お題【雨の中】
冷たい雫が頬に触れた。それはぽつり、ぽつりと少しずつ勢いを増し、やがてざあっと音を立てて地上に降り注ぐ。
見上げれば空には灰色の雲が重くたちこめ、降り出した雨が鉄筋コンクリート造りの建物を黒く濡らし、独特の錆の臭いを生む。
視線を空から足元に動かす。そこには赤色が広がっていた。雨が赤色の上に染み込み、地面が黒く塗り替えられていく。
見渡せば人がーー正確には、数分前までは人だったモノが赤色を撒き散らして転がっている。辺り一面湿った鉄錆の臭いに満ちていた路地裏の空間は冷えた雨によって瞬く間に冷やされ、まだ新しく熱を持っていた死体もまた、雨によって温度を奪われていった。
頬を拭えば飛び散った血は流されて消えていた。白いシャツに飛んでいた返り血は濡れて水彩絵の具のように滲んでいる。
少女はもう一度、首を動かして路地裏を見渡した。
もう動くものは少女一人だけだ。他の三人は少女が物言わぬ死体にしてしまったのだから。
雨は好きだった。流れた血を洗い流してくれる。
物心ついた頃から、殺し屋として誰かの命令に従い人を殺していた。そして誰かの命を奪うたび、少女は雨を望んだ。
己の罪を流してくれるとは思っていない。ただ、今この時だけでも、血の赤色を、噎せ返るような鉄の臭いを洗い流してくれればそれでいい。そしてその雨音で、死んだ人を弔って欲しい。
日頃抱いている願いが叶ったように今日の雨は冷たく、強い。世界にひとり、取り残されたような錯覚に堕ちた。
まるで自分以外の人間など、存在しないように。
「そういえば、昨日は七夕だったんだよね」
少女は誰へともなく語りかけた。
「織姫と彦星はちゃんと出会えたのかな?」
ゆっくりと振り向く。
「でも、星は親切だよね。だって」
銃声。
少女の胸を、三発の鉛玉が貫いた。
反動で一度痙攣しーーゆっくりと、仰向けに倒れる。流れ出した真新しい赤は、雨によって薄められ温度を急速に下げていく。
重い灰色の空が、少女を見下ろし雨を降らせる。雨足はますます強くなり、雨音も比例するように強くなる。
雨音の他には何も聞こえない。この世界にはきっと、自分以外の生き物は存在していないのだろう。
止まぬ雨音は子守唄のようで。
少女は心地良さそうに笑っていた。
「私のお願い、叶えてくれたんだから」
創作版深夜の真剣文字書き60分一本勝負 星落 @su12xx
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