第2話

「のぅ、雪。儂はトマトジュースを買ってこいと言うたんじゃが・・・なんじゃこれ?」


白いソファーに寝転がる金髪の少女。


黒いソファーに座る黒髪の少女。


2人の目の前に置かれているのは豪奢なガラスのテーブル・・・ではなく鈍色の液体だった。


金髪の少女・・・タマは半目で目の前に置かれた液体を指差した。その指先は少し震えているように見える。


そんなタマには目もくれず、黒髪の少女は漫画を片手にスナック菓子を頬張りながら言う。


「何ってトマトジュースだよトマトジュース。赤いだろ?赤ければ全部トマトジュースなんだよ。だからお前も私も体ん中にトマトジュース流れてんだよ」


「おい落ち着けよバカ。どー間違えたらこれがトマトジュースになるんじゃぼけ。目が腐っとんのか?腐っとんじゃなお主」


雪と呼ばれた少女の額に血管が浮かんだ。


肩まである黒髪を無造作に伸ばしており、格好も学校の指定ジャージ服。鋭い目つきに粗暴な言葉遣い。身長はタマよりも遙かに高く、そのくせ胸は貧相である。


雪は今にもタマに頭突きを食らわせんばかりの勢いでタマの顔に迫り怒鳴った。


「うっせーな!!昼休みに学外に出たら教師に何言われるか分かったもんじゃねーよ!だから、わざわざ園芸部に詫び入れてトマトとか色々もらって混ぜてやったんだろーが!!いいからさっさっと飲めチビ!」


チビという言葉に反応したのか、それとも好物のトマトに反応したのか定かではないタマが雪に食ってかかる。


「そのようなこと儂の知ったことか!儂はスーパーにあるトマト100%ジュースが飲みたいんじゃい!しかも何これ!?仮に百歩譲ったとしてもなんでトマト以外に色々混ざってるんじゃ!?飲めるか!飲めるかこんなグロジュース!」


「仕方ねーだろ!!お前普段からトマトジュースしか飲まねーから気ぃ使ってやったんだろーが!大人しく飲めさあ飲め嫌でも飲め!!」


雪はぎゃんぎゃんと騒ぐタマの口元にその不可思議に赤く光るジュースを持っていく。


タマは抵抗する。必死に抵抗するが身体の差が力の差。そんな抵抗に雪は物ともしない。


「ぎゃああああ!!嫌じゃぁああ!こんなの飲めっ・・・・ゴブッ!?・・・ゴクッ・・ゴクッ・・ゴキュッ・・・・」


「やっと観念したか。おら、どうだ私の特性ジュースは?美味しいだろ?健康だろ?血液さらっさらだぞ良かったなタぁーマぁー?ひひひひひ」


「ウォゲェええええええ!?!?きっ貴様・・・よくもこの儂にこんな仕打ちをっ!許さぬ許さぬぞこのアバズレめがぁ・・・!」


口から不可思議な液体を床にぶちまけながらタマは思った。ことの発端を、昨日起こった事件が原因でこんな仕打ちを受けるハメになったことを。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




このH学園にはある噂がある。


なんでも、在学中に一回だけその者の悩みを解決してくれるお悩み相談室があると。


もちろん信じる人なんていない。よくある怪談話の1つだ。


しかし、その話には続きがあるのだ。


友人曰く、そのお悩み相談室にはモノクロのセーラー服を纏った金髪灼眼の少女がいるらしい・・・なんか聞いたことのあるフレーズだな。


そして、そのお悩み相談室には訪れるために3つの条件があるらしいのだ。


1つは在学中に一回だけだということ。これは学校中の生徒が知っているポピュラーな条件だ。


そして2つめ。それは丑三つ時にしかその部屋には入れないということ。友人曰く、その時間帯に次元の扉が開き空間が捻じ曲がりなんとかこうとか。


非常に胡散臭い内容だが、今は信じるしか術がない。


そして3つめ。


その部屋には入りたくば、自分の血をワインに注いで訪れる必要があるらしい。なんとも友人曰く、その部屋の主は生き血を啜る吸血鬼の類の者らしいのだ。


まあ、このように3つの条件をクリアすればそのお悩み相談室に入ることができるのだ。


私自身、こんな噂信じてはいないのだけれど、こんな噂に頼ってでも解決したい悩みが存在する。


そんなこんなで、タイトルにつながる前フリはできたかな。とりあえず自己紹介しときます。


私の名前は立花蓮。このH学園に通う一年生です。特に怪談話が好きなわけでもないんですが、今回だけは話が別。なんとしてでもお悩み相談室の主様に解決してほしい悩みがあるんです。


