続編
「あっ、ここだっけ?」
間の抜けた幼女のような声に、広間はざわめきました。
よく見ると、人のてのひらに乗るほどの、小さな妖精が、どこからか、ぱたぱたと飛んできたのでした。
「美少女妖精のミュミュだよ~」
ミュミュと名乗った妖精は、なぜか一本の矢を持っていました。
「はい、これ」
ミュミュは、ヴァルドリューズに、矢を渡しました。
「これは……?」
ヴァルドリューズが矢を見ると、「ケイン」と書いてありました。
「これは、猟師の使う矢ではないのか?」
「そうなんだけどさ、ミュミュ、ケインに渡そうと思ったんだけど、時空に迷いこんじゃって、『赤ずきん』のお話のところに行けなかったんだよねー。それ、おにいちゃんにあげるよ」
いきなり矢だけ渡されても……と、ヴァルドリューズも思ったことでしょう。
「ねえねえ、今、なにしてるの?」
ミュミュは、周りを見渡して、誰にともなくたずねました。
「なんだ、貴様は? 妖精なんかの出る幕ではないわ」
ダグトが、イライラした様子でいいます。
「ふ~ん、そうかぁ。このおねえちゃんが、今、『究極の選択』で、悩んでるところなんだね」
ミュミュが、ラン・ファを見て言いました。
「な、なぜわかった!?」
驚いているダグトに構わず、ミュミュは、何かを思い付いた顔になりました。
「じゃあさあ、これを使ってみたらどう?」
といって、ヴァルドリューズに預けた矢を、持ってきます。
「この矢が倒れた方に決めれば?」
ミュミュは床に降りて、ラン・ファの前に立つと、矢を立たせて持ちました。
そして、手を放すと、矢は、ヴァルドリューズの方をさして、倒れました。
「ヴァルのおにいちゃんに、決まりだね!」
「貴様ー! 今、明らかに、ヴァルドリューズの方に身体が向いてたぞ! ふざけんじゃねぇっ!」
逆上したダグトは、ものすごい形相でかけ出すと、バシッと、ミュミュを上から叩きました。
「なにをするのです!」
ラン・ファがいそいで、ミュミュをすくい上げると、ミュミュはケガをしてしまい、「痛いよ~!」と泣いていました。
「可哀想に! 大丈夫?」
声をかけるラン・ファのそばに、ヴァルドリューズが片膝をつき、ミュミュにそっと手をかざしました。
あたたかい光がミュミュに当てられると、ミュミュのケガは、みるみる治り、痛みも消えてなくなりました。
「ミュミュちゃん、良かった! やさしいのね。ありがとう!」
ラン・ファはヴァルドリューズを見上げ、感心しました。
ミュミュも喜んで、ヴァルドリューズの周りを、元気に飛んでいます。
舌打ちして、ダグトが、いまいましそうにそれを見ています。
周りの人たちは、「王子でも、性格が悪そうだな」と、ちょっと思いました。
「みんな、忘れているかも知れないが、俺は、はるばる東洋の国から、このベアトリクス王国に来るだけでも、月日はかかり、大変だった。ここへ着いてからも、いばらに邪魔され、ドラゴンにもはばまれ、命からがら、やっとここまで来たのだ! 特に、門番であるドラゴンを倒すためには、俺の愛馬を犠牲にまでしなけれなならなかった!」
ダグトは、ヴァルドリューズを
「いばらを切りさき、城の中に入った途端、今度はドラゴンが現れた! 俺は、自分の乗って来たウマを、ドラゴンに向かわせ、ドラゴンが食っているうちに、後ろからおそい、やっとのことで、ドラゴンを倒すことが出来たのだ! 聞いたか、皆の者! おかげで、俺は、帰りのウマがないのだぞ!」
「あ、ああ、……それは、お気の毒に」などと、声が上がります。
ですが、広間は、盛り下がり気味な雰囲気です。
ダグトは続けます。
「あのウマは、俺が六歳の時、貧乏だった俺の国で、親が無理して買って、俺にプレゼントしてくれたものだった」
「えっ、貧乏……?」と、広間の人たちは、顔を見合わせています。
「こいつの国、大丈夫か?」などとも、ささやかれています。
「貧乏で、ウマの
