさすがに狭いぶひ!」
「くっくっく……かおす……」
「少し息苦しいかもしれないですね」
三馬鹿の先輩もいたのか。
どうやらこの三人も、空いた時間には漫画を描いているらしい。この三人、本当仲が良いな。
急に登場した佐々木さんにびくびくしながら、三人は文句を言っていた。
「せ~んぱ~い♪ 昼休みの間だけでもいいんで……部室貸して♪」
猫なで声で懇願する犬戊﨑。
はじまったよ……犬戊﨑のわがままが。自分の可愛さスキルをふんだんに使い、三人の先輩を落としにいく。
「みーちゃん、いきなり押しかけてそれはまずいんじゃあ……」
と、佐々木さんはばつが悪そうにする。しかし――。
「みよりんの言う事は!」
「「ぜったい‼」」
「と言う事で、僕たちは図書室へ行くぶひ! ここは好きに使うぶひ」
言うが早いか、三人の先輩方は早々に部室を後にした。いいのかよ……。
漫研は相変わらず、犬戊﨑の女王様制度となっているようだけれど、以前の犬戊﨑ならお願いするなんてことはなかった。有無を言わさず蹴りをいれてたくらいだから、少しは犬戊﨑も丸く(?)なったと言う事だろうか。
「よっしゃー! 邪魔者はいなくなった! いくちゃん、一緒にお絵かきしよ?」
邪魔者言いやがった……やっぱこいつなんも変わってないわ。
「あ、うん……そ、その前に二人に伝えたい事があるんだけれど……」
佐々木さんは若干伏し目がちになりながら、体をもじもじさせながら言った。
なんだろう? 雰囲気的には大事な話っぽい感じを出しているけれど、僕には僕で、二人に話があった。さっきは言いそびれてしまったけれど。まずは佐々木さんの話から聞いた方がよさそうだ。
僕の話なんてタイミングさえ合えばいつでもできる。
犬戊﨑はいぶかしそうに聞いた。
「んんっ? なになに? なんの話?」
「うん、実はね。ライトノベルの新人賞に挿絵は関係無いって、前にみーちゃんが言ってたよね……」
そう言えば、そんな事を犬戊﨑が言っていたな。
その時は、佐々木さんはなにか隠し事をしているなんて、犬戊﨑が言っていたっけな? 佐々木さんも誤魔化し気味に話は流れちゃってたけれど、たぶんその事かな?
「ああ……そう言えばみーちゃんもそれ気になってたんだよね。挿絵は描くには描くつもりだよ」
「うん、ありがと。でも、その前に――新人賞に送る前にやってみたい事があるの――」
やってみたいこと、と言われても。僕にはぴんとこなかった。
もちろん犬戊﨑にもなんのことかはわかってない様子だ。頭上にクエスチョンマークが何個も浮かび上がっている表情で首を傾げている。
僕と犬戊﨑は、佐々木さんの次の言葉を待つ。漫研の部室は妙な静けさになった。
「文化祭の自由出展に、本を出してみたいの」
と言った。
え? なんだって? と思わず聞き返しそうになったが。ちゃんと聞こえていたので、頭の中で言われたことを整理して、反芻して咀嚼する――が。
それには大きな問題があり、その事しか頭の中で考える事が出来なかった。
一方、犬戊﨑はぱあと笑顔になり「楽しそう!」と何だか軽い気分で、佐々木さんの提案にのっかっていた。
「佐々木さん、文化祭っていつだか知ってて言ってる?」
そうなのだ、大きな問題とは、その文化祭の日付にある。
「えっと……来月……」
「うん、六月の二十五日だ。あと約一ヵ月とちょっとしかないよ?」
「わかってる! 時間が無いって事くらいは――もちろん分かってるよ。でも、やりたいの! やってみたいのよ」
熱意だけは伝わる。いつもの佐々木さんだった。
やってみたい、出してみたい、口にするだけなら誰でも出来る。だけど、僕には到底無理だと思った。
小説を書いた事も無い自分が言うのもおこがましい話だけれど、最初から佐々木さんの提案に否定したくもないけれど、あと約一ヵ月で一つの作品を仕上げると言うのは、どうも現実的ではないと思う。
「やるだけやろうよ! とりあえず、やってみないとわかんないじゃん⁉ 本番前の練習って感じで」
と言ったのは犬戊﨑だった。
たしかにそうなのだが……。
「とりあえずじゃあダメ! 狙うは優秀賞! 夢はでっかく! ここで躓いていたら、新人賞なんて取れないと思う!」
佐々木さんは意気込んで捲し立てた。と言うか……文化祭の自由出展に賞とかあったんだ。知らなかった。
この学校の文化祭は、毎年六月の末に文化祭が開かれ、各学年、各クラスで出し物をする。
喫茶店だったり、お化け屋敷だったり、劇や映画を撮ったりと、何の代わり映えの無いオーソドックスな文化祭だ。
その他に、自由出展と言う生徒個人で出し物――と言うか、作品を自由にお披露目する場が設けられる。
主に美術――風景画や自画像などの絵が一般的でポピュラーだったりする。中には漫画も作品の一つとして並べれられていたような……。
「漫研も、去年自由出展に漫画を出したよ。結果はお粗末だったけど……」
「犬戊﨑の漫画でも駄目だったのかよ?」
「みーちゃんは描いてないです! 描いたのは先輩三人です」
なぜか胸を張って、威張るように言う犬戊﨑だった。
漫研に入部してすぐの頃だから、まだ漫画を描いていない時期だったのかな?
「お願い純君……一緒に、やろ……?」
両手を合わせて、上目遣いになり困り顔で懇願する佐々木さん。
僕は、これを突っ撥ねて断る事なんて出来なかった……。
結局、自分の言いたい事、伝えたい事は言えずに昼休みが終わってしまった。自分の携帯を握りしめるだけで、とりあえず頷いて見せて、いったい僕は何をしているのだろうか……。
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