第82話
「ここでいいのか?」
「うん。」
私が拓真に連れてってほしいとせがんだのは、彼の家からそう遠くはない彼の通った中学校だ。
拓真とコータが通い、彼が千葉さんと出会った場所に、私は来てみたかった。
「懐かしいな。俺は今と同じように、学校に多くの思い出を刻んではいないのに。」
学校というものは総じてセキュリティが緩い。いかにも関係者だ、OBだ、という顔をしていれば、学生であることは確かな私たちがとがめられることはまずない。しかし、堂々としていていいわけでもない。拓真曰く、コータが根城にしていたという、ロクでもないが人のあまり近づかない場所に共に歩いていく。
「あなたはここにどれだけ千葉さんとの思い出がある?」
私の質問に拓真は少しためらってから
「多くはないな。俺と郁がここに共にいた時間はそう長くはないし。それでも、濃密だったかもしれない記憶は確かに刻まれている。」
ここに通い、千葉さんと共にいたころの、拓真は、今よりずっと幼かったはずだ。それとも、今みたいに無駄に大人びていたのだろうか。私にはその姿を知ることは出来ない。
「拓真、覚悟はある?私は、その思い出をぶち壊すためにここに来た。あんたの千葉さんとの思い出に嫉妬してそれを塗り替えてしまおうとしてるの。…でも、あんたがやめてほしいならやめる。どうする?」
最低な言葉を素直に告げる。
「残念ながら、それは無理かな。」
拓真から出た、予測済みの、それでも驚いてしまうくらいには、私はこいつに甘えてる。涙を零さないように、それだけに全神経を張る。
「もし、ここでお前が俺を信じてくれたら、ここには俺の恋と愛の記憶が刻まれるだけだ。…何度も言っただろう、俺にとってつぐと郁は全然違うんだ。」
同じように、予測済みの、ほんの少し残念な気持ち。
「私は、あなたの過去にも妬いているの。…ねえ、拓真。別に千葉さんとの思い出を捨てろとは言わない。でも、せめて…」
「誤解しているみたいだが、俺は再会するまで郁のことを気には留めてなかった。」
「嘘つき。拓真の部屋には、大切な女の人の気配でいっぱいだった。」
私は拓真と正対する。
「それは単に俺が不精なのもあるし、郁のことが大切で、捨てがたかったことは否定しない。それはあまりに曖昧な別れを経た、俺の過去だから。お前が捨てろと言っても俺は拒むぞ、でも、それをしまいこめ、というのなら俺は従う。」
拓真はいたって真剣で誠実に向かい合っていた。甘い、私のためのセリフではなく、辛い二人のための言葉を。
「だから…言って、つぐ。前にくれたのと同じ言葉を。俺を再び信じてほしい。」
「私に言わせるの?」
「うん。俺はビビりだから。」
そう言って彼はへにゃりと笑う。どの口が言うんだ。でも、しょうがない。私が惚れたのはSでずるいこの男だ。
「…好きよ、拓真。愛してる。」
「俺も。」
私たちの間で何度も交わされた一方通行の愛の言葉。それが初めて、二人の間で成立した。
「もういい、認める。最初からあんたのことが好きだった。好きでもない男に、いくら都合がよくてもあんなこと頼めない。あんたがどんな人でも、私はあんたのことを嫌いになれない。」
「俺も、お前じゃなかったらあんなこと言われても受けない。それにちゃんと気づいた。それを認める。別にお前とどうこうしたいわけじゃない。それでも、ずっと愛したいんだ。」
高校生が誓うには重くて、幼い言葉。
それでも、これが私たちにとっての真実だった。
ほんとにおきるか?こんなこと。 水無瀬 @Mile_1915
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