太陽








拝啓







こんな風に手紙を書くのは初めてで、少し緊張してる。任務あるからって、晩飯の書き置きとかは良くしてたけど。ああ、そういえば書き置きで思い出したけど、遙は、俺の不在の時、書き置き通りに頑張ろうってあの馬鹿どもをまとめあげてくれてたって聞いてるよ。それに、よく家事を手伝ってくれたよな。料理とか、掃除とか、洗濯とか。1番手伝ってくれてたような気がする。不器用だけど、自分で出来ることを一生懸命やろうとしてくれて。あれ、物凄く助かってたよ。

ここまで読んでて、察しのいい遙は気付いたかな。今日は、遙に、感謝と謝罪を伝えたいと思う。こういう文章書くの、得意じゃねぇけど、我慢してくれな。

まずは、俺のことを心配してくれてありがとう。任務お疲れ様です、とか、俺も料理手伝いますよ、とか、春樹先輩疲れてるんだから早く寝てください、とか。お前のそういう一言一言の気遣いがすごく嬉しかった。俺のモチベーションを保つひとつだったよ。今でも。これからも。

それから、ごめんな。お前の夢見が悪い時、そばに居ることしか出来なくて。無理して笑ってるのを知っててもホットミルク淹れるくらいしかできなくて。ご飯を作るくらいしかできなくて。人の命を奪うことなんてやらせて。守ってやれなくて。ごめんな。年下なのに、辛い思いを沢山させてしまったと思う。希里のお守りとか。いや、これは嫌ではなかったのかな。苦ではあったと思うけど。

そういえば、遙が居なくなって、希里と朧は大人しくなったよ。三馬鹿なんていう括りで騒がしくしてたのが嘘みたいに。いつもうるさい奴が静かになると気味が悪いなぁ。こんな時、任務から帰ってきた遙だったら「うわっ、何この空気!希里先輩と朧が静かなの気持ち悪っ!熱でもあるんじゃないんですか!?」っておぞましいものを見たような目で2人を見そうだな。それが、今はもうない。その声が、もう聞けない。寂しいよ。

遙はどんな事でも一生懸命で、真面目で。けれど希里や朧と馬鹿してて。楽しそうに笑う、そんな遙が大好きだった。でも、辛い時にも笑うのは、俺は嫌だったなぁ。遙は頭がいいから、色んなことを考えるんだと思う。きっと、弱音を吐けば迷惑になるとか思ってたんだろう?なるわけねぇだろ。大事な仲間で、大切な後輩が苦しんでいるのを助けられない方が辛い。こんな事を、今更言っても仕方の無いことなんだろうけど。遙に何度か「春樹先輩は心配し過ぎですよ」って笑われたことあったよな。不安だったんだ。抱え込みすぎる遙が、いつか壊れてしまうんじゃないかって。怖かったんだ。俺の手が届く、この距離から消えちゃうんじゃないかって。それが今、現実になってしまった。不安だし、怖い。それに、辛いよ。物凄く辛い。遙にとって俺が「先輩」であったように、俺にとって遙は「後輩」だった。大事な、大事な後輩だった。他の奴らが俺を先輩だと扱わない分、遙が春樹先輩って慕ってくれてたのが嬉しかった。そんな遙は、もう居ないんだな。悲しいよ。あーあ、紙濡れてんじゃん。悪い、インク滲んだ。

もうなんだか、上手く字を書ける気がしねぇから、ペンを置くことにするわ。

最後に。俺は、お前になにかしてやれたかな。今思い返しても、浮かんでこない。いつも遙から貰ってばっかりで、返せてないんだ。そんなの、駄目だよな。だから











「まだまだ先になるかもしれねぇけど、お前に、絶対、恩返しするから。だから待っててくれ」


ぽたり、落ちた雫でインクが滲んだ。

















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やっほー。みんなのアイドル雫玖様だぞ☆彡なーんて。ふざけるなって春樹に怒られそうだけど、そんなオカンも今はずっと黙りこくってます。キッチンカウンターのあの椅子に座って、ぎゅって拳握って、何か考え込んでるよ。梓はリビングのソファの端っこに座ってずっと泣いてるし、朧もなんで、って抜け殻みたいになって転がってる。カイはキレてたよ。「なんでなんだよ!」って机蹴り上げてた。もう粉々〜勘弁してよ〜。あんたの大好きな希里は、というとね。任務行っちゃった。みんなこんな感じだから誰も任務に行かなくてさぁ。行けないじゃん、だって。なのに、希里は「いってくらー」ってだるそーに出ていったよ。なんなんだろうね、あいつ。ああ、それと透はなんだけど。いやーごめん、正直どこにいるのかわかんないや。見てないの、透の姿を。どこ行っちゃったんだろうねぇ。

とりあえず、遙が居なくなってからの皆はこんな感じだよ。この雫玖様に見向きもしないなんて結構やばいと思わない?まじやばみ〜。それだけ遙が好かれてたってことだよ。喜びなさい!

