君を想ふ八月十五日

※ATTENTION!


・特殊設定注意


・本日の主役が一瞬たりとも出てこない


・孤児院組何故か和解


・本日の主役が出てこない


・本日の主役が名前しか出てこない


・本日の主役が







八月中旬の金曜日。とある高校の、がやがやと騒がしいお昼休み。

教室の窓際、前から四番目の席では黒髪の少年が机を抱き締めて爆睡している。この少年の名前は宇津木朧という。



「朧、スマホ光ってる」


「んぁー?あー、んー!」



彼の前の席に座り、コッペパンをあむあむと頬張るのはイヅキという赤髪の少年で。

起き上がった朧は眠気眼にスマホへ手を伸ばした。どうやらLINEが来ているらしい。



「彼女?」


「ばーーか。いねーの知ってんだろ!」


「うん」


「昔の先輩みたいな人」



へえ、と興味が無いのかさほど気にもとめずイヅキは昼食タイムに入った。


『どよーびは午前模試だから午後からでいい?

せーもんまで迎えにきーてー』


文字を打ち込み朧もお昼ご飯にと買ってあったオニギリに手を伸ばした。

明日の模試の勉強したかー?なんて他愛のない話をしながら。

その途中、LINEを受信した音を聞いたがあえて見なかった。どうせ返事は分かってるから今は友人との話に花を咲かせたかったのだろう。













あーーマジ模試つっかれたー!


などと内心叫びながらんくぐ、と背伸びをする。

朧はまあ所詮模試だ模試、と完全に模試を捨てているご様子。

担任の話もそこそこに、休日出勤してきた生徒は号令と共に教室を飛び出す…わけもなくのんびりと帰宅準備をしている。

その中で朧はせっせと荷物を詰めて「イヅキまたな!」一番の友人に笑顔で手を振り駆け足で教室を出ていった。


なんであいつあんなに慌ててるんだっけ。ああ、そういや昔の先輩と会う約束してたんだっけ。


もう見えない友人の背をぼう、と見詰めながら昨日の会話を思い出す。


俺も帰るか。一つ息をついてからイヅキはカバンを手に取った。



駆け足で正門に向かう朧は高校生になって、一段と大人っぽくなった気がする。内面はまあ別として。

片目に付けた眼帯は一度も取れることを知らないが、それを付けていても高校での人気は絶大だとかなんとか。


そんな話は置いといて。



もう居るかなー、と予定より少し遅くなった事に焦りながら正門へ着けば案の定、待ち合わせの人物がいた。

キョロキョロと忙しなく辺りを見渡す彼女に「おーい、とーるー」大声で声を掛ければぱあっと目を輝かせて「朧ちゃん!」手を振り返してくる。


社会人になってもその幼い笑顔は健在なんだな。


昔と今を比べながら彼女――透に近寄ると「ごめんね〜」申し訳なさそうに眉を下げて謝られた。


「俺も暇だったし。いーんだって!で、遙の誕生日プレゼント買いに行くんだろ?どこいく?」



透の服装は白っぽいノースリーブに向日葵が彩られたロングスカートだ。

朧は、というと模試だったので高校指定のブレザー。


姉弟に見えるだろうか。

それとも年の差カップルに見えるのか。


どちらにせよこの二人は全く気にしないだろう。



「んーとねぇ、最近駅前に大きなショッピングモール出来たでしょ〜?そこ行きたいなぁって」



胸の前で手を合わせてにっこり笑う。

周りにお花も咲かせる透に周りの軍勢は「花だ、花咲いてる…!」と物珍しそうに見るのだが。

朧は慣れているので特に気にせず「じゃ、行くか!の前に腹減ったからファミレス寄らね?」歩き始めた。



「うん、奢るよ〜」


「え、いいって別に」


「社会人のおねえさんなめちゃダメだよう?」


「社会人のおねえさんねえ」



くすくすけらけら、楽しそうに二人で笑う。



腹ごしらえを済ませたら、彼女が想いを寄せる愛しの彼へのプレゼント選びだ。











「そいや遙に何買うか決まってんのか?」



朧はお腹がハンバーグで満たされ満足なのかいつに増してもニコニコ笑いながら透に話しかける。

奢ってもらってマジ感謝だ。そんな事を思いつつ。



話しかけられた当の本人は「決めてないの〜」泣きそうな表情で朧を見た。


透ってこういう時だけすんごい少女になるよなあ。


過去の彼女の言動と行動を思い返しながら朧は笑う。


「んじゃ、ぶらぶら見て回りながら決めるか!」


「そうする〜」


「そいや、なんで俺?希里とかのがセンス良くね?」


「きーちゃんはバイトで忙しいみたいだし、春くんは大学の勉強で大変そうだったの。すーくんは頼む前からヤダって言われたし…。しーちゃんとかあずちゃんとか、しずりんは女の子だから、だったら男の子の朧ちゃんカイちゃんに頼んだほうがいいのかなあ〜って。それで朧ちゃんに連絡したの〜」


「なるほど、残りもんか………」


「ち、ちがうよ〜?!最初にお願いしたの朧ちゃんなんだからね〜?」


「でもでも!頭に浮かんだの俺が最後だろー!」


「うう、ごめんなさい…」


「ぶはっ、ごめんごめん、別に怒ってねーって!透が面白くてつい」


「もう!朧ちゃんのいじわる!」



ぽてぽて。てくてく。2人はそんな感じの効果音が付きそうな、緩い歩き方だ。多分人と違うのはそのくらい。大声で話したり、突然変な動きをしたり、そんな人目を引くようなことは全くしていない。だけど、周りからは常に見られていた。

