いばら姫

かがみ透

いばら姫

 昔、ベアトリクス王国では、王様とお妃様との間に、たいそう可愛らしい赤ちゃんが誕生しました。

 長年の望みが、やっとかなったので、王様は大喜びです。


 国では、盛大に、何日もかけて、お祝いパーティーが開かれました。

 お客様は、王様の親族やお友達、お知り合い、そして、国を代表する、特別な人たちでした。


 特別な人たちは、賢者、または魔法使いと呼ばれていました。

 それらの人たちは、この国には、全部で十三人いましたが、特別な金のお皿が十二枚しかなかったので、やむを得ず、十二人だけが招待されました。


 招待状を持ったお客様たちが、次々と入城します。

 パーティーは盛り上がり、終わる頃、皆が席に着くと、十二人の特別な人たちから、ひとりずつ、赤ちゃんに、祝福がプレゼントされました。


 一人目の魔法使いアイリスは『優しさ』を、二人目の魔法使いサラは『物とお金の豊かさ』を。


 三人目のマーガレットは『賢さ』を、四人目のマリスは『行儀の良さ』を。

 五人目のクレアは『謙虚さ』を、贈ります。


 そして、六人目の魔法使いジュニアは、順番が来ると、張り切って言いました。


「『最強』を贈ります!」


 お客様を始め、お城の人たちの間に、ざわめきが起こりました。


「最強って……」

「王女様なのに……?」


 ジュニアは、びっくりして、周りを見回しました。


「ええっ!? 王女様だったの!?」


 てっきり、王子様が誕生したとばかり思っていたジュニアは、王女様に贈るには、少々的外れな贈り物をしてしまったようです。

 しかし、一度贈ってしまったものは、取り消すことは出来ません。


 おろおろしているうちに、七人目の魔法使いカイルが、進み出ました。


「王女殿下には、『美しさ』を贈ります! 願わくば、東洋人のような、神秘的で魅力的な美しさを!」


 それは、単なる彼の好みのようでした。

 八人目の魔法使いクリスも、進み出ます。


「僕からは、年齢を重ねていくうちに、女性が欲するでありましょう『若さ』を、お贈りします! いつまでも、若々しく、美しいお肌でいられますように!」


 少々、魔法使いの好みが続いたようでしたので、九人目の魔法使いである吟遊詩人が、真面目な顔で一歩前に出ると、お客様たちは、彼を、期待をこめた目で見つめました。


「王女様には、『常人以上の魔力』を授けましょう!」


 ですが、それにも、少々、その場はざわめきました。

 魔法使いでもない王女様に、果たして『常人以上の魔力』は、必要なのでしょうか、と。


 一〇人目の魔法使いギルシュが、言いました。


「私からは『冷静な判断力』を!」


 やっと、王家に適した贈り物をしていただけたと、周囲は、安心しました。


 十一人目の魔法使いケインが、言いました。


「王女様には、『寛大さ』をお贈りします」


 これもまた、王女様に必要なものだと、周りはうなずき合い、納得したようでした。


 そして、いよいよ、十二人目、最後の魔法使いの祝福が、贈られようという時でした。


 バターン!


 扉を、乱暴に開ける音に、全員が振り返ると、招待されなかった十三人目の魔法使いが、あらわれたのでした。


「ちょっとー! どうして、マリリンのこと、呼ばなかったのよー!」


 魔法使いマリリンは、王様とお妃様をにらみつけてから、六番目に祝福した魔法使いジュニアを指さしました。


「あいつなんか魔族だし! 魔族なんかを呼ぶくらいなら、なーんで、マリリンを呼ばないのさ? ひっどーい!」


 王様もお妃様も、お城の人たちも、皆、マリリンに事情を説明して、謝りましたが、聞いてくれません。


「呼ばれなかった腹いせに、マリリンからも、恐怖の祝福をしてやるもんねー! えーっと、王女様はー、一六歳の誕生日に、糸ぐるまのツムの尖った針にささって、死にまーす!」


「ええっ!?」

「そんな!」

「なんとおそろしい!」


 その場は、大騒ぎになりました。


 魔法使いマリリンは、満足そうに笑うと、黒いマントをひるがえし、さっさと大広間から出て行きました。


「なんということでしょう!」


 お妃様は泣きくずれ、王様が支えますが、皆、顔が青ざめ、ふるえ上がっていました。


「皆様、どうか聞いてください」


 そう言ったのは、まだ祝福をしていない、十二人目の魔法使いリリーでした。


「私には、マリリンの呪いは強過ぎて、解くことは出来ませんが、せめて、弱めて差し上げたいと思います。王女様は、ツムの針がささっても、死ぬことはありません。ただ、一〇〇年間、眠り続けるだけです。そして、王女様だけではなく、このお城全体が眠るので、目覚める時は、皆さんご一緒です。ですから、大丈夫です!」


