第3話
「それでじゃ、貴様の悩みはなんなのじゃ?正直あの程度のトマトジュースじゃ気乗りはしないんじゃがの。言うてしまったもんは仕方がない。さっさと申してみんか小娘」
部屋に進入。金髪の少女に率いられ、あれよあれよと言う間に座らされてしまった。
うわー・・・なにこの部屋?壁も天井も床も全部白と黒で統一されてる。騙し絵の効果でもあるのかな?
ちなみに座っているソファーの色は黒。目の前の少女が座っているソファーは白である。しかし、肢のところが赤く染まっていた。何?血?
疑問が疑問を呼ぶ状態だ。謎が多すぎて頭が追いつかないよ。
そんな私の様子を見てか、少女は私のの鼻をつまみ一言。
「おい、聞いておるのか?」
「ふが!?・・・あー、すいません。ちょっと現実から飛び出して夢でも見てるかと思っていました、あはは・・・」
「夢は寝てみるもんじゃ。これはまごう事なき現実じゃよ小娘。いいからさっさとトマトジュース渡すか悩みぶちまけるかせぬか愚か者め」
「グダグダ文句言ってんじゃねーよタマ。久方ぶりの訪ね人じゃねーか。もっと親身になって聞いてやれよ。私は関係ねーけど」
そんな、トマトジュースか悩み相談かの二者択一を迫ってくる金髪少女に矢を射ったかのように文句を垂れる者がいた。
タマと呼ばれる少女の隣でテーブルに足を投げ出し漫画で顔を覆っていた彼女の名前は池上雪菜。学園でも素行が悪い事で有名な2年生である。
しかし、タマはそんな彼女相手にひるむ事なく甲高い声で悪口を羅列してさせる。
「やかましいぞ不良女。お前もお悩み相談室の一員ならちゃんと聞かんかアバズレ女。この者の悩みを解決することが貴様のしみったれた人生の唯一の責務というやつじゃよ腐れ女」
「喧嘩売ってんのかこのチビ女。なんで最後に呼び名が変わるんですかねトマト女。しかも、呼ぶたびにグレードアップしてませんかタマタマ女」
「貴様!タマタマとか呼ぶな!儂のイメージ悪くなるじゃろーが!どこかの磯臭い家族の飼い猫から下のネタに急展開じゃぞ!どーしてくれるんじゃ!貴様みたいな口の悪い輩がおるから最近の若いもんはダメなんじゃ!」
「うっせー!てめーはタマタマタマタマ言ってりゃいいんだよ!」
「なんじゃとー!?」
「なにをー!?」
私の目の前で金髪の少女と不良の少女が取っ組み合いを始めた。
どーしよう。なんで池上先輩がどうしてこんなとこにいるんだろう?この相談室と何か関係があったりするのかな?
って、それよりもなんなのこの子とこの部屋は?学園にこんなとこあるなんて知らないし、そしてこの金髪少女は何者なんだろう?
あれよあれよとここまで来てみたが、目の前で暴れる少女を見ると今になって不安になってきた。
え?もしかして私頭おかしくなっちゃったのかな。ありえないよねこんなの。普通だったらありえないよね。ということは私が普通じゃなくなっちゃったのかな?
