第25話
「よし、なら……遠慮無くいかせてもらう」
俺はエクスカリバーに両手を添え、オグルっちを正眼に見据えた。
オグルっちとの距離は僅か五歩。
エクスカリバーを溜めるように地面と並行に構え、腰を落とした。
「――ふっ!!」
つま先で土をねじ込むように地面を蹴る。
上体をスライドさせるように三歩瞬時に詰める。
オグルっちの右懐に入り込んだ。
オグルっちが、突然目の前から消えた俺の姿を一拍遅れて自分の下方に認識する。
右足を引いて距離を取るような動きを見せるが、――もう遅い。
俺はエクスカリバーに更に魔力を流し込み、一層炎の勢いを強める。
「ゼァア!!」
「は? ちょ、何だそれ待ッ――【
右足の踏み込みに重心を素早く移動させ、助走によって得たエネルギーを捻りの力に変化させた。
身体の開きに合わせて全身のバネの力を乗せ、そのすべてを剣を振る動作に集約させる。
オグルっちの足元から捻り上げるような動きに剣筋を添わせ、袈裟斬りの軌道を描く。
エクスカリバーがオグルっちの横腹に切り込む直前、テンパったオグルっちが何かを唱えた。
それにより濡れ羽の如く黒かったオグルっちの髪から一瞬で色が白く抜け落ち、、右目を起点にして肌が漆黒に染まった。
エクスカリバーが滑らかにオグルっちの黒染りかけの肌に吸い込まれる。
真紅の剣と漆黒の肌が衝突した時、
――ゴギンッ!!
という、およそ生物が出すことの出来ないであろう、重厚な金属がかち合ったような爆音が鳴り響いた。
オグルっちがくの字に折れ曲がり、エクスカリバーが叩きこまれた状態で静止した。
辺りが静まり返り、数秒の静寂が訪れる。
「……………………」
「……………………」
「……………………?」
――――ん?
炎を集約し、炎剣となったエクスカリバーが、オグルっちに対してどんな能力を放つのか。
その場に居る全員が能力発動のその瞬間を身を固くして待つが、炎を滾らせて燃えるエクスカリバーは「今から何か発動するぞ!」という状態のまま、一向に動きを見せない。
少々長すぎるその間に、俺が疑問を持ち始めた時。
――――ジュ……。
という音と共に。
「あ゛ァ゛ッッツァ!?」
オグルっちが何とも言えない撥音混じりの悲鳴を上げ、海老のように飛び跳ねた。
エクスカリバーが変化を見せないことに、若干緊張が緩んでいた一同は突然のオグルっちの奇声にビクッとなる。
特に、一旦エクスカリバーを引き抜こうと構えを崩した所だった俺の心臓の飛び跳ね具合は、口から肺静脈あたりが飛び出そうなくらいのものだった。
「ホワッ!? 何? どうした!?」
「あっつい! セルヴィっ水、水持ってこッ……!」
腹を抑えて悶え転げるオグルっち。
よっぽど切羽詰まっているのかこの場に居ないセルヴィさんを必死で呼ぶ。
「なになに? どうなったの?」
「能力が発動したのか? 領主殿のこれは……火傷か? 領主殿、ちょっと冷たいぜ? 『我が掌よ水の理を宿せ。煌めく水塊は聖なるが如し』――【キュアウォーター】」
オグルっちの反応に、空楼とハートが寄ってきた。
のたうち回っていたオグルっちは、ハートが患部を観察して魔術の水を掛けると、なんとか静かになった。
「水燈、何がどうなったの?」
俺がオグルっちとハートのやり取りを呆けて見ていると、空楼が声を掛けてきた。
俺はハッとして、答える。
「あ、ああ。――何がどうなったのかは良く分からないが、何かエクスカリバーからジュッて音がしたと思ったら、オグルっちが急に飛び跳ねたんだ」
改めて手の中のエクスカリバーを見下ろすが、エクスカリバーは未だに紅蓮の炎を剣の周りに巡らせて燃えている。
「うん……」
すると、何を思ったか空楼がエクスカリバーの切っ先に軽く触れた。
「な、おい!?」
マグマのように燃え盛り、金属をも溶かしそうな紅炎を纏っているエクスカリバーに素手で触れるなど、正気の沙汰ではない。
下手すれば剣に触れる前に肉が焼け焦げかねない行為だ。
が――。
「熱っつ……! コレ熱いね」
空楼の反応は予想していたより大分地味なものだった。
まるでストーブの加熱部分に触れてしまったような穏やかな熱がり方。
エクスカリバーの表面は発光しかねないほど赤く火を灯しており、どう考えてもそんな程度で済みそうな温度には見えない。
「水燈、ちょっとこれ触ってみなよ。見た目の割に熱さ自体はそんなに大したものじゃないよ」
空楼にそう言われて、恐る恐る剣の刃元の辺りに軽く触れた。
すると、想像していたような高温が肌を襲うことはなく、せいぜい湯たんぽに触れたような熱感があるだけ、これならこのまま触れていても……――熱ッツ! やっぱ駄目だ、見た目程ではないが熱いのは熱い。ある程度の時間触れていると火傷する…………あっ。
「……オグルっちがダメージ喰らったのってもしかして……これ押し当てられて火傷しただけ?」
「多分そうだと思うよ」
俺の呟きに空楼が同意を示す。
すると、ハートに水を掛けられていたオグルっちが起き上がってきた。
「いつつ……全く、どんな剣筋しているのだ貴様。素人の剣だと思って油断していたから直前で【
オグルっちが腰を擦りながら斬られた感想を言ってきた。
斬られた直後、くの字に折れ曲がったままで硬直していたのは、剣圧で肺が圧迫されて息が出来なかったかららしい。
来いというから行ったのだが……。
というか、斬られても再生するんだから、皮膚を固くして内蔵に衝撃を喰らうよりも大人しく斬られて再生した方が良かったのではと聞くと、それではエクスカリバーの能力が発動しない可能性があり試し斬りの意味が無くなるだろうと言われた。
オグルっちにしてはちゃんと考えて行動してくれていたようだ。
やたら焦って答えていたが、自分が斬られても大丈夫なことを忘れていた訳では無かったらしい。
「それはともかく、貴様のその剣は何なのだ。剣が身体に触れている時に、「あれ? 思ったより熱くないぞ? これなら別に【
――俺の剣が持つ攻撃力は鍋の蓋と同レベルらしい。
「っていうか、え? もしかしてこの剣の能力ってこれだけ?」
結局なにも起こらなかったがどうなったのだろうと思っていると、頭の中に「能力は無事発動しました」といった内容のことが浮かんできた。
まさかの結果。
何も起こらないと思ったら何も無かった。
「なんか……すごい巨大なハンダゴテみたいだね」
「うぐっ!?」
空楼が残念なものを見る目でこちらを見てくる。
人類最残念イケメンの空楼にそんな目で見られる日がくるとは。
自分でも結構ショックを受けているところに的確な批判を言われ、結構なダメージを喰らっていると。
ハートがぽつりと。
「熱量がマッチ以下の炎剣って……ただの剣じゃねーか」
「グッハァ!!」
と言った。
言ってはいけないことを!
