moss and cave

灼熱の太陽がギラギラと照りつける。辺りは砂漠に覆われていて、その先は蜃気楼のおかげでゆらゆらと揺れて定まらない。現在42度だが、体感温度は地熱によって更に上がる。ミストサウナに1日入っていた方がどれだけマシか。


「あーつーいー!」


小寺 明日美はすでに音を上げていた。長い木の棒を杖の代わりに使いながらなんとかついていっている。


「このくらいでギブアップかい?まだ最初の目的地にすら着いていないって言うのに」


「温室育ちに…………過度な期待は…………厳禁です……!!女子高生ナメんな!!!」


「いつぞやの決意に満ちた君は何処へ行った……?むしろその切り替えの早さに脱帽だよ。ストリートのラッパーも帽子を投げる」


「冗談にいちいち構ってる余裕ないっす……!」


明日美は立ち止まって、水筒の水を一気に飲み干した。


「全部飲んじゃったのか。この先もつ?」


!!!」


「お、おお、それは頼もしい……」


暑さで沸騰した脳が自然と強い言葉を吐く。


そもそも何故彼らがこんな所に赴いたのか。

永楽の元に一つの依頼があった。


『洞窟に潜む謎の生物を調査してほしい』


そんなわけで依頼主のいる国外の村へと足を運んだのだが、故あって迎えが出せないのだという。おかげでこんなクソ暑い砂漠のど真ん中を徒歩で渡っているのだ。しかも約二時間。


もう一度言うが、42度の砂漠をかれこれ二時間歩き続けている。


「お、あれは」


「まさか……」


永楽は何かを発見して立ち止まった。つられて、明日美も凝視してみた。蜃気楼が歪めたその先に、何かが見える。言葉にしようがないが、何かはすぐにわかった。


「村だーーーーっ!!!」


「急に元気になったね。どうやらあの村だ。直線距離にして約15分くらいの所だろうか。大丈夫かい?」


「二時間も歩いたんだから、今さら15分なんてへっちゃらですよ!!!」


「よし、じゃあ引き続き歩こう」


永楽達はまた歩みを進めた。しかし、数分もしないうちに永楽の足が止まった。


「…………永楽さん?」


「…………明日美ちゃん」


「はい」


「悪いニュースと怖い知識どっちから先に聞きたい?」


「ええ!?いいニュースは!?そんなのどっち聞いても徳無いじゃん!!」


永楽は頭をかいた。どうやら何かがあって、ここで止まらざるを得ない状態に陥ったのだろう。


「じゃあ……悪いニュースから」


「直線で進めなくなったから一時間かかる道を迂回しよう」


「ふざ……ふざっけてんのかですか!!?」


「言葉が乱れまくってるよ」


「何を言い出すかと思えば!!!一時間歩くの!!?嫌だぁぁぁぁ!!!理由はなんだ理由はぁぁぁぁ!!!理由を言えーーー!!!」


明日美は暑さにやられてついにおかしくなりかけた。そこに追い討ちをかけるかのような迂回宣言。もはや正気を保ってなどいられない。

しかし永楽は至って冷静そのものだった。


「その理由というのが怖い知識なんだ。いいかい、今からここに落ちている干からびた木の実を投げる。あそこのに向けてだ」


「ひび割れた所……?」


怪訝な面持ちで永楽の行った先を見つめた。確かに少しひびの入った乾いた砂地がある。だが、それ以外は特筆するような変わった所は無い。

永楽はえいっとカピカピになった木の実を放り投げた。


カンッ、カンッ!


と音がした瞬間、その真下から軽く20階建てのビルを越えるほどの巨大で長いウツボのような植物が、大地を突き破って出現した。そして何かを食べるような仕草をすると、そのまま土の中へと戻って、また地面を同じようにひび割れた風に戻した。


あまりの事態に明日美はドン引きしながら唖然とした。永楽はもう見慣れたようだったが。


「な、な、なな、なに何あれ…………」


「『ウツボオオミキグサ』だね。奴らには視覚、嗅覚が無い。しかし聴覚は人間の100倍近くある。ああやって地面にひびを入れて、音を便りに真上を通ったものを補食するんだ。このまま直線移動をしてみなよ、僕らはひとたまりもない」


「よ~くわかりました~…………」


よく見てみると、村からここまでの直線上におびただしい数のひびが入っていた。

明日美はもう何も言わず、渋々と迂回を受け入れた。


「恐らくだけど、村人が迎えを出せないと言ったのもこれが理由だろう。奴らは車なんかの通る音なら30km離れていたって聞き取って補食しに来る。迂闊に外にも出られないんだろうね」


