彼の業務

 とある住宅地の安アパートの一室。その小さな小さな部屋に事務所はあった。

 表向きは彼が住んでいる部屋……とされているが、実際は転生屋の事務所だった。とは言え、異世界へ転生させるための道具や儀式をここで行う訳には行かず、とりあえずは客と相談してどう異世界へ行くか、どんな異世界にするか、そしてどのような心構えや準備が必要なのか、それを相談するための場所として彼が3年前から借りた部屋だった。

 それより前は適当なファミレスで客と相談していたのだが、あまりに話す内容が電波すぎて周囲の客から白い目で見られ続けるのが苦になった事と、異世界へ行った客がこの地球世界で行方不明者扱いにされて警察にかぎ回されるというケースが起こるとマズい、という理由でアパートを借りる事にしたのだ。


 彼の仕事は基本的に2人1組だ。転生を希望する人間を募集し、連れて来て審査するのが彼の役目である。異世界へと転送するための手筈は神様が行う。

 流れとしては、まず彼がネットで宣伝をする。異世界へ行きたい奴はいないか、と声を掛けるのだ。一昔前ならただのジョークとして一笑される話だが、最近は異世界転生を裏付けるような不審な事件が多発し、ネットでも実際に実例なのではないかという件が何個か報告されており、実際に国の調査も始まっているという。異世界転生は割りと受け入れられる時代になっていた。

 そこで宣伝を受けて志願したがる人間がいると、彼は早速コンタクトを取る。コンタクトが取れたら今度はネットを使わず神様に頼んでまず相手が警察や犯罪者とかで無いか確認を取る。確認が取れたら彼が直接彼と会って話をつける。

 本人の希望を確認した上で、異世界転生に伴う危険性やリスクを説明して、もう一度本人に確認を取らせる。それでもOKの返事が出たら次のステップだ。客と面談し詳細な希望を聞き打ち合わせをしてから異世界へ送るための下準備をする。準備が整ったら、警察へバレないように人気の無い場所に行き、そこで転生させる。この間に彼は手数料を取り、それで神様と2人暮らしをしている。


 彼自身も奇妙な生活だと思っている。

 あの日、ダンプカーで轢かれた時から一緒にいる神様は、彼が思い浮かべる神様像とは大分違っていた。

 端麗な若い女性の姿をしているが、大体いつも着てるのはスウェットかジャージだ。流れるような黒髪や女優のような整った顔立ちなのに、神様らしい言動はあまり少ないしむしろ俗物みたいな感じで、女を捨てていると言っても過言ではない。

 それでも神様には異世界へ人を転生させる特別な力がある。そして、早く人間を転生させないとノルマが達成できず神様の上司から色々とお叱りを言われてしまう。彼も地獄に落ちたくはないが転生はしたくない。双方の利害の一致がこの生活と仕事に繋がっているのだった。

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