ムシムシ大行進

めらめら

ムシムシ大行進

「ぐ……ぐお~~! またやられた!」

 大邸宅、冥条屋敷の一角だ。

 百畳敷きの表座敷『牛頭の間』の片隅。金襖を遮り広がった160インチ4Kテレビを前にしながら、朽葉色の羽織を着流した総髪の老人が、悲痛な叫びを上げた。


琉詩葉るしは! あともう一回!」

 震える手で彼が握り締めているのは、自分の手汗に濡れてツルツル光ったゲーム機のコントローラーだった。


「くくく……いいよ、お祖父ちゃん。ま、何度やっても結果は同じだけどね!」

 同じくコントローラーを握った、燃えたつ紅髪をした少女が、老人の傍らで不敵に笑った。

 聖痕十文字学園中等部二年、冥条琉詩葉めいじょうるしはが、舐めきった笑顔で祖父の獄閻斎ごくえんさいにそう答えたのだ。


  #


 発端は、獄閻斎の気まぐれだった。

 基本、孫には大甘なこの老人も、日曜日だというのに日がな一日外にも出ずにTVゲームに没頭する琉詩葉を見て、さすがに思うところがあったのだ。


「琉詩葉、ゲームばかりやっとらんで、外に出てプールでも行ってきたらどうじゃ?」

 プレステBOX360の昆虫虐待TPS『地球破壊軍EDF5.1』を血眼でやりこんでいる琉詩葉に、獄閻斎ごくえんさいがそう声をかけると、


「え~やだ。外、暑いし!」

 鼻クソをほじりながらそう答える琉詩葉。

 ならば……獄閻斎は一計を案じた。


「では、こういうのはどうじゃ? このわしとそのゲームで勝負して、わしが勝ったら一日ゲームは禁止。外で遊んで来るという約束は?」


「お祖父ちゃんがゲーム?」

 琉詩葉が不思議そうに老人を見上げる。


「へへ、いいよ! やれるもんならやってみー?」

 余裕綽々の琉詩葉。だが、

 かかった! 老人は心中でほくそ笑んだ。


 琉詩葉は知る由も無かったが、若い頃は『疾風はやて撃ちのりんちゃん』なる異名を馳せた凄腕アーケードゲーマーだった獄閻斎だ。

 なに、たかだかファミコンの類・・・・・・・、少しやり込めば、琉詩葉など一捻りよ。

 昔取った杵柄でいっちょう孫娘を揉んでやるかと、コントローラーを手に取った、までは良かったのだが……


  #


 戦績:0勝100敗


「ぐぬぬぬぬぅ!」

 無念の呻きを上げる獄閻斎。

 オフライン対戦モードは、何度戦っても老人の惨敗だった。


 元より、アナログスティックの操作もおぼつかない獄閻斎が、四十八種類の職能と二万種類に及ぶ兵装をステージに応じて自在に使いわける孫の琉詩葉に、勝てる筈はなかったのだ。


「じゃ、そういうことでお祖父ちゃん! あたし次の『ミッション』があるんで!」

 そう言って獄閻斎を軽くあしらおうとした琉詩葉だったが……


「 逃 げ る と 申 す か 」


 獄閻斎がボソリ。


 へ……? 何故に『武士語』? 琉詩葉が不審に思って老人を見上げると、


「このわしとの立ち合いから、臆して逃げると申すか、琉詩葉~!!!」

 獄閻斎が、真っ赤な戦火を双眸に滾らせて、孫娘に怒号を上げた。


「まずい……!」

 琉詩葉の顔が恐怖で引き攣った。

 ようやく事態の深刻さに気付いたのだ。


 お祖父ちゃんのあの『眼』……。

 勝つまでヤル『眼』だ!


 普段は孫LOVEの獄閻斎が、常軌を逸した恐ろしい眼で琉詩葉を睨んでいる。

 ゲームが、老人の中の何を変えてしまったのだ。


 だが……!

 

 琉詩葉は蒼ざめた。この老人が、まがりなりにも納得のいく勝ち星を琉詩葉からもぎ取るまで、あと一体、何ゲーム・・・・しなければならないのか?

 適当に手を抜いて星をゆずるか? いや、だめだ。

 すでに琉詩葉の実力は、先の百戦で晒してしまっている。

 今のテンションの獄閻斎に、下手な手心など加えれば、刃傷沙汰にもなりかねない。


 どうにか、この場を丸く収めて、自分のプレイに専念する手立てはないものか……?


 よし、あの手しかない! 琉詩葉は眦を決した。

 

「まったく……、わかってない・・・・・・なあ、お祖父ちゃん!」

 琉詩葉は冷や汗を垂らしながら、精一杯挑発的な調子で、獄閻斎にそう言った。


「なん……じゃと?」

 老人の目がギラリと光る。


「このゲームにおける対戦プレイなんて……いわば、おまけのおまけ! ラーメン屋の杏仁プリン!」

 すかさず琉詩葉は畳みかけた。


「このゲームの真の醍醐味、それは協力プレイ! 戦場で力を合わせて、襲いかかる昆虫軍団を片ッ端からなぎ払う! お祖父ちゃん……あたしと組んで、地獄で血の小便をながしてみるかい!?」

 必死の形相で祖父をあおりたてる琉詩葉。


「ぬぬぬ……! 面白い! そうまで言うなら勝負は預けた! 琉詩葉、出陣じゃ~!!」

 琉詩葉の口上で、久々に蘇ったゲーマーの血が滾ったか。獄閻斎は孫娘にそう答えた。


 ……や、やった! 琉詩葉は心中で肩をなでおろした。


 『協力プレイ』であれば、1ゲームにかかる時間もせいぜい十数分。結果も両者、Win-Win。

 難易度『簡単イージー』で数ゲーム流して、獄閻斎が留飲を下げたところで、適当にお開きにすれば角も立つまい。


「行くよ! お祖父ちゃん!」

 自分のあまりの機転の良さに心の中でガッツポーズをとりながら、琉詩葉はコントローラーのスタートボタンを押した。


 だが、それが悪夢の始まりだった。


  #


 24時間後


「琉詩葉! 弾幕薄いぞ! なにやっとるか!」

「もう……! もう勘弁して、お祖父ちゃ~~ん!!」

 ゲーマーのプライドに賭けて、躊躇することなく難易度『地獄いんへるの』でミッションに繰り出した獄閻斎。

 襲いかかる何千匹もの昆虫軍団に何百回喰い殺されても、老人の心は折れなかった。

 ゲームが始まってから、一睡もできずに獄閻斎に付き合わされる琉詩葉。


「寝るな~! 寝たら死ぬぞ~!」

 疲労困憊して何度も船を漕ぎかける琉詩葉に、老人の容赦ない大喝が降って来た。


  #


 96時間後

 

「やったぞ琉詩葉! ミッションコンプリートじゃ~~!!」

 すっかりゲーマーとしての野生を取り戻した獄閻斎は、雄々しく吠えた。

 丸四日、不眠不休で孫と死地を潜って、ようやく全ステージをクリアした老人が、傍らで涎を垂らしてひっくり返った琉詩葉に勝鬨を上げたのだ。


「うーーアリが、アリがーー」

 畳にへばった琉詩葉が瀕死の喘ぎ声。

 眼をつむっても瞼の裏は、蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻蟻……


「もう……虫は……ヤダ……」

 そう呟いて意識を失う直前まで、琉詩葉の脳内は昆虫で溢れかえっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ムシムシ大行進 めらめら @meramera

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