「食糧とか……どうしてるんでしょーね」


「自給自足って事もありえる。何にしても、こいつらの処理も考えておかないと」


永楽は一つまた仕事を増やして、明日美はこの暑さの中一時間も歩くのに対して、互いに深いため息をついた。





長い長い道のりを歩き、彼らはやっとの思いで村へとたどり着いた。真っ先に明日美がへたった。


「もう……もーう歩けん……」


「もう歩かなくていいよ。着いたから」


「もしや、学者のお方ですかの!?いやいやよく来てくださった!!わたしはここの村長をしておりますムンバイと申します!」


村の奥の方から元気のいい声が聞こえてきた。後ろで手を組んだ老人が永楽達に笑顔で詰め寄る。


「依頼を頂きました永楽 秀英です。そしてこちらは助手です」


「助手……。小寺 明日美です……」


「ええ、ええ。ナガラさんにコテラさんだ。どうぞわたしらの集まる集会所へ」


「是非とも。あ、あとお水を一杯頂けませんか?何分ここまで徒歩なものですから」


「もちろんでございます。ご用意してございます」


やけに人当たりのいい老人は二人に背を向けて歩き出した。後をつけながら明日美が思ったことは、ここがいかに自分の住んでいた国と違うかという事だった。貧困に喘いでいる風には見えないが、栄えているとは言えない。

自分が暮らしていた所がどれだけ恵まれていたのかわかった。


例の集会所とやらに着くなり、中からたくさんの子供達がわっと現れた。皆一様にすっかり擦りきれたズボンを履いているだけで、上には何も身に付けていない。男女関係なくだ。彼らは皆何かを期待しているように見えた。


「遊びたい盛りなもので、もし時間があれば遊んでやってください」


「は、はい。わかりました」


二つ返事で了承してしまったが、この数をどうさばこう。三十はいるのに。


「みなみな、ひとまずは彼らをもてなす。中にお入りなさい」


老人が一声かけただけで子供は全員大人しく集会所へと帰った。彼に促されて永楽と明日美も中へ入った。

集会所の中は広く、また涼しかった。特別何をしているわけでもなさそうなのに、とても快適だった。

何より目についたのは、村人達の事だった。


「二十……もいないですね」


「そうなのです。今畑や牧場におる若者達を含めても、成人は五十人に満たないのです」


「食糧を必要とする人は減っても、生産性が向上するわけではない……と」


「ええ、ええ。全くその通りでございます」


永楽と村長がマンツーマンで話し込むと、明日美の入り込む隙は無くなった。隅っこでちょこんと正座していた。


「お水をどうぞ」


一人の年端もゆかぬ女の子がニコニコしながら水を持ってきてくれた。大体十四、五くらいだ。白い布の上から民族衣装風のチョッキ(見た目の印象で明日美がそう思った)を羽織った、浅黒い肌の可愛らしいだった。


「ありがとう」


満面の笑みで返すと、彼女は少し照れているようだった。

その水を一思いに飲み、コップを床に置いた。決して美味しい水ではないが、今このときばかりはとても美味しかった。


「それで、依頼というのは」


「洞窟の調査と書きました通りなのです。我々は洞窟の先にある良質な水源を求めているのです。この村で育てる作物や家畜の中には、水質のせいで死にゆくものがあります。それは独自に調査して判明しております。それでは我々が食べていくのに困るのです。必要なのは綺麗な水。それが手に入ればこの村の発展は約束されましょう」


「なるほど、お話はわかりました。ただ、一つ確認できていない事がありますね」


「と、言いますと?」


永楽は真剣な顔つきを見せた。まるであの時のような……


「それはですよね?」


「やはり、そう仰られると思っておりました。その事について、貴方にお話してどこまで信じて貰えるかが不安でして…………」


「ひとまず話して頂けませんか?信じるかどうかはそのあとに判断することです」


少し口調を強くして永楽は更に深い部分へと切り込んだ。


「幽霊ですよ……」


「幽霊ですか」


「ええ。以前そこにいるアイエラが木の実を摘みに洞窟の近くの樹に立ち寄った時の事らしいのですが、洞窟の内部からうめき声がしたと。初めは動物かもしれんと諭していたのですが、次第に同じような報告が増えて、挙げ句の果てには白服の女を見たのだとかそのような事を言うのです」