 リリーの言葉に、王様もお妃様も、お客様たちも、少し安心しましたが、王様は、王女様を守るため、国中の糸紡ぎ機を、みんな焼いてしまえ! と命じました。




 それから、時が経ちました。

 王女様は、魔法使いたちの祝福のとおりに、すくすくと育ちました。


 ラン・ファ王女は、優しく、物にもお金にも困らず、賢さとお行儀の良さ、謙虚さを持ち合わせていました。

 さらに、心が広く、冷静な判断も出来、他の人よりも魔力が高かったのでした。


 見た目も、魔法使いカイルの言った通りに、西洋人である王様、お妃様に似ても似つかない、東洋人系の、神秘的で魅力的な美しさをそなえていますので、彼女を見た者は、誰でも、彼女を好きになってしまうことでしょう。


 いよいよ、ラン・ファ王女が一六歳になる日が、やってきました。


 お城の古い塔の中のひとつで、王女様が、ほんの探検しているつもりで、階段を上っている時でした。

 かなり上の階に着いた時でした。


 ラン・ファ姫の見たことのないものが、そこにありました。


 王様が、国中の糸車を焼いてしまったはずでしたが、一台だけ、そこに、いかにも不自然な形で、置いてあったのです。


 王女様は不思議に思い、手を伸ばしました。


「いたっ!」


 糸を巻き取るツムの針が、王女様の手にささったその途端、城中が眠りに包まれ、王様も、お妃様も、お城で働く人たちも、皆、眠ってしまいました。


 眠ったのは、人だけではありません。


 ウマや動物たちも、かまどの火も、なにもかもが、時が止まってしまったように、動かなくなってしまったのです。


 やがて、お城をおおうように、いばらが伸びていき、お城が隠れるほど、巻き付いてしまいました。


 人々は、ベアトリクス城を、『眠りの森』と呼ぶようになりました。

 そして、眠りの森に眠る美女ラン・ファ姫のうわさが、広まったのです。


 ところが、当のラン・ファ姫本人は、眠っていなかったのでした!




 昔、ベアトリクス城のあったところは、『眠りの森』となり、美しい『いばら姫』が眠っている。その姫を一目見ようとか、助け出そうとか思っていた若者が、まるで、いばらの刺に、からめとられるように引っかかってしまい、命を落とすという伝説が、遠い国々にまで伝わっていました。


「いばらに引っかかっても、抜け出せたとしよう。眠れる森の美女いばら姫のところにたどり着く前に、おそろしいドラゴンが待ち受けているとも聞く」


 そんなうわさも出回ります。


「そうでなくては、面白くないだろう!」


 そういって、立ち上がったのは、遠い国から、うわさを聞きつけてやってきた、ダグトという王子でした。


 王子は、腰に剣をさしていて、マントをひるがえすと、周りの人たちが止めるのも聞かず、いばらの森に向かいました。


 その頃、眠り続ける城の中では、ただひとり、ラン・ファ王女だけが、起きていました。


 どうやら、王女は、誕生祝賀パーティーの時の魔法使いジュニアが贈った『最強』という言葉によって、マリリンの呪いが効かなかったようです。


 王女は、眠ってはいませんでした。というより、眠れなかったのです。


「ああ、退屈だわ」


 ラン・ファは、これもまた『最強』によって、ドラゴン・スレイヤーという剣を持っていたので、魔法使いマリリンによって、呪われた城の門番であったドラゴンを、すでに倒してしまっていました。


 眠った城の中に、ただひとり。

 あまりに退屈だったので、城を抜け出し、ベアトリクスの他の町を、歩き回ったり、お金も物もたくさんあったので、着るものにも食べるものにも、困りませんでした。


 町で時間を過ごすと、城にもどり、ベッドに横になってはみますが、やはり、眠れません。


 これも、呪いが弱まり、『最強』の力のせいなのかと、考えてみたりもしました。


 町へ出た時耳にした『眠れる森のいばら姫』のうわさでは、各国から勇者が向かっていますが、いばらに、はばまれ、死んでいるということでした。


 そんな人たちが、例え、城にやってきても、城の人々は一〇〇年間、眠ったままなのです。


 姫は、気の毒に思いましたが、どうしようもないという思いにかられていました。




 そんなある日でした。

 ウマに乗ったダグト王子が、眠りの森に、たどり着きました。


「ここが、『眠りの森』だな。うわさ通り、いばらが密集して、ひとつの城を、まるで飲み込んでいるようだ」


 ダグトは、ウマから降りて、剣を抜きました。

 そして、一気にかけだすと、いばらを、ばっさばさと、切りさいていったのです。


 いばらは、まるで生きているように、次々と、ダグト王子に伸びていきます。それを、王子は、すごい勢いで切っていきました。


「扉は、あそこか!」


 城の入口を見つけて、体当たりをすると、扉が開きました。


 すると、中には、ドラゴンの姿があったのです!


