ごんにんげん

オジョンボンX

ごんにんげん

 あたし友だちとかいないじゃん? だから一人でシャズナのトイレにいるわけ。このへんのゲーセンで一番おおきいのはシャズナだから。トイレもいい感じだし。それに隣のマックにそのままつながってるから便利だし。

 でもシャズナにいるとヤマ高の女がいっつも大量にいてムカつく。中山高校ってはっきしゆって偏差値ひくい。あたしは偏差値のことカンペキわかるけど、あいつら偏差値とかも一つもわかんないと思う。だからバカのヤマ高の女たちはいっつも群れてて、すっごくウザい。シャズナがヤマ高の最寄り駅の近くにあるからあいつら溜まってる。

 それであたし、ヤマ高の女に嫌がらせとかしてるわけ。積極的にしてる。タイコのゲームしてるやつからバチ盗んだり、UFOキャッチャーでとったキティ奪って首もいだり、エアホッケーのパック取り上げて口につっこんでやったり。そうゆうことしてる。だって、あたし友だちとかいらないじゃん?


 いつも群れてるのに、一人でプリとってるやついたから、あれ?って思った。カーテンの下から出てる足見て"Hey Jude"だってわかった。こいつもヤマ高の生徒。あたしは見慣れてるから足とか見ただけでどいつかわかる。

 こいつ、バンドマンと付き合ってる。バンドマンのカレシがビートルズのことリスペクトしてて、Hey Judeのことわからない奴は死刑だねとかゆってて。

 それでこいつ、

「私もそう思うょ〜Hey Judeがわかんないなら死ぬしかないょね〜」

って言ってその日からiPodに16ギガバイトめいっぱいHey Judeつめこんで聴きはじめた。おんなじHey Judeに、Hey Jude1、Hey Jude2、って数字つけて、Hey Jude2000まで、2千曲のHey Judeいれて聴いてた。

 狂ってるよね。でも女が恋するってことは、気が狂うってことだし。あたしそれはわかるから。

 それでこいつ、Hey Judeって呼ばれてる。


 Hey Jude、いつもはカレシとプリ撮ってるのにへんなの。あたしそれでプリの陰にかくれて見てた。すっごい気合いれて撮ってた。Hey Judeが出てくるタイミングで、あたしはプリ機の出口と逆方向にさっき拾ってきたコイン投げた。お金落としたって勘違いしたHey Judeが向こうを探してるすきにあたし、出てきたプリを手にとった。あ、これ、おしゃ撮りのやつだ。けっこうかわいい。ぶさかわいいって感じ?

「ドロボウ!」

 Hey Judeがどなってあたしびっくりして逃げた。いっしょうけんめい逃げて、トイレの前まできて振り返ったけどHey Judeはいなかった。あたしほっとして、トイレに入ってプリを流した。


 それから10日くらいして、Hey Judeやほかのヤマ高の女たちがぞろぞろマックに集まってた。なにかあるなって思った。女子会ってやつ? 女どもが集まってる裏の席であたしこっそりチキンクリスプ食べてかくれてた。

 Hey Judeが泣いてた。みんながなぐさめてた。こっそり見た。Hey Jude、いつもは赤いさつまいもみたいな元気のいい顔が、今日は涙でぐちゃぐちゃになってた。マスカラでまっ黒になってた。

 あたしマック出てシャズナのトイレにもどって思った。

 そっか。Hey Jude、バンドマンのカレシにフラれたんだ。

 あたし知ってる。さいきん、自分のいっちばん魅力がマックスのプリを手紙に貼ってカレシに送ると、二人の愛が永遠になるってやつがはやってる。Hey Judeこのごろカレシと上手くいってなかったみたい。だからHey Jude、一人で気合いれて自分のプリ撮って、手紙にしてカレシに渡そうとしてたんだ。女の子の命、恋をぜったいに守るために。でも渡せなかった。あたしがプリ盗んでトイレに流したから。

 Hey Jude、カレシに別れ話されてるあいだじゅうずっと、あのプリがあれば大丈夫だったのにって思ってたんだろうな。だって偏差値ひくいもん。ほんとは関係ない。プリなんか関係なくフラれてるんだけど、偏差値ひくいからずっとプリのこと考えながら泣いてたんだろうな。こんなことになるならあたし、プリなんか盗まなきゃよかった。