「ああ、貴公の言いたいことは、よくわかった」
ベアトリクス国王が、寛大な態度で言いました。
「そのような犠牲を払ってでも、姫を助けに来てくれたこと、大変感謝いたす」
国王が目を伏せるのを、ダグトは満足そうに笑って見ていました。
「して、貴公は、姫を妻にする思いで、ここまで来てくれたそうだが、結婚したら、この城に、一緒に住んでくれるかね?」
にこやかな王様に、ダグトは、威張った態度で答えます。
「何を言うか。俺は、国の第一王子だぞ。妹ばかりで、王子は俺ただひとり。当然、姫は連れて帰る。俺の国の王妃として迎えるつもりだ」
「えっ……」
王様は、言葉をつまらせました。
「我が国では、私の跡継ぎは、このラン・ファ王女のみ。一人娘だ。王女には婿を迎え、のちに女王として国を継がせる予定なのだ。だから、婿に入ってくれるのなら、結婚を許そうと思うのだが」
「何を言っている? 俺の功績を忘れたか? 多大な犠牲を払ってまで、はるばるここまで来たのだぞ? 姫を持ち帰るのは、当然だろう」
「そのような戦利品のような扱い方は、納得がいかぬな!」
おだやかだった王の表情は険しくなり、ダグトを見つめています。
対するダグトも、横柄な態度をくずしません。
「何度も言うが、俺は、子供の時から大事にしていた愛馬を、犠牲にしてまでも、ドラゴンを倒し、帰りのウマもないほどなのだぞ! 姫をもらっていくに値するだろう!」
「いや、しかし、それは、いくらなんでも、強引と申しましょうか」
「そうですぞ。姫がいなくなってしまえば、この国は、おしまいです!」
重臣たちも、王様の後ろから、口々に言っています。
「だから、俺は、多くの犠牲を払って、ここまで来たのだぞ! 何度もそう言ってるだろう! そして、国の第一王子なのだ! 俺の国の王妃となるのが、筋だろう!」
「ですから、それでは、我々が困るのです!」
「いいか、もう一度言うぞ、良く聞け。俺は、幼い頃から、可愛がっていた愛馬を、ドラゴンに向かわせ、ドラゴンが食っているうちに、後ろからおそい、やっとのことで、ドラゴンを倒すことが出来たのだ! そんな思いをしてまで、ここへ来たのだぞ!」
王様と家臣たち、ダグトの言い争いが、続きます。
ヴァルドリューズとラン・ファ、ミュミュは、黙っています。
口論が続くうちに、家臣のひとりが、つぶやきました。
「も~、そんなんだったら、第一王子は婿に向かないよなぁ。魔道士の方が、婿には来てくれるんじゃないの?」
そのつぶやきが聞こえた、隣の家臣も、思い付きました。
「それもそうだ。我々に呪いをかけたマリリンは、魔法使いだった。またあやつが、嫌がらせをしにきたとしても、魔道士ならば、防げたり、または、やっつけたりも出来るかもしれん」
「なるほど! 魔道士とは、魔法で戦う者!」
「魔道士の方が、案外、いいかもしれぬぞ!」
「そうだ、そうだ! どうせ王位は姫様が継ぐのなら、婿は誰でもいいんじゃないか?」
そのような発言が、飛び交い始め、やがて広がっていきます。
「貴様ら、何度言ったらわかるのだ!? 俺の話を聞いていなかったのか!? 俺は、ここへ来る間に、幼い頃から共に過ごした愛馬を、ドラゴンの
必死に訴えるダグト王子でしたが、口を開けば開くほど、皆には、くどい印象ばかりが強くなり、なんだか逆効果のようでした。
対するヴァルドリューズは、何も喋りませんでしたが、評価は、勝手に上がっていく一方でした。
「いいか! 俺は、大きな犠牲を払って来たのだぞ! ドラゴンは倒したし、帰りのウマもないし!」
必死に訴え続けるダグトは、家臣ひとりひとりをつかまえて、同じ話をくりかえしています。
耳に
「ああ、わかった、わかった! 帰りのウマならあげるから、もう帰りなさい」
おーしーまい
いばら姫 かがみ透 @kagami-toru
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