その理由は簡単。

朧の顔良し身長良し笑顔良し、そして学生服プラス眼帯という異色の組み合わせ。

透のふわふわしたひまわりのロングスカート、話し方も笑顔も全てに花が咲く。

この2人の異様な立ち振る舞いに道行く人々は振り返り立ち止まって見つめているわけで。


そんな不特定多数の視線にも全くもって気付かない馬鹿な2人はあのお店可愛いこのお店雰囲気いいななどなど、普通に普通の会話をするのであった。



ふらりと歩き回ること20分。ショッピングモールの1階の隅。透がはたと立ち止まった。朧もその視線の先を辿れば小さな小さな花屋さんのようだった。


そーいや、透って大の花好きだったなあ。


また、記憶を辿り、そして笑う。


「入ってみっか?」


「うん!あのね、あの小さいハーブ育てるキットみたいなやつにしようかな〜って思ったの」


てててて、と少し駆け足に近寄り透が手に取ったのは赤い小さな植木鉢。植えられているのは、垂れ下がった弦に可愛らしいハート型の葉がついている植物。

朧は植物に疎い。多分、男子高校生には興味の無いことだろう。その点女性である透は植物に詳しい。寧ろそんじょそこらの鼻高らかに花を売りつける商売人よりも詳しいかもしれない。それくらいのレベルだったりもする。

そんな朧が、透が手に取ったものがなんなのか分かるはずもなく。


「それ、なんてやつ?」


「これはねぇ、ハートカズラっていうの」


「あ、葉っぱがハート形になってんのか!へえ、こんなんもあんだなー!」


「そうだよ〜。可愛いでしょ〜」


「確かにかわいーな。でも男の部屋にこんな可愛らしいもんって…つーか、遙ってそんなマメに世話するやつだっけ?」



朧はふと思ったことを口にする。男なんてそんなもん。そんな感じで透に問い掛けてみれば、変わらぬ笑顔で「大丈夫だよう」と気の抜ける返答が。


やっぱ透って年上に見えねーんだよなあ、不思議でたまらん。

などと内心つぶやきながら透の次を待った。


「ハートカズラは丈夫な植物で、乾燥にも寒さにも強いの〜。それに暗いところでもちゃんと育つ子なんだよう」


ハートカズラを愛おしそうに眺める透。その瞳からは植物愛が伝わってくる。


「なるほどなぁ!それなら遙でも育てられそうだ!」


「でしょ~。あとね、ハートカズラにも花言葉があってね」


「花言葉って花だけじゃねーんだな」


「うん。そーなの。ハートカズラは協力、とか助け合うとか」


「へえ」


「はるちゃんって自分1人で頑張っちゃうところがあるでしょ?だから、私たちがいるよ~って少しでも思い出して欲しいなあって…思ったの」



目尻を下げ、困った様な笑顔でハートカズラと朧を交互に見た透は「これラッピングしてくるねぇ」ところり表情を変えスキップスキップランランランしながらレジへと消えていった。突然の奇行に道行く人は「え…なにあれ奇行種?」「霊的な何かかしら…」ぼそぼそと遠巻きにそれをみつめていた。背後から聞こえるそんな声に朧は思わず苦笑いして。今だからこそ分かる。うちのおかんが毎回ため息ついてた理由が。久方会っていない昔の仲間をまた、思い出した。今日はどうやら干渉に浸る日らしい。


それから数分して、可愛らしいラッピングを施された袋を手に下げ透が満面の笑みで戻ってきた。スキップはしていない。朧は心底安堵したわけで。


「買えた?」


「うん〜。ラッピングしてもらったの〜」


「良かったな!で、透。いつ渡すわけ?それ」


朧がふと思ったことを口にした。誕生日当日にでも渡すのか?まあ普通そうだろうな。でも、この天然はそんなことなさそう。


「今から行こうかなって。朧ちゃんも来るよね〜?」


ほらやっぱり。

朧の勘が華麗に的中した。透はこういう所が物凄く奥手で臆病で。好きなのに越えない一線。昔から間近で見てきたその明確なラインに殆呆れている朧はそろそろ背中おすかー、と心の中で意気込んでみる。


頼まれたら断れないような、心底困ってますという声色で問い掛けてきた透に、1度は頷こうとした朧だったが、なんとか踏ん張って「俺このあと用事あるから一人で行って来いよ!」にっかり笑う。


透がえ、だとか、そんなぁ、だとか悲しげに声を漏らすのをスルーして、遙に『今から行くわ!』ラインを飛ばし、駄々をこねる透の背をぽん、と押した。ふわり、向日葵が揺れる。


「とーる、大丈夫だって。遙なら大丈夫」


ダメ押しにひらひら手を振れば透は諦めたようで「もう…。朧ちゃん、ありがとう」昔のように柔らかく笑う。朧も、昔のように邪気なく笑った。


揺れる向日葵。

蘇る過去。



あー、なんだか、懐かしくなっちまったわー!


んぐぐー、と背伸びをした朧は、持っていたスマホを操作してオカンと登録されたラインを引っ張り出した。


「あーもしもし春樹?なしてんのー?えっ、カイそこにいんの!?俺も!俺も行く!希里と雛と霰も連れてく!」


「てかてか、そのまま遙んちいこーぜ!梓とか早紀とか雫玖呼んでさ!もち白雪もなっ!なんでって、楽しいこと見えるからさ!なっなっ、いこーぜ!」


「お、行く気だったのかよー!よかったよかった!じゃあいつもの駅で待ってっからなー!」



思う事は皆同じ。

大切な仲間の生まれた日。

どれだけの月日が流れようと変わらぬ日。

命を受けた大事な日。

この手でこの口でこの笑顔で心からの祝福を。



「生まれてきてくれてありがとう」


「大好きだよ」


「はるちゃん」


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