異世界に一番近い男
大佐
少しだけ話をしよう
確かに俺は異世界へ人を連れて行ける。それを生業にした仕事をしているし、今まで同じように君のような奴と会話して、異世界へ連れて行った。
君が疑いながら、それでも期待をまだ持っているのもわかる。
でもな、こればっかりは話しておかなきゃいけないんだ。
異世界へ行きたい人間は三種類に分けられる。
現実世界に飽き飽きしている奴、
現実世界に失望している奴、
現実世界から逃げ出したい奴。
どれも共通しているのはこの現実世界に不満があるって事だ。
そりゃ嫌な事だって沢山あるだろう。学校はつまらない、職場はもっとつまらない、人間関係が楽しくない、経済的に困窮している、その場にいて呼吸するのも辛いとか、人それぞれの辛い世界が広がっている。
消費税は上がったし政治家はバカばっかりだしテレビもクソつまらないし、確かに良い事が無いのはこの仕事をする前から俺もずっと解っている。
だから、ここではない別の世界――そもそも地球ですらない別の世界へ行きたいという連中の気持ちも解らなくも無い。俺だって、この世界ではない別の場所へ行こうと思った事もある。
でも考えてくれ、それって本当にメリットしかない行為だと思うか?
例えば君が、ここではない別の世界へ行く事を考え、最高の舞台となる世界へ行ったとする。
そこは異世界で、ファンタジーがあって、冒険があってロマンスもあって、充実した人生と生活を送れて、現実世界で通勤電車に揺られて楽しくない仕事をする苦痛から開放される最善の策だと思ったとしよう。
だが異世界に行っても“現実”ってのが付きまとってくる事は考えた事は無いか?
無いなら今すぐにでも考えを改めて、もう一度よく考え直せ。例えば、君は言葉も通じない異人として、その世界の常識から外された存在として排除される可能性もある。たとえこの世界から持ち込んだテクノロジーを披露しても、それを見た向こうの住人たちが魔女狩りとして君を血祭りに上げる可能性だってある。それに、ちっぽけな地球の人類である君を殺すだけの未知の病原菌や感染症が向こうにはあって、それで苦しんで死ぬ可能性もある。
もし君が思いつく物語の主人公としてスタートラインに立てたとしよう。それでも道のりは長く険しい。価値観の違い、ギャップ、それに文化と時代の違いは大きな壁になって目の前に立ちはだかる。それをクリアできるだけの努力を、この現実世界から逃げ出してきた君に出来るだけの根性はあるか?
考えを改めたくなっただろう。
誰からも殺されず、不満を持ちながら平和な社会と便利なテクノロジーに囲まれてつまらない人生を送るのが最高に楽しい事だったと気がついたのなら、ここから立ち去っていつもの日常に戻った方がいい。異世界に行くよりもよっぽど希望は持てる。
もしそれでも自分の意思を貫きたいと思うのなら、
俺の所へもう一度来い。お望みの世界とやらへ送ってやる。
ただし、代償は高く付く事を絶対に忘れるな。
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