第024話

「んじゃ水燈、取り敢えず能力をためしてみっか」


「ふう……そうだな」


 色々面倒くさくなった空楼を一旦簀巻にして、仕切り直した所でハートがそう言った。

 俺は改めて【エクスカリバー】を出現させて肩に背負っている。


「でも能力ってどうやって使うんだ?」


「ん? さっきと同じぜ? 頭のなかで【エクスカリバー(笑)】の使い方を思い浮かべればいい」


「分かった……――おいこら(笑)ってなんだ」


 ぷいっとそっぽを向いたハートをジト目で睨んだ後、溜め息を吐いて【エクスカリバー(笑)】を構えた。

 ――違う、(笑)じゃない。ハートの言い方に引っ張られた。


「ふー……」


 大きく深呼吸をして、目を閉じる。

 手をしっかりと握り、【エクスカリバー(笑………――【エクスカリバー】の重みを両手で感じる。

 すろと、頭の中にエクスカリバーが持つ能力の漠然としたイメージが湧いてきた。


「なるほど、この石を……して、力……――魔の、魔力? を――で、能力が使えると……」


 乱雑な風景をパノラマ画像で連続して見るような、判然としない情報が頭の中を飛び交う。

 俺は眉を寄せて眉間に力を入れ、その中から必要な情報を読み取っていく。


「なんでも……この鍔に付いている宝石に魔力を流すと、その宝石に応じた能力が【エクスカリバー】に反映されるらしい」


「へぇ。じゃあ複数の能力を一つの個能で使えんのか。《トリビアル一兵軍ワンマンアーミー》のオッサンと同じような万能タイプかな? ――とにかく使ってみようぜ」


「よっしゃ、……どこに撃てばいい?」


「やっぱ相手が居た方が良いな……。――領主殿!」


 ハートがそう叫ぶと、日陰のパラソルの下でうつらうつらしていたたオグルっちが、ピクリと反応して方瞼を開けた。


「ふわぁ……何だ。魔法が使えるようになったのか?」


 欠伸を噛み殺しながら、オグルっちが半開きの目でこちらを見て上体を起こす。


「いや、それを試してみたいんです。水燈の相手をしてやってくれませんか?」


「ふむぅ。……いいだろう、ふあぁ……っんん。試し打ちの相手をしてやる。かかってこい」


 オグルっちは眠そうなまま気だるけに「ほらほら」と両手を広げてきた。

 

「えっと、いいのか? 俺でもどんなのが飛び出てくるかは全くわかんないぞ?」


 あまりにも適当なオグルっちの態度に少し躊躇う。

 予想よりも強力な魔法が出てきた時に、オグルっちを殺してしまうようなことがあったら流石に嫌だ。


「大丈夫だ。吾輩は第Ⅹ始祖であるぞ? 【黒灰B A D ノ依代B O D Y】という【不死身】系統の上位『天能』を含む幾つもの死亡耐性の魔能を持っているのである。聖魔法や陽術で頭と心臓を吹き飛ばされるか、銀を使って致命傷を与えられない限り、例え身体が木端微塵に爆散しようが一秒で再生出来る」


 なるほど、つまりオグルっちは――。


「つまり領主殿は都合の良いサンドバックだぜ。遠慮無くぶっぱなさせて貰え」


「ふむ。セルヴィも同じことを言っていたから今回は見逃すが、貴様口の利き方には気をつけろよ? あまり調子に乗ると吾輩の右ストレートが唸り声を上げるぞ」


 素直過ぎる感想を言ってしまったハートがオグルっちに咎められてしゅんとなる。

 俺も「便利なパンチングマシーンだなぁ」とは思ったが、流石に口には出さなかった。

 というか、何だかんだでオグルっちは領主だ。

 フィーアハルスの調査員として来ているハートの立場では、あまり失礼な態度を取るのはマズいのではないのだろうか。


 段々会話を重ねてくると感じてきていたことがあるのだが。

 ハートってもしかしてアホの子なんだろうか。

 普段の言動はとても聡明なのに、ちょくちょくこうやって思ったことをそのまま口にする。


 素直と言えば聞こえが良いが、仕事や何かしらの思惑が絡んでいるのといないのとで頭の働かせ方の落差が激しい。

 領主やパッコロとの交渉は口にする単語一つ一つにまで神経を巡らせて会話を紡いでいたのに、俺達と喋ったりこういうあまり重要でないこととなると、ほとんど何も考えずにボロボロ本音を喋り出す。

 オンオフの切り替えがハッキリしているというか、仕事となるとパリパリにできるが、私生活はポンコツというタイプなんだと思う。


 俺はそんなことを思いつつ、髪先をしょぼんと垂れるハートをジト目で見た後、改めて【エクスカリバー】をオグルっちに構え直した。


「よし、それじゃ行くぞ」


「ふむ、来るがいい」


 俺はエクスカリバーを腰に構え、頭の中に標された通り、赤色の水晶石に触れた。

 ズズッ……っと身体の中から何かを抜き取られる様な冷たい感触が襲ってくる。


 ――うっ……! お、おお、コレが『魔力』を吸われる感覚か。


 触れた瞬間、ズキリと鋭い痛みが走ったが、それも一瞬のことですぐに収まった。

 代わりに、点滴で麻酔を入れられるのを逆から体験したような感覚が、水晶石に触れている指先から伝わってきた。

 魔力が赤の水晶石に流れていくのが分かる。


 体内からエクスカリバーに移動する魔力の流れが安定すると共に、エクスカリバーに彫り込まれている細い線の彫刻に淡い光が走り、次の瞬間――ボッと剣全体が燃え上がった。


「うわっ」


 赤の水晶石が一閃したと思った途端、エクスカリバーが真紅に染まり、巻きつけるように紅蓮の炎を纏った。

 刃や柄の部分が材質から赤く変色し、煌々と白黄の光を発している。

 周囲を廻る炎は発散されることなく、エクスカリバーに羽織られるように漂っていた。


「お、おお……」


 炎に包まれたエクスカリバーを握り、その堂々たる佇まいに感嘆の溜め息を漏らす。

 剣は赤く、炎は紅く。

 猛狂う炎の聖剣は正に一振りの太炎と呼ぶべく存在感を主張していた。


「ふむぅ、魔力を流し込むことで属性武器に変化するのか……中々に優美な剣であるな」


 俺の手で変形したエクスカリバーを、オグルっちが値踏みするようにじっくりと観察する。

 その目には先程までの眠そうな雰囲気は一切無く、至極真剣で隙のないモノだった。

 その鋭い視線はエクスカリバーがヴァンパイアから見ても侮れない力を持つことを伝えている。


「ふむ、さっさとこい」


「え、いいのか?」


 オグルっちがエクスカリバーから目を離さずにそう言うが、俺はエクスカリバーが何か思っていたよりガチな感じの変形を遂げたことに、これでオグルっちを切って大丈夫なのかと不安を感じる。


「大丈夫だ。吾輩は仮にもヴァンパイアの第Ⅹ始祖だぞ? 例えその剣がどれほどの能力を秘めていようが、できたてホヤホヤの個能に吾輩が負けるなどありえん。それに万が一攻撃を喰らおうと吾輩には【黒灰ノ依代BADBODY】があるから死ぬことはなかろう。遠慮無くかかってこい」


 心配気な表情の俺に向かって、オグルっちは口角を上げて余裕を含んだ笑みを漏らした。


 ――本当に良いんだな?

 俺が方眉を上げて問うと、オグルっちは肩を竦めて、はやくしろと息を吐いた。

 

「よし、なら……遠慮無くいかせてもらう」

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