「次は、ドラゴンか!」


 どうやら、魔法使いマリリンは、ドラゴンを二体配置していたようです。

 ラン・ファ王女が出入りしていたのは、勝手口の方でした。そちらを守っていたドラゴンは、王女が倒したので、もういませんが、表玄関の方のドラゴンは、まだ生きていたのです。


 ダグト王子は、剣を構え、勇敢に向かっていきました。




 お城の塔の中では、ラン・ファ王女が、ベッドに横たわっていました。


「今日も、眠れない……」


 溜め息をついています。


 すると、なにやら、そうぞうしい物音が聞こえてきます。

 王女は、自分以外の者が、この城にいることに気付き、驚いて起き上がりました。


「姫のいる部屋は、どこだ?」


 そのような男の人の声と、足音が、だんだん近付いてきます。


 そして、とうとう、ラン・ファのいる部屋の扉が開きました。


「ここか! いばら姫の眠る部屋は! ……って、起きてる!?」


 ダグト王子は、びっくりして、その場に立ち止まりました。


「あなたは……?」


 ラン・ファ王女も、驚いて見つめます。


 その時です。

 一〇〇年間眠っていた、城の呪いが解けました。

 城で眠りについていた王様もお妃様も、お城で働く人たちも、かまどの火も、生き物たちも、すべて、目を覚ましたのです。


「いったい、なにが……?」


 ダグト王子は、驚いて、周りを見渡しました。


「今日が、ちょうど一〇〇年目。やっと、マリリンの呪いが解けたのだわ!」


 ラン・ファ王女は安心したあまり、身体の力が抜けてしまい、思わずベッドに腰を下ろしました。


「これで、やっと、今夜は眠れるわ。……多分」


 ダグト王子は、わけのわからない顔をして、王女を見下ろします。

 うわさ通り、なんと美しいのでしょう。


「姫!」


 王子が、一歩近付いた時でした。


 部屋の中で、空気が揺れたと思うと、ひゅん! と、そこには、いきなり、人があらわれたのでした。


「なっ、なんだ!?」


 王子が驚き、王女も信じられない表情で、それを見ました。

 そこには、黒いマントを着た、碧い瞳の魔道士が、立っていたのでした。


「おい、なんだ、貴様? どうやって、ここへ来た!?」


 そうきいたダグトを、魔道士の男は、見て答えました。


「私は、東洋から来た魔道士ヴァルドリューズ。ラン・ファ王女を助けに来た」


「なんだと!? 俺だって、王女を助け、結婚しようと思って来たんだ! たかが魔道士のお前なんかに、ゆずれるか!」


 ヴァルドリューズは何も言わずに、ただダグト王子を見つめています。


 そうこうしているうちに、目覚めた王様とお妃様、お城の人たちが、心配してかけつけました。


「おお、姫! 無事であったか!」

「良かった! 本当に良かったわ!」


 感動の再会のあと、皆は、大広間に移りました。

 姫を助けに来た二人の男も、そこにいます。


「俺は、はるばる東洋のラータン・マオ王国からやってきた、ダグト王子だ。『眠れる森のいばら姫』のうわさを聞き、助け出したあかつきには、是非、俺の妻に迎えたいという想いで、ここまで来た! 行く手をはばみ、向かって来るいばらを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、門番のドラゴンをも、やっとの思いで倒した! 姫、どうか、俺と結婚してくれ!」


 ダグトは、積極的に、アピールしました。


 対するヴァルドリューズは、冷静に、抑揚よくようのあまりない口調で、語ります。


「今日がちょうど一〇〇年目と知り、東洋の国から『瞬間移動』で来てみた。案外、すんなりとたどり着けた」


 ラン・ファ王女は、二人を見比べました。


 ダグト王子は、いばらの刺で、衣服が破れ、あちこち傷を負っています。自分を助けるために、頑張ってくれたのが、よくわかりました。


 とても感謝はしています。ですが、はっきり言うと、ダグトの顔は、好みではありませんでした。


 対するヴァルドリューズは、端正で整った顔立ちをしています。城で働く女の人たちの間からも、その美しい容姿にみとれて、思わず溜め息がもれているほどです。


 ですが、タイミングが良かったというだけで、困難もなく、ここへ来られました。

 王女を妻にしたいだとか、そのような要求もなく、ただ助けるために、としか言っていません。


 彼は、いったい何をしにここまで来たのかが、いまいち、周りにも、ラン・ファ王女にも、伝わってきませんでした。


 それにしても、結婚とは、急な話ではないかと、王女は、ちらっと思いました。

 ですが、一〇〇年間、退屈していたことを思うと、もう充分自由に過ごしたことだし、結婚してもいいのかも知れない、そうも思い直しました。


「片や、頑張って、姫を助けに来てくれた王子に、片や、タイミングだけで、楽して来られた魔道士」

「なぜ、魔道士が?」

「魔道士とは、雇われ者だろう? 身分としては低い」

「身分的にも、釣り合うのは、ダグト王子であろう」

「これは、決まりだな」


 ささやかれる声に、ラン・ファは眉をひそめました。


「さあ、姫! どちらを選ぶのですか!?」


 ダグトが、声を張り上げました。


 ラン・ファは、もう一度、二人を見ました。


 王子で、傷だらけになりながらも、頑張ったダグト、しかし、顔が気に入らない。


 魔道士で、楽してタイミングが良かっただけのヴァルドリューズ、だが、超イケメン。


 ラン・ファ王女には、いくら考えても、答えは出ません。


 究極の選択ーー!


 あなたなら、どちらを選びますか?

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