「なるほど……それは結構な事態ですね」


永楽は顎に指を置いて考え始めた。これが彼のルーティーンなのだろう。


アイエラと呼ばれたのはさっきの少女だった。彼女はどこか浮かない顔をして一点を見つめていた。

その口が僅かに動いた風にも見えたが確証はない。


「とにかく一度私自身が調査してみる必要がありそうです。二、三人、土地勘があって対応力のある人を同行させたいのですが、構いませんか?」


「ええ、ぜひ。学者様自ら足を運んで下さるとなればこれほど心強いことはありません。ではこれより、我が村自慢の男達をお供させましょう」


話が一段落ついて、二人はどこかへと行くようだった。永楽は集会所を出る間際に突然振り返った。


「明日美ちゃん、君は待っていてくれ。子供達と遊んであげるのが君の役目だ」


「わかってますよ……」


明日美に苦い顔をされても永楽はまるで動じない。むしろ笑っていた。


彼らは外で少し話し込んでいた。内容までは聞こえなかったが、やがて数人の足音が明日美の後ろに消えていった。


「すまないが助手さん、子供をよろしく頼む」


大柄な一人の男があぐらをかいたままぺこりと頭を下げた。


「こ、こちらこそ」


明日美は意味もなく緊張してしまって、動揺を隠せなかった。





とにかく様々な事で遊んだ。母国で習った手遊びから、その国に代々伝わるものまで、幅広く手を広げた。そうしているとやがて子供はみんな疲れて寝てしまう。大人達は安心したように会釈をしながら仕事に向かっていくのだ。

その中で起きていたのは明日美とアイエラだけだった。


「アイエラちゃんは寝ないの?」


「わたしは大丈夫です。ありがとうございます」


丁寧で可愛らしい娘だ。明日美は笑顔をこぼしたが、それも少しの間だった。アイエラはどんどん無表情になるばかり。何かがあるに違いない。


「アイエラちゃん、何か隠してる事があったりしない?」


「え?いえ、何も隠しては……」


直感だが、これは隠してる。明日美はもうそれ以外の選択肢に目をくれなかった。明日美は悩んでいる彼女の力になりたかった。アイエラの肩をがっしり掴んだ。


「私はアイエラちゃんの味方でいるから、話して」


「…………はい」


少しだけ明るくなったように見えた。アイエラは明日美の前に座り込んだ。


「お姉ちゃんがいなくなったんです……」


「お姉ちゃんが……?いつから?」


「一年前くらいです……。お花を摘みに行ったきり戻ってこなくて……」


「そう……」


「だからもしかしたらもう……」


アイエラは目に涙を浮かべていた。姉はもう帰ってこないとわかっているから。わざわざ辛い過去を掘り返して話してくれた。優しくて健気なアイエラを明日美は強く抱き締めた。