今日は手紙を書くなんていう滅多にやらないことをしてるので、少しそわそわするね。普段しないことを突然始めるとなんかこう、落ち着かないことってない?あたしはあるんだわ〜。なうだわ〜。だからちょっと遙との思い出を振り返ってみようの会をします。参加者はあたしと遙。強制参加です。

最初に出会ったのはいつだったっけね。私が赤軍のこの班に配属された日だったね。私の自己紹介覚えてる?私のこと可愛いって思ったでしょう?恥ずかしがらなくてもいいのよ事実だからね♡

あれからだいぶ日が経ったねえ。一緒に任務もしたわよね!私と遙の武器が似てるから、2人で暴れる時もあったなぁ。希里に負けないくらい背中合わせで戦ったんじゃない?なんてね。あいつには負けるけど。それでも、私は遙に背中預けて戦うのが好きだった。なんかこう、血が騒ぐっていうか。ぐわーって。ああそれと、遙が絵を描いてる隣で本読むの好きだったなぁ。落ち着くの。一人で本読むのも好きだけど、遙がいると安心する。スケッチしてるその背中にもたれ掛かったりしてね。邪魔って言う割にそのままにしてくれてたからちょっと笑っちゃった。なんだかんだで甘いんだから、遙は。遙と過ごした楽しかった日々が懐かしい。

ねえ遙。遙は楽しかった?いっつも笑ってたよね、遙って。私、遙が弱音吐いてる姿見たことないの。コロコロ表情は変えるけど、弱ってる姿を見たことない。あ、でもさ、これまで秘密にしてきたけど、実はね。夜中に遙が春樹に抱き締められて眠ってる姿を見たことある。春樹にしーってされたから黙ってたけど。春樹にはそういう姿を見せられてたのかな。希里にももしかしたら見せられてたのかもしれないね。意地っ張りな遙は、透にはそんな姿見せてなかったのかな。今じゃもうその真相は分からないけれど、頑張り屋さんの遙が、安心できる気の許せる場所だったのかな、赤軍って。そうだといいなぁ。そうだと嬉しいなぁ。ね、そっちで元気にやってますか?私?私はね。正直言うと、しんどい。仲間が欠けるなんてさ、覚悟してたのに、こんなに苦しいなんて思わなかった。遙、私、私さ。辛いよ。寂しいよ。でも、でもね。こんなウジウジしてたら遙が悲しむのかなって思ったの。やっぱり笑顔の可愛い私が見たいでしょう?だから、ちゃんと笑うよ。笑うから。

最期にひとつ、言わせてください。












「先にいかないでよ、バカ遙」


みっともないくらい、声が震えていた。




















.




















手紙を書こうと思いはしましたが、いざこうしてペンを持つと、何を書いていいのか分かりません。何を伝えればいいのか、ごちゃごちゃです。でも、いちばんに伝えたい事があります。それを伝えるには、少しだけ、私の後悔を綴らせてください。

私は、自分の名前が嫌いです。親に愛されず、捨てられて、更には祖父母や友人達にも愛されずに育ちました。私はドジでした。今でもドジですが、昔はずば抜けて。そんな私を見て、みんな揃って、私の名前を呼んで、こう言うんです。「お前は使い物にならないね」って。私は、名前を呼ばれる度、必ずと言っていい程罵詈雑言を並べられました。辛かった。悲しかった。当然の事ながら、いつしか名前を呼ばれる事が嫌になりました。愛される事も愛する事も諦めました。もう一層の事、全て捨ててやろうと考えた私は、今までの居場所も名前も捨て、この赤軍遊撃班に自ら志願し、透という名に変えました。名前を変えた所で、特に何か変わる訳ではなかった。ドジはドジのままだし、私は愛される事も愛する事も諦めたままだし。へらりへらりと笑ってうわべだけの仲を取り繕っていただけの私でした。

貴方にお花の話をしたり、紅茶をいれたり、任務に行ったり、色んなことを一緒にしてきた中でどこでこんな感情に出会ったのか分かりませんが、私は貴方に特別な感情を抱いていました。貴方の笑顔を見る度、胸が苦しかった。貴方が彼女と笑いあっている度、泣きたくなった。貴方が私に話しかけてくれる度、心が踊った。貴方が怪我をして帰ってくる度、心臓が冷えた。貴方の言動、行動一つ一つに、一喜一憂する様になっていた。これが、恋なんだと気づくにはそんなに時間は掛かりませんでした。けれどこんな感情を伝える事などできません。なんたって、全てを諦めているわけですから。諦めているのに人を好きになるなんて可笑しいですよね。私もそう思います。本当はそこで気付くべきだったのに、何かが邪魔して“この思いはまだ伝えちゃいけない”って思い込んでいました。

私は馬鹿です。

あの時、ちゃんと言葉にしていれば、こんな気持ち残らなかったのに。

はるちゃん。私の伝えたかったことはね。“大好きな大好きな貴方に、本当の名前を呼んでほしい。”ただそれだけなんです。たったそれだけの事が、伝えられなかった。まだだ、まだだって先延ばしにしていたら、もう一生呼んでもらえることなんてなくなった。涙が止まりません。貴方の前ではお姉さんでありたかったのに。最後の最後までそれは叶いませんでした。そんなことないですよって笑ってくれるのかな。はるちゃんは優しかったもんね。

長くなりましたが、これが私の後悔です。支離滅裂でごめんなさい。伝えたいことも上手く伝わったか分かりません。でも、これだけは言えるんです。私は、貴方のことが、大切でした。

もう一生、書くことのないだろうと思っていた事なんですが、最後にこれだけ書かせてください。図々しいとは思いますが、私がそちらに行った時、どうか笑って呼んでください。







「私ね、千の愛って書いて、安達千愛って言うんです。いつかきっと、呼んでください」


馬鹿みたいに、声を上げて泣いた。
























.




















地平線に沈む夕陽を見詰める男が1人。砂浜にぽつんと立っていた。真っ黒のジャージは所々破れていて、額からもポタリポタリと血が流れていた。それでも構わず、彼はぼう、と夕陽を見詰める。


おもむろにポケットに突っ込んでいた手を出したかと思えば、握りこんでいたそれを夕陽に翳した。赤く輝くその物体は、ガラスの小瓶――の中に入った赤いイヤーカフ。きらきらと、それは綺麗に輝いていた。



――野良猫と自分の命を天秤にかけて、全く迷わなかったんだろうな。



小瓶を少し振ってみれば、からんころんと軽やかな音を立てる。波の音が心地よいのか、彼は夕陽を写しこんでいた目を閉じた。



――お前がいねえからだからな、俺がこんな怪我してんの。

――お前がいなくなって、分かりたくないことに分かっちまっただろ、クソ。



脳裏に浮かんでくるのは、馬鹿みたいに騒いでいた日常の数々で。それはどれもこれも笑顔で溢れていた。


彼は目を開けると、ゆっくりと波打ち際へと歩き出した。サクサクと音を立てる砂浜に耳を傾けながら、ゆっくり、ゆっくりと。


ぎゅと握り込んだ小瓶は、ひんやりと冷たかった。


最後に触れた彼の手も、このくらいひんやりと冷たかった。



生意気で、口の減らない後輩で。

だけど真面目で努力家な後輩で。

とてつもなく優しい、後輩だった。


大事な大事な仲間だった。


自分がまさかこんなにも、あいつら以外に大切な人ができるなんて思ってもみなかった。だから俺はこんなにも驚いてるし、苦しんでる。



――気付かない間にお前の存在がでかくなり過ぎてたみたいだ。



彼は迷わず海の中に足を進めていく。

波が押し寄せ、服が濡れるのも気にせず、怪我が痛むのも無視して。



――こんな俺を見て、お前は笑いそうだよな。任務真面目にしてるとか気持ち悪いとか、何感傷に浸ってんですか気持ち悪いとか。ほんっと、クソチビ。



膝ぐらいまで海水に浸かった所で停止した。ざぶん、ざぶんと波がやってくる。


それでも彼は、動こうとしなかった。




――なあ遙。




「なあ。俺さ。」





ばしゃんと大きく波がはねた。彼は崩れ落ちるように海の中に膝を付き、手で顔を覆った。



夕陽に照らされ、きらきらと雫が輝く。






「俺さ、駄目なんだよ。遙。お前を失いたくなかった。大事なんだよ。お前が!未来を生きて欲しかった!居なくなって欲しくなかった!っ、くそ。何先に逝ってんだよ…っ!また、また俺は守れなかった。なんで、なんでなんだよ!」






その声は音となり、言葉となり、はらはらと散っていく。





「く、そ…。痛えよ、ばかやろ…」





溢れ出る雫を、止める術なんて、彼は持っていない。

この世に生きている人、誰も、止められやしない。





強く強く握りしめていた小瓶が、するりと滑り落ちて彼の肩に当たって海に落ちようとした。彼は慌てて滲む視界の中、なんとかそれをキャッチし、海ポチャは防ぐ。


ぱちり、ぱちりと瞬きをする度に雫が零れ落ちる、それでも構わず、彼はじっとその小瓶を見詰めた。


赤いイヤーカフがからんころんと音を立てる。


すると今まで比較的大人しかった波が、突然彼の体をズッポリ覆うほどの大波となり、彼は全身ずぶ濡れとなった。


ボタボタと髪先から海水を滴らせ、何度かパチパチと瞬きしたあと。――ぶは、と吹き出した。


ひとしきりくつくつと笑った彼は、未だに涙を流しながら、夕陽に小瓶を翳した。


からんころんと音を立てる。





「…んだよ、これは返さねえからな。お前が勝手に居なくなったのが悪い。返すのはそうだな、俺がそっちに行く時だな。」



キラキラと光る雫に負けないくらい、彼は向日葵のように明るく笑う。


ぐっと足に力を入れ、水を吸った重い服に負けじと彼は立ち上がった。


そして空へと手を翳し。








「それまで大人しく待ってろ、バーーーカ!」





はらり、輝く雫が頬を伝った。









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敬具




内山春樹

安谷屋雫玖

安達千愛

志藤希里








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学生戦争SS れむ @remu_06

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