ガンガン!と頭を殴ってみる。痛い夢じゃない。
ガンガンと机に頭をぶつけてみる。ダメだ痛い夢じゃない。
なら、次はガンガンと頭を壁に・・・
「おいおい!なにしてんだおめー!?」
「・・・・え?」
気づくと私の頭は池上先輩の腕の中に包まれていた。
「いきなりなんだよ。自分の頭殴るわ机に頭突きするわ終いには壁にぶつけようとするわ。あれか?流行りの壁ドンってやつか?いくら流行に乗りたいからって無理はダメだぜ?最初はマットレスで練習しな馬鹿野郎」
「おい、雪。お前の言う壁ドンはどんな壁ドンじゃ?人間倒すための修行の一環なんぞじゃないぞ」
少女が半目で池上先輩を見やる。
そして、こちらを向くと優しく私の頭を撫でてくれた。
「まったく、若いやつは突拍子もないことをする。ほら、聞きたいことがいろいろあるんじゃろ?安心せい。別にとって食ったりはせん。貴様はトマトジュースを持ってきてくれたから敵とは思わん。これが牛乳じゃったら話はまた別だがのぅ」
ニヤリと少女が笑う。艶やかで怖い笑みだ。でも、敵意はないみたいだから安心した。
「いたたた・・・すいません。ちょっと色々びっくりして壁ドンしちゃいました。えへへ」
「おい、貴様も壁ドンの定義がおかしいぞ小娘よ」
「え?壁ドンってあれですよね?意中の人の鼻頭に頭ぶち当てて昏倒させ身体と心に自分の思いの丈を知らしめるっていう」
「そんなわけあるかこのボケ!んなことしたら意中の意味変わっちまうじゃろーが!殺し屋じゃよ!好意が一転殺意に早変わりじゃ!」
「私も壁ドンしまくったな。意中の人に殺意を込めて・・・な」
「雪。貴様のはただのヘッドバッドじゃボケ」
少女が・・・タマさんが呆れたように池上さんを見ている。
緊張が解けるには十分の会話だった。
私は池上さんに礼を言い、再び目の前の2人に向き直った。
「タマさん。そして池上先輩。教えてください。お二人のことを。そして、私の悩みを解決してください!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「まずは自己紹介からじゃの。儂の名はタマ。見ての通り人の血を啜る伝説の吸血鬼じゃ・・・チューーーー」
「いや、どう見てもそれトマトジュースなんですけど。私が持ってきたトマト100%トマトジュースなんですけど」
「細かいことは気にするでない。成分は血とほぼ同じじゃ。強いて言うならばトマトが入っておるかそうでないかだけじゃよ・・・チューーーー」
「いや、大分違いますよね?トマトそんなに好きなんですか?そこまで強調したいんですか?」
私の目の前に座る金髪灼眼の少女はトマトジュースをストローでチューチュー言わせながらそう嘯いている。
雑多な自己紹介で分かったのはトマトジュースが大好物ということのみ。自分のことを吸血鬼じゃと言ってはいるが恐らく冗談だろう。
「すいませんタマさん。もっとタマさん達のことが分かる自己紹介をしてもらえませんか?例えばここが学園で噂になっている在学中に一度しか訪れることのできない幻のお悩み相談室だとか。タマさんの正体だとか。なんで、2年の池上先輩がこんな場所にいるかとかです」
羅列された問にタマさんは苦虫を潰したような表情をする。
面倒くさいのはわかるが答えてもらわないと私としても困るのだ。
「うーむ、そうじゃのう・・・・在学中に一度しか来れないとは厳密には違うのじゃが、これはいいじゃろ。じきにわかる。
「儂の正体についてはさっき述べた通りじゃ。儂は幾千の時を超える吸血鬼。何処にも属さず、群れることを嫌い孤高の道を行く吸血鬼じゃ。しかしな、そんな儂がここに居を構える理由がこれじゃ。
「ん?これじゃよこれ・・・そう!トマトジュースじゃ!
「儂はな小娘。今まで幾多に及ぶ程人の血を吸ってきた。それこそ何万回とじゃ。しかしな、生きる為とはいえ他者の命の源を貪り食う生き方にほとほと愛想が尽きたでの。
「そんな時に出会ったのがこれじゃ。
「トマトジュースは素晴らしい・・・っておい、そんな顔をするでない。なんじゃ?「トマトジュースはいいから雪のことを教えて欲しい?」ふんっ、仕方ないの若いもんはこれだからいかんのじゃ。忍耐力がまるでない。菓子を欲しがる童っぱのようじゃわい。
「えーと、雪じゃったか?此奴はあれじゃよあれ・・・えー・・・・そう!トマトジュースを儂に献上するために存在する儂のパシリ・・・・ぎゃうわ!?
「・・・んー、もう痛いぞ雪!頭を殴るな縮んでしまうわい!!
