鬼のお芋掘り
そうだ、芋を掘ろう。ラブ&ピースのために。
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Q.鬼をご存知ですか?
しってる! めっちゃこわいで! からだがあかくて、 いっつもおこってて、むかついたらくぎがささったこんぼうでひとをころすねん。ひとをなぐりころすねんー!
(大阪府/小学1年生 女子)
鬼の目にも涙ということわざがあるが、今まさにその状態である。私は泣いた。子どもが「むかついたらなぐりころす」と平然と口にする世界でよいのだろうか。私は鬼につきまとう強烈なイメージよりも、そちらのほうにダメージを受けた。彼ら彼女らは、なぐる、ころすという悪行は「むかついたら」行うものだと認識している。そしてその認識はあながち間違いではない。だけど、そんなおぞましいことを、鬼が、私が、するわけがない。慣れているけれど、誤解されることは悲しい。そして、子どもたちにはもっとハッピーな言葉を口にしてほしくて、目の奥から熱い涙が溢れ出す。これを見逃してはいけない。涙は行動力へと変化を遂げ、私は決意と拳を固くして、出版社に向かった。鬼は、私は、そんなことはしない。なぐる、ころすなんて、安易に口にはさせないぞ。
出版社には「怖いことをする鬼を書かないでください」と物申すつもりだった。しかし、取り合ってもらえなかった。私が鬼であることと、アポ無しで突撃したせいで偉い人に繋いでもらえなかったことが原因だ。人間社会はルールが複雑だ。会いたい人にも会えやしない。
仕方なく、私は出版社近くの公園のブランコに腰掛け、遊具の間を駆け回る子どもたちを眺めていた。意気込んでいた分、空回りしたダメージが大きくて、やるせない。上手くいかないことばかりだ。
なぐるころすと口にする子ども、そんな言葉を口にさせてしまう世界。凶暴なのは鬼に限ったことではないだろう。子どもや世界のためというのは嘘ではないが、この時には私のような鬼畜生でも何かを変えられることを証明したいという気持ちが強く芽生えていた。誰かのためと言いつつ、本当は自分のためなのかもしれない。
どうすればよいのか……。私は答えのない問題、光の無い闇の中に迷い込んでしまった。
「ぼーる取ってっ」
だから、それが自分にかけられた言葉だと気づくのに時間がかかった。女の子は私の足の間に転がったボールを自分で拾わず、私のパンツの裾をツンツンと引っ張って、私にボールを拾うことを促している。人の子と接触するなど夢にも思っていなかったので、私は大層慌てた。
「私が怖くないのか」
女の子は私の言葉を無視して、クスッと笑った。お花みたいな笑顔だった。
「このパンツ、やきいもみたーい!」
私のマットな黄色のパンツをやきいもと言って笑い、女の子はボールを拾って去って行った。
その刹那、私は稲妻に打たれたかのような衝撃を受けた。
そうだ。芋を掘ろう。
その次の日、私は同じ公園の垣根でお芋掘りを始めた。無論、公園で芋など掘れるわけがない。多くの人間に不審な視線を向けられながらも、私は地面を掘り続けた。
「なにしてるの?」
「お芋掘りさ」
「ここはこうえんだから、おいもなんてうまってないよ」
「ああ。でも、私は芋を掘るんだ」
鬼は人をなぐる? ころす?
否。
鬼は芋を掘るのだ。ああ、なんとほっこりする語感。これしかない。そう思った。
来る日も来る日も、私は芋を求めて地面を掘り続けた。無論、芋を収穫できるはずはない。次第に私が汗水垂らす姿に向けられる視線は怪訝そうなものから行く末を見守るものに変わり、通行人や公園で遊ぶ子どもたちが労いの言葉をかけてくれるようになった。
そして、ある日、とある絵本作家に「話のモデルにしてもよいか」と声をかけられた。そう、ここは出版社近くの公園。私は首を大きく縦に振り、このチャンスを掴んだ。
Q.鬼をご存知ですか?
しってる! おいもをもとめて、じめんをほりつづけるねん! でな、おには、やきいもみたいなパンツをはいてるねん! おにはおいもほりがすきやねんー!
(大阪府/小学1年生 女子)
私は、自分が生きている意味を感じられるものを見つけた。
あの日のボールの女の子が、私の世界を、お花のような笑顔とたった一つの言葉で変えてくれた。
私はその救いを忘れない。
そして、今度は私が誰かの世界を明るいほうに導いていけるように。願いを込めて、私は今日も絵本の中で芋を掘り続ける。
完
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