 次の日、Hey Judeがシャズナでまた一人でプリ撮ってた。あたしとおんなじ、一人ぼっちのHey Judeだなって思った。

 Hey Judeのいるプリ機から離れようとしたら、となりでギャルサーの連中がプリ撮ってた。あたしそのプリ盗んで、Hey Judeのプリ機のプリ出てくるとこにさっと入れてプレゼントした。女子高生はプリの手帳をいっぱいにするのがいつでも夢だから。誰のプリだってほしいに決まってるから。


 次の日、Hey Judeのほっぺたが傷だらけになってた。あたし、しまったって思った。ギャルサーの連中にやられたんだ。Hey Judeが盗んだって疑われて、あいつら爪ばっかり伸ばしてるから、それでHey Judeのことひっかいたんだ。

 女子高生ってピラミッド。弱肉強食みたいな感じで、はっきりピラミッドがある。いちばん上がきゃりーぱみゅぱみゅ。サバンナで言えばライオン。その次にギャルサーがいる。Hey Judeはバンドマンと付き合ってたからギャルサーのいっこ下だったけど、今はフラれてるから2こ下がってる。サバンナで言うと、名前がよくわからない虫とかのレベル。だからギャルサーのやつらに簡単にやられた。

 あたしそれからは、プリ盗むときは美術部とか合唱部のやつらを狙った。サバンナで言うと土。毎日いろんなとこからパクってきたプリこっそりHey Judeにプレゼントしつづけた。プリだけじゃなくて、Hey Judeの友だちの携帯パクってLINEの有料スタンプも2つ、Hey Judeにこっそりプレゼントした。


「私さいきん変なこと起こってるんだけど」

 Hey Judeが友だちのCAS-Kとマックに来てた。CAS-Kは女子高生DJでニコ動で少しだけ有名だけど、リアルな友だちにも自分のことCAS-K(キャス・ケィ)とか呼ばせてて頭がかなりどうかしてる。Hey Judeとちがって、シンプルにこいつは狂ってると思う。

「ああん?」

「なんかダーにフラれてから、だれかわかんないんだけど、プリとかスタンプとか私に毎日毎日くれるんだよね。スタンプくれた人にきいてもぜんぜん覚えがないってゆうし」

「変なの」

「でしょ」

 二人はそれから黙ってずっとLINEやってたっぽい。あたしはずっと壁をへだてた隣の席にこっそり座ってた。15分くらいして、またしゃべりだした。CAS-Kが言った。

「さっきの話だけど。たぶん神サマだと思う」

「えっ」

 Hey Judeがびっくりした声だした。CAS-Kは自信まんまんで言った。

「あれからずっと私考えてたんだけど、人間じゃない。絶対。そうゆうことできるのは神サマだけだもん。ダーいなくなってかわいそうだから神サマがプリとかスタンプくれる」

「信じらんない……」

「でもそうだよ」

「そっか」

「神サマにお礼言いなよ」

「うん」

 CAS-K、この女、マジで糞。プリもスタンプもあたし。なに神サマって? あたしじゃなくて神サマにお礼言わせるとかあたしやってらんなくない?


 次の日もHey Judeが一人でプリ機に入ったの見て、パクってきたプリを持って近づいた。いきなりプリ機のカーテンが開いてHey Judeが出てきた。なんか忘れものでもしたのかな。

 あたしとHey Judeの目がばっちり合ってる。あたしは動けない。目をそらせない。

「あんた。また私のプリ盗みにきたんだ?」

 Hey Judeがプリ機に立てかけてあった火縄銃を手に取って構える。銃口があたしに向けられる。Hey Judeが落ち着いた低い声であたしに言う。

「神サマにでもお祈りしたら?」

「待って、あたし、ちがうの、」

「知らないわよ」

ドゥーン!

ヤバーイ!

 手にもってたプリが落ちた。プリがいっぱいひらひら落ちてく中をあたしもゆっくり倒れてった。

 すっごく痛い。あたし死ぬほど痛いじゃん。やばーい。

「やだ」ってHey Judeはびっくりして、あたし見た。

「ごん、あんただったの、いつも、プリくれたの」

「そぅだょ……」

 なんとかちょっとうなずいたけどあたし目あけてらんない。体がおもたいよ。すっごくさむい。冷房ききすぎ? あたしたち女の子は夏でもさむがりな生きものなんだょ……


 ごん、享年45。哀れな永遠の女子高生でした。

 Hey Judeは火縄銃をばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ごんにんげん オジョンボンX @OjohmbonX

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る