「あーいてて。まったく短気な奴よのう。雪はあれじゃ。1年前くらいに出会っての。色々あって今ではこの相談室の一員となったのじゃ。どうじゃ?わかりやすかろう」
良く言えば自信げな、悪く言えば自尊心まるだしの鬱陶しい顔を向けてくるタマさん。
正直何1つまともに返してくれなかった。
噂の理由ははぐらかされるし、吸血鬼じゃと言い張るし、池上先輩の事もいろいろで済まされるし。
困ったなぁ。何が何だかわからないよ。
とにかく、タマさんじゃダメそうだから池上先輩に聞いてみることにしました。
「あの、池上先輩。どうして先輩はここにいるんですか?先輩学園じゃかなりの有名人なのに、このお悩み相談室の一員だなんて知りませんでしたよ?」
池上先輩は読んでいる途中の漫画を閉じると睨むように私に向き直った。
ひぃいいい。怖いよ!素行不良で有名だけどここまで怖いとは聞いてなかったよ!
「うっせーな。てめぇには関係ねーだろうが。悩みがあるならさっさと話してみろや。そーでなけりゃ茶でも飲んで帰りやがれ」
テーブルに足を投げ出したまま投げやりに言い放つ池上先輩。私の質問には答える気がないのか、すぐに漫画の方に目を向けてしまった。ちなみにタマさんは池上先輩の太ももらへんに顎を乗せてトマトジュースをチューチューしている。仲が良いのか悪いのかわからない2人だ。
「それでじゃ」とタマさんがこちらに顔を傾けて言った。
「貴様の悩みとはなんなのじゃ?儂らのことを怪しいと思っておるのは貴様の反応を見ればすぐわかる。しかし、ここまで来たからにはそれ相応の悩みというものがあるのじゃろう?」
「・・・っ。はい」
そうだ。私にはどうしても解決したい悩みがある。こんな根も葉もない噂を信じなくてはならない程の大きな悩みだ。
タマさんと池上先輩。この2人は正直怪しい。この2人に相談して良いものかどうか判断しかねる。
黒く染まったソファーに腰掛けたまま動くことができない。さっきはあんなこと言ったが本当に相談して良いものだろうか?
迷いが体に、顔に出る。
そんな時、タマさんはいつの間に用意したのか、その小さな手にトマトジュースのパックを乗せたまま言った。
「案ずるな。儂らに相談すれば貴様ごときの小さな悩みすぐに解決してやる。なんせ儂は吸血鬼じゃぞ?人間に出来無いことが吸血鬼の儂には出来る。だから案ずるな。儂と雪を信じろ。悪いようにはせんよ」
無茶苦茶な理論だった。
でも、そんな大胆不敵な笑みを浮かべたまま言われると無茶苦茶な理論も筋が通っている気がした。
「おいおい、そんな安請け合いしていいのかよ?人が来たのは久方ぶりとはいえ”依頼主が来たのは初めて”だろ?本当に解決出来るのかよ?」
「・・・・え?」
今なんて言ったの?依頼主が初めて来た?初めての依頼主が私?
「案ずるな雪!初めての客だろうが関係ない!この儂にかかればどんな悩みをすぐに解決!名探偵ばりのスピード解決で大成功間違い無しじゃ!!あはははははははー!!」
「え!?いや、待ってください!私が初!?初めての客!?え?今まで何人もの生徒の悩みを解決してきたんじゃないんですか!?!?」
どーゆーことなの?話が違う!ダメだこの人たち。やっぱり噂なんて嘘だったんだ!逃げなきゃ!こんな地雷みたいな人に頼んだら悩み解決どころか悩みが増えちゃう!!
席を立ちドアに手をかけようと2人に背を向けた。しかし、
「逃さぬぞ小娘」
「ぎゃー!!!!」
がっしりと肩を掴まれ、振り返ると灼眼を煌めかせるタマさんの顔がすぐそこにあった。
「案ずるなと言うだろうが小娘。いや、立花蓮!!貴様の悩み!この儂が速やかに解決してやるぞぉおおおお!!!」
「いやぁあああ!!!離してぇええええ!!!!」
時刻は丑三つ刻を過ぎた頃。
闇夜と静寂が佇む校舎に少女の叫び声と少女の笑い声が響いた。
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