第026話
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「あ~痛つつ……。水燈もハートも止めるなら止めるでもう少し優しく止めてくれても良かったんじゃない?」
「唐突にあんなことやらかしたお前が悪い」
「全く、勝手に個能を発現しようとするんだから油断も隙もないな。空楼が個能を使う時は周囲数十キロメートル何も無い所でやって欲しいぜ」
「数十キロってどこにあるんだよ!? 僕の【個能】は核兵器か何かなの!?」
窓が無く、一日中蝋燭の明かりだけが揺らめく領主館の廊下に、空楼の鼻声が響く。
空楼が足元の赤絨毯に鼻血を垂らしながら歩いているのは、空楼が個能を発現させようとしたときに俺が飛び膝蹴りで止めたからだ。
「でも、空楼お前なんで【個能】を発現させなかったんだ? タイミング的にやろうと思えばできただろ?」
俺はさっきの空楼の奇行について尋ねた。
元中庭~元東館の焼け跡で、空楼はハートが魔術の反動で動けなくなっている隙をついて、個能を発現させようとしたのだ。
俺も完全に空楼のことを意識から外しており、咄嗟に止められない場所に逃げられていたのだが、何故か空楼は個能を発動させず、結果、俺の膝が空楼の顔にめり込むことになった。
「んー……。発現させなかったんじゃなくて、出来なかったんだよね」
「出来なかった?」
「うん。水燈がやってたみたいに頭の中で念じてみたんだけど、うんともスンとも言わなかったね」
「本当か? 《転生者》で個能が出ないなんて聞いたことがないぜ? 七三、キミ《転生者》じゃないんじゃないか?」
「いやそこから疑われるの? あと七三はマジでやめてよ。僕ぜったい脱七三するからね? 定着する前にやるからね?」
「二愛の薬品で固められてるのを二愛無しで解除できるとは思えないけどな」
俺の言葉に反論の言葉が見つからず、うがぁと七三を掻き毟る空楼。
可哀想ではあるが、もう定着してしまっている感があるので今更ではないだろうか。
「うーん。何で僕だけ個能が発現しなかったんだろう。
ハートに叩かれすぎて、空楼がついに自分が《転生者》である自信を無くし始めた。
流石にそこは大丈夫だと思う。
頭を悩ませて唸る空楼の件を一旦切り上げ、俺は応接室の扉を開けた。
相変わらず蝋燭の光だけで薄暗い部屋。
その中で良く映える白いクロステーブルでは、メイド長のセルヴィさんがお茶受けを用意してくれているところだった。
「あら? 訓練はもう終わられたのですか? 今紅茶を入れて参りますのでお待ち下さい」
「あ、いえ別にお気になさらず……」
扉から入ってきたこちらに気づき、髪を耳にかけながら顔を上げたセルヴィさんに俺が会釈しようとしとすると、目線を下げたそこに突如、茶色い七三が出現した。
――あ゛あ!?
今の今まで俺の後ろで唸っていた筈の空楼が、一瞬で俺の目の前に移動。
そのまま流れるようにセルヴィさんの前に跪いた。
――つか今どうやって移動した。
この部屋には俺達が歩いてきた廊下と繋が扉は一つしかなく、その扉は今俺が支えている。
脇の下を抜けたのか。
早業過ぎるだろ。
空楼の瞬間移動に俺が硬直していると、空楼は驚くセルヴィさんの手をとって。
「先程の席では禄に挨拶も出来ずにすみません、マドモワゼル。おや、紅茶ですか、汗を流して喉が乾いている僕達にはとてもありがたい。しかし、僕のこの心の乾きはきっと紅茶では潤せないでしょう。セルヴィさん、どうかこの一輪の薔薇のように僕の心に華を咲かしてくれませんか?」
と、相変わらず良くわからない口説き文句と共に薔薇を差し出した。
セルヴィさんは怯えたように、握られた手を必死で引き抜こうとするが、空楼はニコニコしたまま薔薇をその手に押し付けようとする。
コイツは常に誰かに迷惑を掛けないと死ぬのか?
俺は溜め息をついていつものように空楼を引き剥がそうとしたが、その前にあることに気づいた。
「おい空楼。お前その薔薇どこから持ってきたんだ?」
「え?」
空楼の手にあるのは真っ赤な薔薇。
まだ蕾の状態だが玉を巻く花弁はタラリと赤く美しい。
だが、空楼はこの薔薇を一体どこから持ってきたのだろうか?
現在、この領主館には花瓶が一つも無い。
先刻の火事の時に、足りないバケツの代わりに中身を全てひっくり返して水を運ぶのに使われたからだ。
それに、そもそも俺は〚デスペナ〛に来てから薔薇を含んだ前世の植物が自生しているのを見たことがない。
どの植物もやたら巨大だったり奇抜だったりするものばかりで、薔薇どころかたんぽぽすら見当たらなかった。
しかもこの領主館の周辺は現在焼け野原だ。花など残っていない。
――では、空楼はこの薔薇をどこから持ってきて、セルヴィさんに押し付けているのだろうか?
この薔薇は一体どこから現れたのか?
俺の頬を何やら嫌な汗が垂れる。
一拍遅れて空楼も俺の質問の意味を理解し、バッと自分が握っている薔薇を見た。
ハートやセルヴィさんもゆっくりと空楼から離れながら薔薇に注目した。
すると、薔薇はその視線に呼応するようにピクリと動き、茎の両脇から二枚のみごとな葉を生やした。
ウィルの〚蔓』を髣髴とさせるアクション。
明らかに
全員が薔薇の動向を見守っていると、薔薇は生えた二枚の葉を手のように蠢かし、葉先をくるっと丸めて
そして茎をS字に曲げ、蕾の先をセルヴィさんに向けると、バンッと音のしそうなポーズを取るり、グネグネと茎をうねらせて踊り出した。
何かを訴えているように見えてその実なにも考えてい無さそうな踊り。
薔薇はとても美しいのに、何故か嫌悪感と不気味さしか感じなかった。
この踊る薔薇が何がしたいのか一切理解できないが、俺はなぜかこの薔薇の気持ち悪さにある既視感を覚えた。
その既視感の素、空楼の方を見ると、空楼は汗を垂らしながら。
「どうやら、これが僕の【個能】みたい……」
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