「でも、一つだけ思う事があるんです」


「なに?」


「洞窟の幽霊はきっとお姉ちゃんなのかもって。もしかしたらここにいるよって気づいてほしいのかもしれません」


「…………あー」


明日美は感情の無い返事。


「お姉ちゃんはお花を摘みに行ったんだよね?」


「はい」


「洞窟の近くに?」


「はい。綺麗なお花畑があるんです」


「わかった」


明日美は少し考えて、アイエラの顔をチラチラ見た。


「アイエラちゃん、このお話みんなにも言っちゃダメ?」


「何かお役に立てるのなら、ぜひ話してください」


「ありがとう!あなたはしっかりしていて頼もしいね」


「いえ……。わたしはこの村の子供達にとってはお姉さんなので、このくらいは出来ないと」


アイエラは嬉しそうにはにかんだ。


集会所の扉が開き、調査を終えた永楽とお供の男達が帰ってきた。それと共に仕事をしていたであろう親達も戻る。まず永楽が咳払いをして、周囲を見回した。


「とりあえず、皆さんが幽霊と呼ぶものは確かに存在しました。ですが、あれが幽霊であるとは断定できません」


「永楽さん!」


「どうかした?」


「重要なお話があります!」


明日美は立ち上がって永楽の目を真っ直ぐ見た。


「実は一年前にアイエラちゃんのお姉さんが行方不明なんだそうです。お花を摘みに行ったきり戻ってこないって……」


「……そんなことが」


永楽の目が鋭く光った。


「一度、ちゃんとまとめる必要がある。村長さん、今回の件の情報整理をしたいので、お部屋を貸していただいても?」


「ええ、もちろんですとも。案内します」


腰を曲げたまま村長は集会所の奥の方へと入っていった。永楽はそれ以上何も言わなかった。

明日美はアイエラが気になって仕方なかったが、そっとしておこうと決めた。





明日美たちは別室へ案内された。木で造られた静かな雰囲気の小さな部屋だ。机と椅子が一つあるだけで、他はがらんとしている。

永楽はさっそく座り込んでまた顎に手を置いた。


「永楽さん、何かわかったんですか?」


「まあね……」


やけにためて、永楽は明日美の目を見た。


「あくまで可能性の話だ。鵜呑みにしないでくれ」


「はい……」


「僕はこの依頼に疑念を抱いていたんだ。ムンバイ村長の話を聞いたときから」


「そうなんですか?」


「だってオカシイだろ?僕は生物学者だ。なんで幽霊の調査がまわってくる?」


「んー、言われてみれば……」


さらっと受け流していただけで、よく考えれば疑問点だった。明日美は小首を傾げながら改めて問題を見直してみた。


「変だと思って村人の一人に確認してようやくわかったよ。今回の話はどうやらこの村の近くにある軍基地が直接調査して依頼したらしいんだ」


「え?どういうこと?」


「つまりね、ここの人たちは幽霊騒ぎとして軍の協力を得ていたけど、軍は生物学的な問題として捉えていた。どうやら双方解決したい所が違うようなんだ」


「へえ~……」


「いまいちわかってない?」


「はい……」


わかるはずもない。生物学者としての道を歩き始めてまだわずかしか経ってないのに、そんな所を求められても困るだけだ。


「村人からしたら幽霊が出るからどうにかしたいけど、何がいるかわかったものじゃないから軍に調査を頼んだ。おそらくそこで軍はすでに洞窟内に生物を発見したんだろう。だから僕に生物調査の依頼をした。軍はパイプになったんだ。村人はあくまで幽霊騒動を鎮めてほしいだけなんだよ」


「じゃあ、両方解決することは出来ないんですか?」


「それはまだわからない。いや、正確にはわからなかったんだ」


永楽はいちいち回りくどく説明を続けるので、明日美はとうとう面倒になった。


「あのー……いい加減わかりやすく説明してくれませんかね……」


「そうだね。要するにさっきまでわからなかったことが、明日美ちゃんの話を聞いてわかったんだ」


「あれれ?私ってばお手柄?」


「まーそうだね。アイエラちゃんからよくぞその情報を引き出してくれた」


「へへーん」


明日美は得意気になってふんぞり返った。永楽はそれを見て苦笑いをするしかなかった。でも次にはすぐ真面目な面持ちになっている。


「ここまでの話は確定事項だ。さて、ここからの話が推論の域を出ない。ようは仮説だ。念のため誰にも口外しないでくれ」


「わ、わかりました」


明日美は生唾をごくりと飲み、緊張感ある場に備えた。


「今回の一件は軍と村とで落ち着く所が違うように見えて実は同じだ。何故ならあの洞窟内には危険生物が存在していて、なおかつ幽霊騒動にも深く関与しているからだ」


「二つの問題は繋がってると?」


「そう。僕の予想では90%、その生物は『ヒトスイゴケ』であると判断できる。奴等は暗い洞窟の中を好む性質がある。しかしヒトスイゴケは一定の養分を取り続けないと生き永らえることが出来ない。水も食料も奴等を生かす材料にはなり得ない。ヒトスイゴケが生きる為には、人間の体液が不可欠なんだ。ヒトスイゴケに捕まれば、一生養分タンクとして奴等が生存する為だけの存在にされてしまう」


「ひえぇ~……。恐ろしい……」


明日美は本気で震え上がった。


「アイエラちゃんのお姉さんはたぶん生きている。ただし、ヒトスイゴケの養分タンクにされている可能性が高い。村人が見た幽霊の影や声を聞いたというのも、彼女が洞窟で未だに縛り付けられていることの証明になり得る」