あ、ちなみに女です。女の子ですJKってやつですテヘッ。


そんなこんなで、私は今真夜中の学園を右手にワイン左手に懐中電灯という装備で彷徨っています。ちなみに、ワインの中は私の血・・・ではなくトマトジュースです。


いやだって、痛いの嫌だし。てか、ワイン一杯分の血液って結構あるよ?そんな量出したら意識どっかいっちゃうって少年漫画じゃないんだよ口寄せじゃあないんだから。


そんなんでトマトジュースで代用してみました。大丈夫だよね?赤いし大丈夫だよね?ちょっと生臭いところとか血と似てるし。


はい、探索続けます。


季節は春。まだまだ夜は寒くコートが手放せない時季。


暗い廊下に懐中電灯の光と月の光が交差する。音は私の上靴と廊下の摩れる音だけ。風は無くただ「カツン・・・カツン・・」という音だけが響くのみ。


『ちょっと怖くなってきちゃった。もうおうちに帰りたいよ』


そんな弱音が出ちゃうくらい夜の学園は怖い。


そんな中、廊下の突き当たりを左に曲がった。


その時だった・・・


「・・・・え?」


私は目を疑った。暗闇の中はチカチカと光る物体が見えたのだ。


そらは人魂とか鬼火とかそんなものではない。


まるで電光掲示板のように同じ速度で点滅している。ちなみに色は白。LEDライトを使っているのではなかろうか。


私は意を決して足を進めた。


不思議と緊張はなかった。ただ、あの光が気になって気になって仕方がなかった。


夜の校舎に音が響く。


上靴と廊下の摩れる音。そして、私の呼吸音。


その双方の音が止まると同時に私は光の前に立った。


『学園のお悩み相談室』


そう、書かれた札が目の前で光っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「えーっと、ここでいいんだよね?」


頭上には点滅する文字。目の前には重く重鈍そうな黒い扉。


間違いないここだ。この先に噂に聞くモノクロのセーラー服に身を包んだ金髪灼眼の少女がいる。


いると思うんだけど・・・


「何この営業色のプンプンする電光掲示板。雰囲気丸つぶれなんですけど」


頭上に光るこの『学園のお悩み相談室』かなり胡散臭い。よくある文字がスライドして『他より安い!』とか、『お電話お待ちしてます!』って流れてるあれだあれ。


「はぁーっ、なんなのこれ?噂の主様のセンス?確かに分かりやすくはあるけど雰囲気ぶち壊しだし・・・大体なんてこんなに目立つのに今まで誰も気づかないのよ」


項垂れる。なんか怖がってるのがアホらしくなってきた。


まぁ、いっか。とりあえずお悩み相談室には辿り着いたんだから!


私は扉の前に寄ると三度ノックをして明るく言い放った。


「夜分遅くにすいません!悩みがあって相談しにやって参りました!」


声が響く。どんなのが出ようと臆さない!鬼が出ようと蛇が出ようと気合で負けちゃダメなんだから!


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


「・・・・・・・・」


うんともすんとも言わない。


構えてたぶん拍子抜けしてしまった。


「あれ?留守なのかな。いや、でも電光掲示板は光ついてるしそんなわけっ・・」


その時だった。


上を見上げると頭上で輝く電光掲示板がさっきとは違う文字をそこに羅列していたのだ。


『トマトジュース』


『マトジュース 』


『トジュース 』


『ジュース 』


『ュース ト』


『ース トマ』


「・・・・・へ?」


固まった。固まってしまった。


え?何これ?トマトジュース?てか、電光掲示板が喋ったよ。いや、喋っではないけど喋ったよ初めて電光掲示板と会話しちゃったよなんなのこれ?


いや、トマトジュースあるけど、え?あの噂って血じゃ無くて正解はトマトジュースだったってこと?そんな簡単なミッションだったのあれ?


私が固まっていると電光掲示板は催促するように再び文字を羅列した。


『早くせよ。


その血を我に献上せねば


主の命は無いぞ?』


なんか重苦しくなったよ。トマトジュースも血って変換されてるし。


「えー・・・トマトソースジュースでいいんですよね?血じゃなくてトマトジュースですけどいいんですよね?スーパーで買ったトマト100%のトマトジュースですけどいいんですよね!?」


『早よせいぼけ!』


あ、なんか怒られた。


と、とにかく扉を開けよう。


鉄が軋む音。床が摩れる音に伴って扉が開いて行く。


なんとも奇妙な気分になりながら、この時私は未知なる世界に足を踏み入れつつあったのだった。




「よっ、とりあえず早くトマトジュースよこさんかこの小娘が」




足を踏み入れた先には少女がいた。いや、幼女と言っても過言では無い。


155センチの私よりも頭2つ分は低い背丈。あとは噂通りの姿だった。


金に輝く髪に赤い宝石を埋め込んだような双眸。そして、モノクロにしつらえたセーラー服。まるで、西洋の人形のように流麗な少女である。


「あ、えっと・・これ・・・どーぞ」


そっとワイングラスに入ったトマトジュースをその少女に差し出した。


手が震える。ドキドキしている。


少女は私からワイングラスを奪い取ると満足そうに一言放った。


「うむ。契約成立じゃ。お主の悩み、このお悩み相談室室長のタマが解決してやろう!」


これが私こと立花蓮と得体の知れない彼女『タマ』との出会いだった。

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