文化祭に向けて
第13話1
アニメ、漫画、ゲーム、ラノベ、美少女フィギュア――数を挙げていけば暇がないけれど。しかし、これはあくまで僕の目から見てのイメージであって、本物のオタクからすると彼は偽物でしかないらしい。にわかとか、なんちゃってオタクなのだ。
猿獅波聡自身も、自分は本物には敵わない。ただの偽物だと言う。
僕みたいな素人からすれば、知識が少しでもあるだけでも、それは大層なものだと思うのだけれど。
まあ、歩いている道が、右も左も上も下も分からなくなるよりかは、まっすぐに伸びた道を歩いている方が気楽で短絡的な気持ちになれると言うものだ。
だけど、道は必ずしもまっすぐとは限らない。
カーブがあったり。
曲がり角があったり。
交差点があったり。
赤になったり。
黄色になったり。
そして――いくつもの三叉路がある。
迷いなくそれを選んで進んで行けるほど、人は行動力があるとは言い難いし、迷いなく進んでいたと思っていたら、実は道に迷っていたと言う事もままある。
猿獅波聡はどうなのだろう? 彼は迷う事など一切ないと言い切るけれど。それは一体どれほどの犠牲を払って自分の信じる道を歩んでいるのだろうか?
歩いてきた道に、突如目の前に選択を迫られる道が現れたとしても、彼は消去法で道を選んでいくスタイル。
それが彼の生きる道ならば、僕の生きる道は、きっと、選択を迫られる道が現れとしても、僕は迷いなく踵を返し元の場所へ帰ろうとするだろう。
誰かが腕を引っ張ってくれない限りは……そんな格好悪い道なのだ。
***
「おい
僕の住んでいるこの街にも、梅雨の季節に入り、ここ三日間はじとっとした暑さと湿気で、お世辞にもすごし易いとは言えない日が続いていた。
そして今日、五月十八日、ゴールデンウィークを抜けても、母の日を過ぎても、僕の気怠さは一向に抜ける気配はない。いや、やる気が上がるどころか、下がる一方である。
ここ三日間は雨がしとしとと降り続いていた空模様が、本日はお日柄もよく――と言う、前口上がぴったりと当てはまるほどの快晴だ。学校の屋上。炎天下の中と言ってもいいくらいの暑さになり、制服の上着を脱いでも暑いくらいで、額からは汗が流れていた。
そんな暑さの中で、僕達三人は――犬戊﨑と佐々木さんはクラスメイトの男子を屋上に拉致してきた。パイプ椅子に座らされ、縄で縛られ、一ミリも動く事を許されない男子がそこにいた……。
「猿ちゃんが読むと言うまで縄は解きません! さあさあ! どうするどうする⁉ 小説読む? それとも人間やめる?」
「お前……楽しんでるだろ⁉ 誰がお前らの小説なんか読むか! 俺は屈しないぞ! 訴えてやるからな!」
彼の名は猿獅波聡。
僕の前の席に座っている男子だ。
椅子に縛られて(ちなみになぜか亀甲縛り)身動き一つ取れないこの状況で、猿獅波は頑なに、犬戊﨑と佐々木さんの要求を拒み続けた。
犬戊﨑に続き、佐々木さんも猿獅波に要求した。
「ほらほらあ、猿獅波くぅ~ん、これが欲しいんだろう? もう我慢できないんじゃないのかぁい?」
佐々木さんはその手に持っていたA4用紙を、猿獅波の両頬をぺちぺちと軽く往復させ、さながら女王様の振る舞いだ。確実に楽しんでるな、この女王様は。
「くっ……黙れ! 俺はそんな物など欲してはいない!」
なんだろうこれは? ちょっと猿獅波が羨ましく見えるのはなぜだろう……。
「おいお前!」と猿獅波が叫ぶ。
一瞬誰に向かって叫んでいるのか分からなかったが、どうやら僕に向かって「おいお前!」と言っているらしい――が。とりあえず無視しとこう。
「お前だお前! 無視するな! お、お……おお」
僕の名前が分からないらしい。当然だ、僕はこの学校に存在しているのかしていないのか分からない、あやふやな人間だからな!
「大貫純だよ、猿ちゃん」
と犬戊﨑は猿獅波に耳打ちした。
「大貫! お前、黙って見てないで助けろ! こいつらをどうにかしろ!」
と言われたので、とりあえず、大貫って僕の事? と自分を指差した。
「お前以外に誰がいるんだよ! ふざけてるのか!」
「……悪いな」
「何が悪いんだ⁉ 教えてくれ! 何が悪いんだよ! 謝ってないでこいつらをどうにかしろ!」
「…………」
「蔑んだ目で俺を見るのはよせ! そして無視するな!」
悪ふざけしている二人を止める術を、僕はまだ知らない。
下手に今猿獅波を助けると、矛先が僕に向けられる可能性がある。それだけは避けよう……。
どうしてこんな状況になっているのか。説明するには二日前に時間を戻さなければいけない。
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