俺もチラッと思いはしたが、それだけは本人に言ってはいけないことを!
流石にハートの言い草に腹が立ち、他の色の水晶石も試してみたが、結果は以下の通りだった。
▼▼▼▼▼▼結果▼▼▼▼▼▼
水晶の色 見た目と能力
赤 燃え盛るマグマの炎剣。
剣の周りに炎を纏うが、温度は最高でハンダゴテ程度。
橙 幻想的に揺らめく癒やしの爽剣。
刃のない剣表から癒やしの波動が発生するが、効力はリラックスアロマと同等。
黄 鋭利に瞬く雷を纏いし光剣。
静電気弱のスパークを発生させる剣。メッチャ光る。
緑 精霊を宿す聖樹の木剣。
神聖な雰囲気の木で出来た剣だが、木刀なので攻撃力がただの棒。ただし火に燃えず 耐久力がやや高い。
青 透き通る凍結を引き起こす氷剣。
剣身が透き通る氷に変わり、幻想的な美しさを持つ。
柄の部分以外は氷になっており、ドライアイスくらいの冷たさがある。
「……Orz」
「無駄に綺麗な見た目と華やかさに、過剰なまでの自己主張。それに加えて溢れだす残念感って、これ以上無いくらい水燈のことを反映してるね……。なるほど、その人物の人格が【個能】として現れるってこういうことか」
空楼が何やら勝手に納得してるが、俺は納得できない。
何でだよチクショウ!
見た目は燃え盛るマグマの剣なのに、温度が湯たんぽってどういうことだ!
見掛け倒しにも程が有る。
こんなの、見た目がカッコいいだけじゃないか!
カッコいいだけで…………。
カッコいい…………。
――――カッコいいから別にいいか。
「そういうとこだと思うよ? 水燈の【個能】がそうなったの。まあ見た目にステ全振りってこの上なく水燈らしいと思うけど」
空楼が何やらほざいているが、よく考えればエクスカリバーの変形は全て、見てくれだけに注目すればこの上ない程上等なものばかりだ。
場面によって7つの形態を選べる超美剣。
俺の魔法としては最高の能力だ。
あと、魔力を水晶石に流して形を変えると、『エクスカリバー』の巨大文字が消えることが分かった。
どの剣に変身させても水晶石と彫刻の溝は変化しなかったが、これは恐らく魔力を剣に流して変形を及ぼす機能機関だからだろう。
つまり『エクスカリバー』の巨大文字はフォーマルモードの特徴なのだ。
さっきの結果発表風に言えば、
無 『エクスカリバー』の巨大文字を刻まれし聖剣。
真剣なのに地方の土産物店に売ってそうな雰囲気を醸し出す。ただの鉄剣。
と言った感じだろうか。
能力的にも見た目的にも一番ショボいな。
いや、でも無の状態で腰に下げていれば、それを見た奴らが、「な、なにィ!? エクスカリバーだとぅ!?」と……ならないな。うん、ならないわ。
魔術を使ったことで汗だくになり、エロくへたり込んでいるハートと、火傷に氷を当てているオグルっちの前で俺がそんなことを考えていると、いつの間にかジリジリと俺の遥か背後の方に移動していた空楼が突然声を上げた。
「フッフッフ! 水燈の個能がそこまで実直に本人の性格を反映するなら、僕のはきっと■■■■■(自主規制)な能力なはずだ!」
「なっ……しまった!」
空楼が手を顔に翳した眼鏡クイッのようなポーズで叫ぶ。
違う、そのポーズは腰を右側に出して重心を少しずらすんだ。
いや違う、そこじゃない。
空楼の存在を完全に失念していた。
慌てて走りだすが、空楼はそれを見越して距離をとっており間に合わない。
「クソッ」
「いでよ僕の【個能】! そして全ての男共に癒やしを与えろ! 発☆現!」
この世界は我々が占拠した! ~地獄の底からクーデター~ 爆声 @12110428
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。この世界は我々が占拠した! ~地獄の底からクーデター~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます