学生戦争SS
れむ
逆転
頭が痛い。ぐらぐらする。なんだこれ。
朝日が窓から燦々と降り注いでくるもんだから、希里は仕方が無く目を覚ます。と、とてつもない頭痛に襲われた。なんだこれ。
揺れる頭を押さえながらなんとか体を起こすも。
「だっりい…」
駄目だ、起きらんねえ。
体の倦怠感に耐えられずぼす、とベッドに逆戻り。
久しぶりだけどこれは結構やべえなー。
異様に火照る体。それに反して寒気が襲うこの感覚。動いてもないのに上がる息。片腕で目元を覆いながら希里は「あーまじかー…」擦れた声で小さく息を吐いた。体温計をとってくるまでもなく、これは熱がある。希里はよく発熱するが、それ自体に気づかないことが多い。それなのに今日は人に指摘される前に気がついた。今体温を計ればかなりいい感じの数字を叩き出すに違いない。そんなもの見たところでもっと体調を悪化させそうだ。そう考えた希里は酷い頭痛に耐えながら体を起こした。
とりあえず、なんか食ってポカリでも飲んで寝よ…。
幼少期の体験で、希里の体は殆どの薬が効かなくなっていた。だから熱が出ても自力で治すしかない。せめて解熱剤だけでも…と昔試したことがあったが面白いくらいに効かず、結局五日は寝込んだ。不便な体なこった。ふらふらと覚束無い足取りで扉を開けると、いつもは誰かしらいるはずのリビングは閑散としていた。
そういえば春樹と霰と早紀は昨日の夜から会合で泊まりって言ってたな。けどほかの奴らは…?まだ寝てんのか?
ふ、と机の上を見てみると紙が4枚。生理的な涙で歪む視界の中、目を顰めてそれを読む。
『あそびにいってくる!!!!!ばんめしまでにはたぶんもどる!!!!!おぼろ』
『さんぽ 雛』
『あずちゃんとしーちゃんとカイちゃんとお花屋さん巡りしてくるね〜夕ご飯いらないよ〜。透』
『任務💢💢💢💢💢遥』
つーことは誰も居ねえのか。こっちとしては好都合だな。
壁を支えにしながら何か食べ物、ポカリ、と冷蔵庫に近寄る。開けてみると絶句した。は、まじかよ。そこは物の見事に揚げ物オンパレードだった。いやいや、米は?せめて米。粥が作れる。鈍った思考を巡らせるが、直ぐにそれは無駄に終わる。一昨日切らしたって春樹言ってたわ…。冷蔵庫に手を付いてはぁー、と熱い息を吐き出す。思考を巡らせたついでに思い出したのは、熱冷まシートとやらもないことだ。希里の所属する赤軍遊撃班は面白いくらいに体を壊さない頑丈な奴らばっかりで、必要になった時にそういう類を買うくらい。貯蓄なんてもんはない。赤軍のおかんである春樹もそこまで気を回す程暇ではないのだろう。しかし、だ。少しくらいは何か食べて熱を下げるための手助けになる事をしなければ。薬を頼れない体である今、免疫力を高めることしか治療法がないわけで。そして現在希里が頼れる人物は近くにいない。居ても頼らないだろうが。
コンビニ行くかー…。
希里は本日何度目かのため息の後、重い体を動かし、一度自室に戻ってジャージに着替えると財布を手にし、玄関を出た。
▼
希里が朝日だと思っていた光はどうやら真昼の太陽だったらしい。それとも、起きてからアジトを出るまでの時間が思ったよりもかかったのか。容赦なく降り注ぐ太陽の光に希里の体力はどんどん削られていく。暑いのに寒い。これ、まだ上がんじゃねえの。勘弁してくれよ糞が。ジャージのぽっけに手を突っ込んで、舌打ちする元気もなく、ずるずると体を引き摺るようにコンビニへと続く道路を歩く。その距離が無限に思えて気が遠くなりそうだ。塀があるところは塀を支えにしているが、無いところは右へ左へ足がふらつく。このポンコツが。自分へ毒づく希里だったが、前に見えた白い集団にくっと眉間に皺を寄せる。やべえ、隠れなきゃ。そう思うのに体が思うように動かず、
「おい、あれって志籐希里じゃねぇか!?」
バレた。前から来た白軍に。最悪だ。
そしてここで気付く。あ、俺丸腰じゃん、と。
最悪に最悪を重ね、どうにか睨みだけでも、と顔を上げ余裕ぶった笑顔で白軍を見た。数は8人。全員男。武器の装備は見たところ無し。気配からして発展途上兵くらいの力量。なるほど、非番か。丸腰相手の発展途上兵8人であれば本調子の希里であればどうってことない(流石に遙や春樹級が8人となると希里も命懸けだ)。が、何せ近年稀に見る高熱を叩き出している希里は足に力を入れるのがやっとだ。そんな状態で交戦すれば結果は見え見え。
よく不用意に暴れ回っている希里は他軍でもその名が知れ渡っているのは希里自身も知っていた。だからか、白軍たちはじり、じり、と希里から距離を取るように後退していた。あー、よかった。普段の行いがなせる技だなー。退いてくれる、と確信していた希里。だが、8人の中の誰かが「人数ならこっちのが勝ってんだ!」声を上げた。それが希里にとっては絶望宣言。また今度相手してやるから今日は帰れよ!そう叫びたいのに声が出ない。本格的に目の前がぐらぐらと揺れ始めた。見栄を張って作っていた笑顔も崩れ、苦しげに顔を歪めてしまっているのも分かる。
「え、で、でもよ、任務にはないじゃん…」
「じゃあ日頃の鬱憤ばらししよーぜ。むこうは丸腰っぽいし、俺らも武器ねえだろ?だから、ほら、あれだ、喧嘩だ喧嘩。戦争の任務で戦ったんじゃなくって、学生同士のよくある喧嘩だ」
「なーるほどなぁ、喧嘩なら仕方ねぇーなぁ?」
「その手があったか!」
8人同時に、にたりとこちらを向いた。後ずさっていた足は真っ直ぐにこっちに近寄ってきて、「で、いーっすよね?志籐希里くーん?」1人が希里の肩を掴んだ。その男に目を向けようとしたら、ガッと鈍い痛みが右頬を襲った。脳が勢い良く揺さぶられ、吐き気が襲うも唾を飲み込み何とか抑え込んだ。蹌踉めく体を支えられ、半ば強引に引っ張られる。その力が思ったよりも強く、存外簡単に希里は、人目のつきにくい路地裏に引き摺られていった。
「なんだこいつ抵抗しねーじゃん」
「もしかして別人?」
「ぶは!まあ何でもいいけど。とりあえずサンドバッグにしよーぜ」
「おー」
お前、それ、俺が一般市民だったら懲罰もんの違反行為じゃねえかよ。そう声にする前に、ガードもクソもない鳩尾に膝蹴りが食いこんだ。咄嗟に体を丸めて急所をずらしたが、勢いよくアスファルトに体が打ち付けられ、肺の空気が無理矢理押し出されていく感覚。息が詰まり、「ぐ、げほ、っ、」激しく噎せた。容赦ねえな、まじ。腕をついて立ち上がろうとすれば親切にも首を掴まれ無理矢理立ち上がらせられる。その男の後から色んなヤジが飛んでくるのが、ぼんやりと聞こえる。さっき蹴られた腹も痛いが頭も尋常じゃないくらいに痛む。こんな事になるなら大人しく寝とけば良かったわ。後悔先に立たずとはこのこと。首に回った相手の腕が、指が、1本1本丁寧に首を締め付けていく。気管がキリキリと締め上げられ、ひゅ、と呼吸がままならなくなり、力の入らない手で相手の男の腕をどかそうと掴む。しかしびくりとも動かない。力が入らないから当たり前と言っちゃ当たり前だ。
「ぁ…、が、っぐ…」
片手じゃ無理だ。両手でその腕を剥がしにかかるが結果は先程と同じ。下品な笑い声が耳を貫き、脳内に直接響く。徐々に酸素が回らなくなり、顔色も悪くなり、指先が冷たくなっていくのがわかる。酸素を求め無意識に口をはくはくと開閉させていれば、いよいよ意識が危なくなった。そんな時、一瞬指が緩められ突然の酸素に咳き込みそうになった肺を押し潰す勢いで蹴飛ばされ、無様にも壁に打ち付けられた。
「カハっ、ッ!、ゲホゲホっ、ぁ゛」
盛大に噎せる。こんな一方的にズタボロにされるのはいつぶりだろうか。ああ、あの場所以来な気がする。そう思うと自然に笑みが零れた。それが癪に障ったのか、血の気の多いらしい白軍たちは希里の周りを取り囲むと足や腕を一斉に振りかぶった。歪む視界でそれを捉えると頭だけでも守らねえと、と咄嗟に腕を顔の前でクロスさせ、頭部を守る姿勢をとった。と、同時に襲ってくるのは四方八方からの拳や足の遠慮が全くない攻撃の嵐。この傷をどうやってあいつらに隠すかなー。呑気な思考は現実逃避。直ぐに痛みで現実を思い知らされる。誰かの蹴りが今度は綺麗に鳩尾にヒットし、その勢いを殺せずまた地面に転がった。胃の中から噎せ返ってくる何かをまた飲み込んだ。口の中を切ったのか、鉄の味が広がってくる。体を丸め咳き込む希里の二の腕を掴むとぐい、と持ち上げられ、体が反る体制に息苦しさからか小さく呻いた希里だったが、最後の抵抗と言わんばかりに、ぺっと血混じりの唾を目の前の男へ吐き飛ばした。それにブチギレた目の前の男は血の伝う希里の体を壁にだん、と押し付けその首に手を掛け締め上げようとした時。路地の入口から声がした。
「希里、先輩?」
低くもなくどちらかと言えば少し高めの、よく通る声が聞こえた。希里のよく知る、背中を預けている、生意気で優しい後輩の声だ。
突然聞こえた声に戸惑いを隠せていない白軍たち。そんな男達を見据え、それから壁に押し付けられている見知った相手へと視線を移す。先輩は今日、非番のはずなのに何してんだ。こんな一方的に袋叩きにされている姿を見るのは初めてな気がする。いや、ここまで怪我をしているのは何度か見たことある。正確には全く抵抗せず、されるがままで、怒鳴り散らしてもいない姿、かな。
遙は腰に下げていた刀に手を掛けた。俺の仲間に手を出した。もう罪を問うには十分だろう。
たまたま任務先への移動手段として使っていたバイクが帰路につくときエンジントラブルで動かなくなり、たまたまのんびり歩いて帰宅していれば、たまたま路地裏から声がして、たまたま覗いて見たらこんな有様。悪運の強い遙。
「希里先輩」
遙が柔らかく微笑む。そんな顔を希里は眩しそうに目を細めて見詰めた。
「希里先輩。いつもは俺がそっちの立場なんですけどね」
「…そーだなー」
「こんなとき、なんて言うんでしたっけ?」
ニッコリ、それはそれは綺麗に笑った。そんな遙の顔を見て、希里もにんまりと口角を上げる。
「たーすけて、遙くーん」
その声が合図となった。
遙は「はーい!」と楽しげに返事をした。それを白軍たちが認識した。同時に、8人の内の1人の顔面に膝がめり込んだ。その男は鼻血を吹いてそのまま後ろへ倒れる。遙は目にも留まらぬ速さでその男を踏み台にし高く跳躍すると、反応速度が追いつかないもう1人の脳天に鞘を思い切り振り下ろした。そいつは白目を向き泡を吹いて倒れた。
「こ、殺せ!!殺れ!!」
希里の首を掴んだままの男が叫んだ。その声に反応してほか5人が一斉に遙へと殴り掛かってる。
まず1人、体をぐるんと回転させその遠心力を利用し、鞘をその男の首根っこに叩き込む。勢いが強すぎたのかその男は壁に叩き付けら意識を飛ばした。
また1人、どこから拾ったのか鉄パイプを振り回して間合いを詰めてくるその男に焦点を合わせると鞘からスラリと刀を抜いた。その男が気付いた時には遙は背後にいて、鉄パイプはバラバラになっていて、自分の腹からは血が吹き出していた。
また1人、目の前にいた仲間が血を吹き出し倒れた事を認識すると「ヒィっ」喉から悲鳴が漏れた。その一瞬の隙を逃さなかった遙はその肩に刀を突き刺し、断末魔の叫びを出す口を閉じるべく、鞘を振り上げ思い切り顎に叩き込んだ。
そして1人、振り上げた足が遙の視界に入る。隙だらけ。地面をだん、と蹴ると風のようなスピードでその男の横を駆け抜け、通り過ぎる際に深めに横腹を斬る。背後の断末魔を無視し、付着した血を拭う為刀を振った。
最後の1人、前にいた4人が一瞬にして倒れ、恐怖で動けずにいた。そんな男に近寄った遙は無表情に鞘を振り上げ、がら空きだった首に叩き込んだ。
「はい終わり」
片手でパンパンと履いていたジーンズについた埃を払う。7人が倒れ、動けないでいる。一連の動作を見詰めていた希里は、相変わらず綺麗な刀捌きだなー毎日鍛錬してるだけあるわーとどこか上の空。それもその筈。最後のひとりである男に希里の首を掴まれているからだ。男は「く、来るんじゃねえ!!!!」恐怖から力加減を忘れ、希里の首を掴む指に力がこもった。
その腕がぼとり、地面に落ちたのを理解するのにたっぷり3秒を要した。その間に血で汚れない様、素早く希里の体を引っ張って自分側に引き寄せた遙は「…え、先輩、熱あります?ありますよね?何してるんですか!」希里の体温の高さに驚いた。ぐったりと遙に体を預け。「…うるせ、頭に、響く…、」ぎやあぁ、と喚く腕の取れた男の声が邪魔で仕方ない。希里先輩の体調に影響させてんじゃねーよ。そんな意味を込めて希里を受け止めたまま遙はその男の顔面を踏み付けた。ごきり、と骨が折れる音。「誰も殺してないから大丈夫」ふにゃりと柔らかく笑って、それからグリグリと何度か踏みつけてやると堪えようのない痛みに意識を飛ばしたようで、断末魔は止んだ。
「先輩、言いたいことは色々ありますけどとりあえず帰りましょう」
「…ん」
弱々しく頷いた希里はよろよろと蹌踉めきながらも遙から離れ、自らの足で立った。
2人の体格差だと流石におんぶは無理だ。そう判断した遙は希里の片腕を自分の肩に回し、支えるため、腰に手を添えた。腰に当てていない方の手でスマホを取り出すと慣れた手付きでどこかへ電話をかける。朧と表示された画面から聞こえる明るい声に、希里が熱を出した上に怪我してるので免疫力を高める物をいくつか買ってきて欲しいと伝えた。そこで熱冷まシートが切れていたことを思い出し、その事も伝え電話を切った。
確か朧は遊びに行くと言っていた。十中八九町中をぶらついている。朧には悪いが一番早く動けると遙が判断したのが彼だった。朧なら1時間以内には帰ってこれるかな。そんな推測を立て、そっと隣に目を向けた。眉間に皺を寄せ、滝のように汗をかき、口の端からは血を流し、体の至るところに怪我を追っている希里。弱った先輩を見て眉を下げた。
「先輩、歩けますか?」
「だいじょー、ぶだっつーの、ちーび」
ふは、と熱い吐息で笑った希里。こんの強がり野郎。遙は希里が全快したらぶん殴ってやろうと心に決め、ゆるりゆるりとした足取りで帰路へとつくのであった。
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