第4話

私には2つ下の妹がいる。


名前は翠。私が蓮だから2人合わせたら翠蓮になる。


私がお姉さんなのに翠じゃないのはなんでだろう?両親に聞いてもはぐらかして教えてくれなかった。


翠と私は小さな頃から何をするにも一緒だった。


遊ぶ時も寝る時も、一緒じゃない時なんてないくらい同じ時間を共に過ごした。


翠は甘えん坊で、私にくっついてきては「お姉ちゃんとずっと一緒がいい!!」と言って無邪気に笑っていた。


私もそのつもりだった。


翠と過ごす時間はとても楽しくて、それは高校生になっても変わる事はなかった。


けれども、一ヶ月程前の事だ。


休日。私と翠はお母さんから買い物を頼まれて近所のスーパーに行った。


中学生になっても翠の甘えん坊なところは変わらず、翠は私の手を繋いで歩いていた。


私が道路側だった。


翠はニコニコしながら言っていた。


「そろそろ私の誕生日なんだけどさ!お姉ちゃんは私に何をプレゼントしてくれるのかなー?」


そう。その日は翠の誕生日一週間前だったのだ。もちろん、私は翠にプレゼントを用意するつもりでいた。しかし、まだ何をプレゼントするか決めていなかったから、はぐらかしておいたのだ。


「そうだねー。その時までのお楽しみだよー・・・ふふっ」


「えー、いいでしょおしえてよー!」


「だめでーす。お楽しみなんでーす」


毎年恒例のそんな会話だった。


毎年楽しくて仕方がない翠とのやり取りだった。


けれども、楽しくて仕方がない翠との散歩は唐突に終わりを告げたのだ。


気づいた時には遅かった。


猛スピードで向かってくる車に私が少しでも早く気付いていれば・・・


翠が私よりも先に車に気づかなければ・・・翠が私をかばう事もなかったのに。


私は翠に突き飛ばされ車の衝突に巻き込まれずに済んだ。けれども、翠は私を守るために・・・


そこから先は覚えていない。


地面は赤く染まり、私の頭は白く染まった。白と赤が混同し、混濁して、気づいた時は病院にいた。


翠は一命は取り留めた。しかし、足の損傷が酷く、翠はこれから先立つ事すら出来ない状態であるという事を知らされた。


妹が私を、姉を守った代償がこれだ。


守るべき翠を守れず、妹の足を犠牲にして私は無様にも傷1つない健康体だ。


自分を責めた。


責めたところで妹の、翠の足は戻ってこない。意味のない自暴自棄だ。


しかし、それよりも辛い事がその後起きた。


術後の翠の病室を訪れた時だ。


翠は私を見るとホッとしたように笑ったのだ。


そして、笑って笑って泣きながら言ったのだ。


「もう、一緒にお散歩行けなくなっちゃったね」


翠は笑っていた。笑っていたのに泣いていた。


私とお揃いの髪型。お揃いの髪飾り。


世界で一番大事な私の妹。


世界で一番大事なのに、翠の涙を止める術が私にはわからなかった。


結局、翠の誕生日に私は何もプレゼントする事ができなかった。翠に会う事が辛いのだ。笑う妹を見ると涙が止めどなく溢れて、悲しくて悲しくてまた涙が出る。


あの事件から今。私は学園のお悩み相談室という怪談話を耳にした。


悪ふざけに過ぎない噂。だけれど、今の私がすがる事ができるのはこれくらいだった。


私の悩みは・・・いや、私の願いはただ1つ。


失った妹の本当の笑顔が見たい。泣き顔なんかじゃなくて、満面の笑みが見たい。


たった、それだけ。それだけが私の願いです。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



静寂。


「・・・ほら、とりあえずこれで涙拭けよ」


泣きじゃくる私に池上先輩がハンカチを渡してくれた。見た目程悪い人じゃないと思ってしまった私は失礼だと思う。


「はひっ・・・ずいません。いきなり・・ひっく!・・こんな話してしまって・・・」


涙が止まらない。思い出しただけで悲しくて悲しくて仕方がない。


「気にすんな。ここは悩み事を相談する場所だ。なぁ、タマ。お前もなんか言ってやれ」


池上先輩は隣で一言も発さないタマさんの頭を軽く叩いた。


俯く彼女はそっとトマトジュースをテーブルに置くと、顔を上げた。


「・・・タマさん?どうして貴方が・・・」


泣いているの?


目の前の少女は泣いていた。赤い瞳から透明の雫をポロポロと零している。


「悲しい時は泣くもんじゃよ。それは自然な事じゃ。それ以外に理由はいるまい」


「でも、タマさんと私はさっき会ったばかりなのに。それこそ、翠と会った事なんてないのに・・・どうして?」


「知らんわそんなの。涙は出そうと思って出るもんじゃない。勝手に溢れるものじゃろう?勝手に溢れ勝手に渇くのが涙というもんじゃ」


わけのわからない言い訳だった。


「意味わかんねー事言っんじゃねーよタマ。お前、あれだろ?こいつの話に涙腺崩壊しただけだろうが。変な意地張らずに協力するって言えばいいのによ」


「こいつ素直じゃねーんだよ」と池上先輩はタマさんの頭をワシャワシャと撫で回している。


タマさんは「やかましい!儂は千年を生きる吸血鬼じゃぞ!この程度の事で泣くもんかい・・・グスン」などと必死に抵抗するもまだ涙声だった。


「あの・・・途中からお願い事みたいになってしまったんですけど。私のお悩み相談を本当に受けて貰えるんでしょうか?」


恐る恐る聞いてみる。


すると、タマさんが笑って答えた。


「ああ、任せておけ。この相談室の初の依頼じゃ!吸血鬼は嘘をつかん!我が血とトマトジュースに誓って、貴様の依頼必ず成功させてみせるぞい!」


小さい胸にポンッと拳を当てて言い放った。


なんとも、頼もしい。さっきまでの気持ちが嘘のようだ。


「まあ、しゃーねーな。話も聞いちまったし、タマだけじゃあぶねーから私も手伝ってやるよ」






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学校のお悩み相談室 夕黄 @ryougi

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