「じゃあ助けられる!?」


「それはまだわからない。ヒトスイゴケの行動力や範囲を考えても、洞窟ごと爆破してしまうのが効率的なんだ。最悪お姉さんは……」


「そんな……!助けられる方法があるはずですよ!」


「もちろん僕もそう信じたい。だから明日僕は軍に話を聞きに行く。有益な何かが得られるかもしれないしね」


「私も行きます!」


「アイエラちゃんのそばにいてあげた方がいいんじゃないか?」


「ううん、それは彼女も私も辛いですから」


永楽は何も言わなかった。ただ大きく深く頷いて立ち上がった。


「さて、僕はこれから水浴びに行く。君は?」


「水浴び?」


「ここにはお風呂なんてないからね。体を洗うなら川で水浴びしなきゃならない」


「だったら後で行きます」


「でも大丈夫?ここら辺は攻撃的な生物も多い。君一人で無事に行って帰ってこられる?」


「う…………」


いざそうなってしまえば、明日美に対処法はない。食われて終わりってこともある。嫌だったが、嫌だったが、


「一緒に行きます…………」





永楽たちは村の外れにある小さな水溜まりに着いた。いかにも人工的な穴に水が溜まっている。


「さあ、ここだ」


永楽はいち早く衣服を脱ごうと試みた。


「待て待て待てーーー!」


しかし、明日美の強烈な阻止によって未遂に終わった。


「どうかしたの?」


「どうしたもこうしたもないでしょ!純情な乙女の前で裸になるつもり!?」


「僕は見られても困らない」


「私が嫌なんですけど!!!」


明日美が強く抗議してくるので、永楽もいよいよ閉口してしまった。


「下着は脱がないよ。海水浴でもしてると思えばいい」


「そういう問題!?」


「それより君はいいのかい?」


永楽の一言に場が凍りついた。明日美は肩を震わせている。


「私の裸見る気ですか!!!」


「別に僕は大丈夫だよ」


「いやだから私に問題あるっつーの!!!」


「大体、君の未発達な体を見たところで僕は性的興奮を覚えたりしないよ」


「うわ……ぶん殴りたい……30発は殴りたいコイツ……」


永楽の失礼極まりない発言はとどまる所を知らない。たとえ合理的だとしても、女子高生の純情はそれを許せない。


「永楽さんは向こう向いててください。私は反対向くんで」


「わかった、そうしよう」


ああ、本当に興味ないんだな、と明日美は悟ってしまった。

言われたとおり永楽は向こうを向いた。明日美はそれを見計らって服を脱ぎ捨て、背中合わせの要領で水に浸かった。


「永楽さんは……」


「ん?」


明日美は聞きかけてやめようとした。葛藤した。いずれ聞くことになるだろう。でも今言わずにはいられなかったのだ。


「永楽さんはああいう人達をたくさん見てきたんですか……?」


「もちろんだとも。今日なんてまだいい方さ」


永楽は思い返すように目をつぶった。少し沈黙があって、明日美は振り返ろうとした。でもやめた。


「すでに人が死んでしまってから依頼が来ることなんてほとんどだし、実際に誰かが目の前で殺されるのだって幾度となく見てきた。……君と出会ったときのことも、安全国でない国なら決して珍しいことではないよ」


彼のような職業に就くかぎり、それは避けられない宿命であると言える。毎度毎度同じような悲劇を見なければならないのだ。


「だから僕はアイエラちゃんのお姉さんを助けられないというのも、十分な可能性として考えている。救出不可能だと判断したら、すぐにでも洞窟ごと爆破する」


「…………やっぱりそうなんですね」


明日美にはわかっていた。永楽がそう言うことも、何もかも。


「君はまだ受け入れ難いかもしれない。多くの依頼をこなしていくと人はこうなってしまう。多数を生かし少数を殺す。それが合理的であれば躊躇しない。人間としていかがなものかね」


「仕方ないこと……なんですよね……?」


「ああ、そうだ。でも僕は心のどこかでまだ諦められていない。だから僕は君を連れてきた」


「どういうことですか?」


永楽はいつになく明るい笑顔をしている、気がした。彼の弾んだ口調がそう思わせたのだ。


「希望的観測を捨てていない、人間らしさが残ってる君をね」


少しの希望にもかけてみたい。それが行動原理の人間。まだ自分でもそんな自覚が無い内から他人に太鼓判をおされてしまった。明日美は理解も不十分なまま、ただ頬を赤くする。


「明日に備えてもう寝よう」


少し間があってから永楽が立ち上がったのか水が揺れる。


「私から出ます!見られたくないんで!」


「強情だなぁ。見ないって言うのに」


明日美はさっさと水溜まりを出て体を拭いて、タオルを巻いて後ろ向きに待ち構えた。

永楽の準備が終わるまでの間ずっと、明日美はアイエラの顔ばかり浮かべていた。

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EARTH END FIRE きんめだい @4771

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